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鳥籠の公爵夫人
後編
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エルヴィーネは女性の家に入り、出された椅子にちょこんと座っていた。
ドレスは濡れてしまったので、女性の服を貸してもらっている。
「あの……ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
エルヴィーネは俯き気味だ。
「いえ、その、驚きましたけど、放っておけませんでしたし。全然気にしないでください」
女性は明るく笑う。
「ありがとうございます。……私は、エルヴィーネ・イゾルデ・フォン・オルデンブルクと申します」
「オルデンブルク……!? 筆頭公爵家の……! やっぱりお貴族様でしたか」
エルヴィーネが名乗ると、女性は思わず尻込みしてしまう。彼女はあまり貴族と関わったことがないようだが、筆頭公爵家であるオルデンブルク家のことは知っていたそうだ。
「えっと、私はレオナ・テーリヒェンと言います」
「レオナ様と仰るのですね……」
エルヴィーネはまじまじとその女性――レオナを見つめる。
「そんな、私は様と呼ばれる立場ではないですよ」
レオナは肩をすくめた。
エルヴィーネはレオナの部屋を見渡す。
油絵が描かれた複数のキャンバス、通常の紙に描かれた数々の絵、レオナの部屋は絵や絵画道具で広がっていた。
エルヴィーネが普段過ごす部屋よりも遥かに狭い。しかし、エルヴィーネはこの部屋がまるで自由に羽ばたける大空のように感じた。
「レオナ様は、画家なのですね」
エルヴィーネは表情を綻ばせなら呟く。
「画家を目指しています。まだ画家と呼ばれる立場ではないですが。実力もまだまだですし」
レオナは苦笑した。
レオナはごく普通の平民の家に生まれたが、画家として生計を立てたいと思っているのだ。
「それに、まだこの国では女が画家になることは難しいみたいです」
軽くため息をつき、レオナは肩をすくめた。
それでも、レオナのジェードの目は力強かった。
「確かに……その風潮はございますわ」
エルヴィーネのアズライトの目は、少しだけ憂いを帯びていた。
ガーメニー王国では、女性の立場がまだ弱いのである。
再びレオナが描いた絵に目を向けるエルヴィーネ。
「でも……私は、レオナ様の絵が……好きですわ。一目で気に入ってしまいましたの」
公園でレオナと彼女の絵を見た時、エルヴィーネの胸の中に熱い何かが生まれたのである。
初めての感情だったので、エルヴィーネは最初はそれが何か上手く表現できなかった。しかし、今ようやくレオナに伝えることが出来た。
「レオナ様、私に貴女を応援させてください。私は、貴女のパトロネスになりたい」
エルヴィーネはアズライトの目を真っ直ぐレオナに向けていた。
品の良い淑女の見本のような表情だが、アズライトの目は情熱的だった。
レオナは最初かなり戸惑ったが、エルヴィーネは筆頭公爵夫人という立場で支援が得られたら画家への道が開かれると判断した。よって、エルヴィーネからの申し出を受けることにした。
「ありがとうございます、エルヴィーネ様。よろしくお願いします」
「こちらこそですわ、レオナ様」
エルヴィーネとレオナは互いに微笑み合った。
♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔
エルヴィーネはレオナと交流を始めてから、表情が明るくなった。
時々レオナが借りて住んである部屋に遊びに行き、彼女の絵を見せてもらったり話をしたりした。
エルヴィーネとレオナは友人のような関係になっていたのだ。
レオナと過ごしている時のエルヴィーネは生き生きとした表情だった。アズライトの目も美しく輝いている。
「いよいよですわね」
エルヴィーネは楽しそうな表情だ。
「はい。エルヴィーネ様のお陰でここまでやって来られたのですが、やっぱり緊張します」
レオナも嬉しそうに笑うが、少し肩をすくめた。
数日後、エルヴィーネが開くサロンでレオナの絵をお披露目するのだ。実質の画家デビューである。
夢への第一歩を踏み出すレオナの表情は少し硬いが、ジェードの目は真っ直ぐ力強く未来を見据えている。そして傷んでいた赤毛もどことなく艶々としていた。
そして迎えたレオナのお披露目当日。
エルヴィーネのサロンは大盛況……とまではいかなかったが、一部の者達はレオナの絵を気に入ったようだ。
レオナの画家としてのスタートはそこまで好調ではないが、大失敗な程ではなかった。
「エルヴィーネ様のお陰でここまで来ることが出来ました。ありがとうございます。でも、実力不足ですみません」
レオナは自分の実力を痛感し、苦笑した。
「いいえ。万人受けすることが、必ず良いとは限りませんわ。それに、お礼を言うのは私の方です」
エルヴィーネは柔らかな笑みを浮かべた。
「私はレオナ様と出会い、貴女を応援することで、ようやく自分の人生を好きになれましたの」
アズライトの目からは涙が溢れ出す。
「エルヴィーネ様、泣いているお顔も美しいですが、貴女は笑顔の方が素敵です」
レオナはエルヴィーネにハンカチを渡した。
エルヴィーネは「ありがとうございます」と、それを受け取り涙を拭う。
「私、今まで何もかも選べずに生きていましたの。でも、レオナ様に出会い、貴女を応援することを選んで初めて息が出来た感覚になりましたわ。これからも貴女を応援させてください」
エルヴィーネはアズライトの目をキラキラと輝かせ、真っ直ぐレオナを見つめている。
するとレオナは照れくさそうに表情を綻ばせる。
「ありがとうございます。私も、エルヴィーネ様のお陰で夢への第一歩を踏み出せました。まだ未熟な私ですが、これからもよろしくお願いします」
エルヴィーネとレオナは手を握り合った。
「そうだ、今度エルヴィーネ様の絵を描かせてください」
「私の絵を?」
「はい。人物画にも挑戦したくて。綺麗に描きますから」
「それなら綺麗に描かなくて良いわ。私を……自由に描いてちょうだい」
「自由に……分かりました。ありがとうございます」
エルヴィーネとレオナは楽しそうに笑っていた。
鳥籠の中の公爵夫人は、ようやく自由を手に入れたような感覚になったのだ。
『鳥籠の公爵夫人』完
ドレスは濡れてしまったので、女性の服を貸してもらっている。
「あの……ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
エルヴィーネは俯き気味だ。
「いえ、その、驚きましたけど、放っておけませんでしたし。全然気にしないでください」
女性は明るく笑う。
「ありがとうございます。……私は、エルヴィーネ・イゾルデ・フォン・オルデンブルクと申します」
「オルデンブルク……!? 筆頭公爵家の……! やっぱりお貴族様でしたか」
エルヴィーネが名乗ると、女性は思わず尻込みしてしまう。彼女はあまり貴族と関わったことがないようだが、筆頭公爵家であるオルデンブルク家のことは知っていたそうだ。
「えっと、私はレオナ・テーリヒェンと言います」
「レオナ様と仰るのですね……」
エルヴィーネはまじまじとその女性――レオナを見つめる。
「そんな、私は様と呼ばれる立場ではないですよ」
レオナは肩をすくめた。
エルヴィーネはレオナの部屋を見渡す。
油絵が描かれた複数のキャンバス、通常の紙に描かれた数々の絵、レオナの部屋は絵や絵画道具で広がっていた。
エルヴィーネが普段過ごす部屋よりも遥かに狭い。しかし、エルヴィーネはこの部屋がまるで自由に羽ばたける大空のように感じた。
「レオナ様は、画家なのですね」
エルヴィーネは表情を綻ばせなら呟く。
「画家を目指しています。まだ画家と呼ばれる立場ではないですが。実力もまだまだですし」
レオナは苦笑した。
レオナはごく普通の平民の家に生まれたが、画家として生計を立てたいと思っているのだ。
「それに、まだこの国では女が画家になることは難しいみたいです」
軽くため息をつき、レオナは肩をすくめた。
それでも、レオナのジェードの目は力強かった。
「確かに……その風潮はございますわ」
エルヴィーネのアズライトの目は、少しだけ憂いを帯びていた。
ガーメニー王国では、女性の立場がまだ弱いのである。
再びレオナが描いた絵に目を向けるエルヴィーネ。
「でも……私は、レオナ様の絵が……好きですわ。一目で気に入ってしまいましたの」
公園でレオナと彼女の絵を見た時、エルヴィーネの胸の中に熱い何かが生まれたのである。
初めての感情だったので、エルヴィーネは最初はそれが何か上手く表現できなかった。しかし、今ようやくレオナに伝えることが出来た。
「レオナ様、私に貴女を応援させてください。私は、貴女のパトロネスになりたい」
エルヴィーネはアズライトの目を真っ直ぐレオナに向けていた。
品の良い淑女の見本のような表情だが、アズライトの目は情熱的だった。
レオナは最初かなり戸惑ったが、エルヴィーネは筆頭公爵夫人という立場で支援が得られたら画家への道が開かれると判断した。よって、エルヴィーネからの申し出を受けることにした。
「ありがとうございます、エルヴィーネ様。よろしくお願いします」
「こちらこそですわ、レオナ様」
エルヴィーネとレオナは互いに微笑み合った。
♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔
エルヴィーネはレオナと交流を始めてから、表情が明るくなった。
時々レオナが借りて住んである部屋に遊びに行き、彼女の絵を見せてもらったり話をしたりした。
エルヴィーネとレオナは友人のような関係になっていたのだ。
レオナと過ごしている時のエルヴィーネは生き生きとした表情だった。アズライトの目も美しく輝いている。
「いよいよですわね」
エルヴィーネは楽しそうな表情だ。
「はい。エルヴィーネ様のお陰でここまでやって来られたのですが、やっぱり緊張します」
レオナも嬉しそうに笑うが、少し肩をすくめた。
数日後、エルヴィーネが開くサロンでレオナの絵をお披露目するのだ。実質の画家デビューである。
夢への第一歩を踏み出すレオナの表情は少し硬いが、ジェードの目は真っ直ぐ力強く未来を見据えている。そして傷んでいた赤毛もどことなく艶々としていた。
そして迎えたレオナのお披露目当日。
エルヴィーネのサロンは大盛況……とまではいかなかったが、一部の者達はレオナの絵を気に入ったようだ。
レオナの画家としてのスタートはそこまで好調ではないが、大失敗な程ではなかった。
「エルヴィーネ様のお陰でここまで来ることが出来ました。ありがとうございます。でも、実力不足ですみません」
レオナは自分の実力を痛感し、苦笑した。
「いいえ。万人受けすることが、必ず良いとは限りませんわ。それに、お礼を言うのは私の方です」
エルヴィーネは柔らかな笑みを浮かべた。
「私はレオナ様と出会い、貴女を応援することで、ようやく自分の人生を好きになれましたの」
アズライトの目からは涙が溢れ出す。
「エルヴィーネ様、泣いているお顔も美しいですが、貴女は笑顔の方が素敵です」
レオナはエルヴィーネにハンカチを渡した。
エルヴィーネは「ありがとうございます」と、それを受け取り涙を拭う。
「私、今まで何もかも選べずに生きていましたの。でも、レオナ様に出会い、貴女を応援することを選んで初めて息が出来た感覚になりましたわ。これからも貴女を応援させてください」
エルヴィーネはアズライトの目をキラキラと輝かせ、真っ直ぐレオナを見つめている。
するとレオナは照れくさそうに表情を綻ばせる。
「ありがとうございます。私も、エルヴィーネ様のお陰で夢への第一歩を踏み出せました。まだ未熟な私ですが、これからもよろしくお願いします」
エルヴィーネとレオナは手を握り合った。
「そうだ、今度エルヴィーネ様の絵を描かせてください」
「私の絵を?」
「はい。人物画にも挑戦したくて。綺麗に描きますから」
「それなら綺麗に描かなくて良いわ。私を……自由に描いてちょうだい」
「自由に……分かりました。ありがとうございます」
エルヴィーネとレオナは楽しそうに笑っていた。
鳥籠の中の公爵夫人は、ようやく自由を手に入れたような感覚になったのだ。
『鳥籠の公爵夫人』完
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