38 / 54
禁じられたロマンス
前編
しおりを挟む
夏の日差しが透き通った湖の水面に反射してキラキラとしている。それはまるで、小ぶりのダイヤモンドが散りばめられているかのようだ。
侯爵令嬢であるリューディア・エルメントラウト・フォン・バートベルクは、そんな湖の畔を従者を付けずに一人でゆっくりと歩いている。
(素敵ね……。このトラシュタルトの町には初めて来たけれど、大半の人が一目で気に入ってしまうと言われている意味がよく分かるわ)
リューディアのグレーの目はキラキラと光るダイヤモンドのような湖を見て、輝いている。その目はまるでムーンストーンのようだ。
トラシュタルトは小さい町だが、目の前に広がる湖が自慢の景勝地だ。リューディアが住むアトゥサリ王国の王族、貴族だけでなく、裕福な平民までもトラシュタルトの町に別荘を持っている。更には他国の王族、貴族の別荘もあるのだ。
もちろん、リューディアの生家であるバートベルク侯爵家もトラシュタルトの町に別荘を持つ。
その時、風が笛のように鳴き、リューディアが被っていたつばの広い帽子を飛ばす。新緑のような緑のリボンが付いた白い帽子である。
リューディアのシニョンにまとめられたストロベリーブロンドの髪が露わになった。
「あ……! 待ってちょうだい!」
リューディアは追いかける。
しかし風は思ったよりも意地悪で、リューディアの帽子は更に飛ばされてしまう。
リューディアと帽子の距離はどんどん離れていく。恐らくこのままでは帽子が湖に落ちてしまうだろう。
しかしその時、帽子の動きがぴたりと止まった。
風が止まったわけではなく、リューディアのストロベリーブロンドの後毛はなびいている。
湖の畔にいた青年が、リューディアの帽子をキャッチしたのだ。
身なりが良く、ダークブロンドの髪にほんの少しだけ青みがかった緑の目の青年だ。
リューディアとそこまで年が変わらないだろうと思われる青年だ。リューディアが今年十六歳なので、恐らく十六歳から十八歳辺りだろう。
リューディアは彼の目を見た瞬間、まるでジェードのようだと思った。
リューディアは思わず彼に見惚れてしまう。
そして、リューディアの胸の中には、まるで宝石のようにキラキラとしたときめきが生まれた。
それは今までリューディアが感じたことのない感覚であった。
「これは貴女の帽子でしょうか?」
青年の声は穏やかで優しげだった。
「はい」
リューディアはハッとして頷いた。
「良かった。とても素敵な帽子ですから、湖も欲しがったのでしょうね」
青年はクスッと笑った。
優しくも凛々しさのある表情に、リューディアはまた見惚れてしまう。
「どうぞ」
「……ありがとうございます」
リューディアはまたもやハッと意識を戻し、青年から帽子を受け取った。
「素敵な帽子が湖に取られずに良かったですね」
「ええ、そうですわね」
独特のユーモアある彼の表現に、リューディアは思わずふふっと表情を綻ばせた。
「あの、貴方はこの町の方でございますか?」
「いえ、王都エウィンから来ました。この夏はトラシュタルトの町の別荘で過ごすことになりまして」
「左様でございましたか。私も、現在トラシュタルトに来る前は王都におりました。あ、申し遅れましたわ。私はバートベルク侯爵家長女、リューディア・エルメントラウト・フォン・バートベルクでございます」
「お貴族様でしたか」
青年はリューディアの自己紹介を聞き、ジェードの目を大きく見開いた。
青年は背筋をピンと伸ばす。
「僕はエアハルト・クラルヴァインと言います。祖父と父がクラルヴァイン商会を大きくしたお陰で、このような素敵な土地に別荘を持てるようになった身分です」
青年――エアハルトは平民のようだ。
「まあ、クラルヴァイン商会……!」
リューディアはクラルヴァイン商会という名前に聞き覚えがあった。
最近アトゥサリ王国で勢いのある商会なのだ。
「あの……エアハルト様、明日もお会い出来ますか?」
リューディアは思わずエアハルトにそう聞いていた。
「明日……ですか……!」
エアハルトは驚いたようにジェードの目を見開く。
そこで自分が何を言ったか自覚するリューディア。
「あ……! 突然申し訳ありません。その……」
リューディアは頬を赤くし、エアハルトから目を逸らす。
「……構いませんよ、リューディア様」
エアハルトの優しい声に、リューディアの表情は明るくなる。
「ありがとうございます。それでは、明日、またこの場所で」
リューディアはムーンストーンの目をキラキラと輝かせていた。
♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔
その日の夜。
リューディアはバートベルク侯爵家別荘の自室で窓から空を長めながらため息をついた。
(エアハルト様……)
エアハルトと出会った瞬間、リューディアの心には電撃が走り、宝石のようにキラキラとしたときめきが生まれた。
リューディアはその感情が何なのかを知っていた。
(私は……エアハルト様に一目惚れをしてしまったのね。平民と貴族、きっとこの恋は許されない。それに……私には婚約者もいるのに……)
再びため息をつくリューディア。
リューディアはテシェン公爵家の長男と婚約している。
それはバートベルク侯爵家とテシェン公爵家の事業を円滑に進める為の政略的なものだ。
(彼とは幼馴染で、家族のような情はあるけれど……エアハルト様に感じたようなときめきはないわ)
リューディアは胸に手を当て、エアハルトと出会った時のことを思い出す。
そのときめきは、リューディアの心に喜びと潤いを与えたのだ。
(彼は、体が弱いけれどそれ以外は完璧な方だわ。私にもとても優しいし……。思わずエアハルト様と明日会う約束をしてしまったけれど、いけないことよね。……明日会って終わりにしましょう)
そう決意したリューディアだが、胸の中には切なさが残っていた。
侯爵令嬢であるリューディア・エルメントラウト・フォン・バートベルクは、そんな湖の畔を従者を付けずに一人でゆっくりと歩いている。
(素敵ね……。このトラシュタルトの町には初めて来たけれど、大半の人が一目で気に入ってしまうと言われている意味がよく分かるわ)
リューディアのグレーの目はキラキラと光るダイヤモンドのような湖を見て、輝いている。その目はまるでムーンストーンのようだ。
トラシュタルトは小さい町だが、目の前に広がる湖が自慢の景勝地だ。リューディアが住むアトゥサリ王国の王族、貴族だけでなく、裕福な平民までもトラシュタルトの町に別荘を持っている。更には他国の王族、貴族の別荘もあるのだ。
もちろん、リューディアの生家であるバートベルク侯爵家もトラシュタルトの町に別荘を持つ。
その時、風が笛のように鳴き、リューディアが被っていたつばの広い帽子を飛ばす。新緑のような緑のリボンが付いた白い帽子である。
リューディアのシニョンにまとめられたストロベリーブロンドの髪が露わになった。
「あ……! 待ってちょうだい!」
リューディアは追いかける。
しかし風は思ったよりも意地悪で、リューディアの帽子は更に飛ばされてしまう。
リューディアと帽子の距離はどんどん離れていく。恐らくこのままでは帽子が湖に落ちてしまうだろう。
しかしその時、帽子の動きがぴたりと止まった。
風が止まったわけではなく、リューディアのストロベリーブロンドの後毛はなびいている。
湖の畔にいた青年が、リューディアの帽子をキャッチしたのだ。
身なりが良く、ダークブロンドの髪にほんの少しだけ青みがかった緑の目の青年だ。
リューディアとそこまで年が変わらないだろうと思われる青年だ。リューディアが今年十六歳なので、恐らく十六歳から十八歳辺りだろう。
リューディアは彼の目を見た瞬間、まるでジェードのようだと思った。
リューディアは思わず彼に見惚れてしまう。
そして、リューディアの胸の中には、まるで宝石のようにキラキラとしたときめきが生まれた。
それは今までリューディアが感じたことのない感覚であった。
「これは貴女の帽子でしょうか?」
青年の声は穏やかで優しげだった。
「はい」
リューディアはハッとして頷いた。
「良かった。とても素敵な帽子ですから、湖も欲しがったのでしょうね」
青年はクスッと笑った。
優しくも凛々しさのある表情に、リューディアはまた見惚れてしまう。
「どうぞ」
「……ありがとうございます」
リューディアはまたもやハッと意識を戻し、青年から帽子を受け取った。
「素敵な帽子が湖に取られずに良かったですね」
「ええ、そうですわね」
独特のユーモアある彼の表現に、リューディアは思わずふふっと表情を綻ばせた。
「あの、貴方はこの町の方でございますか?」
「いえ、王都エウィンから来ました。この夏はトラシュタルトの町の別荘で過ごすことになりまして」
「左様でございましたか。私も、現在トラシュタルトに来る前は王都におりました。あ、申し遅れましたわ。私はバートベルク侯爵家長女、リューディア・エルメントラウト・フォン・バートベルクでございます」
「お貴族様でしたか」
青年はリューディアの自己紹介を聞き、ジェードの目を大きく見開いた。
青年は背筋をピンと伸ばす。
「僕はエアハルト・クラルヴァインと言います。祖父と父がクラルヴァイン商会を大きくしたお陰で、このような素敵な土地に別荘を持てるようになった身分です」
青年――エアハルトは平民のようだ。
「まあ、クラルヴァイン商会……!」
リューディアはクラルヴァイン商会という名前に聞き覚えがあった。
最近アトゥサリ王国で勢いのある商会なのだ。
「あの……エアハルト様、明日もお会い出来ますか?」
リューディアは思わずエアハルトにそう聞いていた。
「明日……ですか……!」
エアハルトは驚いたようにジェードの目を見開く。
そこで自分が何を言ったか自覚するリューディア。
「あ……! 突然申し訳ありません。その……」
リューディアは頬を赤くし、エアハルトから目を逸らす。
「……構いませんよ、リューディア様」
エアハルトの優しい声に、リューディアの表情は明るくなる。
「ありがとうございます。それでは、明日、またこの場所で」
リューディアはムーンストーンの目をキラキラと輝かせていた。
♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔
その日の夜。
リューディアはバートベルク侯爵家別荘の自室で窓から空を長めながらため息をついた。
(エアハルト様……)
エアハルトと出会った瞬間、リューディアの心には電撃が走り、宝石のようにキラキラとしたときめきが生まれた。
リューディアはその感情が何なのかを知っていた。
(私は……エアハルト様に一目惚れをしてしまったのね。平民と貴族、きっとこの恋は許されない。それに……私には婚約者もいるのに……)
再びため息をつくリューディア。
リューディアはテシェン公爵家の長男と婚約している。
それはバートベルク侯爵家とテシェン公爵家の事業を円滑に進める為の政略的なものだ。
(彼とは幼馴染で、家族のような情はあるけれど……エアハルト様に感じたようなときめきはないわ)
リューディアは胸に手を当て、エアハルトと出会った時のことを思い出す。
そのときめきは、リューディアの心に喜びと潤いを与えたのだ。
(彼は、体が弱いけれどそれ以外は完璧な方だわ。私にもとても優しいし……。思わずエアハルト様と明日会う約束をしてしまったけれど、いけないことよね。……明日会って終わりにしましょう)
そう決意したリューディアだが、胸の中には切なさが残っていた。
2
あなたにおすすめの小説
【完結】前提が間違っています
蛇姫
恋愛
【転生悪役令嬢】は乙女ゲームをしたことがなかった
【転生ヒロイン】は乙女ゲームと同じ世界だと思っていた
【転生辺境伯爵令嬢】は乙女ゲームを熟知していた
彼女たちそれぞれの視点で紡ぐ物語
※不定期更新です。長編になりそうな予感しかしないので念の為に変更いたしました。【完結】と明記されない限り気が付けば増えています。尚、話の内容が気に入らないと何度でも書き直す悪癖がございます。
ご注意ください
読んでくださって誠に有難うございます。
【完結】旦那様、契約妻の私は放っておいてくださいませ
青空一夏
恋愛
※愛犬家おすすめ! こちらは以前書いたもののリメイク版です。「続きを書いて」と、希望する声があったので、いっそのこと最初から書き直すことにしました。アルファポリスの規約により旧作は非公開にします。
私はエルナン男爵家の長女のアイビーです。両親は人が良いだけで友人の保証人になって大借金を背負うお人好しです。今回もお父様は親友の保証人になってしまい大借金をつくりました。どうしたら良いもにかと悩んでいると、格上貴族が訪ねてきて私に契約を持ちかけるのでした。いわゆる契約妻というお仕事のお話でした。お金の為ですもの。私、頑張りますね!
これはお金が大好きで、綺麗な男性が苦手なヒロインが契約妻の仕事を引き受ける物語です。
ありがちなストーリーのコメディーです。
※作者独自の異世界恋愛物語。
※コメディです。
※途中でタグの変更・追加の可能性あり。
※最終話に子犬が登場します。
悪役令嬢発溺愛幼女着
みおな
ファンタジー
「違います!わたくしは、フローラさんをいじめてなどいません!」
わたくしの声がホールに響いたけれど、誰もわたくしに手を差し伸べて下さることはなかった。
響いたのは、婚約者である王太子殿下の冷たい声。
わたくしに差し伸べられたのは、騎士団長のご子息がわたくしを強く床に押し付ける腕。
冷ややかな周囲のご令嬢ご令息の冷笑。
どうして。
誰もわたくしを信じてくれないまま、わたくしは冷たい牢の中で命を落とした。
婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました
由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。
彼女は何も言わずにその場を去った。
――それが、王太子の終わりだった。
翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。
裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。
王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。
「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」
ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。
悪役令嬢のビフォーアフター
すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。
腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ!
とりあえずダイエットしなきゃ!
そんな中、
あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・
そんな私に新たに出会いが!!
婚約者さん何気に嫉妬してない?
(完)親友なんて大嫌い!ーあなたは敵なの? 味方なの? (全5話)
青空一夏
恋愛
私はセント・マーガレット学園に通うアニエス・フィルム公爵令嬢。私の悩みは親友のベル・シクラメル公爵令嬢のこと。
普段はとても仲が良くて優しいのに、私のボーイフレンドをいつも横取りするわ。両親に言っても、ベルの味方ばかりする。だから私は修道院に入ってやった。これでもうベルなんかと関わらないで済むもんね。
そしたら・・・・・・
異世界中世ヨーロッパ風の残酷なしの恋愛物語。貴族社会でもある程度自由恋愛の許される世界です。幼い頃から婚約者を取り決める風習のない国です。
悪役令嬢、休職致します
碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。
しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。
作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。
作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる