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たとえ、かなわないとしても
敵わない相手、叶わない恋
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ニサップ王国にあるカラバンチェル侯爵領とラ・モタ伯爵領は隣接している。それ故に、カラバンチェル侯爵家とラ・モタ伯爵家の子供達は仲が良い。
ハビエル・セベロ・デ・カラバンチェルは、領地にあるのどかな草原を走っていた。
ハビエルは今年八歳になるカラバンチェル侯爵家次男だ。
颯爽と風を受け、ブロンドの髪が元気よくなびいている。エメラルドのような緑の目も溌剌として輝いていた。
「ミラ! 早くおいでよ! 兄上も!」
ハビエルは後ろを振り返り、元気良く手を振っている。
「ハビエル、待ってちょうだい」
ドレスの裾を持ち上げてちょこちょこした様子で走るのは、ミラと呼ばれた令嬢。
ミラこと、エデルミラ・ブランカ・デ・ラ・モタはハビエルと同い年。ラ・モタ伯爵家の次女だ。美しく伸びた黒褐色の髪に、サファイアのような青い目の令嬢である。
ドレスで走り慣れていないエデルミラはつまずいて体勢を崩す。
「きゃっ」
「ミラ!」
ハビエルは慌ててエデルミラの元へ向かおうとした。
しかし、別の少年がエデルミラを支え、彼女は転ばずに済んだ。
「ミラ、大丈夫? 怪我はないかい?」
「はい……。ありがとうございます、マカリオ様。マカリオ様が支えてくださったお陰で私は何ともありませんわ」
エデルミラの陶磁器のように白い頬に、ほんのりと紅がさしている。サファイアの目は嬉しそうな様子でマカリオを見つめていた。
エデルミラを支えているのは、マカリオ・エセキエル・デ・カラバンチェル。年は十歳で、ハビエルの兄だ。
ハビエルと同じブロンドの髪にエメラルドのような緑の目だが、顔立ちは大人びている。
その様子を見たハビエルは複雑な表情になる。
ハビエルはエデルミラが転ばずに済んで良かったとホッとする反面、スマートにエデルミラを助けた兄マカリオに対し少し嫉妬してしまった。
「ハビエル、ミラのことも考えてやりなさい。ドレスだと走りにくいんだ」
「……はい、兄上。ミラ、すまない」
マカリオにそう注意され、ハビエルの胸の中はモヤモヤとした。
マカリオの隣に並ぶエデルミラ。その表情は明るく嬉しそうだった。
いつもそうなので、ハビエルはエデルミラがマカリオに想いを寄せていることに嫌でも気付いてしまう。
(俺だって、ミラのことが好きなのに……)
ハビエルはマカリオと話すエデルミラの楽しそうな横顔をチラリと見て、ため息をついた。
(でも、相手は兄上だから仕方ないか。兄上は何でも完璧で、男の俺から見ても格好良い。敵うわけないよな……)
そのエメラルドの目には、影が落ちている。
ハビエルの兄マカリオは紳士的で何をやらせても完璧である。まさに百点満点の少年だ。
マカリオに及ばないハビエルは何度も悔しい思いをしたことがある。しかし、優しく完璧な兄のことを尊敬していることも確かなのだ。
(そりゃあ、エデルミラも俺なんかより兄上のことを好きになるよな……)
ハビエルは自嘲した。
「ハビエル、どうしたの?」
ハビエルの様子を見て、エデルミラは不思議そうに首を傾げている。
「いや、ミラ、何でもないよ」
ハビエルはフッと笑った。
せめてエデルミラに砕けた態度で接してもらうことが、ハビエルにとってマカリオに対する最大限の対抗だった。
そうすることで、エデルミラがマカリオよりも自分に気を許してくれていると感じることが出来るからだ。
♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔
時は過ぎ、ハビエルとエデルミラが十五歳、マカリオが十七歳になる年を迎えた。
エデルミラがカラバンチェル侯爵家の王都の屋敷に来ていた時のこと。
「ミラももうすぐ成人だね」
「はい、マカリオ様」
マカリオからの言葉に、エデルミラは嬉しそうに頷く。
「ハビエルも、もうすぐ社交界デビューなのよね?」
「ああ。ミラみたいに成人の儀があるわけではないが、一週間後父上と一緒に夜会に参加して、そこで俺のことを紹介してもらえるんだ」
貴族令嬢は十五歳になる年に一斉に成人の儀に出席することで、社交界デビューとなる。
一方、貴族令息は当主の判断で夜会に出席させ、社交界デビューとなる。貴族令息の社交界デビューは早くて十三歳頃、遅くて十六歳頃である。
「そうだ、ミラ、成人の儀では誰にエスコートしてもらうんだ? 確か君の兄君二人はもう結婚しているだろう?」
ハビエルは気になったのでエデルミラに聞いてみた。
「ええ。だから、正直どうしようか迷っているわ」
エデルミラは少し困ったように微笑んだ。
それならば、自分が立候補しようかと思ったハビエル。
しかし、エデルミラはチラリとマカリオに期待を込めた視線を送っていた。
やはりマカリオにエスコートしてもらいたいのだろう。
ハビエルはエデルミラのエスコート役を立候補することをやめた。
そうしているうちに、カラバンチェル侯爵家とラ・モタ伯爵家の共同事業を円滑に進める為、マカリオとエデルミラの婚約が決まってしまう。
政略結婚ではあるが、ずっとマカリオを想っていたエデルミラは嬉しそうにサファイアの目を輝かせていた。
マカリオも、エデルミラのことを好ましいと感じていたようである。
当然、エデルミラの成人の儀のエスコート役は婚約者であるマカリオに決まった。
(ミラと兄上……お似合いだ。……ミラの幸せが、俺にとって何よりも大事だ)
ハビエルはマカリオの隣で幸せそうなエデルミラを見て、身を引くことを決意した。
ハビエル・セベロ・デ・カラバンチェルは、領地にあるのどかな草原を走っていた。
ハビエルは今年八歳になるカラバンチェル侯爵家次男だ。
颯爽と風を受け、ブロンドの髪が元気よくなびいている。エメラルドのような緑の目も溌剌として輝いていた。
「ミラ! 早くおいでよ! 兄上も!」
ハビエルは後ろを振り返り、元気良く手を振っている。
「ハビエル、待ってちょうだい」
ドレスの裾を持ち上げてちょこちょこした様子で走るのは、ミラと呼ばれた令嬢。
ミラこと、エデルミラ・ブランカ・デ・ラ・モタはハビエルと同い年。ラ・モタ伯爵家の次女だ。美しく伸びた黒褐色の髪に、サファイアのような青い目の令嬢である。
ドレスで走り慣れていないエデルミラはつまずいて体勢を崩す。
「きゃっ」
「ミラ!」
ハビエルは慌ててエデルミラの元へ向かおうとした。
しかし、別の少年がエデルミラを支え、彼女は転ばずに済んだ。
「ミラ、大丈夫? 怪我はないかい?」
「はい……。ありがとうございます、マカリオ様。マカリオ様が支えてくださったお陰で私は何ともありませんわ」
エデルミラの陶磁器のように白い頬に、ほんのりと紅がさしている。サファイアの目は嬉しそうな様子でマカリオを見つめていた。
エデルミラを支えているのは、マカリオ・エセキエル・デ・カラバンチェル。年は十歳で、ハビエルの兄だ。
ハビエルと同じブロンドの髪にエメラルドのような緑の目だが、顔立ちは大人びている。
その様子を見たハビエルは複雑な表情になる。
ハビエルはエデルミラが転ばずに済んで良かったとホッとする反面、スマートにエデルミラを助けた兄マカリオに対し少し嫉妬してしまった。
「ハビエル、ミラのことも考えてやりなさい。ドレスだと走りにくいんだ」
「……はい、兄上。ミラ、すまない」
マカリオにそう注意され、ハビエルの胸の中はモヤモヤとした。
マカリオの隣に並ぶエデルミラ。その表情は明るく嬉しそうだった。
いつもそうなので、ハビエルはエデルミラがマカリオに想いを寄せていることに嫌でも気付いてしまう。
(俺だって、ミラのことが好きなのに……)
ハビエルはマカリオと話すエデルミラの楽しそうな横顔をチラリと見て、ため息をついた。
(でも、相手は兄上だから仕方ないか。兄上は何でも完璧で、男の俺から見ても格好良い。敵うわけないよな……)
そのエメラルドの目には、影が落ちている。
ハビエルの兄マカリオは紳士的で何をやらせても完璧である。まさに百点満点の少年だ。
マカリオに及ばないハビエルは何度も悔しい思いをしたことがある。しかし、優しく完璧な兄のことを尊敬していることも確かなのだ。
(そりゃあ、エデルミラも俺なんかより兄上のことを好きになるよな……)
ハビエルは自嘲した。
「ハビエル、どうしたの?」
ハビエルの様子を見て、エデルミラは不思議そうに首を傾げている。
「いや、ミラ、何でもないよ」
ハビエルはフッと笑った。
せめてエデルミラに砕けた態度で接してもらうことが、ハビエルにとってマカリオに対する最大限の対抗だった。
そうすることで、エデルミラがマカリオよりも自分に気を許してくれていると感じることが出来るからだ。
♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔
時は過ぎ、ハビエルとエデルミラが十五歳、マカリオが十七歳になる年を迎えた。
エデルミラがカラバンチェル侯爵家の王都の屋敷に来ていた時のこと。
「ミラももうすぐ成人だね」
「はい、マカリオ様」
マカリオからの言葉に、エデルミラは嬉しそうに頷く。
「ハビエルも、もうすぐ社交界デビューなのよね?」
「ああ。ミラみたいに成人の儀があるわけではないが、一週間後父上と一緒に夜会に参加して、そこで俺のことを紹介してもらえるんだ」
貴族令嬢は十五歳になる年に一斉に成人の儀に出席することで、社交界デビューとなる。
一方、貴族令息は当主の判断で夜会に出席させ、社交界デビューとなる。貴族令息の社交界デビューは早くて十三歳頃、遅くて十六歳頃である。
「そうだ、ミラ、成人の儀では誰にエスコートしてもらうんだ? 確か君の兄君二人はもう結婚しているだろう?」
ハビエルは気になったのでエデルミラに聞いてみた。
「ええ。だから、正直どうしようか迷っているわ」
エデルミラは少し困ったように微笑んだ。
それならば、自分が立候補しようかと思ったハビエル。
しかし、エデルミラはチラリとマカリオに期待を込めた視線を送っていた。
やはりマカリオにエスコートしてもらいたいのだろう。
ハビエルはエデルミラのエスコート役を立候補することをやめた。
そうしているうちに、カラバンチェル侯爵家とラ・モタ伯爵家の共同事業を円滑に進める為、マカリオとエデルミラの婚約が決まってしまう。
政略結婚ではあるが、ずっとマカリオを想っていたエデルミラは嬉しそうにサファイアの目を輝かせていた。
マカリオも、エデルミラのことを好ましいと感じていたようである。
当然、エデルミラの成人の儀のエスコート役は婚約者であるマカリオに決まった。
(ミラと兄上……お似合いだ。……ミラの幸せが、俺にとって何よりも大事だ)
ハビエルはマカリオの隣で幸せそうなエデルミラを見て、身を引くことを決意した。
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