クリスティーヌの本当の幸せ

宝月 蓮

文字の大きさ
13 / 38

本当にやりたいこと・前編

しおりを挟む
 再び王宮で『薔薇の会』が開かれる。
 今回からクリスティーヌはヌムール家の馬車で王宮へ行くことになった。
「迎えに来たよ、クリスティーヌ嬢」
 甘く優雅な笑みのユーグ。
「わざわざお迎えに来てくださってありがとうございます」
 クリスティーヌはカーテシーで礼をる。
「さあ、クリスティーヌ嬢、馬車でマリアンヌも待っているから行こう」
 ユーグにエスコートされ、クリスティーヌはヌムール家の馬車に乗り込んだ。
 ユーグ達がいるということで、今回からファビエンヌとドミニクは屋敷で待機となる。
「クリスティーヌ様」
 クリスティーヌの姿を見た瞬間、マリアンヌの表情がパアッと明るくなる。
「ご機嫌よう、マリアンヌ様」
 ふふっと笑うクリスティーヌ。
「クリスティーヌ様、わたくしのお隣にお座りくださいませ」
 小さく控えめだが、弾んだ声のマリアンヌ。
 促されるがままクリスティーヌはマリアンヌの隣に座った。そして正面にはユーグ。
 馬車はカタコトと進み出す。
「クリスティーヌ嬢、この前言っていた論文を渡すよ」
 ユーグは分厚い論文を取り出し、クリスティーヌに渡す。
「ありがとうございます、ユーグ様。著者は……レイ……リズ……?」
 著者名がナルフェックでは馴染みのない名前だった為、クリスティーヌは発音に首を傾げた。
「リシェ・アーンストート=プランタード氏の論文だよ。アーンストート氏は有名な薬学研究者で、ドレンダレン王国出身なんだ。時々ヌムール領に研究しに来ているよ」
「左様でございましたか。わたくしもまだまだ浅学でございますわね」
 クリスティーヌは困ったように笑った。
「二十二年前、ドレンダレンではクーデターが起こり、悪徳貴族による恐怖政治が始まりました。アーンストート氏は恐らくその時にナルフェックに亡命したのだと思われます」
 控えめに話すマリアンヌ。
「マリアンヌ様は物知りでございますね」
 クリスティーヌがふふっと笑うと、マリアンヌは頬を赤く染めはにかんだ。
「クリスティーヌ様にそう仰っていただけてとても嬉しいです」
「マリアンヌは他国の出来事や文化に詳しいんだよ。他国の言語も学んでいるんだ」
「まあ、素晴らしいですわ、マリアンヌ様。わたくしも他国の言語に興味はあるのではございますが、学ぶ時間が取れておりませんの。完全に言い訳でございますわね」
 クリスティーヌは後半自嘲気味だ。
「そんな、わたくしはその、趣味みたいなものでございます。クリスティーヌ様はタルド家のことや領地のことを考えていて素晴らしいと存じます」
 マリアンヌは顔を赤く染めたまま、クリスティーヌを真っ直ぐ見つめた。
「そう仰っていただけると少し気が楽になりますわ。ありがとうございます、マリアンヌ様」
 そんな二人の様子をユーグは優しげな表情で見守った。
 その後、クリスティーヌは論文に目を通す。エメラルドの瞳はキラキラと輝き、楽しそうな様子がよく分かる。
 ユーグはクリスティーヌの表情に釘付けだった。
 マリアンヌはそんなユーグの様子を見てクスッと笑った。
(やはりお兄様はクリスティーヌ様のことが)





♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔





 今回の『薔薇の会』も前回と同じく和気藹々としている。
「この国にいられるのも後三年なのね」
 イザベルは窓の外を眺めながら気品ある笑みを浮かべた。アメジストのような紫の目は薔薇園ではなくどこか遠くを見据えていた。
「イザベル殿下、もしかして……不安でございますか?」
 クリスティーヌは恐る恐る聞いた。
「それが……」
 イザベルは一瞬目を伏せ、次に大輪の花が咲いたような笑みになった。アメジストの目は輝いている。
「とても楽しみですの。他の国はまだ貧富の差が激しいわ。それに、私利私欲に満ち、国家転覆までも試みる貴族といった、魑魅ちみ魍魎もうりょうがはびこる国もありますのよ。きっとアリティー王国にはそのような方々がいると思いますわ。わたくしはその魑魅魍魎達を一掃することが楽しみですの」
「……左様でございますか」
 クリスティーヌはイザベルの勢いに若干引きつつも、淑女の笑みを浮かべている。
「確かに、ナルフェックではそのようなことをお考えになる方はいらっしゃらないですものね。せいぜい少し野心がある程度で」
 マリアンヌはクスッと笑った。
「この国ではそういった魑魅魍魎達は全て女王陛下母上が手懐けてしまったからね。たまに秘密裏に処分もしていたらしいけど。しかもかなり狡猾な方法で。イザベルは女王陛下母上に似て、とてつもない頭脳の持ち主だ。イザベルが嫁ぐアリティー王国では今後とんでもないことが起こりそうだね」
 レミは高らかに笑った。
「私もイザベルに負けてはいられないね。ウォーンリー王国の未来について考えねばならない」
 レミは二年後、ウォーンリー王国の国婿、つまり王配になる。
「僕も兄上や姉上に負けていられません。ガブリエル兄様が国王になった時、王弟として支えられるようナルフェックのことをもっと知っておくべきですね。ガブリエル兄様が国王に即位する日が来るかもしれませんし」
 アンドレは穏やかな笑みだがアメジストの目は真っ直ぐ未来を見据えていた。
「アンドレ殿下、まだ女王陛下はご健在でございます。もうじき王太子殿下が国王陛下として即位するというのはどういう意味でございましょう?」
 ディオンが不思議そうに首を傾げている。
 その問いにはレミが答える。
「恐らくそろそろ発表されるだろうけれど、女王陛下母上は生前退位を考えているのさ」
「「「「「生前退位!?」」」」」
 王族以外の者達が驚く。
 セルジュは顎に手を当て、少し考える素振りをする。
「生前退位なんて、近隣諸国でも聞いたことがないですよ。大抵亡くなるまで在位する。しかし、女王陛下のことです。何か深いお考えがあるのでしょう」
「まあその通りさ、セルジュ。女王陛下母上曰く、歳をとって脳が老化すると、変化を受け入れにくくなる。世界は日々変化しているのに、変化を受け入れにくくなった者が女王として即位していると民に迷惑がかかる。故に早いうちに若い世代へと王位を譲るとのことだ」
 レミがそう語る。
「医学的な知見では、三十代から少しずつ脳の萎縮が始まるわ」
 イザベルは気品ある笑みだ。
「そうなると、女王陛下のお考えは合理的かと存じますわ」
 クリスティーヌは王族二人の言葉を聞き、そう思った。
「私もそう思う」
 ユーグも同意した。
「女王陛下は帝王学や様々なことをお学びになっているから、俺達とはお考えになることが違うな」
 ディオンは女王であるルナに畏敬の念を抱いた。
女王陛下母上は医学サロンや技術サロンを開き、医学やインフラなど国の為になることを自ら学んでおります。性別や身分を問わず、その道の第一人者をお呼びして議論しておりますよ」
 アンドレは穏やかな笑みを浮かべている。
「クリスティーヌ嬢、先程渡した論文の著者、アーンストート氏も、女王陛下のサロンのメンバーさ」
「そのようなお方の論文を読めるなんて光栄でございますわ。ユーグ様」
 クリスティーヌは嬉しさに弾んだ声だ。
「アーンストート氏か。ドレンダレン出身の薬学研究者だね」
 レミが思い出したように言う。
「ドレンダレンと言えば、三年前に革命が起きて、本来の王家が復活しましたよね」
 今度はアンドレだ。
 その話にマリアンヌが反応する。
「その通りでございます、アンドレ殿下。ヴィルヘルミナ女王陛下は本来のドレンダレンの王族の直系血族でございます。クーデターが起きた時、秘密裏に逃がされたのでございますわ。そして十九年の時を経て彼女が革命を起こし、悪徳王家の人間やぜいの限りを尽くしていた愛妾を断頭台ギロチンへと送ったのでございます。わたくしが読んだ『ヴィルヘルミナ革命記』によると……」
 マリアンヌはいつもとは打って変わって饒舌だ。マリアンヌはいつも大人しくて控えめなので、兄のユーグ以外皆驚いている。
 マリアンヌも皆の様子に気が付き、顔を真っ赤に染める。
「も、申し訳ございません! わたくしつい……」
「マリアンヌ、いいのよ。わたくしは貴女のお話が聞けて嬉しいわ」
 イザベルは優しげに微笑んだ。
「マリアンヌ様が他国の歴史がお好きなことがよく分かりましたわ」
 クリスティーヌはふふっと笑う。
「ありがとうございます」
 マリアンヌは照れながら微笑んだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

逆行した悪女は婚約破棄を待ち望む~他の令嬢に夢中だったはずの婚約者の距離感がおかしいのですか!?

魚谷
恋愛
目が覚めると公爵令嬢オリヴィエは学生時代に逆行していた。 彼女は婚約者である王太子カリストに近づく伯爵令嬢ミリエルを妬み、毒殺を図るも失敗。 国外追放の系に処された。 そこで老商人に拾われ、世界中を見て回り、いかにそれまで自分の世界が狭かったのかを痛感する。 新しい人生がこのまま謳歌しようと思いきや、偶然滞在していた某国の動乱に巻き込まれて命を落としてしまう。 しかし次の瞬間、まるで夢から目覚めるように、オリヴィエは5年前──ミリエルの毒殺を図った学生時代まで時を遡っていた。 夢ではないことを確信したオリヴィエはやり直しを決意する。 ミリエルはもちろん、王太子カリストとも距離を取り、静かに生きる。 そして学校を卒業したら大陸中を巡る! そう胸に誓ったのも束の間、次々と押し寄せる問題に回帰前に習得した知識で対応していたら、 鬼のように恐ろしかったはずの王妃に気に入られ、回帰前はオリヴィエを疎ましく思っていたはずのカリストが少しずつ距離をつめてきて……? 「君を愛している」 一体なにがどうなってるの!?

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

次期王妃な悪女はひたむかない

三屋城衣智子
恋愛
 公爵家の娘であるウルム=シュテールは、幼い時に見初められ王太子の婚約者となる。  王妃による厳しすぎる妃教育、育もうとした王太子との関係性は最初こそ良かったものの、月日と共に狂いだす。  色々なことが積み重なってもなお、彼女はなんとかしようと努力を続けていた。  しかし、学校入学と共に王太子に忍び寄る女の子の影が。  約束だけは違えまいと思いながら過ごす中、学校の図書室である男子生徒と出会い、仲良くなる。  束の間の安息。  けれど、数多の悪意に襲われついにウルムは心が折れてしまい――。    想いはねじれながらすれ違い、交錯する。  異世界四角恋愛ストーリー。  なろうにも投稿しています。

婚約破棄されたので辺境伯令嬢は自由に生きます~冷酷公爵の過保護が過ぎて困ります!~

sika
恋愛
「君のような女と婚約していたなど、恥だ!」 公爵嫡男に突然婚約を破棄された辺境伯令嬢リーゼは、すべてを捨てて故郷の領地へ戻る決意をした。 誰にも期待せず、ひっそりと生きようとするリーゼの前に現れたのは、冷酷と噂される隣国の公爵・アルヴィン。 彼はなぜかリーゼにだけ穏やかで優しく、彼女を守ることに執着していて――。 「君はもう誰にも踏みにじられない。俺が保証しよう」 呪いのような過去を断ち切り、真実の愛を掴むざまぁ×溺愛ラブストーリー!

婚約破棄される前に、帰らせていただきます!

パリパリかぷちーの
恋愛
ある日、マリス王国の侯爵令嬢クロナは、王子が男爵令嬢リリィと密会し、自分を「可愛げのない女」と罵り、卒業パーティーで「婚約破棄」を言い渡そうと画策している現場を目撃してしまう。 普通なら嘆き悲しむ場面だが、クロナの反応は違った。

悪女と呼ばれた死に戻り令嬢、二度目の人生は婚約破棄から始まる

冬野月子
恋愛
「私は確かに19歳で死んだの」 謎の声に導かれ馬車の事故から兄弟を守った10歳のヴェロニカは、その時に負った傷痕を理由に王太子から婚約破棄される。 けれど彼女には嫉妬から破滅し短い生涯を終えた前世の記憶があった。 なぜか死に戻ったヴェロニカは前世での過ちを繰り返さないことを望むが、婚約破棄したはずの王太子が積極的に親しくなろうとしてくる。 そして学校で再会した、馬車の事故で助けた少年は、前世で不幸な死に方をした青年だった。 恋や友情すら知らなかったヴェロニカが、前世では関わることのなかった人々との出会いや関わりの中で新たな道を進んでいく中、前世に嫉妬で殺そうとまでしたアリサが入学してきた。

【完結】その溺愛は聞いてない! ~やり直しの二度目の人生は悪役令嬢なんてごめんです~

Rohdea
恋愛
私が最期に聞いた言葉、それは……「お前のような奴はまさに悪役令嬢だ!」でした。 第1王子、スチュアート殿下の婚約者として過ごしていた、 公爵令嬢のリーツェはある日、スチュアートから突然婚約破棄を告げられる。 その傍らには、最近スチュアートとの距離を縮めて彼と噂になっていた平民、ミリアンヌの姿が…… そして身に覚えのあるような無いような罪で投獄されたリーツェに待っていたのは、まさかの処刑処分で── そうして死んだはずのリーツェが目を覚ますと1年前に時が戻っていた! 理由は分からないけれど、やり直せるというのなら…… 同じ道を歩まず“悪役令嬢”と呼ばれる存在にならなければいい! そう決意し、過去の記憶を頼りに以前とは違う行動を取ろうとするリーツェ。 だけど、何故か過去と違う行動をする人が他にもいて─── あれ? 知らないわよ、こんなの……聞いてない!

婚約破棄したその場から、ざまぁは始まっていました

ふわふわ
恋愛
王国随一の名門、アルファルド公爵家の令嬢シャウラは、 ある日、第一王子アセルスから一方的に婚約を破棄される。 理由はただ一つ―― 「平民出身の聖女と婚約するため」。 だが、その“婚約破棄したその場”で、ざまぁはすでに始まっていた。 シャウラは泣かず、怒らず、抗議もしない。 ただ静かに席を立っただけ。 それだけで―― 王国最大派閥アルファルド派は王子への支持を撤回し、 王国最大の商会は資金提供を打ち切り、 王太子候補だったアセルスは、政治と経済の両方を失っていく。 一方シャウラは、何もしていない。 復讐もしない。断罪もしない。 平穏な日常を送りながら、無自覚のまま派閥の結束を保ち続ける。 そして王国は、 “王太子を立てない”という前代未聞の選択をし、 聡明な第一王女マリーが女王として即位する――。 誰かを裁くことなく、 誰かを蹴落とすことなく、 ただ「席を立った」者だけが、最後まで穏やかでいられた。 これは、 婚約破棄から始まる―― 静かで、上品で、取り返しのつかないざまぁの物語。 「私は何もしていませんわ」 それが、最強の勝利だった。

処理中です...