クリスティーヌの本当の幸せ

宝月 蓮

文字の大きさ
16 / 38

まるでデートみたい

しおりを挟む
 レストランではカジュアルなコース料理が出された。
 クリスティーヌはメインの鯛のムニエルが気に入ったみたいだ。
 食欲をそそるバターの香り。鯛は口の中でほろほろと崩れるほど柔らかい。そして口の中にふわりと旨味が広がる。かかっている蛤と白ワインを煮込んだソースには、魚介の旨味がたっぷり含まれていた。
 クリスティーヌは一口一口じっくり味わっていた。エメラルドの目はキラキラと輝いている。しかし、クリスティーヌの所作は上級貴族に匹敵するほど美しく品があり、平民向けのカジュアルなレストランでは浮いていた。
 ユーグはその様子を見てクスッと笑う。
(平民のふりをして来ているのに、クリスティーヌ嬢は令嬢オーラが消えていない)
 クリスティーヌはユーグの視線に気付く。
「ユーグ様、もしかしてわたくし、はしたなかったでしょうか?」
 弱々しく首を傾げたクリスティーヌ。
 ユーグは微笑んで首を横に振る。
「そうじゃないさ。クリスティーヌ嬢のマナーは完璧だよ」
「ありがとうございます。お褒めくださり光栄でございますわ」
 クリスティーヌはホッとした様子だ。
 ユーグはふふっと笑う。
「それに、クリスティーヌ嬢は本当に美味しそうに食べているから、私も嬉しくてね。ありがとう、クリスティーヌ嬢」
「そんな、お礼を申し上げるのはわたくしでございますわ。このような素敵なお店に連れて来てくださってありがとうございます、ユーグ様」
 クリスティーヌはエメラルドの目を輝かせて微笑んでいた。
(やっぱり君はいつもの令嬢らしい微笑みよりも今の笑顔の方が素敵だ)
 ユーグはヘーゼルの目を細めた。
 その後二人はデザートも食べ終え、食後の紅茶を飲んでいた。
 その時、ゲオルギーがクリスティーヌ達の席の食器を下げにやって来た。
「お二人さん、美味うまかったか?」
「ああ、もちろんだよ。メインの鯛のムニエルも美味しかったけど、私の中ではスープが最高だったかな。じゃがいものまろやかさと牛肉エキスの旨味がマッチしていたよ」
 ユーグは満足そうに微笑んでいる。
 それに対し、ゲオルギーがアンバーの目を大きく見開く。
「本当か!? それは嬉しいぜ。実はスープの仕込みは俺がやったんだ。メインはまだ任せてもらえねえけど、最近スープの仕込みは認めてもらえるようになったんだ。そう言ってくれて嬉しいぜ、ユーグ。ありがとな」
 それからユーグとゲオルギーが楽しそうに話していたので、クリスティーヌはクスクスと笑いながら様子を見ていた。するとその様子に二人が気付く。
「クリスティーヌ嬢、どうしたんだい?」
「いえ、初対面なのにもうお二人が仲良くなられていたので」
「確かに、クリスティーヌ嬢ちゃんを除くと、店で働く同僚とか以外で初めて仲良くなったかもな」
 ゲオルギーは思い出すようにそう言った。
「ゴーシャとなら気軽に話せるかもしれないね」
 ユーグは楽しそうに笑った。
「ユーグもお貴族様っていうからもっと堅苦しそうだと思ってけど、結構気さくだよな」
ゲオルギーもハハっと笑っていた。
「そうだ、クリスティーヌ嬢ちゃんにも料理の感想聞きたいんだが」
 思い出したように、ゲオルギーはクリスティーヌに目を向ける。
「はい、どれも美味しかったです。わたくしが一番気に入ったのはメインの鯛のムニエルでございますわ。香ばしいバターに柔らかくしっかり味が染み込んだ鯛、そして何より蛤と白ワインのソースが素晴らしかったですわ」
 クリスティーヌはうっとりとしていた。
「だよな。メインはオーナーが作ってるんだが、やっぱりソースが最高だ」
 クリスティーヌとゲオルギーは笑いながら話していた。ユーグは少し考えながら二人の顔を凝視する。
「ユーグ様、どうかなさいました?」
 ユーグの視線に気が付いたクリスティーヌは首を傾げる。
「いや……クリスティーヌ嬢とゴーシャ、お店の前で見た時から、二人はよく似ているなって思って。親族とか血縁関係はないんだよね?」
「ええ、血縁関係ではないと存じます。アシルスに親族がいるという話は聞いたことがございませんし」
「うーん、確かにクリスティーヌ嬢ちゃんとは顔が似てるって思うが……俺の家はワケありで、生まれてから十八年間両親とか実の弟妹以外の親族は知らねえしなあ」
「そっか。何か変なこと聞いて申し訳ないね」
 その後、クリスティーヌとユーグは会計を済ませてレストランを出た。
「ユーグ様、わたくしの食事のお代は後で必ずお返しいたします。お手数おかけして申し訳ございません」

 貴族は仕立て屋で服を購入したり、レストランで外食した際の支払いはその場ではなく後で家に請求が行く。だからお金を持ち歩かない者が多い。先程のレストランは貴族向けではなく平民向けなので、その場で支払いをしなければならなかった。しかし、クリスティーヌはそれを知らずお金を持っていなかった。今回はユーグが二人分の食事代を支払ってくれたのだ。

「構わないさ。それに、返そうだなんて思わなくていい。私に君の分も出させて欲しい」
「ですが」
「クリスティーヌ嬢、これは私からのお願いだ。聞いてくれると嬉しい」
「……分かりました。何だが申し訳ないです」
 申し訳なさそうに断ろうとするクリスティーヌ。しかしユーグの押しに負けてしまった。
(わたくしはここまで押しに弱かったかしら?)
 クリスティーヌは心の中でため息をついた。





♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔





 その後しばらくクリスティーヌとユーグは王都を散歩していた。少し時間が経つとお腹に余裕が出て来たので、今度はパティスリーに入ろうとユーグに提案された。
「今から行くパティスリーはこのクリスティーヌ嬢に渡した論文の著者、アーンストート氏の旦那さんのお店なんだ」
「左様でございますか。ということは、アーンストート氏の旦那様はパティシエということでございますね」
 クリスティーヌは少し意外に思った。
「その通りだよ。私も少し驚いた。母上経由で聞いた話だけどね。医務卿として活動する母上は、薬学の第一人者であるアーンストート氏と話す機会が多いからね。その時に彼女の旦那さんのことを聞いたんだろう」
 ユーグはクスッと笑った。
 少し歩くと、『パティスリー・プランタード』と書かれた看板が見えた。このお店らしい。
(プランタード……。確かに、アーンストート氏の旦那様のお店ね。リシェ・アーンストート=プランタードだもの)
 クリスティーヌは看板の文字を見て納得した。
 二人は店の中に入り、席に着く。クリスティーヌは渡されたメニューをじっくり眺めていた。
(おすすめはタルトタタンなのね。苺のミルフィーユも美味しそうだわ)
「クリスティーヌ嬢、決まったかい?」
「タルトタタンと苺のミルフィーユで迷っておりますわ」
 クリスティーヌは困ったような笑みを浮かべて答えた。
「ではその二つを頼もう。私もその二つで迷っていたところなんだ。半分ずつ食べよう」
 ユーグは優しげに微笑んだ。
「ありがとうございます」
 クリスティーヌは嬉しそうに微笑んだ。
 それからユーグは手を挙げて近くにいた給仕係ギャルソンを呼び、タルトタタンと苺のミルフィーユ、それから紅茶を二つを注文した。
 注文してからそれほど時間が経たない間にタルトタタンと苺のミルフィーユと紅茶が運ばれて来た。
 二人は早速一口食べてみる。
「このタルトタタン、表面のキャラメリゼが少しほろ苦いお陰で味のバランスが取れていますわ」
「ミルフィーユもサクサクしていて美味しいよ」
 お互い舌鼓を打ち微笑み合っていた。
 クリスティーヌは客先からチラリと見える厨房で、誰かに指示をしている赤毛にそばかすの男性を見かけた。
「あの男性がこのお店の店主の方でございましょうか?」
「恐らくそうだね。きっとアーンストート氏の旦那さんだ」
 二人は厨房を見て微笑んでいた。
 すると、近くの席からヒソヒソと女性の声が聞こえて来る。
「ねえ、見て。あの茶色いジャケットの人とワインレッドのワンピースの人」
 クリスティーヌ達の周囲にそのような服装をした者はいない。つまり、紛れもなくユーグとクリスティーヌのことを指している。
「美男美女だわ。恋人同士かしら?」
「ええ、きっとそうよ。デート中なのね」
 女性達はクリスティーヌ達の方を見て楽しそうにクスクスと笑っている。
 クリスティーヌはそれを聞いて顔を真っ赤に染める。しかしユーグは聞こえていないのか涼しげに微笑んでいる。
(そ、そんな! ユーグ様と恋人同士だなんて畏れ多いわ! わたくし達はそんな関係ではないのよ! だけど……確かにデートみたいだわ)
 クリスティーヌの鼓動は早くなった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

逆行した悪女は婚約破棄を待ち望む~他の令嬢に夢中だったはずの婚約者の距離感がおかしいのですか!?

魚谷
恋愛
目が覚めると公爵令嬢オリヴィエは学生時代に逆行していた。 彼女は婚約者である王太子カリストに近づく伯爵令嬢ミリエルを妬み、毒殺を図るも失敗。 国外追放の系に処された。 そこで老商人に拾われ、世界中を見て回り、いかにそれまで自分の世界が狭かったのかを痛感する。 新しい人生がこのまま謳歌しようと思いきや、偶然滞在していた某国の動乱に巻き込まれて命を落としてしまう。 しかし次の瞬間、まるで夢から目覚めるように、オリヴィエは5年前──ミリエルの毒殺を図った学生時代まで時を遡っていた。 夢ではないことを確信したオリヴィエはやり直しを決意する。 ミリエルはもちろん、王太子カリストとも距離を取り、静かに生きる。 そして学校を卒業したら大陸中を巡る! そう胸に誓ったのも束の間、次々と押し寄せる問題に回帰前に習得した知識で対応していたら、 鬼のように恐ろしかったはずの王妃に気に入られ、回帰前はオリヴィエを疎ましく思っていたはずのカリストが少しずつ距離をつめてきて……? 「君を愛している」 一体なにがどうなってるの!?

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

次期王妃な悪女はひたむかない

三屋城衣智子
恋愛
 公爵家の娘であるウルム=シュテールは、幼い時に見初められ王太子の婚約者となる。  王妃による厳しすぎる妃教育、育もうとした王太子との関係性は最初こそ良かったものの、月日と共に狂いだす。  色々なことが積み重なってもなお、彼女はなんとかしようと努力を続けていた。  しかし、学校入学と共に王太子に忍び寄る女の子の影が。  約束だけは違えまいと思いながら過ごす中、学校の図書室である男子生徒と出会い、仲良くなる。  束の間の安息。  けれど、数多の悪意に襲われついにウルムは心が折れてしまい――。    想いはねじれながらすれ違い、交錯する。  異世界四角恋愛ストーリー。  なろうにも投稿しています。

婚約破棄されたので辺境伯令嬢は自由に生きます~冷酷公爵の過保護が過ぎて困ります!~

sika
恋愛
「君のような女と婚約していたなど、恥だ!」 公爵嫡男に突然婚約を破棄された辺境伯令嬢リーゼは、すべてを捨てて故郷の領地へ戻る決意をした。 誰にも期待せず、ひっそりと生きようとするリーゼの前に現れたのは、冷酷と噂される隣国の公爵・アルヴィン。 彼はなぜかリーゼにだけ穏やかで優しく、彼女を守ることに執着していて――。 「君はもう誰にも踏みにじられない。俺が保証しよう」 呪いのような過去を断ち切り、真実の愛を掴むざまぁ×溺愛ラブストーリー!

婚約破棄される前に、帰らせていただきます!

パリパリかぷちーの
恋愛
ある日、マリス王国の侯爵令嬢クロナは、王子が男爵令嬢リリィと密会し、自分を「可愛げのない女」と罵り、卒業パーティーで「婚約破棄」を言い渡そうと画策している現場を目撃してしまう。 普通なら嘆き悲しむ場面だが、クロナの反応は違った。

悪女と呼ばれた死に戻り令嬢、二度目の人生は婚約破棄から始まる

冬野月子
恋愛
「私は確かに19歳で死んだの」 謎の声に導かれ馬車の事故から兄弟を守った10歳のヴェロニカは、その時に負った傷痕を理由に王太子から婚約破棄される。 けれど彼女には嫉妬から破滅し短い生涯を終えた前世の記憶があった。 なぜか死に戻ったヴェロニカは前世での過ちを繰り返さないことを望むが、婚約破棄したはずの王太子が積極的に親しくなろうとしてくる。 そして学校で再会した、馬車の事故で助けた少年は、前世で不幸な死に方をした青年だった。 恋や友情すら知らなかったヴェロニカが、前世では関わることのなかった人々との出会いや関わりの中で新たな道を進んでいく中、前世に嫉妬で殺そうとまでしたアリサが入学してきた。

【完結】その溺愛は聞いてない! ~やり直しの二度目の人生は悪役令嬢なんてごめんです~

Rohdea
恋愛
私が最期に聞いた言葉、それは……「お前のような奴はまさに悪役令嬢だ!」でした。 第1王子、スチュアート殿下の婚約者として過ごしていた、 公爵令嬢のリーツェはある日、スチュアートから突然婚約破棄を告げられる。 その傍らには、最近スチュアートとの距離を縮めて彼と噂になっていた平民、ミリアンヌの姿が…… そして身に覚えのあるような無いような罪で投獄されたリーツェに待っていたのは、まさかの処刑処分で── そうして死んだはずのリーツェが目を覚ますと1年前に時が戻っていた! 理由は分からないけれど、やり直せるというのなら…… 同じ道を歩まず“悪役令嬢”と呼ばれる存在にならなければいい! そう決意し、過去の記憶を頼りに以前とは違う行動を取ろうとするリーツェ。 だけど、何故か過去と違う行動をする人が他にもいて─── あれ? 知らないわよ、こんなの……聞いてない!

婚約破棄したその場から、ざまぁは始まっていました

ふわふわ
恋愛
王国随一の名門、アルファルド公爵家の令嬢シャウラは、 ある日、第一王子アセルスから一方的に婚約を破棄される。 理由はただ一つ―― 「平民出身の聖女と婚約するため」。 だが、その“婚約破棄したその場”で、ざまぁはすでに始まっていた。 シャウラは泣かず、怒らず、抗議もしない。 ただ静かに席を立っただけ。 それだけで―― 王国最大派閥アルファルド派は王子への支持を撤回し、 王国最大の商会は資金提供を打ち切り、 王太子候補だったアセルスは、政治と経済の両方を失っていく。 一方シャウラは、何もしていない。 復讐もしない。断罪もしない。 平穏な日常を送りながら、無自覚のまま派閥の結束を保ち続ける。 そして王国は、 “王太子を立てない”という前代未聞の選択をし、 聡明な第一王女マリーが女王として即位する――。 誰かを裁くことなく、 誰かを蹴落とすことなく、 ただ「席を立った」者だけが、最後まで穏やかでいられた。 これは、 婚約破棄から始まる―― 静かで、上品で、取り返しのつかないざまぁの物語。 「私は何もしていませんわ」 それが、最強の勝利だった。

処理中です...