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セルジュの気持ち
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その後、クリスティーヌはルナの医学・薬学サロンで不眠症解消の為の睡眠薬の開発者として紹介された。リシェや他の権威ある学者からも評価は得られた。
クリスティーヌはもう社交界での悪意ある噂のことはどうでもよくなっていた。
タルド家の王都の屋敷に戻り、改めてマリアンヌ達から届いていた手紙を読んでみた。マリアンヌ、セルジュ、ディオン、ルシール、ユルシュルはクリスティーヌに関する悪意ある噂を否定して回ってるそうだ。マリアンヌからの手紙には、かつて彼女の趣味を馬鹿にして嫌がらせをしたのがエグランティーヌだと書かれていた。
(マリアンヌ様に辛い思いをさせたのもエグランティーヌ様なのね)
クリスティーヌはエグランティーヌを許せない思いが強まった。
更に、マリアンヌからの手紙の最後には『お兄様かエグランティーヌ様のような方を好きになるなんて絶対にあり得ません』と強調して書かれていた。クリスティーヌは苦笑してしまう。
そして更に、ユーグからも手紙が届いたのだ。ユーグは現在ネンガルド王国にいるようだ。
(ユーグ様、頑張っていらっしゃるのね。私も色々とあったけれど、他国で頑張っていらっしゃるユーグ様を思い浮かべると、力が湧いてくるわ)
クリスティーヌは手紙を胸に当て微笑んだ。
すっかり元気を取り戻したクリスティーヌは全員にもう大丈夫だと伝える為に返事を書いた。
そんなある日、セルジュから手紙と共にドレスとアクセサリーが届いた。淡いピンクで程よくレースをあしらった令嬢らしいドレスだ。そしてムーンストーンの髪飾り。セルジュの目の色だ。手紙には、クリスティーヌが元気になって安心したこと、そのドレスとアクセサリーを着用して次の王家主催の 夜会に出席して欲しいこと、その際にセルジュがエスコートすることが書いてあった。王家主催だからほとんどの貴族が参加する。そこにはエグランティーヌもいるだろう。クリスティーヌ一人だけでは確実に嫌がらせをされる。隣に男性であるセルジュがいることである程度の抑止力になるだろうとのことだ。確かにセルジュの言うことは納得が出来たので、クリスティーヌは了承することにした。
王家主催の夜会当日になった。タルド家の王都の屋敷にルテル家の馬車がやって来た。セルジュが迎えに来たのだ。
「クリスティーヌ嬢、ドレスもアクセサリーも身に着けてくれたんだね。ありがとう。よく似合っている」
セルジュは嬉しそうにムーンストーンの目を細めた。自身がプレゼントした淡いピンクのドレスとムーンストーンの髪飾りをクリスティーヌが着用しているからだ。
「こちらこそ、素敵なドレスとアクセサリーをありがとうございます。ご迷惑をおかけしますが、今日はよろしくお願いします」
クリスティーヌは淑女の笑みだ。
「迷惑なんかじゃないさ。ただ僕がそうしたかっただけ」
セルジュは優しげに微笑んだ。
「それに、男が女性を守るのは当然のこと」
「……左様でございますか」
クリスティーヌは苦笑する。そして真剣な表情になる。
「ですが私は、守られるだけよりも共に戦う方が性に合っている気がします」
「……そっか」
セルジュは視線を下に逸らす。表情は少し切なげだった。
「ご機嫌よう、クリスティーヌ様。お元気そうで安心いたしました」
馬車にはユルシュルも乗っていた。ユルシュルは眼鏡を少し上げ、キリッとした笑みを浮かべる。
「ユルシュル様、ご機嫌よう。ええ、色々とご心配をおかけしました」
クリスティーヌはふわりと微笑む。
「クリスティーヌ様、今日はお兄様がおりますので、貴女が質の悪い方々に表立って何かされることはないでしょう。ですのでご安心ください」
「ありがとうございます」
クリスティーヌは淑女の笑みだ。
いつの間にか、馬車は王宮に到着していた。クリスティーヌはセルジュにエスコートされて会場入りする。
「クリスティーヌ様」
マリアンヌが嬉しそうな明るい笑みで向かって来る。
「ご機嫌よう、マリアンヌ様」
マリアンヌとはしばらく会っていなかった。久々に会えたことでクリスティーヌも嬉しくなる。
「クリスティーヌ様、あまりお力にならず申し訳ございません」
「マリアンヌ様、貴女がお気になさらないでください。私はもう大丈夫でございます」
ふふっと笑うクリスティーヌ。
「私……昔エグランティーヌ様とのことを思い出して怖くなってしまいましたが、立ち向かう勇気が出ました。一緒に戦いましょう」
控えめで少しオドオドしていたマリアンヌは少し強くなっていた。
「ええ、マリアンヌ様」
クリスティーヌは力強い笑みを浮かべた。
そこへ、カツカツとヒールの音が近付いて来た。パンツドレス姿のルシールだ。その隣には赤毛にアメジストのような紫の目の見知らぬ男性もいた。
「クリスティーヌ様、ご機嫌麗しゅう。お姿を拝見出来て安心しました」
「ご機嫌よう、ルシール様。ありがとうございます」
クリスティーヌはふふっと笑う。
「紹介いたしますわ。彼は私の婚約者。フランソワでございます」
ルシールは隣にいた男性を紹介する。
「フランソワ・リシャール・ド・ソンブレイユと申します」
落ち着いた品のある笑みに、ボールが勢いよく弾むような声。少しチグハグした印象のフランソワだ。
「クリスティーヌ・ジゼル・ド・タルドでございます。僭越ながらルシール様とは仲良くさせていただいております」
クリスティーヌは淑女の笑みだ。
「存じ上げております。ルシールからクリスティーヌ嬢の話は聞いています。薬学を学ぶ真面目な令嬢だと。今回の噂も全て真実ではないことも存じ上げております」
「恐れ入ります」
クリスティーヌは安心した。
「クリスティーヌ嬢」
「ディオン様、ご機嫌よう」
ディオンもやって来た。
「元気そうで安心した。俺が出来ることは少ないかもしれないが、状況を解決する為に動きたい」
ディオンの目線は泳いでいたが、真剣さは伝わってきた。
「ありがとうございます」
クリスティーヌはふふっと微笑んだ。
「あの子が例の男好き令嬢ね?」
「会場入り前から男といるのね」
エグランティーヌ派閥の者達からは悪意ある視線を送られるクリスティーヌ。
「まあ、クリスティーヌ嬢のことを知ろうともしないでそのようなことを仰るのでございますね。わざわざ悪口を言う為にこの王家の夜会に出席したのかしら? 品のない囀りをする迂闊な小鳥達は排除する必要がございますこと」
ルシールはわざと聞こえる声でそう言った。エグランティーヌ派閥の令嬢達は黙り込む。
マリアンヌ達が悪意ある噂を否定して回ってくれたお陰で、エグランティーヌ派閥以外からは特に何も言われることはなかった。しかし、遠巻きに見られている感じはした。しかし、クリスティーヌには味方がいたので居心地の悪さは感じなかった。
(噂の影響は大きいものね。だけど、私はもう大丈夫だわ)
クリスティーヌは淑女の笑みだった。
「クリスティーヌ嬢、大丈夫。僕がいるから」
セルジュはクリスティーヌを守るかのようだった。そのお陰で表立って何かされたりすることはなかった。しかし、エグランティーヌが苛立っていることは手に取るように分かった。自身の派閥の者達がクリスティーヌを害するところを望んでいたからだ。苛立ちが頂点に達したエグランティーヌは自ら動き出す。赤ワインの入ったグラスを持ってクリスティーヌに近付いて来た。そしてクリスティーヌの隣にいるセルジュを一瞥した。
「ご機嫌よう、クリスティーヌ。今回はどの家の方を誑かしたのかしら?」
エグランティーヌは蔑むような笑みだ。
「ご機嫌よう、エグランティーヌ様。私はどなたも誑かしてはございません」
クリスティーヌは毅然としていた。
するとエグランティーヌは苛立ちを露わにする。
「田舎の男爵令嬢如きが私に口答えするのね!」
持っていた赤ワインをクリスティーヌにかけようとする。しかし、セルジュがクリスティーヌの体を引き寄せたのでドレスにかかることはなかった。
「クリスティーヌ嬢、いきなりこんなことしてすまないね」
「いえ、セルジュ様。助かりました。ありがとうございます」
「クリスティーヌ嬢に被害がなくてよかったよ」
セルジュはホッとし、優しげな笑みをクリスティーヌに向ける。そしてエグランティーヌに冷たい眼差しを向けた。眉を顰めるエグランティーヌ。
「貴方、その女はユーグ様にも色目を使う性悪女よ。そんな女と一緒にいるなんて、貴方、女の趣味が悪くなくって?」
エグランティーヌは侮蔑するような笑みをセルジュに向ける。
(この方、何て失礼なのかしら)
クリスティーヌは怒りを通り越して呆れ返っていた。
その時、セルジュの口からはクリスティーヌが予想していなかった言葉が出てくる。
「そう思いたいのであればどうぞそう思っていただいて結構です。僕はクリスティーヌ嬢に惚れていますから。まあ、貴女如きにクリスティーヌ嬢の良さは分からないでしょうけど」
「……え?」
クリスティーヌはエメラルドの目を見開き、セルジュを見る。セルジュのムーンストーンの目からは真剣さが窺えた。
「フン、格下同士せいぜい仲良くやってなさい」
エグランティーヌは面白くないと言うかのような表情で吐き捨ててどこかへ行ってしまった。
クリスティーヌはセルジュの言葉に戸惑っていた。
(セルジュ様が……私を……? 確かに婚約者候補ではあるけれど)
「クリスティーヌ嬢、驚かせてしまってすまない。……少し二人で話をしたい」
セルジュのムーンストーンの目は、クリスティーヌを真っ直ぐ見ていた。
「……はい」
クリスティーヌは頷いた。
二人は会場を離れ、人気のない廊下に出た。
「クリスティーヌ嬢、さっき僕が言ったことは本当のことだよ。僕は君に惚れている。昨年の成人の儀で、君の姿を見て一目惚れしたんだ」
セルジュは真っ直ぐクリスティーヌを見つめる。
(……どうしよう)
クリスティーヌは戸惑っていた。
「最初は政略結婚でもいいから、君が欲しいと思った。だけど……やっぱりクリスティーヌ嬢にも僕を見て欲しいと思ったんだ。もし僕の気持ちに応えてくれるのなら……」
セルジュは片膝をつき、ムーンストーンの目で真っ直ぐクリスティーヌを見つめる。表情はとても真剣だった。
「僕の正式な婚約者になって欲しい」
(家同士のことを考えると……お受けするべきだけれど、それではセルジュ様に対して不誠実だわ。私は……)
クリスティーヌの脳裏にユーグの姿が浮かんだ。
「セルジュ様のお気持ちは、とても嬉しいです。ですが……申し訳ございません。お受け出来ません」
「そっか。それはとても残念だよ。だけど、断られるのは分かってた」
セルジュはショックを受ける反面、どこか安心していた。
「家同士や領民のことを持ち出したらきっとクリスティーヌ嬢は頷いてくれただろうけど、君には想い人がいるよね。クリスティーヌ嬢はそうなっても頑張って僕を見てくれようとするだろうけど、それだと僕が虚しくなるよ」
セルジュは眉を八の字にして笑う。
「本当に申し訳ございません」
クリスティーヌはセルジュの目を見て謝った。
「クリスティーヌ嬢、謝る必要はないよ。誰かを想うことは悪いことではないからね。だけどクリスティーヌ嬢、これだけは覚えておいて。僕はいつまでも君の味方だから」
セルジュのムーンストーンの目には曇りひとつなかった。
「ありがとうございます」
クリスティーヌはふわりと微笑んだ。
クリスティーヌはもう社交界での悪意ある噂のことはどうでもよくなっていた。
タルド家の王都の屋敷に戻り、改めてマリアンヌ達から届いていた手紙を読んでみた。マリアンヌ、セルジュ、ディオン、ルシール、ユルシュルはクリスティーヌに関する悪意ある噂を否定して回ってるそうだ。マリアンヌからの手紙には、かつて彼女の趣味を馬鹿にして嫌がらせをしたのがエグランティーヌだと書かれていた。
(マリアンヌ様に辛い思いをさせたのもエグランティーヌ様なのね)
クリスティーヌはエグランティーヌを許せない思いが強まった。
更に、マリアンヌからの手紙の最後には『お兄様かエグランティーヌ様のような方を好きになるなんて絶対にあり得ません』と強調して書かれていた。クリスティーヌは苦笑してしまう。
そして更に、ユーグからも手紙が届いたのだ。ユーグは現在ネンガルド王国にいるようだ。
(ユーグ様、頑張っていらっしゃるのね。私も色々とあったけれど、他国で頑張っていらっしゃるユーグ様を思い浮かべると、力が湧いてくるわ)
クリスティーヌは手紙を胸に当て微笑んだ。
すっかり元気を取り戻したクリスティーヌは全員にもう大丈夫だと伝える為に返事を書いた。
そんなある日、セルジュから手紙と共にドレスとアクセサリーが届いた。淡いピンクで程よくレースをあしらった令嬢らしいドレスだ。そしてムーンストーンの髪飾り。セルジュの目の色だ。手紙には、クリスティーヌが元気になって安心したこと、そのドレスとアクセサリーを着用して次の王家主催の 夜会に出席して欲しいこと、その際にセルジュがエスコートすることが書いてあった。王家主催だからほとんどの貴族が参加する。そこにはエグランティーヌもいるだろう。クリスティーヌ一人だけでは確実に嫌がらせをされる。隣に男性であるセルジュがいることである程度の抑止力になるだろうとのことだ。確かにセルジュの言うことは納得が出来たので、クリスティーヌは了承することにした。
王家主催の夜会当日になった。タルド家の王都の屋敷にルテル家の馬車がやって来た。セルジュが迎えに来たのだ。
「クリスティーヌ嬢、ドレスもアクセサリーも身に着けてくれたんだね。ありがとう。よく似合っている」
セルジュは嬉しそうにムーンストーンの目を細めた。自身がプレゼントした淡いピンクのドレスとムーンストーンの髪飾りをクリスティーヌが着用しているからだ。
「こちらこそ、素敵なドレスとアクセサリーをありがとうございます。ご迷惑をおかけしますが、今日はよろしくお願いします」
クリスティーヌは淑女の笑みだ。
「迷惑なんかじゃないさ。ただ僕がそうしたかっただけ」
セルジュは優しげに微笑んだ。
「それに、男が女性を守るのは当然のこと」
「……左様でございますか」
クリスティーヌは苦笑する。そして真剣な表情になる。
「ですが私は、守られるだけよりも共に戦う方が性に合っている気がします」
「……そっか」
セルジュは視線を下に逸らす。表情は少し切なげだった。
「ご機嫌よう、クリスティーヌ様。お元気そうで安心いたしました」
馬車にはユルシュルも乗っていた。ユルシュルは眼鏡を少し上げ、キリッとした笑みを浮かべる。
「ユルシュル様、ご機嫌よう。ええ、色々とご心配をおかけしました」
クリスティーヌはふわりと微笑む。
「クリスティーヌ様、今日はお兄様がおりますので、貴女が質の悪い方々に表立って何かされることはないでしょう。ですのでご安心ください」
「ありがとうございます」
クリスティーヌは淑女の笑みだ。
いつの間にか、馬車は王宮に到着していた。クリスティーヌはセルジュにエスコートされて会場入りする。
「クリスティーヌ様」
マリアンヌが嬉しそうな明るい笑みで向かって来る。
「ご機嫌よう、マリアンヌ様」
マリアンヌとはしばらく会っていなかった。久々に会えたことでクリスティーヌも嬉しくなる。
「クリスティーヌ様、あまりお力にならず申し訳ございません」
「マリアンヌ様、貴女がお気になさらないでください。私はもう大丈夫でございます」
ふふっと笑うクリスティーヌ。
「私……昔エグランティーヌ様とのことを思い出して怖くなってしまいましたが、立ち向かう勇気が出ました。一緒に戦いましょう」
控えめで少しオドオドしていたマリアンヌは少し強くなっていた。
「ええ、マリアンヌ様」
クリスティーヌは力強い笑みを浮かべた。
そこへ、カツカツとヒールの音が近付いて来た。パンツドレス姿のルシールだ。その隣には赤毛にアメジストのような紫の目の見知らぬ男性もいた。
「クリスティーヌ様、ご機嫌麗しゅう。お姿を拝見出来て安心しました」
「ご機嫌よう、ルシール様。ありがとうございます」
クリスティーヌはふふっと笑う。
「紹介いたしますわ。彼は私の婚約者。フランソワでございます」
ルシールは隣にいた男性を紹介する。
「フランソワ・リシャール・ド・ソンブレイユと申します」
落ち着いた品のある笑みに、ボールが勢いよく弾むような声。少しチグハグした印象のフランソワだ。
「クリスティーヌ・ジゼル・ド・タルドでございます。僭越ながらルシール様とは仲良くさせていただいております」
クリスティーヌは淑女の笑みだ。
「存じ上げております。ルシールからクリスティーヌ嬢の話は聞いています。薬学を学ぶ真面目な令嬢だと。今回の噂も全て真実ではないことも存じ上げております」
「恐れ入ります」
クリスティーヌは安心した。
「クリスティーヌ嬢」
「ディオン様、ご機嫌よう」
ディオンもやって来た。
「元気そうで安心した。俺が出来ることは少ないかもしれないが、状況を解決する為に動きたい」
ディオンの目線は泳いでいたが、真剣さは伝わってきた。
「ありがとうございます」
クリスティーヌはふふっと微笑んだ。
「あの子が例の男好き令嬢ね?」
「会場入り前から男といるのね」
エグランティーヌ派閥の者達からは悪意ある視線を送られるクリスティーヌ。
「まあ、クリスティーヌ嬢のことを知ろうともしないでそのようなことを仰るのでございますね。わざわざ悪口を言う為にこの王家の夜会に出席したのかしら? 品のない囀りをする迂闊な小鳥達は排除する必要がございますこと」
ルシールはわざと聞こえる声でそう言った。エグランティーヌ派閥の令嬢達は黙り込む。
マリアンヌ達が悪意ある噂を否定して回ってくれたお陰で、エグランティーヌ派閥以外からは特に何も言われることはなかった。しかし、遠巻きに見られている感じはした。しかし、クリスティーヌには味方がいたので居心地の悪さは感じなかった。
(噂の影響は大きいものね。だけど、私はもう大丈夫だわ)
クリスティーヌは淑女の笑みだった。
「クリスティーヌ嬢、大丈夫。僕がいるから」
セルジュはクリスティーヌを守るかのようだった。そのお陰で表立って何かされたりすることはなかった。しかし、エグランティーヌが苛立っていることは手に取るように分かった。自身の派閥の者達がクリスティーヌを害するところを望んでいたからだ。苛立ちが頂点に達したエグランティーヌは自ら動き出す。赤ワインの入ったグラスを持ってクリスティーヌに近付いて来た。そしてクリスティーヌの隣にいるセルジュを一瞥した。
「ご機嫌よう、クリスティーヌ。今回はどの家の方を誑かしたのかしら?」
エグランティーヌは蔑むような笑みだ。
「ご機嫌よう、エグランティーヌ様。私はどなたも誑かしてはございません」
クリスティーヌは毅然としていた。
するとエグランティーヌは苛立ちを露わにする。
「田舎の男爵令嬢如きが私に口答えするのね!」
持っていた赤ワインをクリスティーヌにかけようとする。しかし、セルジュがクリスティーヌの体を引き寄せたのでドレスにかかることはなかった。
「クリスティーヌ嬢、いきなりこんなことしてすまないね」
「いえ、セルジュ様。助かりました。ありがとうございます」
「クリスティーヌ嬢に被害がなくてよかったよ」
セルジュはホッとし、優しげな笑みをクリスティーヌに向ける。そしてエグランティーヌに冷たい眼差しを向けた。眉を顰めるエグランティーヌ。
「貴方、その女はユーグ様にも色目を使う性悪女よ。そんな女と一緒にいるなんて、貴方、女の趣味が悪くなくって?」
エグランティーヌは侮蔑するような笑みをセルジュに向ける。
(この方、何て失礼なのかしら)
クリスティーヌは怒りを通り越して呆れ返っていた。
その時、セルジュの口からはクリスティーヌが予想していなかった言葉が出てくる。
「そう思いたいのであればどうぞそう思っていただいて結構です。僕はクリスティーヌ嬢に惚れていますから。まあ、貴女如きにクリスティーヌ嬢の良さは分からないでしょうけど」
「……え?」
クリスティーヌはエメラルドの目を見開き、セルジュを見る。セルジュのムーンストーンの目からは真剣さが窺えた。
「フン、格下同士せいぜい仲良くやってなさい」
エグランティーヌは面白くないと言うかのような表情で吐き捨ててどこかへ行ってしまった。
クリスティーヌはセルジュの言葉に戸惑っていた。
(セルジュ様が……私を……? 確かに婚約者候補ではあるけれど)
「クリスティーヌ嬢、驚かせてしまってすまない。……少し二人で話をしたい」
セルジュのムーンストーンの目は、クリスティーヌを真っ直ぐ見ていた。
「……はい」
クリスティーヌは頷いた。
二人は会場を離れ、人気のない廊下に出た。
「クリスティーヌ嬢、さっき僕が言ったことは本当のことだよ。僕は君に惚れている。昨年の成人の儀で、君の姿を見て一目惚れしたんだ」
セルジュは真っ直ぐクリスティーヌを見つめる。
(……どうしよう)
クリスティーヌは戸惑っていた。
「最初は政略結婚でもいいから、君が欲しいと思った。だけど……やっぱりクリスティーヌ嬢にも僕を見て欲しいと思ったんだ。もし僕の気持ちに応えてくれるのなら……」
セルジュは片膝をつき、ムーンストーンの目で真っ直ぐクリスティーヌを見つめる。表情はとても真剣だった。
「僕の正式な婚約者になって欲しい」
(家同士のことを考えると……お受けするべきだけれど、それではセルジュ様に対して不誠実だわ。私は……)
クリスティーヌの脳裏にユーグの姿が浮かんだ。
「セルジュ様のお気持ちは、とても嬉しいです。ですが……申し訳ございません。お受け出来ません」
「そっか。それはとても残念だよ。だけど、断られるのは分かってた」
セルジュはショックを受ける反面、どこか安心していた。
「家同士や領民のことを持ち出したらきっとクリスティーヌ嬢は頷いてくれただろうけど、君には想い人がいるよね。クリスティーヌ嬢はそうなっても頑張って僕を見てくれようとするだろうけど、それだと僕が虚しくなるよ」
セルジュは眉を八の字にして笑う。
「本当に申し訳ございません」
クリスティーヌはセルジュの目を見て謝った。
「クリスティーヌ嬢、謝る必要はないよ。誰かを想うことは悪いことではないからね。だけどクリスティーヌ嬢、これだけは覚えておいて。僕はいつまでも君の味方だから」
セルジュのムーンストーンの目には曇りひとつなかった。
「ありがとうございます」
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