クリスティーヌの本当の幸せ

宝月 蓮

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緊急事態

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 王宮の一室で、とある会議が開かれている。そこにはルナとシャルルだけでなく側近達も集まっている。医務卿のキトリーもいた。
 黒褐色の髪に、紫の目をした男性がボウ・アンド・スクレープでルナに礼をる。
「おたいらになってちょうだい、ランベール」
 華やかで澄んでいるが、厳かな声のルナ。
「女王陛下、ただいま戻りました」
 ランベールが頭を上げる。

 ランベール・ブノワ・ド・メルクール。現在の宰相でメルクール公爵家の当主だ。ルシールの父であり、ユーグの義叔父おじである。

「ランベール、丁度良い時に戻りましたね。外務卿と次期宰相候補の方々も無事で安心しました」
 ルナは口元を綻ばせた。
「ええ。女王陛下からのお知らせがあったので、グロートロップ王国及び、ニサップ王国には足を運びませんでした」
「連絡が間に合ったみたいですわね。外務卿と宰相候補の方々はまだアリティー王国にいるのですわね」
「左様でございます。五日後にナルフェックに帰国予定でございます。私の後釜候補の者達にはまだまだ学んで欲しいことがありますので」
「分かりました。では、早速本題に移りましょう」
 ルナは真剣な表情になる。
「グロートロップ王国、ニサップ王国で疫病が発生しております。グロートロップ王国王室からの情報によりますと、初期症状は咳のみ。そして次第に全身に水痘のような発疹が見られる。大抵の方々はこの段階で完治するようですが、重症化して亡くなる方もおりますわ。それから、完治された方の中には運悪く痘瘡が残ってしまう場合があります。残念ながら、まだワクチンや特効薬はありません」
「ルナ様、何故なぜその病はグロートロップ王国とニサップ王国で流行り始めているのでしょうか?」
 シャルルが質問した。
「グロートロップ王国が、海を挟んだ南部の国々と交流していたからでしょう。今二つの国で流行っている病は、南部の国々の風土病だということが判明しております。こちらの文献にも書いてありますわ」
 ルナはシャルルに文献を渡した。シャルルは読み終わると他の者達にも回す。
「女王陛下、グロートロップとニサップで流行り始めているということは、いずれ我が国にも病は入ってくることでしょう」
「ええ、理解が早くて助かりますわ、キトリー」
 ルナはキトリーに微笑んだ。会議の場なので、ルナのことをちゃんと女王陛下と呼ぶキトリーだ。
「遅かれ早かれ、この病はナルフェックにも入ってきますし、他国にも広がるでしょう。ですので、早急な対策が必要です。現在、この病はウイルス性であることが判明しております。まずはワクチン及び特効薬の開発、そして我が国で感染者が出た場合の速やかな隔離を徹底しましょう」
「承知いたしました。直ちに国民にお知らせする手配を整えて参ります」
「頼みましたよ、ランベール。わたくしはヌムール領でワクチン及び特効薬の開発を急ぐことにいたします」
 ルナはその他にも的確な指示をし、会議は解散となった。





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 その翌日。クリスティーヌ達はまだ疫病のことなどつゆ知らず、『薔薇の会』に参加していた。ユーグはまだナルフェックに帰国していないので不在だ。
「クリスティーヌ嬢、最近悪意ある噂のせいで色々と大変だったね。大丈夫なのかい?」
「ご心配をおかけいたしました。ですが、もう大丈夫でございます。レミ殿下」
 クリスティーヌは淑女の笑みだ。エメラルドの目はかつての輝きを取り戻している。
「そうかい。その表情なら安心だ」
 レミは高らかに笑った。
「ですが、エグランティーヌ様は性悪でございます。何をしてくるか分からないので警戒するに越したことはございません。クリスティーヌ様、くれぐれもお気を付けてくださいね」
 生糸のように細く澄んだ声だが、珍しく言葉に棘のあるマリアンヌ。よほどエグランティーヌが嫌いなのだろう。
「ありがとうございます、マリアンヌ様」
 クリスティーヌは苦笑した。
「マリアンヌ嬢、中々仰いますね」
 セルジュが意外そうに笑った。
「このくらい言ってもばちは当たらないはずでございます。わたくしもあの方に色々された経験がございますので。それに、クリスティーヌ様にまで悪質なことをなさるなんて許せません」
 少し頬を膨らますマリアンヌ。
「マリアンヌ嬢がエグランティーヌ嬢のことが嫌いだということはよく分かりました」
 ディオンが苦笑した。
「今回の件で、社交界には悪質な噂を楽しむようなお暇で自分の頭で考える力のない方々がいらっしゃることがよく分かりました」
 ユルシュルが軽くため息をついた。
「ユルシュル様も辛辣でございますね」
 クリスティーヌは苦笑した。
「まあまあ皆様、そのような取るに足りない方のお話で時間を割くなど勿体ないですわよ。わたくし達はもっと明るく幸せになることを話すべきでございますわ」
 ルシールが凛とした笑みを浮かべた。
「ルシールが一番辛辣ですわ。でも、その通りよ」
 イザベルが上品な笑みで紅茶を一口飲んだ。
「では明るい話題に移ろうか。皆知っていると思うが、四日後に我らが弟アンドレのお披露目会がある。本格的に公務を始めるんだ」
 レミは隣に座っていたアンドレの肩を軽くポンと叩いた。
「少し緊張しますが、僕も兄上や姉上のように活躍したいと存じます。この先まだ何が起こるかは分かりませんが、臣籍降下するまでの間、ガブリエル兄上を支えられるように精一杯頑張ります」
 アンドレは穏やかに笑う。アメジストの目からは覚悟が感じられた。王太子ガブリエル以外に王室に残るのは今のところアンドレだけだ。アンドレの宣言に、皆拍手を送った。





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 そして四日後。アンドレのお披露目会、すなわち社交界デビューを宣言する為のパーティーが王宮で開かれた。もちろんクリスティーヌも参加している。
「あの、クリスティーヌ様、少しよろしいでしょうか?」
 クリスティーヌはとある令嬢達に声をかけられた。
(この方々は……)
 クリスティーヌはあることを思い出した。

『貴女、上級貴族の男性達を誑かしているのね』
『男性にドレスを脱がせてもらいやすくなったのではないかしら?』
『まあ、とても厭らしいことをなさっているのね』
『もしかして、もう純潔を失っていたりして』

(わたくしの悪意ある噂を信じて嫌がらせをしてきたエグランティーヌ様の派閥の方々……)
 クリスティーヌは身構える。話しかけてきた四人はクリスティーヌに赤ワインを引っかけてきた令嬢だった。
「本当に申し訳ございません!」
 四人の代表がクリスティーヌに勢いよく謝った。
「え?」
 予想外のことに素っ頓狂な声を上げるクリスティーヌ。
「私達、エグランティーヌ様から言われたことを信じてしまってクリスティーヌ様にあのようなことをしてしまいました」
「ですが、それが嘘だと知って、わたくし達はクリスティーヌ様に酷いことをしてしまったと後悔しました」
「それで、クリスティーヌ様にどうしても謝りたいと思ったのです」
 令嬢達は後悔に苛まれた表情だった。
(何だか意外だわ。ここまで必死に謝ってくるなんて)
 クリスティーヌはクスッと笑った。
「クリスティーヌ様、どうかなさったのですか?」
 令嬢の中の一人が首を傾げる。
「いえ、貴女方がきちんと真実を見れる方々で安心いたしました」
 柔らかな笑みのクリスティーヌ。令嬢達はホッとする。
「あの、それでわたくし達、クリスティーヌ様ときちんとお話ししてみたいと存じましたの」
「ゆっくりお話ししてみたいですわ。よろしいでしょうか?」
 令嬢達はそう提案する。
「承知いたしました」
 クリスティーヌは淑女の笑みで頷く。
「でしたら、静かな休憩室がございますの。そちらへ行きましょう」
 クリスティーヌは令嬢達に連れられて、一旦会場を出た。
 令嬢達と少し会話しながら連れられた場所は人気ひとけのない廊下。
「こちらのお部屋でございますわ。お入りください」
 そう言われ、クリスティーヌは部屋に入る。
「っ!」
 するとクリスティーヌは目を見開く。
「エグランティーヌ様……」
 部屋の中にはエグランティーヌがいた。それだけではない。見るからにガラの悪い男が5人もいた。
「貴女達、連れて来たのね。ご苦労様」
 エグランティーヌは口角を吊り上げる。
「ええ、案外チョロかったですわ」
 クリスティーヌを連れて来た令嬢達がクスッと笑う。
 部屋の扉が閉まる。ガチャリと鍵をかけられる音も聞こえた。
(そういうことね……)
 クリスティーヌは冷静に見えたが、内心焦っていた。扉を確認するものの、やはり開かなかった。
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