クリスティーヌの本当の幸せ

宝月 蓮

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企てた計画、通じ合う想い

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 時は『薔薇の会』が開かれた日に遡る。
 クリスティーヌは『薔薇の会』が終わった後にイザベルから話があるとのことで別室に呼び出されたのだ。その部屋にはルナとシャルルもいた。
「ノルマンディー侯爵家当主ドニが犯している罪の証拠が揃いました。後は、エグランティーヌを使ってドニを始めとする国家転覆の芽となる者達を一掃する必要がありますわ。そこで、クリスティーヌに協力を頼みたいのです」
 ルナは真っ直ぐクリスティーヌの目を見てそう言った。
わたくしがお役に立てますでしょうか?」
 クリスティーヌは少し不安になった。女王であるルナからの協力要請だ。断るのは難しいが、きっと大がかりなことだろうと思った。自分が協力出来ることがあるだろうか。
「ええ、クリスティーヌだからです。今貴女はエグランティーヌに目をつけられている。それを利用しますの」
 ルナの口角が品良く上がる。
「四日後、アンドレをお披露目する為の夜会があります。そこでエグランティーヌは仲間の令嬢を使ってクリスティーヌを誰もいない部屋に呼び出すそうです。そしてその部屋でエグランティーヌが雇った悪漢五人にクリスティーヌを襲わせるみたいですわ。貞操を奪うなり殺めるなり好きにして良いと」
「まあ……」
 ルナから聞いた言葉に、クリスティーヌは絶句した。
「クリスティーヌ、わたくしがエグランティーヌから聞き出しましたの。彼女と親しくなる振りをして。その際に、彼女に心を開かせる為に、わたくしは聞こえによってはクリスティーヌの悪口とも取れることを言ってしまいましたわ。本心ではないとはいえ、そのことについてお詫びするわ」
 イザベルは申し訳なさそうにクリスティーヌを見た。
「そんな、王女殿下、お気になさらないでください」
 クリスティーヌは恐縮していた。
「クリスティーヌ、貴女には敢えてその部屋に行ってもらいます。そこでほんの少しの間、時間稼ぎを頼みたいのです」
「女王陛下、わたくしはどのように時間稼ぎをすればいいのでございましょうか?」
 クリスティーヌは首を傾げた。
「エグランティーヌがクリスティーヌを呼び出す部屋に、サーベルを置いておきます。それでわたくし達が衛兵を集めるほんの少しの間、悪漢五人と戦ってもらいます。クリスティーヌに頼みたいことはこれだけです。その部屋の鍵はイザベルが持っているので、彼女がすぐに開けるでしょう」
 ルナはクリスティーヌの目を真っ直ぐ見ていた。
「クリスティーヌ嬢、貴女の剣術の実力はイザベルから聞きました。僕達がいますので、クリスティーヌ嬢の貞操が奪われてしまったり重傷を負うことはありません。ですが、今回の件はクリスティーヌ嬢に危険が伴うでしょう。断ってもらっても構いません」
 シャルルはクリスティーヌの身を案じていた。
 しかし、クリスティーヌは気にせず承諾した。
「恐らくエグランティーヌ様をこのままにしておけば、わたくしやマリアンヌ様だけでなく、他にも被害を受ける方が増えるでしょう。それに、国を脅かす芽を摘むお手伝いが出来るのならば、協力いたします」
「クリスティーヌ、ご協力に感謝しますわ。貴女の貞操や命の危険は必ずないようにします。それから、エグランティーヌが衛兵に捕らえられた後、貴女にはエグランティーヌが逆上するようなことを言ってもらいたいの」
「なぜでございますか?」
 クリスティーヌは首を傾げた。
「きっと彼女は隠し持っているナイフでクリスティーヌに襲いかかるでしょう。それを私が庇うのです」
 ルナは上品にふふっと笑う。
「しかし、女王陛下がお怪我をなさってしまいます」
「ええ。わたくしが怪我をすれば良いのです。護衛にコントロールさせてわたくしの左手に掠り傷を作る予定ですわ。そうすれば、エグランティーヌには王族妨害罪だけでなく、王族傷害罪が加わります。ドニの税収の不正の罪ではせいぜい罰金と三年以下の投獄・徒刑。恐らく彼はノルマンディー侯爵家当主として再び返り咲く可能性がある。そこで、エグランティーヌに王族傷害罪を犯してもらい、ドニの力を削いでしまうのです。王族傷害罪を起こした者のいる家は領地の一部や爵位の自主返納、自主的な降爵が求められますので」
 ルナは上品で優美な笑みだ。そしてそのまま言葉を続ける。
「クリスティーヌ、清廉潔白なだけでは王族や貴族の役目が務まりませんのよ。時には狡猾な手段を取ることや、手段を選ばないことも必要ですの」
 ルナの表情からは、国の頂点に立つ者としての覚悟が感じられた。






♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔





「ということですのよ。結果的にユーグの言葉でエグランティーヌが逆上したのですが」
 品良く微笑むルナは、ユーグに一連の計画を説明した。
「左様でございましたか」
 ユーグは驚いていた。そしてあることに気が付いて少し青ざめる。
「あの、私はその扉の鍵を壊してしまいました。王女殿下が扉の鍵を持っているとは知らず、クリスティーヌ嬢に危険が迫っていたので何も考えられなくなってしまい……。大変申し訳ございません」
「今回は、緊急事態ということにしてユーグに落ち度はありませんわ。扉の鍵も、私の私的財産から修理費を出しますわ」
 ルナはふふっと面白そうに笑う。
「恐れ入ります」
 ユーグは少しホッとした。
「クリスティーヌ、ご協力に感謝します。それから、危険な目に遭わせてしまったことをお詫びします」
 ルナはクリスティーヌの目を真っ直ぐ見る。神々しい彫刻のようだ。
「いえ、解決の為にお役に立てて幸いでございます」
 クリスティーヌは淑女の笑みだ。
「さて、クリスティーヌ、ユーグ、マリアンヌ。貴方達には今回の件の目撃者として裁判で証言してもらいます。日程は改めて伝えますわ」
 ルナはそう言い、シャルルとイザベルと共にその場を立ち去った。
 残されたクリスティーヌ、ユーグ、マリアンヌの三人はホッと肩の力が抜ける。
「では、わたくしは会場に戻ります」
 マリアンヌがふふっと笑う。
「それなら、わたくしも」
「いいえ、クリスティーヌ様はナルフェックにお戻りになられたお兄様とまだまともにお話ししておりませんよね? 少しお二人でお話ししてからお戻りください」
 クリスティーヌも会場に戻ろうとしたが、マリアンヌに止められてしまった。マリアンヌはそれからユーグの耳元で囁く。
「お兄様、頑張ってくださいね」
 悪戯っぽく笑うマリアンヌに苦笑するユーグだ。
 こうして、クリスティーヌとユーグは二人きりになった。少しの間、沈黙が流れる。
「クリスティーヌ嬢、庭に出て話そうか」
「ええ」
 ユーグの提案にクリスティーヌは頷き、二人は王宮の庭へ出る。満天の星に、蝋燭のほのかな灯りでライトアップされた庭はムードがあった。
「ユーグ様、いつナルフェックにお戻りになられたのでございますか?」
 ポツリとクリスティーヌが聞く。
「今日の夕方さ。だから、ヌムール家の王都の屋敷タウンハウスに戻って来てすぐに準備をしていたんだ」
 優しげに微笑むユーグ。
「左様でございましたが。今回、宰相殿とご一緒して、手応えはいかがでございましたか?」
「私を次期宰相に推薦していただける可能性は高いことが分かったよ」
 ユーグの笑みは力強かった。クリスティーヌもその答えに口元を綻ばせる。
「ユーグ様、わたくしはユーグ様が次期宰相になれるように祈っております」
「ありがとう、クリスティーヌ嬢。……本当は、戻って来てすぐにクリスティーヌ嬢に会いたかった」
 ユーグは切なげな、とろけるような笑みだった。ヘーゼルの目はクリスティーヌを射抜くようだ。
「ユーグ様……」
 クリスティーヌは思わずユーグから目を逸らしてしまう。
 ユーグがいなかった時に起こったことを思い出す。悪意ある噂を流されたり、嫌がらせを受けたり、論文を台無しにされたりした。
 クリスティーヌの目からは涙が零れ落ちる。
わたくしも……ユーグ様にお会いしたかったです。ユーグ様がいらっしゃらない間、辛いこともございましたが、ユーグ様のことを考えたら、色々と頑張ることが出来ました」
「クリスティーヌ嬢」
 ユーグは自身のハンカチでそっとクリスティーヌの涙を拭う。そして、ユーグは真剣な表情になる。ヘーゼルの目はクリスティーヌのエメラルドの目を真っ直ぐ見つめていた。
「私は、初めて出会った頃のような、悪漢にも怯まず勇敢に立ち向かう姿や、ヌムール領で一生懸命に学び研究していた姿。君のその真っ直ぐで意志が強いところに惚れているんだ」
 そしてユーグは片膝をつき、とろけるような笑みでクリスティーヌを見つめ、優雅に手を差し伸べる。
「クリスティーヌ嬢、私の妻になってほしい。身分のことは関係なく、君の気持ちが聞きたいんだ」
「ユーグ様……」
 クリスティーヌはユーグへの想いが溢れ出てくる。
「とても嬉しく存じます。わたくしも、ユーグ様のことをお慕いしております」
 クリスティーヌはエメラルドの目を潤ませながら微笑む。その目はまるで星空のように輝いていた。
「ですが、まだその手を取ることは出来ません。いつになるかは分かりませんが、わたくしの薬学の論文が評価され、女王陛下から勲章をいただくことが出来る時までお待ちいただけますか?」
 クリスティーヌのエメラルドの目はユーグのヘーゼルの目を真っ直ぐ見つめていた。
「分かった。今はその答えで十分だよ。何年でも何十年でも待とう。その時にまたクリスティーヌ嬢にプロポーズするよ」
 ユーグは柔らかな笑みだ。
「ええ。早く勲章がいただけるように努力いたします」
 クリスティーヌは嬉しそうに微笑む。エメラルドの目からは力強さが窺えた。
「だけど、私が宰相になって貴賤結婚が出来るように国を変えてしまう方が早かった場合、その時私と結婚してくれたら嬉しいな」
 ユーグは悪戯っぽく笑う。
「ええ。その時は勲章がなくともお受けいたします」
 クリスティーヌはクスッと笑った。
 二人の笑顔は星空に負けないくらいキラキラと輝いていた。
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