返り咲きのヴィルヘルミナ

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ヴィルヘルミナ・ノーラ・ファン・ナッサウ

怒りの炎

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 ベンティンク家派閥の貴族達の王都の屋敷タウンハウス襲撃が革命開始の合図であった。

『ナッサウ王家の生き残り、ヴィルヘルミナ・ノーラ・ファン・ナッサウの元、ドレンダレン王国はかつての栄光を取り戻す! 我々にとっての王家はナッサウ家のみ! 王座に居座るベンティンク家を排除して、我々は国を取り戻すのだ!』

 望まぬ戦争の準備やベンティンク家の贅沢の為に課せられた重税。依然として多い餓死者。秘密警察による言論統制など、ベンティンク家の悪政により民達は我慢の限界だった。民達のベンティンク家への憎悪は膨らむばかり。まるで破裂寸前の風船のようであった。
 そんな中、この声明が出され、革命軍によるベンティンク家派閥の貴族達の王都の屋敷タウンハウス爆撃や王宮に向けた進軍が始まった。そしてヴィルヘルミナの『さあ、ドレンダレン王国を取り戻しましょう!』という言葉。それらに感化された他の平民達や中立派の貴族も、ベンティンク家への怒りを露わにし革命軍に加わったのである。この為、革命軍の勢力はどんどん増している。

 ベンティンク家の騎士団との戦いは数日に及んだが、ついに革命軍が勝利した。ベンティンク家の騎士団が全滅したのである。
 そして残るはベンティンク家と彼ら派閥の貴族達だ。





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 王宮にて。
「陛下! もう王家側の騎士団は全滅したようです!」
 ベンティンク家派閥の貴族が青ざめながらアーレントに報告する。
「何だと!? 我が騎士団が忌々しいヴィルヘルミナがいる革命軍にやられただと!?」
「は、はい……! 平民や中立派の貴族達が続々と革命軍に加わり、数ではもう敵いません! 国王陛下、革命軍奴ら王宮ここまで辿り着くのも時間の問題です! 今すぐにご家族全員でお逃げください! 馬車の手配はしております!」
 その言葉に、アーレントは苦虫を噛み潰したような表情ではあったが頷いた。

「くそ! 何故なぜこの私がこんな目に……!」
 眉間に皺を寄せ、忌々しげに呟いたアーレント。

 アーレントはナッサウ王家のヘルブラントがドレンダレン王国を統治していた時、ベンティンク伯爵家の当主であった。武力に秀でていたベンティンク伯爵家は、当然のことながら国防を担っていた。それにより力を持つようになったベンティンク伯爵家。ナッサウ王家や周囲の貴族達からも重要視されるようになる。力を持ったアーレントは、次第に国防を担うだけでは足りなくなった。もっと権力を欲してしまったのだ。

 当時、ドレンダレン王国の周辺諸国、例えばネンガルド王国やガーメニー王国では産業革命が起こり、工業化が進んでいた。更にナルフェック王国はどの国よりも技術発展が目覚ましかった。しかし、当時の国王ヘルブラントは先代や先々代と同じように、無理に工業化を進めず、ドレンダレン王国の土地に適した農業を中心とした政策を打ち出していた。
 アーレントはそれが気に入らなかった。
『武力を持つベンティンク伯爵家の当主である私こそ、ドレンダレン王国の頂点に立つのに相応ふさわしい存在だ。そして我が国も工業化を進めるべきだ。おまけにベンティンク伯爵家我々の武力があれば、近隣諸国を支配下に置くことも出来る』
 そういった欲望に支配されたアーレント。そこからは行動が早かった。自慢の武力を用いてクーデターを起こし、当時の国王ヘルブラントと王妃エレオノーラを処刑。更にナッサウ王家に連なる貴族達やアーレントの考えに反対する者達も捕らえて処刑した。こうして新たにドレンダレンの国王となったアーレント。しかし、ここからがあまり上手くいっていなかった。

 ネンガルド王国の王女であったエレオノーラを処刑したことにより、ネンガルド王国との国交が断絶されてしまった。更に、敵対勢力に対する非人道的な扱いに対し近隣諸国からの苛烈な制裁があった。そこからドレンダレン王国は国際的に孤立してしまう。

 何とか現状を立て直そうとしたアーレントはドレンダレン王国北部に隣接するウォーンリー王国に攻め入ろうとする。目的はウォーンリー王国の金属資源と水資源を手に入れること。しかし、近隣諸国がウォーンリー王国を支援したせいで、攻め入ることが出来なかった。そして近隣諸国からの制裁は更に苛烈になる。ドレンダレン王国からの食糧輸入及び、ドレンダレン王国への食糧輸出が一切禁止されてしまうのだ。

 かつて冷夏により農作物があまり育たず飢饉が起きた時の名残で、いまだに餓死者が多い状況が続いていた。以前のように農業を中心にした政策を実施していたら飢饉もある程度は乗り越えられたはずなのだが、アーレントは工業化を進める為に農業に適した土地を潰してしまった。そのせいでドレンダレン王国も飢饉の影響を受けた。更に今回の制裁が重なり、国はピンチに陥る。
 アーレントは何とか工業化を押し進める為、労働者を酷使し使い捨て、自分たちの生活を守る為に民達に重税を課した。
 その結果、革命軍が立ち上がってしまったのである。

「私は……私こそがドレンダレン王国の頂点に立つべき存在だ! 忌々しきナッサウ王家の生き残りヴィルヘルミナ、そして革命軍! 絶対にこのままでは終わらせない! 処刑してやる!」
 アーレントは悔しげに表情を歪め、逃亡の準備を急ぐのであった。





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 アーレントはフィロメナ、ヨドークス、そしてブレヒチェに逃げるよう指示する。
「皆、一旦国外に逃げるぞ! そこからやり直すのだ!」
 アーレントの目には怒りが見えた。このままやられてたまるかとでも言っているかのようである。
「父上、恐らく陸路での逃亡は難しいと思います。国境付近には諸外国の兵士達が集まっているとの情報がありますので。恐らくあの忌々しいヴィルヘルミナの仕業でしょう」
 ヨドークスが表情を歪めそう言うと、アーレントは眉間に皺を寄せる。
「本来なら早く売国奴の彼奴あやつを処刑したいがな……。とにかく、港へ向かう! 海から逃げるのだ!」
 心底嫌そうに表情を歪めるが、ひとまず王宮から離れることにしたのである。





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「コーバスさん、ヴィルヘルミナ様! どうやら悪徳王家の奴らは逃亡を決めたようです! 港へ向かった模様です!」
 革命軍の一人がそう報告した。
 するとヴィルヘルミナは弧を描くように口角を上げる。
「やはりそうですか」
 ヴィルヘルミナは予想していたようだ。
「よし、じゃあ俺が先に港まで行く」
 ラルスは早速馬を走らせる準備をする。
「お願いしますわ、ラルスお義兄にい様」
 ヴィルヘルミナは凛々しい表情でラルスを見送る。
「海辺地域に待機している俺達の仲間に知らせる」
「港を全て封鎖するように伝えましょう」
 コーバスとヴィルヘルミナは仲間にそう指示を出した。
 すると革命軍の者達は皆的確に動き出す。
 今まで傍観していた貴族や平民が加わり大所帯になっているが、混乱することなく指示が通って統率が取れている。
 ベンティンク家への不満とかつてのナッサウ王家への希望が大きな原動力になっていた。
(民達を苦しめる、無茶な工業化で労働者を使い捨てにする、望まぬ戦争を引き起こそうとする、そして……ヘルブラント国王陛下お父様エレオノーラ王妃殿下お母様を殺した……。ベンティンク家を許すことは出来ないわ!)
 ヴィルヘルミナの怒りの炎は燃え上がっていた。
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