返り咲きのヴィルヘルミナ

宝月 蓮

文字の大きさ
20 / 33
ヴィルヘルミナ・ノーラ・ファン・ナッサウ

決行日

しおりを挟む
 ドレンダレン王国の社交シーズンは夏になりかけている時期から始まる。
 王宮内は夜会に向けての準備でドタバタとしていた。
 そんな中、王太子妃ヴィルヘルミナ・ノーラ・ファン・ベンティンク……本名ヴィルヘルミナ・ノーラ・ファン・ナッサウは、護衛騎士マレイン・テイメン・ファン・エフモントと侍女サスキアと共に、孤児院へ向かう。
 寄付や子供達に読み書きや算術を教える為である。しかし、これは隠れ蓑に過ぎない。ヴィルヘルミナ達の本当の目的は孤児院訪問ではなく、近隣に集った革命軍と合流する為。
「いよいよ今日ね……」
 ヴィルヘルミナは真剣な面持ちである。太陽の光に染まったようなブロンドの髪は、いつも以上に輝いており、タンザナイトの目は真っ直ぐ未来を見据えていた。
「ああ、そうだね。……心置きなくやろう」
 マレインは黒褐色の柔らかな癖毛を耳にかける。クリソベリルの目からも真剣さがうかがえる。
 マレインはヴィルヘルミナの護衛騎士でもあるが、それ以前に一緒にエフモント公爵家で育った家族である。よって、人が少ない場所ではこうして気軽な態度でヴィルヘルミナに接するようになった。
「馬車の準備が整ったようですわ」
 サスキアは妖しく口角を上げる。艶やかな赤毛にサファイアのような青い目を持つ、妖艶な美女である。彼女はナルフェック王国の諜報部隊の一員だ。
 ナッサウ王家の生き残りであるヴィルヘルミナは、ナルフェックの女王ルナから協力を取り付けているのだ。

 孤児院訪問後、もうヴィルヘルミナとマレインは変装することなく革命軍が集会に使っている出版社へ向かう。ナッサウ王家の血を引くヴィルヘルミナが来たことで、革命軍の士気が上がり、皆表情が明るくなった。
 ヴィルヘルミナの元に、アッシュブロンドの髪にタンザナイトのような紫の目の青年がやって来た。厳つい顔立ちではあるがよく見ると美形である。彼はコーバス・ヒュッケル……本名コーバス・ノアハ・ファン・オーヴァイエ。クーデターで殺されたオーヴァイエ筆頭公爵家の生き残りなのだ。
 コーバスは革命軍のリーダーである。
「王太子妃殿下、王宮の方はどうだ?」
 コーバスがそう聞いてくると、ヴィルヘルミナは余裕な笑みを浮かべる。
「問題ありませんわ。ベンティンク家や、その派閥の者達は一切気付いておりません」
「そうか……」
 コーバスはニヤリ笑う。そして時計を確認し、革命軍の者達に目配せをする。
「時間だ。始めるぞ」
 その瞬間、ドーン! と王都マドレスタムのあちこちで爆発音が響く。
「ようやく始まるのね……」
 ヴィルヘルミナのタンザナイトの目は、力強く未来へと向いていた。





♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔





 王宮にて。
「国王陛下! 大変でございます!」
 ベンティンク家派閥の貴族が顔を真っ青にして国王アーレントの元へやって来た。息を切らしている。
「そんなに慌ててどうしたのだ?」
 アーレントは横柄な様子で玉座に座っていた。
「王都で同時多発の爆撃がありました!」
「何だと!?」
 アーレントはギョッと目を見開いて玉座から立ち上がる。
「爆撃だなんて、何と物騒な……!」
 隣にいた王妃フィロメナが怯えたような表情になる。
「それで、爆撃があったのはどこなのだ?」
 アーレントが貴族に詰め寄る。
「は、はい。爆撃場所は……リンデン侯爵家やフーイス男爵家など、ベンティンク家派閥の貴族達の王都の屋敷タウンハウスです!」
「一体誰の仕業だ!?」
 アーレントは報告した貴族に詰め寄る。焦りの表情が見えた。
「げ、現在調査中です」
 詰め寄られた貴族は若干後退あとずさりした。
「とにかく、徹底的に原因を調べろ! 犯人がいるのなら、必ず捕らえて投獄せよ!」
「承知いたしました!」
 アーレントにそう言われ、貴族は去って行った。
 するとまた慌てた様子で別の貴族がやって来る。
「陛下! 大変です! 武装した民達が王宮こちらへ向かって来ております!」
「何だって!? 次から次へとどういうことだ!?」
 アーレントは混乱と怒りで報告しに来た貴族に怒鳴り散らす。
「詳しいことはまだ……。国王陛下、どうなさいますか?」
「追い払うに決まっている! 今すぐ騎士団に招集をかけろ! こちらも武器で対応する! 死者が出ても構わない!」
 アーレントはそう命じた。
 そしてしばらくすると、騎士団関係者が青ざめた表情でやって来る。
「国王陛下……! 大変でございます……!」
「今度は何だ!?」
 次から次へと何かが起こるものなので、アーレントは額に青筋を立てていた。
「武器庫の武器が……ほとんど使えないダミーにすり替えられております!」
「どういうことだ!?」
 喚き散らすアーレント。とても国王の器とは思えない。

 実はヴィルヘルミナが武器庫の警備が手薄になる時間帯を調べていた。それをラルス経由で騎士団にいる革命推進派の貴族に渡し、騎士団内部の革命推進派が武器を盗むと同時に使えないダミーとすり替えていたのである。

「父上! 王都で何やら騒ぎが起こっているようです!」
「爆発音が聞こえて怖いですわ!」
 王太子ヨドークスと彼の愛妾ブレヒチェがやって来た。
 そしてまた別の貴族が血相を変えて駆け付ける。
「国王陛下! 革命軍を名乗る奴らと諸外国からこんな宣言が出されています!」
 貴族が王都で配られていたビラと諸外国から届いた手紙をアーレントに渡す。

『ナッサウ王家の生き残り、ヴィルヘルミナ・ノーラ・ファン・ナッサウの元、ドレンダレン王国はかつての栄光を取り戻す! 我々にとっての王家はナッサウ家のみ! 王座に居座るベンティンク家を排除して、我々は国を取り戻すのだ!』

『ヴィルヘルミナ・ノーラ・ファン・ナッサウこそ、ドレンダレン王国女王! 今すぐ王位を退くのなら、ベンティンク家派閥への極刑は避けるよう革命軍に口添えしましょう!』

 一つ目は革命軍、二つ目はナルフェック王国を始めとする近隣諸国からである。
「そんな……ヴィルヘルミナが、ナッサウ王家の生き残り……!?」
 フィロメナは仰天していた。
「ヴィルヘルミナ様は国を売ったのよ!」
「地味で役に立たない奴だと思ったが、売国奴だったのか!」
 ブレヒチェとヨドークスは怒りを露わにした。
「今すぐ……今すぐ革命軍とやらを全滅させよ! ヴィルヘルミナも捕らえて処刑だ!」
 アーレントはワナワナと怒りで震えていた。





♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔





 一方、ヴィルヘルミナ達革命軍はコーバスを先頭に、徐々にベンティンク家が揃う王宮へ進軍していた。
 軍服を身にまとい、太陽の光に染まったようなブロンドの長い髪を後ろで一つにまとめているヴィルヘルミナ。タンザナイトの目は力強く未来を見据えている。
「さあ、ドレンダレン王国を取り戻しましょう!」
 ナッサウ王家の血を引くヴィルヘルミナの言葉に、革命軍や彼らに加わった民衆がわあっと湧くのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

夫婦戦争勃発5秒前! ~借金返済の代わりに女嫌いなオネエと政略結婚させられました!~

麻竹
恋愛
※タイトル変更しました。 夫「おブスは消えなさい。」 妻「ああそうですか、ならば戦争ですわね!!」 借金返済の肩代わりをする代わりに政略結婚の条件を出してきた侯爵家。いざ嫁いでみると夫になる人から「おブスは消えなさい!」と言われたので、夫婦戦争勃発させてみました。

悪役令嬢のビフォーアフター

すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。 腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ! とりあえずダイエットしなきゃ! そんな中、 あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・ そんな私に新たに出会いが!! 婚約者さん何気に嫉妬してない?

【完結】どうやら時戻りをしました。

まるねこ
恋愛
ウルダード伯爵家は借金地獄に陥り、借金返済のため泣く泣く嫁いだ先は王家の闇を担う家。 辛い日々に耐えきれずモアは自らの命を断つ。 時戻りをした彼女は同じ轍を踏まないと心に誓う。 ※前半激重です。ご注意下さい Copyright©︎2023-まるねこ

悪役令嬢は皇帝の溺愛を受けて宮入りする~夜も放さないなんて言わないで~

sweetheart
恋愛
公爵令嬢のリラ・スフィンクスは、婚約者である第一王子セトから婚約破棄を言い渡される。 ショックを受けたリラだったが、彼女はある夜会に出席した際、皇帝陛下である、に見初められてしまう。 そのまま後宮へと入ることになったリラは、皇帝の寵愛を受けるようになるが……。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

処理中です...