返り咲きのヴィルヘルミナ

宝月 蓮

文字の大きさ
24 / 33
ヴィルヘルミナ・ノーラ・ファン・ナッサウ

女王としての覚悟・後編

しおりを挟む
 時は遡り、ヴィルヘルミナがマレイン、サスキアと共にナルフェック王国へ行った時のこと。
「ヴィルヘルミナ様、一国の頂点に立つ者として必要なことは何だとお思いですか?」
 ナルフェック王国の女王、ルナはミステリアスな笑みを浮かべて白のルークを動かし、黒のポーンを取った。
 ヴィルヘルミナはルナとチェスをしていた。
 月の光に染まったようなプラチナブロンドの髪は、シャンデリアの光の影響でさらに輝いている。アメジストのような目からは考えが全く読めず、ヴィルヘルミナは少し困惑する。
「……民を大切にすることでしょうか。王族、貴族は民あってのものだと考えておりますので」
 ヴィルヘルミナは悩みながらゆっくりと黒のナイトを動かす。
 するとルナは品良く口角を上げる。その表情が何ともミステリアスだ。
「そうですわね。では、ヴィルヘルミナ様は民を守る為に冷酷な判断を下すことは出来まして?」
 ルナは白のポーンをヴィルヘルミナの陣地の最終ランクに到達させ、ポーンをクイーンにプロモーションさせた。白のポーンが置かれた場所に、予備の白のクイーンを置く。
「冷酷な判断……?」
 ヴィルヘルミナは首を傾げながら、黒のクイーンを動かして白のポーンを取った。
「ええ。全てを掴み取れることは不可能に近い。必ず何かを取りこぼしてしまいますわ。……何かを犠牲にすることで、物事がスムーズに進むのであれば、犠牲を厭わない、時には手段を選ばないことも必要なのです」
 ルナは先程ポーンからプロモーションした白のクイーンを動かす。
「犠牲を厭わない……手段を選ばない……」
 ヴィルヘルミナは考えながら、黒のルークを動かした。
「民達の混乱を防ぐ為にも必要なことですわ。甘い綺麗事だけではやっていけませんもの」
 ルナは白のナイトを動かした。
「チェックメイトですわ」
「あ……」
 盤上を見て、追い詰められていたことにようやく気が付いたヴィルヘルミナであった。





♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔





「ブレヒチェとお腹には、間違いなくヨドークスとの間に出来た子供がおりますわ。子供に罪はないとはいえ、ベンティンク家の血を引いている。そして民達の中にも、ベンティンク家擁護派はおりますわ。もしベンティンク家の血を引く子供が生まれたら、彼らに担ぎ上げられて混乱を招く可能性がございます」
 ヴィルヘルミナはベンティンク家処刑後の断頭台ギロチンを見ながらそう言った。
 断頭台ギロチンの刃は、鋭く、そして血に染まり赤黒くなっていた。
「そうか。ま、確かに優しいだけではやっていけないな」
 ラルスは頼もしげにヴィルヘルミナに視線を向けた。ラピスラズリの目はどこか優しげである。
「これからわたくしがしっかりしないといけませんわ……」
 ヴィルヘルミナはこの先の不安を断ち切り、凛々しい表情である。タンザナイトの目は力強く前を見据えていた。





♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔





 十日程経過した。
 王宮の執務室にて、ヴィルヘルミナは多忙を極めている状態だ。
 まだ女王として即位はしていないヴィルヘルミナ。革命の後処理や準備に時間がかかっているのだ。
 現在まつりごとを担っているのは革命軍である。
 いずれ女王として即位するヴィルヘルミナはそのトップを担っているのだ。
「ヴィルヘルミナ様、現在民達の間で起こっている問題をまとめました」
 革命軍のメンバーの一人が、大量の書類を持って来た。
「ありがとうございます。確認いたしますわ」
 ヴィルヘルミナは書類を受け取り目を通す。
(言論統制がなくなったことで民達は安心して暮らせている……。だけど、まだトラブルが絶えないわね。どうやって解決しようかしら……? というか、解決できるのかしら?)
 ヴィルヘルミナは書類を読み、心の中でため息をつく。しかし、すぐに切り替えて真剣な表情になった。
(いけないわ。弱音を吐いては駄目よ! わたくしがしっかりしないと……!)
 革命により、ベンティンク家や彼らの派閥の貴族達を一掃した。それにより、ナッサウ王家の血を引くヴィルヘルミナが殺されることはもうない。だからヴィルヘルミナはもう気を張らず、肩の力を抜いても良い状況である。
 しかし、ヴィルヘルミナは革命前以上に気を張っていた。いずれ女王として即位するので、皆に弱い部分を絶対に見せないようにしているのだ。
 その時、ふとヴィルヘルミナの脳裏に、マレインの姿が浮かぶ。
 黒褐色の柔らかな癖毛。クリソベリルのような目は、ヴィルヘルミナを優しい見つめている。
(マレインお義兄にい様……まだ目覚めていないのよね……)
 いまだに目覚めないマレインのことが心配になるヴィルヘルミナ。
(もしこのままマレインお義兄様が目を覚まさなかったら……)
 ヴィルヘルミナは最悪の想像をしてしまう。
(駄目、今はこっちに集中しないと。女王たるもの、己の感情に振り回されてはいけないわ。感情に惑わされたら、まともな判断が出来ないもの)
 深呼吸をし、ヴィルヘルミナは頭を切り替えようとする。
 その時、執務室の扉がノックされた。コーバスである。
「ヴィルヘルミナ、王都の被害状況の資料だが」
「ありがとうございます、コーバスさん。そちらに置いてくださる」
「ああ、それと、俺に敬称を付けなくていいぞ。そんな堅苦しい言葉遣いも不要だ。俺だっていずれ女王になるあんたのことをヴィルヘルミナって呼んでるんだからな。何せ、従兄妹いとこ同士でもあるし」
 ニッと歯を見せて笑うコーバス。

 コーバス・ヒュッケル改め、コーバス・ノアハ・ファン・オーヴァイエは、オーヴァイエ筆頭公爵家の当主である。
 ヴィルヘルミナ同様、ベンティンク家のクーデター時、極秘で逃がされたのだ。
 髪の色はアッシュブロンドだが、目の色はヴィルヘルミナと同じタンザナイトのような紫である。
 ナルフェック王国の遺伝子検査技術で、ヴィルヘルミナとコーバスには血縁関係があることが証明されている。傍系ではあるが、コーバスもナッサウ王家の血を引いているのだ。
 ヴィルヘルミナは即位後、コーバスを宰相に据えるつもりである。また、彼の望みであるオーヴァイエ前公爵と前公爵夫人の名誉挽回も即座におこなう予定だ。

「……分かったわ、コーバス」
 ヴィルヘルミナはクスッと笑った。
 するとコーバスはホッとしたように微笑む。
「少し肩の力が抜けたみたいだな」
「え?」
 ヴィルヘルミナはきょとんとする。
「ヴィルヘルミナ、あんたは革命前からずっと気を張っているように見えた。だからちょっと心配だったんだ」
「そう……。だけど、わたくしは大丈夫よ」
 ヴィルヘルミナはそれでも気丈に振る舞った。
「……そうは見えねえよ。最近のあんたは革命前よりも気を張って、弱音も吐かねえで色々と抱え込み過ぎてるように見える。俺だけじゃなく、他の奴らもあんたのこと心配してる。ヴィルヘルミナが無理し過ぎで倒れないかって」
 コーバスはフッと苦笑した。
わたくしはいずれ女王として即位するわ。上に立つわたくしが、誰よりも頑張らないといけないわ。少し疲れただけで休むなんて言語道断よ。弱い部分はなるべく見せないようにしないと」
 ヴィルヘルミナは背筋を伸ばし、上品な笑みを浮かべる。しかし、それはどこか無理をしているように見えた。
 コーバスはため息をつく。
「あのなあ、何で一人だけで頑張ろうとしてんだよ? 何の為に俺達がいるんだ? 少しは頼ってくれ。それに、頑張り過ぎてヴィルヘルミナが倒れたらそれこそ困る」
 コーバスのタンザナイトの目からは、ただヴィルヘルミナが心配だという気持ちが伝わってくる。
「ヴィルヘルミナはいずれ俺を宰相に任命するんだろう? だったら今やってるあんたの仕事、俺に任せてくれ。あんたはずっと働き詰めだから今すぐ休め」
 コーバスはヴィルヘルミナから書類を取り上げた。
「でも……」
「たまにはエフモント領に戻って家族に顔を見せたらどうだ? ラルスもあんたのこと心配してたぞ。それに……マレインのことも心配だろう?」
 するとヴィルヘルミナの肩がピクリと動く。
(……マレインお義兄様)
 先程胸の奥底にしまった感情がゆっくりと湧き上がる。
(たとえ、まだ目を覚ましていなくても、マレインお義兄様に会いたい。マレインお義兄様の側にいたい……)
「ヴィルヘルミナ?」
 コーバスはヴィルヘルミナの様子に首を傾げる。
「コーバス……一旦貴方に任せていいかしら?」
 するとその言葉に、コーバスは満足そうに笑う。
「おう、行って来い」
「ありがとう」
 ヴィルヘルミナは柔らかく微笑んだ。

 ふと、ルナの言葉が蘇る。
『誰かに頼ること、休むことも大切ですのよ』
 そう言ったルナは、ヴィルヘルミナに優しい笑みを向けていた。

(そうよね……。わたくし、少し自分を犠牲にしていたわ。だけど、わたくしが倒れたら混乱を招く。……戻ったら、役目をしっかり果たすわ。だから、今だけは……!)
 ヴィルヘルミナは家族に手紙を出し、エフモント公爵領へ向かうのであった。




※チェスのルールについて補足
チェスのポーンは前にしか進めません。なので一番奥のマスまで進んだらポーン以外の駒にプロモーション(昇格)させないといけません。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

夫婦戦争勃発5秒前! ~借金返済の代わりに女嫌いなオネエと政略結婚させられました!~

麻竹
恋愛
※タイトル変更しました。 夫「おブスは消えなさい。」 妻「ああそうですか、ならば戦争ですわね!!」 借金返済の肩代わりをする代わりに政略結婚の条件を出してきた侯爵家。いざ嫁いでみると夫になる人から「おブスは消えなさい!」と言われたので、夫婦戦争勃発させてみました。

悪役令嬢のビフォーアフター

すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。 腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ! とりあえずダイエットしなきゃ! そんな中、 あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・ そんな私に新たに出会いが!! 婚約者さん何気に嫉妬してない?

【完結】どうやら時戻りをしました。

まるねこ
恋愛
ウルダード伯爵家は借金地獄に陥り、借金返済のため泣く泣く嫁いだ先は王家の闇を担う家。 辛い日々に耐えきれずモアは自らの命を断つ。 時戻りをした彼女は同じ轍を踏まないと心に誓う。 ※前半激重です。ご注意下さい Copyright©︎2023-まるねこ

悪役令嬢は皇帝の溺愛を受けて宮入りする~夜も放さないなんて言わないで~

sweetheart
恋愛
公爵令嬢のリラ・スフィンクスは、婚約者である第一王子セトから婚約破棄を言い渡される。 ショックを受けたリラだったが、彼女はある夜会に出席した際、皇帝陛下である、に見初められてしまう。 そのまま後宮へと入ることになったリラは、皇帝の寵愛を受けるようになるが……。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

処理中です...