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番外編
放っておけない彼女①
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時はまだベンティンク家が王座にいた頃。
この時二十一歳だったラルスはドレンダレン王国の社交界でベンティンク家を倒す仲間を集めていた。
ベンティンク家の者達が会場入りする。ベンティンク家の内情を探る為に王太子妃となったヴィルヘルミナも会場に入って来た。
ベンティンク家から目を付けられないよう、内心はどうであれ盛大に拍手をする貴族達。
ラルスも拍手をしながら夜会会場内を見渡す。
すると、ある一人の令嬢に目が留まる。
令嬢は明らかにやる気のない拍手である。
シニョンにした褐色の髪、ムーンストーンのようなグレーの目。そしてそのムーンストーンの目からはこれでもかという程に激しい憎悪を感じられた。
ラルスはラピスラズリの目を大きく見開き、その令嬢から目が離せなかった。
♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔
ベンティンク家の者達からの言葉が終わり少し落ち着いた頃、ラルスは壁の華となっている先程の令嬢にさりげなく近付いた。
「ベンティンク家にあからさまな不満を向けたら君が死んでしまうぞ。ヘルディナ・カトレイン・ファン・ワッセナール嬢」
ラルスが話しかけた令嬢は、ワッセナール侯爵令嬢ヘルディナ。
ヘルディナはこの時十九歳になるが、婚約者などはいない様子。もちろん、ラルスにも婚約者はいない。
貴族令嬢の多くは早くて十六歳、遅くとも二十歳までには結婚するのがかつてのドレンダレン王国や周辺諸国の常識だった。
しかし、ドレンダレン王国は息を潜めて嵐が過ぎ去るのを待つ貴族や、ベンティンク家へ反旗を翻そうとしている貴族もいる。反ベンティンク家の娘をベンティンク家に忠誠を誓う家に嫁がせて不幸にしてしまう、またはベンティンク家に忠誠を誓う家から嫁を迎え入れて国家反逆の告発されてしまう恐れがあり、貴族達は結婚に慎重になっている。
「王太子妃の兄君である貴方がわざわざ私に話しかけるとは……」
ヘルディナはそっと自身の右手を背にやり、ムーンストーンの目をキッと鋭くしてラルスを睨む。
憎悪が含まれた視線だ。
ラルスは苦笑する。
(ベンティンク家への恨み、多分ミーナに対しても多かれ少なかれ恨みを持っているんだろうな。それから、ミーナの生家として扱われているエフモント公爵家にも)
ヘルディナから自身も敵認定されているだろうとラルスは予測した。
(さて、どうする……?)
ラルスはヘルディナが背に隠すように持って行った右手に目を向ける。
ヘルディナはベンティンク家、特に国王を名乗るアーレントと王太子を名乗るヨドークスを睨んでいた。
「ワッセナール嬢、今君が持っているナイフで国王と王太子を害するのは得策ではない。そんな小さなナイフではせいぜい縫う必要がある傷を付けるくらいだ。君自身が大逆罪で処刑される。それに、ワッセナール侯爵家も連座で処刑になるぞ」
ラルスはヘルディナの耳元で囁いた。
「……気付いていたのか」
やや戸惑いつつも、鋭い目のヘルディナ。
「ああ」
「流石は王太子妃を輩出したエフモント公爵家の後継ぎ。観察眼は訓練されているわけか。いつでもベンティンク家の奴らに告発できるように。……バレてしまったら仕方がない」
ヘルディナは勢い良くアーレントとヨドークスをナイフで刺そうと動き出す。
「待つんだ!」
ラルスはそんなヘルディナを止める。
「離せ!」
ラルスとヘルディナは揉み合いになる。
当然二人は目立ち、ベンティンク家派閥の者達が近付いて来た。
「これは何の騒ぎだ?」
まるで尋問するかのような口調の男だ。
ラルスは何とかギリギリのところでヘルディナが隠し持っていたナイフを自身の服の中に隠せた。
ヘルディナはラルスと男を交互に睨む。
(さて、どうするかな?)
ラルスは落ち着いて最もらしい言い訳を考える。
そして、情けなく笑った。
「お騒がせして申し訳ございません。ただ俺が彼女に失礼を働いてしまっただけですので。ワッセナール嬢、本当にすまない」
ラルスは頼むから自分に合わせてくれとヘルディナに視線を送る。
「……まあ……謝ってくれたのなら構わない」
ラルスの思いが通じたのか、無愛想にムスッとしながらではあるがヘルディナは合わせてくれた。
すると男も納得したようで、その場を立ち去った。
「休憩室で話をしよう、ワッセナール嬢」
ラルスは周囲に聞こえぬよう、ヘルディナの耳元で囁いた。
ヘルディナは怒りを抑えきれない様子だったが、ラルスについて行くことにした。
♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔
通常の貴族達が使う部屋とは違う休憩室に、ラルスはヘルディナを連れて行った。
その場所は、ヴィルヘルミナが手配した革命推進派の貴族の為に密かに用意した場所。
秘密の話をするのに持ってこいの場所だった。
「ワッセナール嬢、君は何をしようとしたか分かっているのか?」
諭すような声のラルス。
「アーレントとヨドークスを殺そうとしたが」
ヘルディナのムーンストーンの目は、相変わらず憎悪がこもっていた。
駆け引きが苦手なのか、ラルスにはバレているから開き直っているのかは分からない。
「ああ、安心して欲しい。王太子妃ヴィルヘルミナは優先順位が低い。まずはアーレントとヨドークス、それから王妃を名乗るフィロメナとヨドークスの愛称ブレヒチェを殺す」
(……やっぱり内情を探るためとはいえ、ベンティンク家に嫁いだミーナにも良い感情は持っていないようだな。……まあ、ミーナにはマレインがついているから大丈夫だ。マレインならミーナをしっかり守るし、ワッセナール嬢からの攻撃程度なら自分の身も守れる)
ラルスはヘルディナに苦笑すると同時に、ヴィルヘルミナとマレインの身を案じつつも二人を信頼するのであった。
「こんな小さなナイフで」
「大きなナイフだとすぐにバレてしまう」
「でも、ワッセナール嬢のやり方はほとんど自爆だろう。さっきも言ったが、君が処刑されるのは火を見るより明らかだし、ワッセナール侯爵家も連座だぞ」
「その前に私が自害したら良い。お父様は私が勝手にやったことで自分は無関係だと言ってくれるはずだ。ワッセナール侯爵家は守られるだろう」
ヘルディナはフッと笑う。
ムーンストーンの目からは覚悟が感じられた。
(つまり、ワッセナール嬢は最初から自分が死ぬこと前提で……)
ヘルディナの覚悟にラルスは思わず拳を握る。
(そうと知ったら放っておけない。一人残さずは難しいかもしれない。でも、誰一人無駄死にさせたくない!)
ラルスはラピスラズリの目を真っ直ぐヘルディナに向ける。
(今はこのやり方でしかワッセナール嬢を止められない……)
やや自嘲しながらラルスは口を開く。
「俺は今、ワッセナール嬢の叛逆の意思を知った。これをベンティンク家に告発したら、君が守りたい家族まで道連れに出来る」
「貴様……!」
ヘルディナは今まで以上に憎悪がこもった眼差しをラルスに向ける。
今にもラルスを殺しそうな程だ。
「たが、君がベンティンク家を害する行為を今後も思い留まるのなら、告発はしない。どうだろうか?」
ラルスは不敵に口角を上げる。
すると、怒りは収まらないようだがヘルディナは少し考える素振りをした。
「……良いだろう。家族を守る為ならば……」
ヘルディナは悔しげな表情だった。
ムーンストーンの目からはやはり憎悪が消えない。
「それで良い」
ラルスは少し安心したような表情になる。
(ああ、今はこれで良い)
ラルスは軽くため息をつく。
(本当は今すぐ彼女を革命推進派に引き入れて、革命集会の存在を教えたい。だが、今の彼女は怒りに支配されて短慮な行動を起こしかねない。彼女自身も、仲間も危険に晒してしまう。時間をかけて引き入れよう)
ラルスはそう決意した。
この時二十一歳だったラルスはドレンダレン王国の社交界でベンティンク家を倒す仲間を集めていた。
ベンティンク家の者達が会場入りする。ベンティンク家の内情を探る為に王太子妃となったヴィルヘルミナも会場に入って来た。
ベンティンク家から目を付けられないよう、内心はどうであれ盛大に拍手をする貴族達。
ラルスも拍手をしながら夜会会場内を見渡す。
すると、ある一人の令嬢に目が留まる。
令嬢は明らかにやる気のない拍手である。
シニョンにした褐色の髪、ムーンストーンのようなグレーの目。そしてそのムーンストーンの目からはこれでもかという程に激しい憎悪を感じられた。
ラルスはラピスラズリの目を大きく見開き、その令嬢から目が離せなかった。
♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔
ベンティンク家の者達からの言葉が終わり少し落ち着いた頃、ラルスは壁の華となっている先程の令嬢にさりげなく近付いた。
「ベンティンク家にあからさまな不満を向けたら君が死んでしまうぞ。ヘルディナ・カトレイン・ファン・ワッセナール嬢」
ラルスが話しかけた令嬢は、ワッセナール侯爵令嬢ヘルディナ。
ヘルディナはこの時十九歳になるが、婚約者などはいない様子。もちろん、ラルスにも婚約者はいない。
貴族令嬢の多くは早くて十六歳、遅くとも二十歳までには結婚するのがかつてのドレンダレン王国や周辺諸国の常識だった。
しかし、ドレンダレン王国は息を潜めて嵐が過ぎ去るのを待つ貴族や、ベンティンク家へ反旗を翻そうとしている貴族もいる。反ベンティンク家の娘をベンティンク家に忠誠を誓う家に嫁がせて不幸にしてしまう、またはベンティンク家に忠誠を誓う家から嫁を迎え入れて国家反逆の告発されてしまう恐れがあり、貴族達は結婚に慎重になっている。
「王太子妃の兄君である貴方がわざわざ私に話しかけるとは……」
ヘルディナはそっと自身の右手を背にやり、ムーンストーンの目をキッと鋭くしてラルスを睨む。
憎悪が含まれた視線だ。
ラルスは苦笑する。
(ベンティンク家への恨み、多分ミーナに対しても多かれ少なかれ恨みを持っているんだろうな。それから、ミーナの生家として扱われているエフモント公爵家にも)
ヘルディナから自身も敵認定されているだろうとラルスは予測した。
(さて、どうする……?)
ラルスはヘルディナが背に隠すように持って行った右手に目を向ける。
ヘルディナはベンティンク家、特に国王を名乗るアーレントと王太子を名乗るヨドークスを睨んでいた。
「ワッセナール嬢、今君が持っているナイフで国王と王太子を害するのは得策ではない。そんな小さなナイフではせいぜい縫う必要がある傷を付けるくらいだ。君自身が大逆罪で処刑される。それに、ワッセナール侯爵家も連座で処刑になるぞ」
ラルスはヘルディナの耳元で囁いた。
「……気付いていたのか」
やや戸惑いつつも、鋭い目のヘルディナ。
「ああ」
「流石は王太子妃を輩出したエフモント公爵家の後継ぎ。観察眼は訓練されているわけか。いつでもベンティンク家の奴らに告発できるように。……バレてしまったら仕方がない」
ヘルディナは勢い良くアーレントとヨドークスをナイフで刺そうと動き出す。
「待つんだ!」
ラルスはそんなヘルディナを止める。
「離せ!」
ラルスとヘルディナは揉み合いになる。
当然二人は目立ち、ベンティンク家派閥の者達が近付いて来た。
「これは何の騒ぎだ?」
まるで尋問するかのような口調の男だ。
ラルスは何とかギリギリのところでヘルディナが隠し持っていたナイフを自身の服の中に隠せた。
ヘルディナはラルスと男を交互に睨む。
(さて、どうするかな?)
ラルスは落ち着いて最もらしい言い訳を考える。
そして、情けなく笑った。
「お騒がせして申し訳ございません。ただ俺が彼女に失礼を働いてしまっただけですので。ワッセナール嬢、本当にすまない」
ラルスは頼むから自分に合わせてくれとヘルディナに視線を送る。
「……まあ……謝ってくれたのなら構わない」
ラルスの思いが通じたのか、無愛想にムスッとしながらではあるがヘルディナは合わせてくれた。
すると男も納得したようで、その場を立ち去った。
「休憩室で話をしよう、ワッセナール嬢」
ラルスは周囲に聞こえぬよう、ヘルディナの耳元で囁いた。
ヘルディナは怒りを抑えきれない様子だったが、ラルスについて行くことにした。
♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔
通常の貴族達が使う部屋とは違う休憩室に、ラルスはヘルディナを連れて行った。
その場所は、ヴィルヘルミナが手配した革命推進派の貴族の為に密かに用意した場所。
秘密の話をするのに持ってこいの場所だった。
「ワッセナール嬢、君は何をしようとしたか分かっているのか?」
諭すような声のラルス。
「アーレントとヨドークスを殺そうとしたが」
ヘルディナのムーンストーンの目は、相変わらず憎悪がこもっていた。
駆け引きが苦手なのか、ラルスにはバレているから開き直っているのかは分からない。
「ああ、安心して欲しい。王太子妃ヴィルヘルミナは優先順位が低い。まずはアーレントとヨドークス、それから王妃を名乗るフィロメナとヨドークスの愛称ブレヒチェを殺す」
(……やっぱり内情を探るためとはいえ、ベンティンク家に嫁いだミーナにも良い感情は持っていないようだな。……まあ、ミーナにはマレインがついているから大丈夫だ。マレインならミーナをしっかり守るし、ワッセナール嬢からの攻撃程度なら自分の身も守れる)
ラルスはヘルディナに苦笑すると同時に、ヴィルヘルミナとマレインの身を案じつつも二人を信頼するのであった。
「こんな小さなナイフで」
「大きなナイフだとすぐにバレてしまう」
「でも、ワッセナール嬢のやり方はほとんど自爆だろう。さっきも言ったが、君が処刑されるのは火を見るより明らかだし、ワッセナール侯爵家も連座だぞ」
「その前に私が自害したら良い。お父様は私が勝手にやったことで自分は無関係だと言ってくれるはずだ。ワッセナール侯爵家は守られるだろう」
ヘルディナはフッと笑う。
ムーンストーンの目からは覚悟が感じられた。
(つまり、ワッセナール嬢は最初から自分が死ぬこと前提で……)
ヘルディナの覚悟にラルスは思わず拳を握る。
(そうと知ったら放っておけない。一人残さずは難しいかもしれない。でも、誰一人無駄死にさせたくない!)
ラルスはラピスラズリの目を真っ直ぐヘルディナに向ける。
(今はこのやり方でしかワッセナール嬢を止められない……)
やや自嘲しながらラルスは口を開く。
「俺は今、ワッセナール嬢の叛逆の意思を知った。これをベンティンク家に告発したら、君が守りたい家族まで道連れに出来る」
「貴様……!」
ヘルディナは今まで以上に憎悪がこもった眼差しをラルスに向ける。
今にもラルスを殺しそうな程だ。
「たが、君がベンティンク家を害する行為を今後も思い留まるのなら、告発はしない。どうだろうか?」
ラルスは不敵に口角を上げる。
すると、怒りは収まらないようだがヘルディナは少し考える素振りをした。
「……良いだろう。家族を守る為ならば……」
ヘルディナは悔しげな表情だった。
ムーンストーンの目からはやはり憎悪が消えない。
「それで良い」
ラルスは少し安心したような表情になる。
(ああ、今はこれで良い)
ラルスは軽くため息をつく。
(本当は今すぐ彼女を革命推進派に引き入れて、革命集会の存在を教えたい。だが、今の彼女は怒りに支配されて短慮な行動を起こしかねない。彼女自身も、仲間も危険に晒してしまう。時間をかけて引き入れよう)
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