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ユーリの本性
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夜になると、ユーリがストロガノフ伯爵家の帝都の屋敷に帰って来た。
「ただいま、アリョーナ」
ユーリはいつものようにアリョーナに優しい表情を向けている。
「お帰りなさい、ユーリお義兄様……」
ユーリがアリョーナの父イーゴリとアリョーナの母エヴドキヤ殺害計画メモを見てしまったアリョーナは、上手く笑えなかった。
当然ユーリはアリョーナがいつもと違うことに気付く。
「アリョーナ、どうかしたの? もしかして、まだ体調が悪い?」
ユーリのムーンストーンの目は、心配そうにアリョーナを見ている。
「……大丈夫ですわ」
アリョーナは胸の前でぎゅっと手を握った。
「……なら良いんだけど」
ユーリは優しくアリョーナの頭を撫でた。
(いつものユーリお義兄様だわ……)
アリョーナはバクバクする心臓を何とか鎮めていた。
以前まではユーリとの生活は幸せなものだった。しかし、今はユーリに対して疑惑が生じてしまい、アリョーナはユーリを避けるようになった。
そして、アリョーナはユーリがストロガノフ伯爵家当主になったばかりの頃に聞いた噂話をふと思い出した。
『ストロガノフ伯爵家当主になったユーリ・ネストロヴィチは子供の頃猫を川に投げ捨てて殺したらしいぞ』
『その話は私も聞いた。それだけでなく、十歳の時にレポフスキー公爵家の次男ヴラドレンを殺したとか』
『レポフスキー公爵家の件は事故じゃなくてユーリ・ネストロヴィチが起こした事件だったってことか』
『そのせいでレポフスキー公爵家を追い出されたらしいぞ。ストロガノフ伯爵家がレポフスキー公爵家に恩を売るためにユーリ・ネストロヴィチを引き取ったとか』
(ユーリお義兄様が……。いいえ、お義兄様はジェーニャやストロガノフ伯爵城の他の猫達に優しいわ。乱暴したりしていない。それに、ヴラドレンというユーリお義兄様の従弟だって……。本当にお義兄様の仕業なら、その時に警察に連れて行かれているわけよ。でも……)
その時、アリョーナはユーリの言葉を思い出した。
『ありがとう、アリョーナ。君が僕のことを信じてくれるだけで十分だ』
(冷静に考えたいわ。ユーリお義兄様のことを信じたい。だけど……ユーリお義兄様がいたら、冷静になれない。一人で落ち着いて考えたいのに……)
アリョーナはストロガノフ伯爵家の帝都の屋敷の私室にこもることが増えていた。
この日もアリョーナは私室で冷静になろうと必死だった。
しかし、扉がノックされる。
「アリョーナ、僕だけど、入って良いかい?」
いつも通りの優しいユーリの声。
それがかえって恐ろしく感じるアリョーナ。
「……どうぞ」
アリョーナの声は少し震えていた。
「アリョーナ……最近どうしたの? 何というか……まるで僕を避けているように感じるよ。……それが僕の勘違いなら良いんだけど」
ムーンストーンの目は、真っ直ぐアリョーナを射抜くようである。
「えっと……」
アリョーナはユーリから目を逸らして俯く。
「アリョーナ……本当に何があったの?」
少し切なく、甘く優しい声のユーリだ。
(ユーリお義兄様……本人に直接聞いたら、ちゃんと答えてくれるかしら……?)
アリョーナはゾワゾワとする気持ちを必死に落ち着かせている。
「アリョーナ?」
ユーリはアリョーナを覗き込む。
アリョーナは意を決して話すことにした。
「ユーリお義兄様……実は、お義兄様から借りた本を返した時に……あるメモを見つけてしまったのです。ユーリお義兄様が……お父様とお母様の殺害計画を細かに書いたメモを……」
すると、ユーリはムーンストーンの目を大きく見開く。
「捨てたと思ったのにな……」
ユーリはボソッとそう呟いた。
「それでアリョーナは僕が義父上と義母上を殺したと思っているんだね?」
ユーリのムーンストーンの目はスッと冷えていた。アリョーナが初めて見る表情である。
「そうではなくて……その……お義兄様のことは信じたいです。でも……今は冷静になれなくて……。だから、私を一人にしてください。ストロガノフ伯爵領に戻って、一人で冷静に考えたいのです。私の秘密というのも、よく分かりませんし……」
アリョーナは必死に懇願した。
「……そう言って、アリョーナは僕から逃げるつもりなんだろう?」
今までアリョーナが聞いたことのないような、低く冷たい声のユーリ。
ムーンストーンの目は光が消えており、虚ろであった。
アリョーナはゾクリと恐怖を感じた。
「違い……ます」
アリョーナはただ首を横に振ることが精一杯だった。
「許さないよ……! アリョーナ、僕から逃げようとするなんて許さない!」
ユーリは荒々しくアリョーナを押さえ付けた。
「お義兄様……!?」
突然のことに頭が追いつかないアリョーナ。ただ恐怖を感じるだけである。
ユーリは慣れた手つきで着用していたクラヴァットをするりと外し、それをアリョーナの顔にきつく縛った。
「ユーリお義兄様、やめてください!」
クラヴァットで視界を塞がれてしまったアリョーナは、必死で抵抗するがユーリの力には敵わない。
「やめないよ。アリョーナを僕から絶対に逃げられないようにしないと」
低く冷たい声だった。それでいて、どこか必死な声である。
アリョーナは目隠しされたままユーリに強く横抱きにされた。
「お義兄様、嫌!」
必死に抵抗するが、ユーリが横抱きにする力を強めたことでアリョーナは身動きが取れなくなってしまう。
アリョーナはそのままユーリにどこかへ連れて行かれてしまう。
視界を塞がれているので自分がどこにいるかは分からないが、私室から出たこと、そして夜の冷たい風を感じたので外にいることだけは分かった。
アリョーナは目隠しをされてユーリに横抱きにされたまま、いつの間にかどこかの室内に入っていた。
ようやくユーリから下ろしてもらえて解放されたと思いきや、両手首と両足首に何かをはめられたアリョーナ。
(一体何……!?)
恐怖と不安に支配される中、目隠しが外された。
初めて見る部屋だった。
アリョーナはベッドの上に座らされている。
部屋の家具は格調高く、それでいて可愛らしくアリョーナ好みである。
更にはシンプルで洗練された、実用的な執務机も置いてあった。
おまけに浴室もあり、この部屋だけで生活の全てを済ませることが出来る。
しかし、窓は鉄格子になっており、扉にも厳重に鍵がかけられていた。
まるで檻である。
「何……これ……!?」
アリョーナは自身の両手首と両足首を見て驚愕した。
金属製の手枷と足枷がはめられていたのだ。
肌に触れる面は柔らかな布が貼り付けられており、アリョーナの手首や足首に負担がないような仕様である。
「アリョーナが逃げないように、着けさせてもらったよ」
ユーリは冷たい目のまま口角を上げる。
アッシュブロンドの髪、ムーンストーンのようなグレーの目。
アリョーナの目の前にいるのは紛れもなくユーリである。
しかし、ユーリのムーンストーンの目からは完全に光が消えていた。
美しいが、それと同時に悍ましい程の容貌。
アリョーナがよく知っているユーリのはずだが、目の前のユーリはアリョーナの知らない男性に見えた。
「ユーリお義兄様、どうして……? いつものお義兄様に戻ってください……」
アリョーナが絞り出した声は震えており、生糸のように細かった。
「戻る? いつもの僕? ……アリョーナ、これが本当の僕だよ。アリョーナが一人で領地に戻りたいだなんて言わなければ、僕から離れようとしなければ今までの僕でいられたのにね」
「そんな……」
アリョーナは言葉を失う。
「僕にはアリョーナだけなんだ。そして君には僕しかいない。そうだろう? そうに決まってる!」
アリョーナを見つめるムーンストーンの目は、相変わらず光が灯っていない。しかし、どこまでも真っ直ぐだった。それでいて、そのムーンストーンの目の奥には寂しさが含まれていた。
ユーリがストロガノフ伯爵家にやって来た時のように。
(あ……)
目の前のユーリは恐ろしいはずなのだが、アリョーナはその目の奥の寂しさに気付き、少しだけ放っておけなくなったのである。
「ただいま、アリョーナ」
ユーリはいつものようにアリョーナに優しい表情を向けている。
「お帰りなさい、ユーリお義兄様……」
ユーリがアリョーナの父イーゴリとアリョーナの母エヴドキヤ殺害計画メモを見てしまったアリョーナは、上手く笑えなかった。
当然ユーリはアリョーナがいつもと違うことに気付く。
「アリョーナ、どうかしたの? もしかして、まだ体調が悪い?」
ユーリのムーンストーンの目は、心配そうにアリョーナを見ている。
「……大丈夫ですわ」
アリョーナは胸の前でぎゅっと手を握った。
「……なら良いんだけど」
ユーリは優しくアリョーナの頭を撫でた。
(いつものユーリお義兄様だわ……)
アリョーナはバクバクする心臓を何とか鎮めていた。
以前まではユーリとの生活は幸せなものだった。しかし、今はユーリに対して疑惑が生じてしまい、アリョーナはユーリを避けるようになった。
そして、アリョーナはユーリがストロガノフ伯爵家当主になったばかりの頃に聞いた噂話をふと思い出した。
『ストロガノフ伯爵家当主になったユーリ・ネストロヴィチは子供の頃猫を川に投げ捨てて殺したらしいぞ』
『その話は私も聞いた。それだけでなく、十歳の時にレポフスキー公爵家の次男ヴラドレンを殺したとか』
『レポフスキー公爵家の件は事故じゃなくてユーリ・ネストロヴィチが起こした事件だったってことか』
『そのせいでレポフスキー公爵家を追い出されたらしいぞ。ストロガノフ伯爵家がレポフスキー公爵家に恩を売るためにユーリ・ネストロヴィチを引き取ったとか』
(ユーリお義兄様が……。いいえ、お義兄様はジェーニャやストロガノフ伯爵城の他の猫達に優しいわ。乱暴したりしていない。それに、ヴラドレンというユーリお義兄様の従弟だって……。本当にお義兄様の仕業なら、その時に警察に連れて行かれているわけよ。でも……)
その時、アリョーナはユーリの言葉を思い出した。
『ありがとう、アリョーナ。君が僕のことを信じてくれるだけで十分だ』
(冷静に考えたいわ。ユーリお義兄様のことを信じたい。だけど……ユーリお義兄様がいたら、冷静になれない。一人で落ち着いて考えたいのに……)
アリョーナはストロガノフ伯爵家の帝都の屋敷の私室にこもることが増えていた。
この日もアリョーナは私室で冷静になろうと必死だった。
しかし、扉がノックされる。
「アリョーナ、僕だけど、入って良いかい?」
いつも通りの優しいユーリの声。
それがかえって恐ろしく感じるアリョーナ。
「……どうぞ」
アリョーナの声は少し震えていた。
「アリョーナ……最近どうしたの? 何というか……まるで僕を避けているように感じるよ。……それが僕の勘違いなら良いんだけど」
ムーンストーンの目は、真っ直ぐアリョーナを射抜くようである。
「えっと……」
アリョーナはユーリから目を逸らして俯く。
「アリョーナ……本当に何があったの?」
少し切なく、甘く優しい声のユーリだ。
(ユーリお義兄様……本人に直接聞いたら、ちゃんと答えてくれるかしら……?)
アリョーナはゾワゾワとする気持ちを必死に落ち着かせている。
「アリョーナ?」
ユーリはアリョーナを覗き込む。
アリョーナは意を決して話すことにした。
「ユーリお義兄様……実は、お義兄様から借りた本を返した時に……あるメモを見つけてしまったのです。ユーリお義兄様が……お父様とお母様の殺害計画を細かに書いたメモを……」
すると、ユーリはムーンストーンの目を大きく見開く。
「捨てたと思ったのにな……」
ユーリはボソッとそう呟いた。
「それでアリョーナは僕が義父上と義母上を殺したと思っているんだね?」
ユーリのムーンストーンの目はスッと冷えていた。アリョーナが初めて見る表情である。
「そうではなくて……その……お義兄様のことは信じたいです。でも……今は冷静になれなくて……。だから、私を一人にしてください。ストロガノフ伯爵領に戻って、一人で冷静に考えたいのです。私の秘密というのも、よく分かりませんし……」
アリョーナは必死に懇願した。
「……そう言って、アリョーナは僕から逃げるつもりなんだろう?」
今までアリョーナが聞いたことのないような、低く冷たい声のユーリ。
ムーンストーンの目は光が消えており、虚ろであった。
アリョーナはゾクリと恐怖を感じた。
「違い……ます」
アリョーナはただ首を横に振ることが精一杯だった。
「許さないよ……! アリョーナ、僕から逃げようとするなんて許さない!」
ユーリは荒々しくアリョーナを押さえ付けた。
「お義兄様……!?」
突然のことに頭が追いつかないアリョーナ。ただ恐怖を感じるだけである。
ユーリは慣れた手つきで着用していたクラヴァットをするりと外し、それをアリョーナの顔にきつく縛った。
「ユーリお義兄様、やめてください!」
クラヴァットで視界を塞がれてしまったアリョーナは、必死で抵抗するがユーリの力には敵わない。
「やめないよ。アリョーナを僕から絶対に逃げられないようにしないと」
低く冷たい声だった。それでいて、どこか必死な声である。
アリョーナは目隠しされたままユーリに強く横抱きにされた。
「お義兄様、嫌!」
必死に抵抗するが、ユーリが横抱きにする力を強めたことでアリョーナは身動きが取れなくなってしまう。
アリョーナはそのままユーリにどこかへ連れて行かれてしまう。
視界を塞がれているので自分がどこにいるかは分からないが、私室から出たこと、そして夜の冷たい風を感じたので外にいることだけは分かった。
アリョーナは目隠しをされてユーリに横抱きにされたまま、いつの間にかどこかの室内に入っていた。
ようやくユーリから下ろしてもらえて解放されたと思いきや、両手首と両足首に何かをはめられたアリョーナ。
(一体何……!?)
恐怖と不安に支配される中、目隠しが外された。
初めて見る部屋だった。
アリョーナはベッドの上に座らされている。
部屋の家具は格調高く、それでいて可愛らしくアリョーナ好みである。
更にはシンプルで洗練された、実用的な執務机も置いてあった。
おまけに浴室もあり、この部屋だけで生活の全てを済ませることが出来る。
しかし、窓は鉄格子になっており、扉にも厳重に鍵がかけられていた。
まるで檻である。
「何……これ……!?」
アリョーナは自身の両手首と両足首を見て驚愕した。
金属製の手枷と足枷がはめられていたのだ。
肌に触れる面は柔らかな布が貼り付けられており、アリョーナの手首や足首に負担がないような仕様である。
「アリョーナが逃げないように、着けさせてもらったよ」
ユーリは冷たい目のまま口角を上げる。
アッシュブロンドの髪、ムーンストーンのようなグレーの目。
アリョーナの目の前にいるのは紛れもなくユーリである。
しかし、ユーリのムーンストーンの目からは完全に光が消えていた。
美しいが、それと同時に悍ましい程の容貌。
アリョーナがよく知っているユーリのはずだが、目の前のユーリはアリョーナの知らない男性に見えた。
「ユーリお義兄様、どうして……? いつものお義兄様に戻ってください……」
アリョーナが絞り出した声は震えており、生糸のように細かった。
「戻る? いつもの僕? ……アリョーナ、これが本当の僕だよ。アリョーナが一人で領地に戻りたいだなんて言わなければ、僕から離れようとしなければ今までの僕でいられたのにね」
「そんな……」
アリョーナは言葉を失う。
「僕にはアリョーナだけなんだ。そして君には僕しかいない。そうだろう? そうに決まってる!」
アリョーナを見つめるムーンストーンの目は、相変わらず光が灯っていない。しかし、どこまでも真っ直ぐだった。それでいて、そのムーンストーンの目の奥には寂しさが含まれていた。
ユーリがストロガノフ伯爵家にやって来た時のように。
(あ……)
目の前のユーリは恐ろしいはずなのだが、アリョーナはその目の奥の寂しさに気付き、少しだけ放っておけなくなったのである。
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