その花の名は 〜あなたの香りに包まれて〜

宝月 蓮

文字の大きさ
3 / 19
報われぬ恋をしたランベール

黄色いゼラニウム

しおりを挟む
 二年後。ランベールは十歳になった。ルナへの恋心は健在だ。いずれナルフェックの女王になるルナの側にいたいという思いから、宰相を目指すようになった。これがランベールのルナに対する最大限のアプローチだった。
 そんな春のある日、またキトリーからお茶会の招待があった。社交界デビューの予行演習として定期的に子供達だけのお茶会を開催している。招待されるのはランベールとマルセル、そして時々ルナも加わる。しかし、今回ルナは婚約者のシャルルと会う日だった為、不参加だ。
「今日は紹介したい人がいるんだ。入っておいで」
 キトリーはニッと笑いそう言うと、ゆっくりと扉が開く。
 ふんわりと甘く可憐な、ベリーの香りが漂う。
 部屋に入って来たのはランベールより年下に見える小柄な少女。
 アッシュブロンドの真っ直ぐ伸びた髪にヘーゼルの目。外に出たことがないかのような白い肌。触れたら壊れてしまいそうな儚げな雰囲気だった。髪と目の色以外はキトリーとあまり似ていない。
「彼女は私の妹、オルタンス。私より二つ年下で、今年七歳になる。体が弱くて家族や使用人以外の人と接するのは今日が初めてなんだよ」
「……オルタンス・デルフィーヌ・ド・ヌムールでございます。よろしくお願いします」
 糸よりも細い声。オルタンスは少し緊張してオドオドした様子に見えた。
「キトリー嬢に妹君がいる話は以前聞いたことがあるが……キトリー嬢とはあまり似ていないな」
 ランベールはキトリーとオルタンスを見比べた。
「私はお父様似、オルタンスはお母様似だからね」
 ハハっと笑うキトリー。
 オルタンスは少しモジモジとしていた。
「オルタンス、この二人は私の幼馴染。メルクール公爵令息ランベールとジョーヴラン侯爵令息マルセル。社交界デビュー前の練習がてら挨拶してみるといいよ」
「はい、お姉様。えっと……」
 自信なさげにランベールとマルセルを交互に見るオルタンス。
「オルタンス、ランベールは筆頭公爵家の令息だからカーテシーで礼をる。マルセルは侯爵家の令息だからオルタンスから声をかけるんだよ」
 キトリーは優しげにそう教えた。
 爵位や家格が上の者には、礼を取り話しかけられるのを待つ。下の者には自分から話しかける。これが貴族のマナーだ。
「分かりました、お姉様」
 オルタンスはゆっくりとランベールの前に来て、緊張気味にカーテシーをする。
 再びふんわりと甘く可憐な、ベリーの香りが鼻を掠めた。ピンク色のシクラメンを彷彿とさせる少女だと、ランベールは思った。
「初めまして、オルタンス嬢。ランベール・ブノワ・ド・メルクールだ」
「お声がけありがとうございます、ランベール様」
 オルタンスはホッとした様子で頭を上げた。
 その後、オルタンスはマルセルにも挨拶を終え、お茶会が始まるのであった。
 ランベールはオルタンスの扱い方に少し困っていた。以前の傲慢な態度はもってのほか、キトリーやマルセルに対するような無遠慮な、気軽な態度は取れないと感じた。
 窓辺に飾ってある黄色いゼラニウムが存在感を放っていた。





♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔





 季節は過ぎ、秋になった。幼馴染のキトリーやマルセルからの誘いは相変わらず定期的にある。主にキトリーからの誘いが多いが、時にはマルセルからの誘いもあった。今回はマルセルからだ。過ごしやすい気候になったのでピクニックにでも行かないかと手紙が届いた。キトリーとオルタンスも誘っているようだ。特に断る理由もなかったので、ランベールは行く返事をした。
「ここは空気が良いね、マルセル」
 キトリーは、うーん、と伸びをする。
 ジョーヴラン領は絹の生産が盛んであり、栄えた町と豊かな自然がある。
「ありがとう、キトリー嬢。のんびりするには最適な場所だと思ってね。キトリー嬢もランベール殿も私も将来に向けて色々と勉強しているけれど、たまにはこうやって息抜きも必要だ。それに、オルタンス嬢にとっても空気が綺麗な場所の方がいいだろう」
 マルセルは優しげな笑みだ。
 ランベールはメルクール家次期当主兼宰相になる為に、キトリーは婿を取りヌムール家次期公爵夫人として、マルセルはヌムール家に婿入りすることが決まり、領地経営の勉強をしている。ちなみにキトリーとマルセルはこの年の夏に婚約者同士になった。貴族によくある政略結婚だ。キトリーもマルセルも幼馴染で気心知れているので不満はない。
「ありがとうございます、マルセル様」
 オルタンスはふわりとした笑みを浮かべた。
「確かに、息抜きも必要だな」
 ランベールは口角を上げる。
「久々の羽休めというところか。次期公爵夫人としての教育は息が詰まる。やっぱり私は医学やヌムール家の領地経営をやりたい。ルナが女王として即位したら女性も家督、爵位を継げるように制度を変えてくれるって言ってたけど」
「キトリー嬢、それなら私を傀儡にしても構わないさ」
 マルセルは全てを受け入れたような、包容力のある笑みで言った。
「マルセル殿にはプライドというものがないのか? それに、女性が家督や爵位を継ぐことには反対派の者が多い。特にカロンヌ伯爵がな。……まあ全公爵家と主要な侯爵家、伯爵家を全て味方につけた王太女殿下なら簡単にやってのけそうだが」
 ランベールは二人の会話を聞いてやや呆れ気味になった。
 オルタンスはクスクスと笑っている。
 その後、キトリーは珍しい薬草を見つけたので、マルセルを連れて採集に行った。
 ランベールはオルタンスと二人きりになった。
「オルタンス嬢、体調は大丈夫なのか? 以前キトリーから君は体が弱いと聞いたが」
「ええ、気にかけてくださってありがとうございます。ランベール様」
 ふわりと儚げな笑みのオルタンス。
「こうして外に出て、皆様とピクニックに来られたことを、わたくしはとても嬉しく思います」
 オルタンスはふふっと心底嬉しそうに笑った。
「そうか、それならよかった。オルタンス嬢は普段何をしているのか?」
 オルタンスとあまり関わったことがないランベールは、会話を途切らせないように話題を考えるのであった。会話で女性を楽しませるのも紳士として必要な能力なのだ。
「体調のいい時は、家庭教師からの淑女教育の他に、読書をしたり刺繍や編み物をしたり、ピアノを演奏しております」
 オルタンスは嬉しそうに話し始める。
「ピアノか。ではオルタンス嬢はガーメニーのゲルト・フォルツという作曲家を知っているかな?」
「ええ、存じております。彼が作曲したピアノ協奏曲は今練習しておりますの。それ程有名な方ではございませんのに、知っていらっしゃる方がいらして嬉しいです。ランベール様」
 小鳥が囀るような声で楽しそうに話すオルタンス。
 ランベールはその様子を見て少しホッとした。また同時に、妹が出来たような気分にもなっていた。


黄色いゼラニウムの花言葉:予期せぬ出会い
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛

ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎 潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。 大学卒業後、海外に留学した。 過去の恋愛にトラウマを抱えていた。 そんな時、気になる女性社員と巡り会う。 八神あやか 村藤コーポレーション社員の四十歳。 過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。 恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。 そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に...... 八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。

夜の帝王の一途な愛

ラヴ KAZU
恋愛
彼氏ナシ・子供ナシ・仕事ナシ……、ないない尽くしで人生に焦りを感じているアラフォー女性の前に、ある日突然、白馬の王子様が現れた! ピュアな主人公が待ちに待った〝白馬の王子様"の正体は、若くしてホストクラブを経営するカリスマNO.1ホスト。「俺と一緒に暮らさないか」突然のプロポーズと思いきや、契約結婚の申し出だった。 ところが、イケメンホスト麻生凌はたっぷりの愛情を濯ぐ。 翻弄される結城あゆみ。 そんな凌には誰にも言えない秘密があった。 あゆみの運命は……

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

すれ違う心 解ける氷

柴田はつみ
恋愛
幼い頃の優しさを失い、無口で冷徹となった御曹司とその冷たい態度に心を閉ざした許嫁の複雑な関係の物語

二年後、可愛かった彼の変貌に興ざめ(偽者でしょう?)

岬 空弥
恋愛
二歳年下のユーレットに人目惚れした侯爵家の一人娘エリシア。自分の気持ちを素直に伝えてくる彼女に戸惑いながらも、次第に彼女に好意を持つようになって行くユーレット。しかし大人になりきれない不器用な彼の言動は周りに誤解を与えるようなものばかりだった。ある日、そんなユーレットの態度を誤解した幼馴染のリーシャによって二人の関係は壊されてしまう。 エリシアの卒業式の日、意を決したユーレットは言った。「俺が卒業したら絶対迎えに行く。だから待っていてほしい」 二年の時は、彼らを成長させたはずなのだが・・・。

隣の夫婦 ~離婚する、離婚しない、身近な夫婦の話

紫さゆり
恋愛
オムニバス形式です。 理解し合って結婚したはずの梓、同級生との再会が思わぬことになる雅美、年下の夫のかつての妻に引け目を感じる千晴、昔の恋の後悔から前向きになれない志織。 大人の女性のストーリーです。

嘘をつく唇に優しいキスを

松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。 桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。 だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。 麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。 そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。

処理中です...