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しわ寄せを受けた者達
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「というわけで、ナイジェルをウィルクス伯爵家の後継者として育てたい」
ローズマリーの父であるウィルクス伯爵からそう言われ、ナイジェルは頭の中が真っ白になった。
ウィルクス伯爵家の分家である、ウィルクス子爵家の三男に生まれたナイジェル。紫色の髪にエメラルドのような緑の目の少年だ。
子爵家を継ぐ長男、長男やその子供に何かあった場合のスペアとして育てられている次男とは違い、完全に自由な立場だったナイジェル。将来は独立して一代限りの騎士爵の位を得て商売を始めるなり、騎士団に所属して騎士として活躍するなり、自由に生きようとしていた。
しかし、今ナイジェルは本家であるウィルクス伯爵家の養子になり、ウィルクス伯爵家次期当主になることが確定してしまった。
そうなった理由はウィルクス伯爵家本家に生まれた従姉であるローズマリーが王太子ヒューゴの婚約者になり王太子妃となることが決まったことにある。
ついこの前、王宮のパーティーでローズマリーが婚約者であったダンヴィル公爵家次男のジミーに婚約破棄された。更にその場で王太子ヒューゴから求婚されてそれを受け入れたのだ。それは一世一代のラブロマンスとして今アポロニア王国で話題になっているので、ナイジェルもある程度は知っていた。
それにより、子供がローズマリーしかいなかったウィルクス伯爵家は養子を迎え入れて次期後継者として教育する必要が出て来た。そして選ばれたのが分家の三男であるナイジェルである。
「ナイジェル、本家からこのような素晴らしい打診を受けたのだ。しっかりやりなさい」
子爵家の実父からそう言われるが、ナイジェルはまだ困惑していた。
(俺がウィルクス伯爵家の次期当主……!? 正直勘弁してくれよ……)
ナイジェルは軽くため息をついた。
しかし、不本意であっても本家の決定には逆らえない。
ナイジェルには将来の自由以外にもう一つ不安があった。
「あの、父上……俺がウィルクス伯爵家の養子になったら……婚約者のマーガレットはどうなるのですか?」
ナイジェルにはマーガレットという婚約者がいた。彼女はアスカム男爵家の三女であり、一代限りの爵位を得たナイジェルにもついて来てくれる予定だった。
「当然マーガレット嬢との婚約は解消だ。お前は上級貴族になるからな。公爵や侯爵や伯爵といった上級貴族と、子爵や男爵といった下級貴族の結婚は認められていない」
実父からは無慈悲にそう告げられる。
「そう……ですよね……」
ナイジェルは暗い表情になった。
ナイジェルとマーガレットは夜会で出会い、恋に落ちた。お互い三男、三女ということで気楽な立場であり、恋愛も楽しめるのである。彼はマーガレットと結婚し、自由で温かい家庭を築く予定であった。しかし、それすらも今回の件で諦めざるを得なくなったのである。
ーーーーーーーー
「すまない、マーガレット。……君との婚約を解消しなければならなくなった」
王都のカフェにて、アスカム男爵令嬢マーガレットは婚約者のナイジェルからそう告げられた。ナイジェルのエメラルドの目は本当に申し訳なさそうにしているのがマーガレットにも分かった。
「ええ、仕方ないわ。ナイジェルは伯爵家に養子入りしないといけないものね。男爵家の私でもう無理なのも分かるわ」
マーガレットは悲しげにシトリンのような黄色の目を伏せる。ハラリと耳に空色の髪がかかる。
仕方ないとは思いつつも、何故こうなったのか考えてしまう。
公然の場で冤罪をふっかけられて婚約破棄されたナイジェルの従姉ローズマリー。その後彼女は王太子ヒューゴに求婚される。誰もが憧れるラブロマンス。マーガレットも最初はその話に胸をときめかせていた。
しかし、それによるしわ寄せがまさか自分達に来るとは全く思っていなかった。
ナイジェルは本家であるウィルクス伯爵家の養子となり、上級貴族になってしまう。下級貴族のマーガレットとはもう結婚出来ないのだ。
「ナイジェル、貴方はこれから大変かもしれないけれど……頑張ってね」
マーガレットはふわりと微笑む。この場で泣いてなどいられない。むしろナイジェルの方がこれから頑張らないといけない環境に置かれてしまうのだから。
「マーガレット……」
ナイジェルは悲しげに微笑む。
「君はこれからどうするの?」
そう聞かれ、マーガレットは少し考え込んで答える。
「まだ分からないわ。でも、一番下の娘を結婚させずに親元に置いておく貴族の家も結構あるみたいだから、もしかしたらそうなるのかも。私の家はお父様もお母様も健在だし、経済基盤は安定してるわ。何一つ不自由のない暮らしは出来ると思うから安心してちょうだい」
マーガレットは気丈に振る舞った。
「マーガレット……本当にすまない。本当は俺だって君と結婚して……自由気ままに楽しく過ごしたかった」
今にも泣きそうなナイジェル。
「もう、ナイジェル、しっかりしてちょうだい。貴方はウィルクス伯爵家次期当主なのだから」
マーガレットは泣きそうな気持ちを抑え、ナイジェルを元気付ける。
「マーガレット……君は強いね。俺も見習わないと」
ナイジェルはまだ悲しげではあるが、フッと笑った。
マーガレットはナイジェルとの話を終え、カフェを出て一人になった。
(ローズマリー様と王太子殿下のラブロマンスは憧れるけれど……まさか私達がその影響を受けるなんて思わなかったわ……)
マーガレットのシトリンの目からは、一筋の涙が流れていた。
誰もが憧れるラブロマンス。しかしその裏でしわ寄せを受けた者達がいることは誰にも知られなかった。
ローズマリーの父であるウィルクス伯爵からそう言われ、ナイジェルは頭の中が真っ白になった。
ウィルクス伯爵家の分家である、ウィルクス子爵家の三男に生まれたナイジェル。紫色の髪にエメラルドのような緑の目の少年だ。
子爵家を継ぐ長男、長男やその子供に何かあった場合のスペアとして育てられている次男とは違い、完全に自由な立場だったナイジェル。将来は独立して一代限りの騎士爵の位を得て商売を始めるなり、騎士団に所属して騎士として活躍するなり、自由に生きようとしていた。
しかし、今ナイジェルは本家であるウィルクス伯爵家の養子になり、ウィルクス伯爵家次期当主になることが確定してしまった。
そうなった理由はウィルクス伯爵家本家に生まれた従姉であるローズマリーが王太子ヒューゴの婚約者になり王太子妃となることが決まったことにある。
ついこの前、王宮のパーティーでローズマリーが婚約者であったダンヴィル公爵家次男のジミーに婚約破棄された。更にその場で王太子ヒューゴから求婚されてそれを受け入れたのだ。それは一世一代のラブロマンスとして今アポロニア王国で話題になっているので、ナイジェルもある程度は知っていた。
それにより、子供がローズマリーしかいなかったウィルクス伯爵家は養子を迎え入れて次期後継者として教育する必要が出て来た。そして選ばれたのが分家の三男であるナイジェルである。
「ナイジェル、本家からこのような素晴らしい打診を受けたのだ。しっかりやりなさい」
子爵家の実父からそう言われるが、ナイジェルはまだ困惑していた。
(俺がウィルクス伯爵家の次期当主……!? 正直勘弁してくれよ……)
ナイジェルは軽くため息をついた。
しかし、不本意であっても本家の決定には逆らえない。
ナイジェルには将来の自由以外にもう一つ不安があった。
「あの、父上……俺がウィルクス伯爵家の養子になったら……婚約者のマーガレットはどうなるのですか?」
ナイジェルにはマーガレットという婚約者がいた。彼女はアスカム男爵家の三女であり、一代限りの爵位を得たナイジェルにもついて来てくれる予定だった。
「当然マーガレット嬢との婚約は解消だ。お前は上級貴族になるからな。公爵や侯爵や伯爵といった上級貴族と、子爵や男爵といった下級貴族の結婚は認められていない」
実父からは無慈悲にそう告げられる。
「そう……ですよね……」
ナイジェルは暗い表情になった。
ナイジェルとマーガレットは夜会で出会い、恋に落ちた。お互い三男、三女ということで気楽な立場であり、恋愛も楽しめるのである。彼はマーガレットと結婚し、自由で温かい家庭を築く予定であった。しかし、それすらも今回の件で諦めざるを得なくなったのである。
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「すまない、マーガレット。……君との婚約を解消しなければならなくなった」
王都のカフェにて、アスカム男爵令嬢マーガレットは婚約者のナイジェルからそう告げられた。ナイジェルのエメラルドの目は本当に申し訳なさそうにしているのがマーガレットにも分かった。
「ええ、仕方ないわ。ナイジェルは伯爵家に養子入りしないといけないものね。男爵家の私でもう無理なのも分かるわ」
マーガレットは悲しげにシトリンのような黄色の目を伏せる。ハラリと耳に空色の髪がかかる。
仕方ないとは思いつつも、何故こうなったのか考えてしまう。
公然の場で冤罪をふっかけられて婚約破棄されたナイジェルの従姉ローズマリー。その後彼女は王太子ヒューゴに求婚される。誰もが憧れるラブロマンス。マーガレットも最初はその話に胸をときめかせていた。
しかし、それによるしわ寄せがまさか自分達に来るとは全く思っていなかった。
ナイジェルは本家であるウィルクス伯爵家の養子となり、上級貴族になってしまう。下級貴族のマーガレットとはもう結婚出来ないのだ。
「ナイジェル、貴方はこれから大変かもしれないけれど……頑張ってね」
マーガレットはふわりと微笑む。この場で泣いてなどいられない。むしろナイジェルの方がこれから頑張らないといけない環境に置かれてしまうのだから。
「マーガレット……」
ナイジェルは悲しげに微笑む。
「君はこれからどうするの?」
そう聞かれ、マーガレットは少し考え込んで答える。
「まだ分からないわ。でも、一番下の娘を結婚させずに親元に置いておく貴族の家も結構あるみたいだから、もしかしたらそうなるのかも。私の家はお父様もお母様も健在だし、経済基盤は安定してるわ。何一つ不自由のない暮らしは出来ると思うから安心してちょうだい」
マーガレットは気丈に振る舞った。
「マーガレット……本当にすまない。本当は俺だって君と結婚して……自由気ままに楽しく過ごしたかった」
今にも泣きそうなナイジェル。
「もう、ナイジェル、しっかりしてちょうだい。貴方はウィルクス伯爵家次期当主なのだから」
マーガレットは泣きそうな気持ちを抑え、ナイジェルを元気付ける。
「マーガレット……君は強いね。俺も見習わないと」
ナイジェルはまだ悲しげではあるが、フッと笑った。
マーガレットはナイジェルとの話を終え、カフェを出て一人になった。
(ローズマリー様と王太子殿下のラブロマンスは憧れるけれど……まさか私達がその影響を受けるなんて思わなかったわ……)
マーガレットのシトリンの目からは、一筋の涙が流れていた。
誰もが憧れるラブロマンス。しかしその裏でしわ寄せを受けた者達がいることは誰にも知られなかった。
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みんなの感想(2件)
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マーガレットは幸せになれて良かったと思うものの、しわ寄せされた人達には辛いですよね(´;ω;`)
誰かを不幸にしても幸せになりたいと思うのか……、多分、マーガレットと王太子はしわ寄せされた人達がいることに気付かないんでしょうね(>_<;)
藤原 柚月様、お読みくださりありがとうございます!
残念ながら王太子達はしわ寄せを受けた二人には気づくことはなさそうです(~_~;)
元凶となった公爵令息と男爵令嬢ももちろんそうですが(・・;)
マーガレットのその後が気になりますね。
書記長様、お読みくださりありがとうございます!
今回はしわ寄せを受けた者達がいたことを知っていただく為に描いた物語ですので、彼女のその後についてはご想像にお任せします。
感想ありがとうございました。