恋人の気持ちを試す方法

山田ランチ

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4 新しい生活

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七年後。

「こら待ちなさい! ヴァル! カミーユ! いい加減にしろ――ッ!」
「ベルタ、ほっといていいから。どうせ敷地内なんだから外へ出られやしないわ」

 腰を支えながらふぅと息を吐いたカミラは、近くにあったベンチに腰掛けた。人気役者と劇団の団長の結婚は、カミラの信奉者達によって公演中一時的に暴動が起きる事があったが、カミラが表舞台から姿を消すと、人気の座も別の役者へとすぐに移っていった。カミラは“そういうものよ”と呆れたように笑っていた。
 先の方では団員に見つかったヴァルとカミーユが今度はこちらに向かって奇声を上げながら走って来る。どうやら鬼の役目はその者に変わったようだった。

「逃げていいのか? 俺を捕まえられた子にはとびっきりのおやつをあげようと思ったんだけどなぁ?」

 すると今まで逃げていたのが嘘のように、今度は獲物を狙う猫のように飛び掛かっていく。三人の笑い声が宿の中庭に響き渡っていた。

「アルビンって本当に子供の扱いが上手いのね。私なんていつも遊ばれているみたいなのに」

 両腕に子供を二人ぶら下げてこちらに向かってきた美丈夫は眩しい笑顔で笑った。この男こそ、劇団で全ての人気を独り占めしている若手人気役者だった。鍛えられた体は若さと相まって眩しいくらいだ。それに加えて劇団きっての甘いマスクは日に日に色気も加わっていき、毎日見ているというのに一向に慣れる気配はなかった。

「村にも小さな子が何人かいたしね。でもヴァルもカミーユもベルタの事も好きだもんな?」
「んふふ、すきぃぃぃ! だって一杯お菓子くれるもん、それに遊んでくれるし、一緒に寝てくれるし、それにお菓子くれるし!」
「お菓子二回言ってるって! だよな、俺もベルタ好きぃ!」

 アルビンはそういって照れる素振りもなく白い歯を覗かせてニカッと笑った。

「でもな、お前達の母ちゃんは妊婦なんだから、走り回ってもしも腹にぶつかったらどうする気だ?」
「どうなるの?」
「最悪死んじまうよ。母ちゃんも赤ん坊もな」

 “死”という言葉を知っているかは分からないが、姉のカミーユはキュッと口を結び、それを反対側からそれを見ていた弟のヴァルも真似た。

「だから走り回ったりしたら駄目なんだ。分かったか? 分かったならおやつだぞ」
「分かった!」
「僕も分かった」

 アルビンは二人をぶら下げたままグルグルと回りながら中へと入っていった。

「自分で言ったそばから振り回しているじゃない」

 笑いながらカミラはもうすぐ出産を迎える大きく張り出たお腹を擦っていた。

「アルビンには本当に感謝だわ。彼が子供達の面倒を見てくれるだけでこっちは大助かりよ」
「本当に良いお兄さんになったわね。あれくらいの年頃なら休みの日くらい遊びに出歩きたいでしょうに、余程子供が好きなんだわ。皆が言っていたんだけど、アルビンが街を歩くと女の子達で凄い騒ぎになるらしいのよ。それなのに女の子に興味がないなんて信じられる?」
「興味がないというよりは、興味のある人がここにいるからだと私は思うけど」
「え! アルビンの好きな人がここにいるの!? もしかして団員の中にいるって事? そうだとしたらなんで私に相談してくれないのよ」

 本気で落ち込んでいるベルタを見ながら、カミラは小さく息を吐いた。

「……アルビン、こりゃ大変だよ」


✳✳✳✳✳


「まさかあれがこうも化けるとは、さすがは俺だな」

 似合わないちょび髭を生やし出したクヌートは舞台袖から今まさに公演真っ只中のアルビンを見て、うんうんと頷いていた。
 アルビンと出会ったのは三年前で、まだ十六歳だった。次の公演先に向かっている途中、団員の中で急に体調を崩した者がおり、偶然見つけた村に立ち寄った時の事だった。閉鎖的な村でアルビンは数少ない男性として力仕事を任されていた。もう村人は少なく、衰退しこのまま消えゆくであろう村だった。そしてアルビンの親代わりでもある村長から、団員を助ける代わりにアルビンを連れて行ってくれるよう言われたのだ。やがて滅んでいく村に前途ある若者を縛り付けている事が心苦しかったのだろう。孫へ新しい人生を用意した祖父は立派に思えた。しかしアルビンが納得する訳がなく、不貞腐れた態度は一年程続いた。

「アルビンは磨けば光ると思ったんだよ。俺って見る目あるよなぁ! 連れて来て良かったよ」

 アルビンを任せたのは村長の意向だというのに、人気が出てからというものクヌートの自分自身への賛美が止まらず、いい加減返事をするのが面倒になり出口の方を指差した。

「そう言えばさっきカミラがあなたに会いたがっていたわよ。早く行ってあげたら? 今でも仲良しなのね、とっても羨ましいわ」

 するとクヌートは嬉しそうに走っていく。清々したベルタは舞台へと視線を移した。するとちらりと、ほんの僅かな視線がこちらに向く。アルビンの目が一瞬優しく細められた気がした。

「あんな顔も出来るようになったなんて、クヌートじゃなくても感慨深いわね」

 野生の動物が懐いたような、嬉しさと誇らしさと安堵があった。


「ちょっと待って。信じられない! 嘘でしょ!」
「ほっぺ抓ってみろよ。馬鹿強いって!」

 夜の公演が終わり、食事の為に宿屋の一階に集まっていた団員達はクヌートの発表に沸き立っていた。
 発表されたのはアルベスク王室からの招待。王立演劇場での長期に渡る公演依頼だった。その期間の動員数に関わらず報酬は支払われ、団員全員の衣食住も面倒を見てくれるという破格の招致だった。

「へぇ、俺アルベスク王国初めて。ベルタは行った事ある?」
「何言ってんだよ! ベルタはアルベスク王国生まれだもんな」

 団員の一人が少し離れた所からそう言うとアルビンは目を輝かせ、椅子の背もたれを囲うようにして座り直した。

「そういう事は教えてくれよ! てっきり俺と同じだと思っていたじゃん! それで?」
「それでって?」
「だから、アルベスク王国ってどんなとこ? っていうかそういえばなんでベルタは劇団に入ったんだよ。裏方ばっかりで全然舞台に立たないし、もったいないって。俺ベルタと恋人役してみたいな」
「私とアルビンが? 無理無理! 年の差があり過ぎよ。それに私は裏方が好きなの!」
「そこまで離れてないじゃんか!」
「あぁ少し飲み過ぎちゃった。庭に出てくるわね」
「あ、待ってよ俺も……」
「いいからいいから! ここで皆と楽しんで」

 肩を抑えるように叩かれ、アルビンは大人しくなった。


 「はいどうぞ。全く飲んでないでしょ」

 頭の上からにゅっと差し出されたのはホットワインだった。隣りに座ったカミラは空を見上げながら思い出したように笑った。

「はぁ、もう七年か。長かったような短かったような、でもあっという間だったかな」
「どっちよ」

 つられて笑い、空を見上げた。

「どうする? 今回の遠征にベルタも行くの?」

 思ってもみない問いに呆けていると、カミラはとても穏やかな声で言った。

「もうすぐこの子が生まれるでしょう? だから私は今回はお留守番。だからベルタさえ良かったら一緒に残らないかなって」
「カミラ……ありがとう」
「やだやだ! そんなんじゃないって。私がベルタにそばに居て欲しいだけだってば」
「……うん、でも今回私も付いて行こうと思う。おばあちゃんのお墓参りもしたいし、それにあの家もそろそろどうにかしないとね。もしかしたらとっくに誰かの物になっているか、壊されているかもしれないけれど」

 胸元にあるネックレスに触れながら呟いた。

「あるといいなぁ」

 空を見ていた視線をカミラに向けると、上を向いているカミラの目には涙が光っているように見えた。

「……そうだね。それじゃあここで待っているよ。帰ってくる頃には家族が増えているからね」 

 そっとカミラの肩に頭を置いた。
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