恋人の気持ちを試す方法

山田ランチ

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5 帰郷

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「あれ? 団長、ベルタを知らない? さっきまで荷解きしてたんだけどなぁ」

 アルビンは、広い屋敷中を探しても見当たらないベルタの姿を追って、とうとう団長一家に充てがわれていた部屋まで来ていた。今回カミラは同行していない為、団員の女性達が荷解きや子供達の相手をしていたが、長旅だったというのに全く疲れを感じさせないカミーユ達に手を引かれながら、救いが来たと言わんばかりに目を輝かせていた。

「あ、待って待って! 今は無理! 俺ベルタを探してるんだよ。ここに来なかった?」
「ベルタなら野暮用で外出中だぞ。夕方までには戻って来るだろうよ。それよりもお前達、明日は王立演劇場へ行くんだから今日は早めに休めよ」
「野暮用って何だよ。団長はベルタがどこに行ったのか知ってんの? 知っているなら教えてよ!」
「役者が舞台以外で声を張り上げるな! ……ここはベルタの故郷なんだ。行きたい所も会いたい人もいるってもんだ。女のケツばかり追い掛け回していると相手にされないぞ。俺のように常に堂々とした立ち振舞を心掛けるんだな」

 するとアルビンは真っ赤になった顔を腕で隠した。

「なッ、バッ、うるせ――!」

 子供みたいな捨て台詞を吐いたアルビンは勢いよく部屋を出て行ってしまった。

「皆、今聞いた? 普通団長に向かってあんな事言う? どこで間違えたのかな……甘やかし過ぎちゃったかな」
「まあそうかもしんないですね。でも仕方ないですよ。アルビンは今や女性客受け一番の人気役者ですから。ぶっちゃけ今回の公演依頼だってアルビンの人気が国を超えたからじゃないんですか?」
「うん、まあそんなところだ。っと俺も野暮用で出掛けて来るからあと宜しく!」
「宜しくって団長! ……あんた達の父、本当に行っちゃったよ」


✳✳✳✳✳


 祖母の墓は街から少し離れた集合墓地の一角にあった。木の陰にひっそりと置かれた墓石を見つけ、足を早めた。

「あれ、誰か来たのかな。……ずっと来れなくてごめんね、おばあちゃん。今帰ったよ」

 七年間ずっと来れなかったお墓に手を合わせると花を添えた。しかしそこにはすでに綺麗な花束が供えてある。そして墓石もその周辺もとても綺麗になっていた。本当なら墓石は雨風に晒されて黒ずんでいるかと思ったし、木の下だから落ち葉に埋もれているかと思っていた。でも墓石は埋もれるでも汚れるでもなく、まるでさっき手入れをしたかのように綺麗にだった。

「おばあちゃん、誰か管理しに来てくれているの? 私があんまり放置しているから見兼ねた誰かが掃除してくれたのかな」

 七年前、逃げるようにしてこの国を出たのはあの事件のすぐ後だった。ニルスが去ってしまい、呆然としたまま棚の上のネックレスだけを手に取るとフラフラの状態でカミラの元に向かった。そしてカミラは泣きながら怒り散らし、直ちに逃してくれた。団員の一人を付けてその夜の内に内密に国を出た夜の事は今でも夢に見る。持ち物は形見のネックレスだけ。真っ暗で寒い夜だった。寒かったのはきっと心のせいなのだろう。それでも闇に向かって進んでいるような恐怖で体が震えていたのを覚えている。貴族にナイフを向けたという罪で捕らえられてしまうかもしれない。調べて偽物だと分かってもその事実は変わらないだろう。そこからこの国に帰るのが怖くて近寄る事が出来ないでいた。

「しばらくはここにいるからまた来るよ。家も近い内に見に行って来るからね」


✳✳✳✳✳


「間もなく参りますのでこちらで少々お待ち下さい」
「は! 承知致しました!」

 クヌートは青い顔をして椅子に浅く腰掛けていた。重厚な椅子がクヌートの揺れでガタガタと鳴り出す。控えていた侍女は心配になり声を掛けようとした所で扉が開いた。

「待たせてすまない。急に承認しなければならない仕事が入ってしまって……団長殿? クヌート殿?」

 するとクヌートは意識を取り戻したように直立不動に立ち上がった。

「はいッ!」

 威勢の良い声と共に立ち上がったクヌートは、いつの間にか目の前にいた男に目を奪われていた。

「大丈夫か?」
「はい、騎士団長とお伺いしていたものですから……」

 そう言って言葉を切った。見る見る内に青くなっていく表情に、男は着席を進めてきた。

「確かに騎士団長ぽくないとよく言われるよ。ニルス・パイン・ヘイデンスタムだ。侯爵とでも、あなたと同じ団長とでも、好きな方で呼んでくれ」
「お、私と同じだなんて滅相もございません! 侯爵様と呼ばせて頂きます」
「ああ、構わないよ。ぜひ紅茶を飲んで。私の気に入りの産地から取り寄せているんだ」

 紅茶の味など分かる訳がないと思いながら口に含み、そして案の定味も分からないまま、ガチャガチャとカップを鳴らしながら置くと膝の上で拳を握り締めた。

「この度は我々のようなしがない劇団に破格のご対応にして頂き、団員一同心から感謝しております」
「そう自分達を卑下するものではない。お前達の人気振りは我が国まで届いているんだ。そこまでになるには相当な苦労があった事だろう。胸を張って挑むといい。……団員達は私からの招致だという事は知っているのか?」
「いえ、事前に仰っておられた通り、王妃様からの招致と伝えてあります」
「それでいい。王妃様も事実楽しみにしておられたし、お名前をお借りする事も快く承諾して下ったのだから、あながち間違ってはいないだろう?」
「ソウデスネ」

 片言になってしまったクヌートは、意を決したように顔を上げた。

「そうまでして我が劇団を呼び寄せた理由をお話頂けますか?」

 ニルスは紅茶を数口含んでから、香りを楽しむように鼻で息を吐いた。

「ベルタが君の劇団にいるんだろう?」
「ベルタですか? はい、おりますが……」

 そしてクヌートは先程とは打って変わりニルスを睨み付けた。

「もしかしてあなたがベルタを弄んだ貴族ですか?」
「誤解をしているようだが私は弄んでなどいない。ずっとベルタの身を案じてきたんだ。そして七年前にこの国を出国していた事も調べがついている」
「それなのに七年も迎えに来なかったって事ですよね?」

 後ろで侍女は不穏な空気を感じ扉に手を掛けたが、それはニルスが視線で止めた。

「迎えに行けなかったと言った方が正しいかもしれない。あの後、この国は他国の侵略を受けたんだ。終わったのは二年前」
「そんな噂聞いた事がありません! アルベスク王国は至って平和な国ですよね?」

 するとニルスは笑顔で微笑んだ。

「そう伝わっているのが一番だな。国民も変に不安にならずに済む」

 線の細い男だと思ったが、よく見ると団服に隠れた体はがっちりとしているし、まくられた腕には薄くなった無数の傷が見えた。

「戦争は国境付近だった為、その領地には箝口令が敷かれたから情報が外に漏れる事はなかった。それに戦力の要となったのは周辺の領地から集まった兵士と王都の兵団だったから、我々騎士団は最後の戦いに参加しただけだよ。その後戦後処理を引き継いだんだ」
「もしかして、ベルタと共にいた時も度々戦地へ行っていたんですか?」
「ベルタには仕事の詳しい話はしていなかったから伝えていなかった。心配するだろうと思ったしね」

 その瞬間、クヌートはテーブルを叩いていた。

「ベルタをなんだと思っているんだよ。この国を出てもずっとあなたを忘れずに毎日泣いて過ごしていたってのに! それなのに今更、七年も経ってベルタに何の用だ!」
「愛しているんだ」
「あい? 何?」
「まだベルタを愛している。そうあなたには伝えておこうと思って。ベルタを大事にしてくれているようだしね」

 長い足の上で手を組んだニスルの笑顔に、クヌートは頬をひくつかせた。

「もしかしてそれだけを言うつもりでここへ呼びつけたんですか?」
「ベルタと会うのにあなたに手を貸してもらおうとは思っていないよ。でもくれぐれも邪魔だけはしないでくれ。私はまだベルタと引き離された事を許してはいないからね」

 返事の代わりにクヌートの喉がゴクリと鳴る。目の前にいる男を見つめながら、ベルタの身を案じた。
 
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