1 / 14
1 恋人の気持ちが分からない
しおりを挟む
「それって騙されているんじゃない? いくら忙しいからって、恋人に会えるのが二、三ヶ月に一度あるかないかだなんて。しかもそれが二年も続いているんでしょう? うちのはあんな舞台馬鹿だけど、そこら辺はちゃんとしているというか、愛想尽きそうになるギリギリを攻めてきているのよねぇ」
追い打ちをかけるような友人の言葉に、ベルタは思わずむくれてしまっていた。
「カミラはそもそも職場が同じでしょ。あたしとは立場が違うよ。それにクヌートさんは誰から見てもカミラが好きだって溢れているし……」
カミラは二ヶ月前から興行で各地を回っている大所帯の歌劇団の一員だった。友人になったきっかけは、働いている宿屋に歌劇団が長期滞在する事になったからで、そしてそのまま仲良くなり、今ではこうして恋バナをするまでに親しくなっていた。
「でもうちだって別れたらそれこそ地獄が待っているんだからね」
「でも人気役者と団長の恋って禁断みたいで人気が出そうじゃない?」
「何が禁断で地獄だって?」
二人の上からにゅっと顔を出したのは、カミラの所属するオーア歌劇団の若き団長にしてカミラの恋人クヌートだった。歌劇団というよりはサーカスの団長の方が似合いそうな気もするが、面倒見が良く明るい男性だった。
ベルタは机に頬を付けながら二人のやり取りをじっとりとした眼差しで鑑賞していると、カミラの指にきらりと光る指輪が目に入った。
「待って、それどうしたの!? この間まで嵌めてなかったよね?」
するとカミラは嬉しそうにさっと指輪を嵌めている手を差し出してきた。
「きれい……」
「前に巡業した国で、結婚の証に指輪を送るっていう国があってね。素敵だねって話していたらこの間送ってくれたの」
「それってもしかして、結婚を申し込まれたって事?」
カミラは見た事もない笑顔で頷いた。
「あまりまじまじと見られるとな、その、高い物じゃないから恥ずかしい」
クヌートは顔を真赤にして、照れ隠しのように笑っていた。
「おめでとう二人共! 今度お祝いを持ってくるわね。今日はもう帰るわ」
カミラの部屋を出ようとした時だった。
「でも真面目な話、その人本当に恋人なんだよね? 何の仕事をしているか聞いた事はあるの? 前に聞いたのは城務めだっていうのは聞いたけど、それを確かめた事はある?」
「……確かめるってどうやって? 私はしがない宿屋の従業員、片や城務めの貴族なのに」
「え、待って。相手って貴族なの!?」
ベルタはまずいと思ったがもう遅かった。
「貴族だなんて聞いてないよ! そんなの遊ばれているに決まっているじゃない! お城なんてすぐそこにあるのに会えるのがそれだけなんて、絶対に家庭があるんだよ!」
「カミラに何が分かるのよ! 自分は幸せだからなんとでも言えるよね! 綺麗だし、人気役者だし、歌だって上手いし、カミラだったらきっと貴族にだって嫁げた……」
ベルタはハッとして口を押さえた。
「二人共落ち着こう。でも正直な所、俺もベルタが騙されているんじゃないかと思えてしまうよ。城務めがどんなものかなんて俺には分からないし、お貴族様なんて更に何の仕事をしているのか検討もつかない。でも一人の男として言える事は、愛する人には時間を縫ってでも会いに来るもんだろう?」
「そんな事、私にだって分からないわ」
「そこでだ! ジャジャ――ン!」
クヌートが取り出したのは、小型のナイフだった。
「あのねぇ、今小道具で遊んでいる場合じゃないの。場の和ませ方を間違えていると思うんだけど」
「小道具?」
するとカミラはナイフの先をチョイっと突いてみせた。美しく磨かれた爪先が一層ナイフを綺麗に見せてくる。
「あぶな……え、どうなっているの?」
ナイフは刺さる事なく奥に刃が引っ込んでしまった。
「もっと押すと底に血糊が仕込んであってね、事件物の演目に使うのよ。だからただのおもちゃ。斬っても刺しても怪我なんか出来やしないわ」
「いやいや侮るなかれお嬢さん方。ただの小道具ではありませんよ。これは陛下に献上してもいいくらいの精巧な技術を用いて作られているとても貴重な……」
カミラの視線にクヌートはこほんと咳をすると、言い直した。
「とにかくそれくらいに良く出来た偽物って事なんだ。これを特別に貸してあげよう。幸いにも今回の演目には使用しないしね。やっぱり人気があるのは恋愛ものなんだよ。俺としては事件物や推理物に力を入れたいんだけどさ」
「絶対に止めて、お偉いさんに目を付けられたら営業出来なくなるじゃない。団員全員食いっぱぐれるわよ!」
クヌートはすでにカミラに頭が上がっていないらしい。すると気を取り直したようにその小道具のナイフを手に押し込んできた。
「これで一芝居打つといい。演技ならもう何回も見ているから出来るだろう?」
「見るのとやるのでは大違いよ! 一体ベルタに何をさせるつもりなの?」
「だから今度恋人が来た時にこのナイフをチラつかせるんだよ。このままの関係は嫌だ、はっきりさせて欲しいってな!」
「このままの関係は嫌だ……」
呟きながら掌にあるナイフの感触を確かめると、ぎゅっと握り締めた。
「なぁんて冗談。幾らなんでもそんな事したら大抵の男は引くから、別の方法を三人で……」
「私やってみる。丁度明日彼が来る日なの。だから演技には自信はないけどやってみるわ!」
ベルタはナイフを握り締めたまま勢いよく部屋を出て行った。
「あ、行っちゃった。ちょっと余計拗れたらどうするつもり? 責任取りなさいよね」
「責任って言われたって……第二夫人とか?」
ヘラっと笑っていうと、思い切り足を踏み付けられた。
「グワッ、折れた!」
「あんたに第二夫人を囲う甲斐性はない! ……だから私だけにしておきなさいよ」
「カミラッ!」
両腕を広げたクヌートを上手くすり抜けたカミラはそのままベッドに突っ伏した。
「でも本当に拗れなきゃいいけど。あ、第二夫人を囲おうとした罰で一週間お触り禁止よ、旦・那・様」
背後に迫っていた影がピタリと止まる。そしてそのまま床に倒れた。
追い打ちをかけるような友人の言葉に、ベルタは思わずむくれてしまっていた。
「カミラはそもそも職場が同じでしょ。あたしとは立場が違うよ。それにクヌートさんは誰から見てもカミラが好きだって溢れているし……」
カミラは二ヶ月前から興行で各地を回っている大所帯の歌劇団の一員だった。友人になったきっかけは、働いている宿屋に歌劇団が長期滞在する事になったからで、そしてそのまま仲良くなり、今ではこうして恋バナをするまでに親しくなっていた。
「でもうちだって別れたらそれこそ地獄が待っているんだからね」
「でも人気役者と団長の恋って禁断みたいで人気が出そうじゃない?」
「何が禁断で地獄だって?」
二人の上からにゅっと顔を出したのは、カミラの所属するオーア歌劇団の若き団長にしてカミラの恋人クヌートだった。歌劇団というよりはサーカスの団長の方が似合いそうな気もするが、面倒見が良く明るい男性だった。
ベルタは机に頬を付けながら二人のやり取りをじっとりとした眼差しで鑑賞していると、カミラの指にきらりと光る指輪が目に入った。
「待って、それどうしたの!? この間まで嵌めてなかったよね?」
するとカミラは嬉しそうにさっと指輪を嵌めている手を差し出してきた。
「きれい……」
「前に巡業した国で、結婚の証に指輪を送るっていう国があってね。素敵だねって話していたらこの間送ってくれたの」
「それってもしかして、結婚を申し込まれたって事?」
カミラは見た事もない笑顔で頷いた。
「あまりまじまじと見られるとな、その、高い物じゃないから恥ずかしい」
クヌートは顔を真赤にして、照れ隠しのように笑っていた。
「おめでとう二人共! 今度お祝いを持ってくるわね。今日はもう帰るわ」
カミラの部屋を出ようとした時だった。
「でも真面目な話、その人本当に恋人なんだよね? 何の仕事をしているか聞いた事はあるの? 前に聞いたのは城務めだっていうのは聞いたけど、それを確かめた事はある?」
「……確かめるってどうやって? 私はしがない宿屋の従業員、片や城務めの貴族なのに」
「え、待って。相手って貴族なの!?」
ベルタはまずいと思ったがもう遅かった。
「貴族だなんて聞いてないよ! そんなの遊ばれているに決まっているじゃない! お城なんてすぐそこにあるのに会えるのがそれだけなんて、絶対に家庭があるんだよ!」
「カミラに何が分かるのよ! 自分は幸せだからなんとでも言えるよね! 綺麗だし、人気役者だし、歌だって上手いし、カミラだったらきっと貴族にだって嫁げた……」
ベルタはハッとして口を押さえた。
「二人共落ち着こう。でも正直な所、俺もベルタが騙されているんじゃないかと思えてしまうよ。城務めがどんなものかなんて俺には分からないし、お貴族様なんて更に何の仕事をしているのか検討もつかない。でも一人の男として言える事は、愛する人には時間を縫ってでも会いに来るもんだろう?」
「そんな事、私にだって分からないわ」
「そこでだ! ジャジャ――ン!」
クヌートが取り出したのは、小型のナイフだった。
「あのねぇ、今小道具で遊んでいる場合じゃないの。場の和ませ方を間違えていると思うんだけど」
「小道具?」
するとカミラはナイフの先をチョイっと突いてみせた。美しく磨かれた爪先が一層ナイフを綺麗に見せてくる。
「あぶな……え、どうなっているの?」
ナイフは刺さる事なく奥に刃が引っ込んでしまった。
「もっと押すと底に血糊が仕込んであってね、事件物の演目に使うのよ。だからただのおもちゃ。斬っても刺しても怪我なんか出来やしないわ」
「いやいや侮るなかれお嬢さん方。ただの小道具ではありませんよ。これは陛下に献上してもいいくらいの精巧な技術を用いて作られているとても貴重な……」
カミラの視線にクヌートはこほんと咳をすると、言い直した。
「とにかくそれくらいに良く出来た偽物って事なんだ。これを特別に貸してあげよう。幸いにも今回の演目には使用しないしね。やっぱり人気があるのは恋愛ものなんだよ。俺としては事件物や推理物に力を入れたいんだけどさ」
「絶対に止めて、お偉いさんに目を付けられたら営業出来なくなるじゃない。団員全員食いっぱぐれるわよ!」
クヌートはすでにカミラに頭が上がっていないらしい。すると気を取り直したようにその小道具のナイフを手に押し込んできた。
「これで一芝居打つといい。演技ならもう何回も見ているから出来るだろう?」
「見るのとやるのでは大違いよ! 一体ベルタに何をさせるつもりなの?」
「だから今度恋人が来た時にこのナイフをチラつかせるんだよ。このままの関係は嫌だ、はっきりさせて欲しいってな!」
「このままの関係は嫌だ……」
呟きながら掌にあるナイフの感触を確かめると、ぎゅっと握り締めた。
「なぁんて冗談。幾らなんでもそんな事したら大抵の男は引くから、別の方法を三人で……」
「私やってみる。丁度明日彼が来る日なの。だから演技には自信はないけどやってみるわ!」
ベルタはナイフを握り締めたまま勢いよく部屋を出て行った。
「あ、行っちゃった。ちょっと余計拗れたらどうするつもり? 責任取りなさいよね」
「責任って言われたって……第二夫人とか?」
ヘラっと笑っていうと、思い切り足を踏み付けられた。
「グワッ、折れた!」
「あんたに第二夫人を囲う甲斐性はない! ……だから私だけにしておきなさいよ」
「カミラッ!」
両腕を広げたクヌートを上手くすり抜けたカミラはそのままベッドに突っ伏した。
「でも本当に拗れなきゃいいけど。あ、第二夫人を囲おうとした罰で一週間お触り禁止よ、旦・那・様」
背後に迫っていた影がピタリと止まる。そしてそのまま床に倒れた。
122
あなたにおすすめの小説
おしどり夫婦の茶番
Rj
恋愛
夫がまた口紅をつけて帰ってきた。お互い初恋の相手でおしどり夫婦として知られるナタリアとブライアン。
おしどり夫婦にも人にはいえない事情がある。
一話完結。『一番でなくとも』に登場したナタリアの話です。未読でも問題なく読んでいただけます。
私の旦那様はつまらない男
おきょう
恋愛
私の旦那様であるロバート伯爵は、無口で無愛想な仕事バカ。
家庭を返り見ず仕事に精を出すのみのつまらない男である。
それでも私は伯爵家の妻として今日も面倒な社交の場に出なければならないのだ。
伯爵家の名を落とさないために。あぁ面倒くさい。
※他サイトで投稿したものの改稿版になります。
政略で婚約した二人は果たして幸せになれるのか
よーこ
恋愛
公爵令嬢アンジェリカには七才の時からの婚約者がいる。
その婚約者に突然呼び出され、婚約の白紙撤回を提案されてしまう。
婚約者を愛しているアンジェリカは婚約を白紙にはしたくない。
けれど相手の幸せを考えれば、婚約は撤回すべきなのかもしれない。
そう思ったアンジェリカは、本当は嫌だったけど婚約撤回に承諾した。
身代わりーダイヤモンドのように
Rj
恋愛
恋人のライアンには想い人がいる。その想い人に似ているから私を恋人にした。身代わりは本物にはなれない。
恋人のミッシェルが身代わりではいられないと自分のもとを去っていった。彼女の心に好きという言葉がとどかない。
お互い好きあっていたが破れた恋の話。
一話完結でしたが二話を加え全三話になりました。(6/24変更)
冷淡姫の恋心
玉響なつめ
恋愛
冷淡姫、そうあだ名される貴族令嬢のイリアネと、平民の生まれだがその実力から貴族家の養子になったアリオスは縁あって婚約した。
そんな二人にアリオスと同じように才能を見込まれて貴族家の養子になったというマリアンナの存在が加わり、一見仲良く過ごす彼らだが次第に貴族たちの慣習や矜持に翻弄される。
我慢すれば済む、それは本当に?
貴族らしくある、そればかりに目を向けていない?
不器用な二人と、そんな二人を振り回す周囲の人々が織りなすなんでもない日常。
※カクヨム・小説家になろう・Talesにも載せています
沈黙の指輪 ―公爵令嬢の恋慕―
柴田はつみ
恋愛
公爵家の令嬢シャルロッテは、政略結婚で財閥御曹司カリウスと結ばれた。
最初は形式だけの結婚だったが、優しく包み込むような夫の愛情に、彼女の心は次第に解けていく。
しかし、蜜月のあと訪れたのは小さな誤解の連鎖だった。
カリウスの秘書との噂、消えた指輪、隠された手紙――そして「君を幸せにできない」という冷たい言葉。
離婚届の上に、涙が落ちる。
それでもシャルロッテは信じたい。
あの日、薔薇の庭で誓った“永遠”を。
すれ違いと沈黙の夜を越えて、二人の愛はもう一度咲くのだろうか。
不機嫌な侯爵様に、その献身は届かない
翠月 瑠々奈
恋愛
サルコベリア侯爵夫人は、夫の言動に違和感を覚え始める。
始めは夜会での振る舞いからだった。
それがさらに明らかになっていく。
機嫌が悪ければ、それを周りに隠さず察して動いてもらおうとし、愚痴を言ったら同調してもらおうとするのは、まるで子どものよう。
おまけに自分より格下だと思えば強気に出る。
そんな夫から、とある仕事を押し付けられたところ──?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる