聖女だった私

山田ランチ

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34 近くて遠いもの

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 意気揚々と訪れた部屋のまで扉が開くのを待っていたハイスは、迎えに出てきたネリーを見てあからさまに落胆した。

「ブリジットなら城中をあちこち駆け回っているよ」
「お前な、少しは手伝ったらどうだ。ブリジット様が心配で来たんじゃないのか?」
「だって僕疲れちゃった。それに何かあれば僕には分かるしね。ハイス様も暫く王都を離れていたんでしょう?」

 ハイスはマントを外しながら部屋の中に入っていった。

「こんな所でフラフラしてていい訳?」
「お前にだけは言われたくないよ。それに一応用事があって来ているんだからフラフラじゃない」
「それであわよくばブリジットに会えたらいいなと思っている訳だね」

 扉が開いた音に今度こそ期待をもって振り向くと、立っていたのはリアムだった。一瞬、ハイスとリアムの視線が絡んだ後、ハイスは胸に手を当てて挨拶をした。

「お久し振りです殿下。ブリジット様は席を外されているようです」
「少し余裕が出来たから手伝おうと思っていたんだが、すれ違いだったようだな」
「中で待たれますか?」
「いや、少し探してみる」

 リアムが何か言い掛けて再び出ていくと、ネリーは堪えていたように吹き出した。

「何がおかしいんだ」
「だって二人共変な顔しているんだもん。ブリジットに見せたかったなぁ。最近じゃ二人で仲良く石を探しているみたいだし、リアム殿下は余裕が出来たからなんて言っていたけれどね、あれ無理をしているんだよ。多分お昼も抜いているんじゃないかな」
「お二人の関係が修復出来たのはいい事だな」
「まあ修復って言っても、ここにいられるのも後二ヶ月くらいだけどね」

 するとハイスはソファに座り掛けた腰を上げた。

「二ヶ月とはどういう事だ? 聞いてないぞ」
「あれ、そうだっけ? ブリジットは元々三ヶ月しかここにはいられないんだよ。だから後二ヶ月くらいしか残されていないってわけ。だからハイス様もブリジットに伝えたい事があるなら早くした方がいいよ。今のリアム殿下は良い人っぽいし、昔好きだった相手なんだからブリジットだって好みな訳だしね」

 固まっているハイスを見て、ネリーはバツ悪そうに覗き込んだ。

「もしかして傷付いちゃった?」
「お前の言う通りだ。ブリジット様がまたリアム殿下に想いを寄せる事になっても自然な事なのかもしれない」
「本気で言ってるの? 冗談だったのに」

 ハイスはマントを掴み取ると歩き出した。

「神殿に戻る」
「ブリジットには会っていかなくていいの?」
「リアム殿下が力になって下さっているのであれば私は神殿に戻り、もう一度手がかりが残っていないか資料を当たってみる事にするよ」
「……最初からブリジットの顔が見たかったって言えばいいのに」

 わざと勢いよく閉まった扉にびくりとして飛び上がる。そしてべ――ッと舌を出した。

「嫉妬しているのに認めないんだから嫌になっちゃう」




 ハイスは足早に城の門に待たせていた馬車に乗り込もうとした所で、後ろから名を呼ぶ声が聞こえた。

「ハイス様! お帰りだったのですね!」

 小走りで近づいてくるブリジットの姿に思わずハイスは出迎えるように近づいて行った。息を切らせているところを見ると、どれだけ遠くから自分を見つけて来てくれたのかと胸が苦しくなった。

「先日神殿に行ったら調査に出ていると伺いました。終わられたのですか?」
「不在にしており申し訳ございませんでした。私が担当した分は終了しました。後は他の地域にも出ている調査団が戻ったら陛下にご報告申し上げる予定です」
「そうでしたか。ハイス様のお姿を見つける事が出来て本当に良かったです」
「何か急ぎの用事などありましたか?」
「いいえ? ただ後ろ姿がハイス様だと思った途端、気が付いたらこちらに向かっていました」

 ハイスは恥ずかしさを隠すように咳払いをすると、話題を変えた。

「先程ネリーには会いましたが、あれはいつもあんな風に怠けているのですか?」

 するとブリジットは大慌てで首を振った。

「違います! ネリーは人気の少ない夜に、私では近づきづらい場所などを侍女に扮して調べてくれているんです。だから昼間は休むように言っているんですよ」
「そうだったのですか。でもお一人で歩かれるのはは心配です」

 すると少し困ったようにブリジットは辺りを見渡した。

「実は私、リアム様の側室という立場で城に滞在しているのに、その、お部屋に通っていないからか妙な噂が立ち始めているようなのです」
「怪しまれているという事ですか」

 こくりと頷くブリジットは困ったように辺りに視線を巡らせた。

「そのうち、陛下から寝室に向かうように言われてしまうかもしれません。陛下もリアム様のお子がお一人だという事を心配されているようですし」
「絶対にお断りください! いいですね? もし強要されるようなら神殿に戻りましょう。そして城の捜索はリアム殿下におまかせするのです」
「リアム様にも私の結婚の事はお話してありますので、万が一陛下に言われてお部屋に行ったとしても何もされないと思います」
「ですが殿下は今もブリジット様の事が、いや、止めておきましょう。本人に聞いた事ではないのに憶測で話すべきではありませんね」
「殿下は罪滅ぼしをしたいと仰って下さいました。ですからこうして力を貸してくれる事に感謝しているんです。まさかリアム殿下とこんな風な関係になれるなんて思いもしませんでした」
「……ブリジット様の中で殿下は特別なお人なのですね」

 急かすような馬の嘶きと重なった言葉はブリジットに届く事はなかった。

「また近い内にご様子を見に参ります。それと私の方も引き続き神殿の方を探してみますので、どうか気を落とされないように」

 ハイスは馬車の窓からまだ見送りをしてくれているその姿に窓から手を振った。そしてネリーの言っていた三ヶ月しか居られないという意味を訪ね忘れた事に気がついた。

「……しっかりしてくれ。例えずっとおられたとしても、お前のものにはならないんだぞ」

 自分で自分に言い聞かせながら馬車の中で一人、目を瞑った。
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