7 / 20
7 我が家
しおりを挟む
ようやく見えてきた見慣れた街並みに、前の座席からはアンナの嬉しそうな声が聞こえてきた。
「お嬢様! もうすぐ家ですよ! 我が家ですーー!」
感極まったような声に、レティシアも思わず窓から外を見た。まばらだった家が次第に密集していき、やがて大きな街を形成している。小高い丘に建っている屋敷が豆粒のように目に入った瞬間、レティシアは思わず目に涙が滲んだ。フランが心配そうに覗き込んでくる様子に心配かけまいと涙を拭き取ると、目を瞑ったままのロイに声を掛けた。
「ロイ、ようやく街に着いたわよ! すぐに屋敷にお医者様を呼ぶからね」
屋敷に着くなり、家の者達がぞろぞろと飛び出してくる。この時間にもこれだけの人々が起きているという事は、寝ずの番をしていたのだと想像がついた。メイド長のアレッサはフラン達を一瞥した後、馬車の中を見て小さく溜息をついた。
「原因はこれですか」
ロイを見るなり、使用人達に声を掛け屋敷の中に運び込ませる。そしてロジェの頬を思い切り叩いた。乾いた音が玄関前に響く。レティシアは思わず口を押さえて二人を見た。
「アレッサ! ロジェのせいじゃないわ!」
「いいえお嬢様。この事態の全てはこの者の責任です。レティシア様をご無事にこの屋敷まで送り届ける事がこの者達に課した責任だったのです。何か反論は?」
「……ありません。申し訳ございませんでした」
「ロジェ! 悪いのはあの峠の盗賊達よ!」
「盗賊に襲われたのですか!? お前達が付いていながらなんという失態ですか!」
アレッサは再びロジェの頬を殴ろうとした。しかしレティシアはその間に入ってロジェの前に立つと、アレッサは何か言いたげに、それでも何も言わずに屋敷の中へと戻ってしまった。ふと足を止めたアレッサは応接間を指差した。
「お嬢様はこちらへ」
不思議に思いながら応接間を覗くとカウチにこんもりと出来た膨らみがある。その膨らみを見た瞬間、涙が溢れていた。
「エミリー!」
駆け出してすぐに床に座り込むと、毛布を鼻まですっぽりと被っていたエミリーは寝ぼけ眼でレティシアを見た。
「おかあさま?」
その瞬間、ガバっと起き上がりレティシアにしがみついてきた。眠っていた体温の高い身体がしがみついてくる。大声で泣きながら全力で抱きついてくるエミリーをレティシアも力一杯抱き締めた。
「ごめんなさい、遅くなって心配したよね」
エミリーは言葉にならない言葉を言いながらぐりぐりと頭を擦りつけてくる。その後ろに立ったカトリーヌは小さく笑いながら言った。
「本邸から迂回して帰宅するという手紙は届いていたのですが、それでもさすがに遅いのではと心配していたのですよ。昨日はここに寝てお母様を待つと言って聞かなかったんです」
長く柔らかい金色の髪を撫でながらレティシアも涙が溢れた。
「それにしても、お嬢様は湯浴みはされていないのですか?」
アレッサの冷静な声にハッとすると、腕の中のエミリーも顔を上げた。
「おかあさまおふろは? くちゃい」
確かにドレスは汚れていたし、医者の家で濡れた布を借りて身体を拭いたくらいで、風呂に入ったのは峠を超える前に立ち寄った宿屋が最後だった。レティシアはエミリーの身体を離そうとしたが、エミリーは更にくっついてきた。
「昨晩はエミリー様も入浴は拒んでおられたのです。すぐに準備致しますので、ご一緒に入られてはいかがですか?」
「エミリー、お母様と一緒にお風呂に入ろっか?」
するとエミリーは嬉しそうに頷いた。
アレッサは客間の扉を叩くと、中にいたロジェとフランは気まずそうに顔を逸した。
「ロイの様子は私が見ているから、あなた達も使用人棟に行ってお風呂に入って着替えていらっしゃい。間もなくお医者様も来るわ」
「側にいる。もうすぐ目が覚めるかもしれないから」
そういうフランの腕を引き、立ち上がらせた。
「そんな汚い格好で屋敷の中をウロウロされたら困ると言っているのよ。この部屋だってレティシア様が寛容だからすぐに寝かせられるお部屋を使わせて下さったの。今回は運が良かっただけよ。本当なら盗賊に襲われた時に殺されていたか、女のあなた達はどこかに売り飛ばされていたかもしれないのよ。お嬢様を危険な目に遭わせてしまったという自覚が全く足りていないようね」
アレッサの言葉に、ロジェは拳を握り締めた。
「ロイの心配はしないんですね。ずっと目を覚まさないのに心は痛みませんか?」
鋭い視線を受けてもロジェは引くことなく続けた。
「ロイはまだ十六歳で生死の境を彷徨っているんですよ。俺達はともかく、ロイはあなたの子供でしょう!」
「私はこの家のメイド長よ。この屋敷を守る事以上に優先するべき事などないの」
アレッサはロジェとフランを部屋から出るように言うと、ロイの側に腰掛けた。
「あなたに何があっても私の優先順位は変わらないのよ。今も昔もね」
「お嬢様! もうすぐ家ですよ! 我が家ですーー!」
感極まったような声に、レティシアも思わず窓から外を見た。まばらだった家が次第に密集していき、やがて大きな街を形成している。小高い丘に建っている屋敷が豆粒のように目に入った瞬間、レティシアは思わず目に涙が滲んだ。フランが心配そうに覗き込んでくる様子に心配かけまいと涙を拭き取ると、目を瞑ったままのロイに声を掛けた。
「ロイ、ようやく街に着いたわよ! すぐに屋敷にお医者様を呼ぶからね」
屋敷に着くなり、家の者達がぞろぞろと飛び出してくる。この時間にもこれだけの人々が起きているという事は、寝ずの番をしていたのだと想像がついた。メイド長のアレッサはフラン達を一瞥した後、馬車の中を見て小さく溜息をついた。
「原因はこれですか」
ロイを見るなり、使用人達に声を掛け屋敷の中に運び込ませる。そしてロジェの頬を思い切り叩いた。乾いた音が玄関前に響く。レティシアは思わず口を押さえて二人を見た。
「アレッサ! ロジェのせいじゃないわ!」
「いいえお嬢様。この事態の全てはこの者の責任です。レティシア様をご無事にこの屋敷まで送り届ける事がこの者達に課した責任だったのです。何か反論は?」
「……ありません。申し訳ございませんでした」
「ロジェ! 悪いのはあの峠の盗賊達よ!」
「盗賊に襲われたのですか!? お前達が付いていながらなんという失態ですか!」
アレッサは再びロジェの頬を殴ろうとした。しかしレティシアはその間に入ってロジェの前に立つと、アレッサは何か言いたげに、それでも何も言わずに屋敷の中へと戻ってしまった。ふと足を止めたアレッサは応接間を指差した。
「お嬢様はこちらへ」
不思議に思いながら応接間を覗くとカウチにこんもりと出来た膨らみがある。その膨らみを見た瞬間、涙が溢れていた。
「エミリー!」
駆け出してすぐに床に座り込むと、毛布を鼻まですっぽりと被っていたエミリーは寝ぼけ眼でレティシアを見た。
「おかあさま?」
その瞬間、ガバっと起き上がりレティシアにしがみついてきた。眠っていた体温の高い身体がしがみついてくる。大声で泣きながら全力で抱きついてくるエミリーをレティシアも力一杯抱き締めた。
「ごめんなさい、遅くなって心配したよね」
エミリーは言葉にならない言葉を言いながらぐりぐりと頭を擦りつけてくる。その後ろに立ったカトリーヌは小さく笑いながら言った。
「本邸から迂回して帰宅するという手紙は届いていたのですが、それでもさすがに遅いのではと心配していたのですよ。昨日はここに寝てお母様を待つと言って聞かなかったんです」
長く柔らかい金色の髪を撫でながらレティシアも涙が溢れた。
「それにしても、お嬢様は湯浴みはされていないのですか?」
アレッサの冷静な声にハッとすると、腕の中のエミリーも顔を上げた。
「おかあさまおふろは? くちゃい」
確かにドレスは汚れていたし、医者の家で濡れた布を借りて身体を拭いたくらいで、風呂に入ったのは峠を超える前に立ち寄った宿屋が最後だった。レティシアはエミリーの身体を離そうとしたが、エミリーは更にくっついてきた。
「昨晩はエミリー様も入浴は拒んでおられたのです。すぐに準備致しますので、ご一緒に入られてはいかがですか?」
「エミリー、お母様と一緒にお風呂に入ろっか?」
するとエミリーは嬉しそうに頷いた。
アレッサは客間の扉を叩くと、中にいたロジェとフランは気まずそうに顔を逸した。
「ロイの様子は私が見ているから、あなた達も使用人棟に行ってお風呂に入って着替えていらっしゃい。間もなくお医者様も来るわ」
「側にいる。もうすぐ目が覚めるかもしれないから」
そういうフランの腕を引き、立ち上がらせた。
「そんな汚い格好で屋敷の中をウロウロされたら困ると言っているのよ。この部屋だってレティシア様が寛容だからすぐに寝かせられるお部屋を使わせて下さったの。今回は運が良かっただけよ。本当なら盗賊に襲われた時に殺されていたか、女のあなた達はどこかに売り飛ばされていたかもしれないのよ。お嬢様を危険な目に遭わせてしまったという自覚が全く足りていないようね」
アレッサの言葉に、ロジェは拳を握り締めた。
「ロイの心配はしないんですね。ずっと目を覚まさないのに心は痛みませんか?」
鋭い視線を受けてもロジェは引くことなく続けた。
「ロイはまだ十六歳で生死の境を彷徨っているんですよ。俺達はともかく、ロイはあなたの子供でしょう!」
「私はこの家のメイド長よ。この屋敷を守る事以上に優先するべき事などないの」
アレッサはロジェとフランを部屋から出るように言うと、ロイの側に腰掛けた。
「あなたに何があっても私の優先順位は変わらないのよ。今も昔もね」
242
あなたにおすすめの小説
貧乏伯爵令嬢は従姉に代わって公爵令嬢として結婚します。
しゃーりん
恋愛
貧乏伯爵令嬢ソレーユは伯父であるタフレット公爵の温情により、公爵家から学園に通っていた。
ソレーユは結婚を諦めて王宮で侍女になるために学園を卒業することは必須であった。
同い年の従姉であるローザリンデは、王宮で侍女になるよりも公爵家に嫁ぐ自分の侍女になればいいと嫌がらせのように侍女の仕事を与えようとする。
しかし、家族や人前では従妹に優しい令嬢を演じているため、横暴なことはしてこなかった。
だが、侍女になるつもりのソレーユに王太子の側妃になる話が上がったことを知ったローザリンデは自分よりも上の立場になるソレーユが許せなくて。
立場を入れ替えようと画策したローザリンデよりソレーユの方が幸せになるお話です。
白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる
瀬月 ゆな
恋愛
ロゼリエッタは三歳年上の婚約者クロードに恋をしている。
だけど、その恋は決して叶わないものだと知っていた。
異性に対する愛情じゃないのだとしても、妹のような存在に対する感情なのだとしても、いつかは結婚して幸せな家庭を築ける。それだけを心の支えにしていたある日、クロードから一方的に婚約の解消を告げられてしまう。
失意に沈むロゼリエッタに、クロードが隣国で行方知れずになったと兄が告げる。
けれど賓客として訪れた隣国の王太子に付き従う仮面の騎士は過去も姿形も捨てて、別人として振る舞うクロードだった。
愛していると言えなかった騎士と、愛してくれているのか聞けなかった令嬢の、すれ違う初恋の物語。
他サイト様でも公開しております。
イラスト 灰梅 由雪(https://twitter.com/haiumeyoshiyuki)様
伯爵令嬢の婚約解消理由
七宮 ゆえ
恋愛
私には、小さい頃から親に決められていた婚約者がいます。
婚約者は容姿端麗、文武両道、金枝玉葉という世のご令嬢方が黄色い悲鳴をあげること間違い無しなお方です。
そんな彼と私の関係は、婚約者としても友人としても比較的良好でありました。
しかしある日、彼から婚約を解消しようという提案を受けました。勿論私達の仲が不仲になったとか、そういう話ではありません。それにはやむを得ない事情があったのです。主に、国とか国とか国とか。
一体何があったのかというと、それは……
これは、そんな私たちの少しだけ複雑な婚約についてのお話。
*本編は8話+番外編を載せる予定です。
*小説家になろうに同時掲載しております。
*なろうの方でも、アルファポリスの方でも色んな方に続編を読みたいとのお言葉を貰ったので、続きを只今執筆しております。
【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。
十年越しの幼馴染は今や冷徹な国王でした
柴田はつみ
恋愛
侯爵令嬢エラナは、父親の命令で突然、10歳年上の国王アレンと結婚することに。
幼馴染みだったものの、年の差と疎遠だった期間のせいですっかり他人行儀な二人の新婚生活は、どこかギクシャクしていました。エラナは国王の冷たい態度に心を閉ざし、離婚を決意します。
そんなある日、国王と聖女マリアが親密に話している姿を頻繁に目撃したエラナは、二人の関係を不審に思い始めます。
護衛騎士レオナルドの協力を得て真相を突き止めることにしますが、逆に国王からはレオナルドとの仲を疑われてしまい、事態は思わぬ方向に進んでいきます。
公爵夫人は愛されている事に気が付かない
山葵
恋愛
「あら?侯爵夫人ご覧になって…」
「あれはクライマス公爵…いつ見ても惚れ惚れしてしまいますわねぇ~♡」
「本当に女性が見ても羨ましいくらいの美形ですわねぇ~♡…それなのに…」
「本当にクライマス公爵が可哀想でならないわ…いくら王命だからと言ってもねぇ…」
社交パーティーに参加すれば、いつも聞こえてくる私への陰口…。
貴女達が言わなくても、私が1番、分かっている。
夫の隣に私は相応しくないのだと…。
お飾りな妻は何を思う
湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。
彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。
次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。
そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。
口は禍の元・・・後悔する王様は王妃様を口説く
ひとみん
恋愛
王命で王太子アルヴィンとの結婚が決まってしまった美しいフィオナ。
逃走すら許さない周囲の鉄壁の護りに諦めた彼女は、偶然王太子の会話を聞いてしまう。
「跡継ぎができれば離縁してもかまわないだろう」「互いの不貞でも理由にすればいい」
誰がこんな奴とやってけるかっ!と怒り炸裂のフィオナ。子供が出来たら即離婚を胸に王太子に言い放った。
「必要最低限の夫婦生活で済ませたいと思います」
だが一目見てフィオナに惚れてしまったアルヴィン。
妻が初恋で絶対に別れたくない夫と、こんなクズ夫とすぐに別れたい妻とのすれ違いラブストーリー。
ご都合主義満載です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる