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15 大切な人
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「お前達も救出に向かえ!」
アランは控えていた騎士達に声を掛けた。
「許さぬぞ! 誰も動く事は許さん!」
「いいから行くんだ」
アランの声に騎士達が坂を駆け下りていく。兵士の放った数本の矢が騎士達の足元近くに落ちて岩肌に跳ね返った。
「私の騎士達ですから私の命しか聞きませんよ。もしオヴァル様に何かあれば兵力を持って対抗するとルナール王国の使者から伝言を預かっております」
「使者だと? ルナール王国から使者など来ておらんわ!」
「いいえ来ております。陛下もお会いになられ、歓迎しておられました」
するとみるみる内に国王の表情が変わっていく。そしてぽつりと呟いた。
「レア王女か」
「レア王女はオヴァル様とは異父兄妹にあたられます。王妃はオヴァル様をご出産された時はまだ若く、前国王の命令を聞くしかなかった事をとても後悔されておられるようでした。王妃はどうしてもオヴァル様にお会いしたいと仰っているようです」
「ユリウスめ。だからレア王女との縁談を受けたのだな」
地を這うような声にも臆さず、アランは淡々と続けた。
「レア王女は今回王妃の使者として正式な書状を持って来られております。そのレア王女の婚約者のユリウスが無事に戻る事も、レア王女は望んでおられます」
国王の手綱を握る手が震えている。
「父上、もう諦めてください。オヴァル様は王位を望んではおられません! これ以上深入りすればルナール王国と戦争になってしまいます!」
「だがオヴァルには娘がいるだろう。その者はむしろオヴァルよりも厄介な存在になるぞ。このままルナール王国に渡す訳にはいかん」
一瞬、国王の口元が笑ったのをユリウスは見逃さなかった。
「陛下もしや……」
その後の言葉が続かない。アレンはすぐにイヴを探した。その瞬間、イヴは馬に飛び乗り駆け出していた。
オヴァルは崖を転がり川まで落ちていた。幸いな事に真っ逆さまではなく、坂を転げるように落ちていったのが良かったようですぐに目を覚ました。
すぐに出血の酷い肩をドレスに付いていたリボンを外して止血に使う。きつく巻いて結ぶとオヴァルは小さな呻き声を上げた。
「早く医者に診せた方がいいな。馬を……」
ユリウスがそう言い掛けた瞬間、目の前に馬が躍り出てきた。
「レティシア! 君の子が危険かもしれない、ユリウスと向かうんだ!」
「レティシア行って! エミリーをお願い!」
迷っている間はなかった。ユリウスの手を掴むと一気に馬上に乗る。
「舌を噛むからしゃべるなよ。何かあれば背中を叩いてくれ」
返事をする間もなく全身を風が通り過ぎていく。激しい揺れの中、ユリウスを掴む手が外れない事だけを気をつけていた。
レティシアは見えてきた屋敷の惨状に息を止めた。
サンチェス家の屋敷の周りには人だかりが出来ている。屋敷は轟々と火の燃える音と、黒煙で異様な光景と臭いに満ちあふれていた。
ユリウスの馬が突っ込んで来る勢いに、集まっていた人々は崩れるように一気に逃げていく。門まで来たユリウスは手綱を引いて馬を止めながら近くにいた男に声を掛けた。
「中で何があった!」
声を掛けられた男を見てレティシアは馬上から声を掛けた。
「モリス! 無事だったのね! エミリーはどこにいるの?」
モリスの頬には煤が付いている。レティシアを見るなり、モリスは男泣きをしながら屋敷を指差した。
「エミリー様はまだ中だよ。ごめん僕ッ」
「取り残された者達がどの辺りにいるか分かるか?」
モリスは怯えたまま燃える屋敷を見つめている。
「しっかりしろ! 今は一刻を争うんだ!」
すると震える指が一箇所を指差した。それはこの所エミリーのお気に入りだった使用人棟の方だった。ユリウスは馬から降りると、置かれたのバケツの水を頭から被ると走り出した。
「ユリウス様! 私も!」
「駄目だよレティシア! 危険過ぎる!」
「離してモリス! エミリーを助けに行くんだから!」
しかしレティシアの腕を掴む力はむしろ強くなった。
「君は行っちゃ駄目だ。君だけは」
「どういう、意味?」
「……アレッサが、アレッサが、エミリーを殺そうとしたんだ」
一瞬、頭の中は真っ白でレティシアは何も答えられなかった。
「アレッサが遊んでいたエミリーの後ろから刃物を向けたんだ。絨毯を引いてとっさに避けたのはよかったけれど、机の上にあった蝋燭が倒れてしまって、燃え広がったんだよ」
「なんでアレッサが」
子供の頃から母親代わりであり、先生でもあったアレッサがエミリーを殺そうとしたなど考えられない。ミランダがエミリーを産むまでずっとそばにおり、ミランダが消えて子育てをする事になったレティシアに、子育ての全てを教えてくれたのもアレッサだった。それこそ小さく柔らかい赤子の抱き方に、ミルクの上げ方。それに遊び方まで。レティシアはモリスの腕を振り切って走り出していた。
真っ赤になった使用人棟の出口に人影が見える。そこには小さな身体を抱くユリウスと、引きづられるようにして暴れながら出てくるアレッサの姿があった。
「エミリー!」
「大丈夫、気を失っているだけだ」
ユリウスの手からエミリーを抱き取ると、辺りを見渡した。
「アンナは? アンナはいなかった?」
「中に居たのはこの二人だけだった。早く離れろ!」
ユリウスに押されるようにして走り出したすぐ後ろで大きな崩壊の音がした。燃え尽きていく棟からどんどん火が屋敷に燃え移っていく。
「アンナ――! どこにいるの――!」
轟々と火の燃える音と臭いが充満している。赤と黒の火が立ち昇る空を見上げながら放心して立ち尽くした。
「お嬢様? こっちですよ! お嬢様!」
後ろからした声に振り向くと、柵の向こうでアンナが手を振っていた。人並みを掻き分けるように柵を掴んでいた。
「アンナ! ユリウス、アンナがいたわ!」
後ろを振り向いた時、ゆらりとユリウスが倒れてくる。とっさに支えるが体がぐらついてしまう。すると代わりにアレッサが抱き留めてくれた。
「すぐに運びましょう」
アレッサは駆け寄ってくる男達に指示を与えると、エミリーとユリウスを運んでいった。
アランは控えていた騎士達に声を掛けた。
「許さぬぞ! 誰も動く事は許さん!」
「いいから行くんだ」
アランの声に騎士達が坂を駆け下りていく。兵士の放った数本の矢が騎士達の足元近くに落ちて岩肌に跳ね返った。
「私の騎士達ですから私の命しか聞きませんよ。もしオヴァル様に何かあれば兵力を持って対抗するとルナール王国の使者から伝言を預かっております」
「使者だと? ルナール王国から使者など来ておらんわ!」
「いいえ来ております。陛下もお会いになられ、歓迎しておられました」
するとみるみる内に国王の表情が変わっていく。そしてぽつりと呟いた。
「レア王女か」
「レア王女はオヴァル様とは異父兄妹にあたられます。王妃はオヴァル様をご出産された時はまだ若く、前国王の命令を聞くしかなかった事をとても後悔されておられるようでした。王妃はどうしてもオヴァル様にお会いしたいと仰っているようです」
「ユリウスめ。だからレア王女との縁談を受けたのだな」
地を這うような声にも臆さず、アランは淡々と続けた。
「レア王女は今回王妃の使者として正式な書状を持って来られております。そのレア王女の婚約者のユリウスが無事に戻る事も、レア王女は望んでおられます」
国王の手綱を握る手が震えている。
「父上、もう諦めてください。オヴァル様は王位を望んではおられません! これ以上深入りすればルナール王国と戦争になってしまいます!」
「だがオヴァルには娘がいるだろう。その者はむしろオヴァルよりも厄介な存在になるぞ。このままルナール王国に渡す訳にはいかん」
一瞬、国王の口元が笑ったのをユリウスは見逃さなかった。
「陛下もしや……」
その後の言葉が続かない。アレンはすぐにイヴを探した。その瞬間、イヴは馬に飛び乗り駆け出していた。
オヴァルは崖を転がり川まで落ちていた。幸いな事に真っ逆さまではなく、坂を転げるように落ちていったのが良かったようですぐに目を覚ました。
すぐに出血の酷い肩をドレスに付いていたリボンを外して止血に使う。きつく巻いて結ぶとオヴァルは小さな呻き声を上げた。
「早く医者に診せた方がいいな。馬を……」
ユリウスがそう言い掛けた瞬間、目の前に馬が躍り出てきた。
「レティシア! 君の子が危険かもしれない、ユリウスと向かうんだ!」
「レティシア行って! エミリーをお願い!」
迷っている間はなかった。ユリウスの手を掴むと一気に馬上に乗る。
「舌を噛むからしゃべるなよ。何かあれば背中を叩いてくれ」
返事をする間もなく全身を風が通り過ぎていく。激しい揺れの中、ユリウスを掴む手が外れない事だけを気をつけていた。
レティシアは見えてきた屋敷の惨状に息を止めた。
サンチェス家の屋敷の周りには人だかりが出来ている。屋敷は轟々と火の燃える音と、黒煙で異様な光景と臭いに満ちあふれていた。
ユリウスの馬が突っ込んで来る勢いに、集まっていた人々は崩れるように一気に逃げていく。門まで来たユリウスは手綱を引いて馬を止めながら近くにいた男に声を掛けた。
「中で何があった!」
声を掛けられた男を見てレティシアは馬上から声を掛けた。
「モリス! 無事だったのね! エミリーはどこにいるの?」
モリスの頬には煤が付いている。レティシアを見るなり、モリスは男泣きをしながら屋敷を指差した。
「エミリー様はまだ中だよ。ごめん僕ッ」
「取り残された者達がどの辺りにいるか分かるか?」
モリスは怯えたまま燃える屋敷を見つめている。
「しっかりしろ! 今は一刻を争うんだ!」
すると震える指が一箇所を指差した。それはこの所エミリーのお気に入りだった使用人棟の方だった。ユリウスは馬から降りると、置かれたのバケツの水を頭から被ると走り出した。
「ユリウス様! 私も!」
「駄目だよレティシア! 危険過ぎる!」
「離してモリス! エミリーを助けに行くんだから!」
しかしレティシアの腕を掴む力はむしろ強くなった。
「君は行っちゃ駄目だ。君だけは」
「どういう、意味?」
「……アレッサが、アレッサが、エミリーを殺そうとしたんだ」
一瞬、頭の中は真っ白でレティシアは何も答えられなかった。
「アレッサが遊んでいたエミリーの後ろから刃物を向けたんだ。絨毯を引いてとっさに避けたのはよかったけれど、机の上にあった蝋燭が倒れてしまって、燃え広がったんだよ」
「なんでアレッサが」
子供の頃から母親代わりであり、先生でもあったアレッサがエミリーを殺そうとしたなど考えられない。ミランダがエミリーを産むまでずっとそばにおり、ミランダが消えて子育てをする事になったレティシアに、子育ての全てを教えてくれたのもアレッサだった。それこそ小さく柔らかい赤子の抱き方に、ミルクの上げ方。それに遊び方まで。レティシアはモリスの腕を振り切って走り出していた。
真っ赤になった使用人棟の出口に人影が見える。そこには小さな身体を抱くユリウスと、引きづられるようにして暴れながら出てくるアレッサの姿があった。
「エミリー!」
「大丈夫、気を失っているだけだ」
ユリウスの手からエミリーを抱き取ると、辺りを見渡した。
「アンナは? アンナはいなかった?」
「中に居たのはこの二人だけだった。早く離れろ!」
ユリウスに押されるようにして走り出したすぐ後ろで大きな崩壊の音がした。燃え尽きていく棟からどんどん火が屋敷に燃え移っていく。
「アンナ――! どこにいるの――!」
轟々と火の燃える音と臭いが充満している。赤と黒の火が立ち昇る空を見上げながら放心して立ち尽くした。
「お嬢様? こっちですよ! お嬢様!」
後ろからした声に振り向くと、柵の向こうでアンナが手を振っていた。人並みを掻き分けるように柵を掴んでいた。
「アンナ! ユリウス、アンナがいたわ!」
後ろを振り向いた時、ゆらりとユリウスが倒れてくる。とっさに支えるが体がぐらついてしまう。すると代わりにアレッサが抱き留めてくれた。
「すぐに運びましょう」
アレッサは駆け寄ってくる男達に指示を与えると、エミリーとユリウスを運んでいった。
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