妹が子供を産んで消えました

山田ランチ

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番外編 私のお母様

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「かえってきた?」
「かえってきたよ」
「「きたきたッ!」」

 バタバタと足音が廊下に響く。メイド達がその後ろを追い駆け、廊下の出会い頭でぶつかりそうになったユリウスが体を捻って回避すると、その隙間を通って子供達が過ぎて行った。

「お姉様! お姉様どこ?」
「お帰りお姉様」
「「おねえちゃまッ!」」

 上の兄達に遅れる事少し、まだ三歳になったばかりの双子達は兄のズボンにしがみつきながら玄関の先を覗いた。

「こらこら、お姉様は長旅で疲れているんだからそんな風に騒がしくしないの」

 そう言いながら大分前から玄関の真ん前でソワソワしていたレティシアは、子供達を抑えながらも馬車を食い入るように見ていた。

「走るんじゃない! ぶつかったら大怪我するんだぞ!」

 階段を降りてきたユリウスは一番後ろに並んでタイを直した。

「もう、皆で出迎えなくてもいいのに」

 そう言いながらも少し恥ずかしそうに降りてきたのは、今年十六歳になるエミリーだった。ルナール王国にある学園の制服に身を包んだエミリーは少し恥ずかしそうに、そしてどこか誇らしげに馬車から降りてきた。

「お帰り! 向こうはどうだった? ミランダ叔母様は元気だった? 学園の様子はどう? 上手くやっていけそう?」

 馬車から降りるやいなや質問攻めのレティシアを少し面倒そうに見ながら、エミリーは母親の抱擁を受け入れた。

「ずるいずるい! 僕も!」
「俺が先!」
「「おねえちゃまぁ」」

 一番上から十三歳のロイド、十歳のセスに、三歳の男の子のシャロンと女の子のローズの双子が次々とエミリーに突進していく。さすがに受け止めきれなかったエミリーがふらついた所で後からロジェが抱き留めた。

「はいはい、そこまで。まずは休ませてあげましょうねぇ」

 ロジェが子供達を順番に引き離していくと、御者台からロイが、中から荷物を持ったフランが降りてきた。

「皆お疲れ様。さぁ、中に入りましょう!」

 エミリー付きになったロジェとロイ、フランはルナール王国の学園に入学するエミリーに付き添い、学園の下見や準備、近くの街に、それからオヴァルとミランダの屋敷などを巡る旅に付き添っていた。

「言う事を聞かない子達は今日のおやつはなしだぞ。エミリーの為にとびっきり美味しいケーキを用意していたんだけど、いらない子は誰かな?」
「おとうさまのいじわる! おーぼーだ! ひとにはやさしくっておかあさまがいっていたもん!」
「「おーぼーだおーぼーだ!」」

 二番目のセスの言葉を下の双子達が真似して雛鳥さながらにユリウスに付いて回る。

「全くどこで覚えたんだが」

 セスの頭を撫でると、双子達を抱き上げた。

「エミリーお帰り、さぁ家に入ろう」

 エミルーは嬉しそうに頷くと、一ヶ月振りの屋敷を見上げた。




「それじゃあ学園とミランダの屋敷は近いのね。それなら安心だわ」
「でもお父様はずっとず――っと心配していて何度も学園の先生に色々確認していたの。私もう恥ずかしかったんだから」
「仕方ないわよ。大事な娘を預けるんだからそれくらいしないと。私だって出来る事ならしたいけれど、オヴァル様がしてくれたなら安心ね、ユリウス!」
「そうだね、ミランダやダグラスは元気だったかい?」

 ユリウスはレティシアが座っているソファの背に腰掛けながらお茶を口にした。

「叔母様は元気一杯よ。ダグラスは知らない。反抗期なの」
「そんな年頃なのか。でも例えばどんな風に? 今後の参考までにね」
「んんと、一緒に出かけてお土産を買おうとしても全然付き合ってくれないし、こっちでの事を沢山話したいのにすぐにどっか行っちゃうし。やっぱりこっちの家の方が賑やかね」

 ローズの頬をムニュッと掴みながら笑い合う二人を見ながら、レティシアとユリウスは顔を合わせた。

「ハハッ、多分それは反抗期じゃなくて嫉妬じゃないかな? きっとお姉様が取らている気がしてつまらないんだよ」
「ダグラスが? まさか!」

 ケーキを頬張りながら双子達を両脇に抱えているエミリーは怪訝そうに眉を潜めた。

「うちは姉弟が多いけれど、向こうはダグラス一人だからね。それにエミリーはずっとこちらにいるから寂しいんだろう」

 複雑そうにフォークを口に加えたままエミリーはケーキを見つめた。

「まあこれからしばらくは一緒にいられるだろうし、むしろこの子達の方が寂しがってしまうだろうな」
「え、お姉様いなくなるの?」

 セスはロイドの袖を引っ張った。ロイドは話したくない話題が出たようでケーキの皿を持ったまま端の方に移動してしまう。その後を追うようにセスもロイドの後を追った。

「エミリーはルナール王国の学園に通うから、暫くは離れ離れになるんだよ。でも休みの度に帰って来てくれるよね? それともこちらから遊びに行こうか?」

 大真面目なユリウスの顔にエミリーは吹き出した。

「休み毎に帰るのは無理よ」
「そうなのか。確かに二日の休みでは行き来してすぐに終わりになってしまうか」

 レティシアはしょんぼりとしたユリウスの手を叩いた。

「それにしてもよくミランダが付いて来なかったわね。オヴァル様が寂しくなるから許さなかったんでしょう?」

 オヴァルはルナール王国でも王位継承権を放棄した。その代わりあらゆる国家機密さえ扱うという王立図書館の館長に就任していた。ある意味王位継承するよりも重大な任務のような気もするが、そこは王妃の采配なのかもしれなかった。




 小さな子供達はお腹も一杯になり、ソファで重なるようにお昼寝を始めていた。

「またすぐに向こうに戻るのよね。次に会えるのはいつになるかしら」
「うぅん、学園も忙しくなるし、そんなに頻繁には来れないと思うわ。お母様もしかして寂しいの?」
「当たり前じゃない」
「ロイドもセスも双子達もいるじゃない。もちろんユリウス叔父様も。欲張りなんだから」
「そうよ。でも誰一人として欠けて欲しくないの」

 その時、エミリーが隣りに来た。

「でも私がルナール王国に留学を決めたのは、何もお父様に言われたからじゃないのよ。ミランダ叔母様がね、凄く寂しそうだったの」
「ミランダが?」
「うん。会う時はいつも寂しそうに私を見てくるのよ。理由は分からないわ。……まだ」

 レティシアは体をびくりとさせた。無意識に震えが襲ってくる。視線を逸して彷徨わせると握られているエミリーの手に力が込められた。とっさに顔を上げると真っ直ぐな目と目が合った。

――私が話さないと。“母親”の私が。

「お母様」

――ミランダを“母親”にする為に。

「……理由なら分かるわ」
「うん」
「ミランダが寂しそうなのは……寂しそうなのはね」

 エミリーは握る手に更に手を込めた。

「ミランダは、あなたの本当の母親なのよ」

 返事はない。その代わり、気が付くとエミリーの腕の中にいた。

「ミランダがあなたの本当の母親なのよ!」

 その言って背中にしがみついた。

「お父様が“オヴァル”なんだもん、判るに決まっているでしょ」
「いつから? いつから気が付いていたの?」
「……ダグラスが生まれた時くらい」
「そんなに前から!?」

 とっさに引き離したエミリーはヘラっと笑った。

「だってミランダ叔母様は出産二度目みたいな話をお医者様にしていたし、私とダグラスって結構似ているでしょ。それにお母様が本当の“母親”だとしたら、四人共かなり微妙な関係って事になるのよね?」
「四人って、わたしとユリウスと、ミランダとオヴァル様?」
「そうそう。それってちょっと異常だもの」
「確かにそうね。そんなに前から長い事悩ませてしまって、本当にごめんなさい」
「……私、どんな事情があったのか向こうに行ったらお父様とミランダ叔母様に聞いてみようと思うの。まだお母様って呼ぶのは難しいかもしれないけれど、いつかその時が来たら……喜んでくれるかな」
「もちろんよ! きっと泣いて喜ぶわ。でも辛い話になるかもしれない」
「その時は帰って来るかも」

 エミリーはそっとレティシアに抱き着いた。今度は胸に縋るように。

「いつでも帰って来ていいのよ。ここはあなたの家だし、あなたがミランダをお母様と呼んだとしても、私の方がお母様歴が長いのだからね」
「フフッ、何を競っているの」
「あなたはずっと私の娘だって事。それだけは何があっても絶対に忘れないで」

 腕の中で鼻を啜る音がする。レティシアはもう腕の中には収まりきらなくなった体を抱えるように抱き締めた。

――あの日、手を握られた時からずっと、あなたは私の大事な娘よ。




「行ってしまったね」

 とうとう学園への入学を目前にし、エミリーがルナール王国へと旅立った後、レティシアは溢れ出る涙を堪えきれずに泣き続けていた。

「私のエミリーが行ってしまったわ」
「子供は巣立つものだよ。悲しい事じゃない」
「分かっているわよ! でもあんなに小さかったエミリーがッ」

 するとユリウスは小さな溜め息を吐いて後から抱き締めてきた。

「この分だと、俺の順番が回ってくるのはもっとずっと後のようだな」
「何の順番?」
「君を独り占めにする順番だよ。エミリーの次はロイド、その次はセスだろ。双子なんかはまだまだ手が掛かるし。やれやれ、君が俺だけを見てくれる頃にはお祖父ちゃんになってしまうよ」

 レティシアは鼻を啜りながら後を振り向いた。

「ごめんなさいユリウス。あなたを蔑ろにしている訳じゃないのよ?」
「分かっているよ。俺だって子供達が何より大切なんだから。ようやく涙は引いたみたいだな?」

 そう言って目元に口づけが落ちてくる。そうやって微笑む顔は、いつまでも変わらない真っ直ぐに愛を伝えてくれる表情だった。

「ユリウスは私の中で一番じゃないわ」
「……え?」
「ユリウスはね、“特別”なのよ」

 レティシアはそう言うと、感極まっているユリウスに口づけをした。
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