隠された第四皇女

山田ランチ

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21.真の統治者

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 地下は湿っておりカビの臭いがしていた。
 あちこちで女達の啜り泣く声が響いている。地下道には松明が灯されておりぼんやりとだが全体を見渡す事が出来た。

「アデリータはどこにいるんです? 早く会わせて下さい」
「すぐに会わせてやるさ」

 ガリオンは通り過ぎざまに扉を軽く押した。鍵は壊れているのか、キイィという音を立ててゆっくりと開いていく。その部屋にはすでに三人の女達が膝立ちになっており、恐怖で言葉も出ないように固まっていた。部屋の中には幾つもの、恐ろしい形の刃物や器具がずらりと並び、対面する者達は半ば意識を失っているようだった。

「ここで何をしているの、まさか……」

 続きが言葉に出来ない。

「怖いなら魔女だと認める事だな」

 ガリオンを睨みつけた瞬間、廊下に低い声が響いた。

「ガリオン? 何しに来た」


 ウィノラが見上げた視線と金色の瞳がかち合う。しかしその瞳は一瞬でも揺れる事なく、真っ直ぐにウィノラを見返していた。

「……なるほど、見目はあの魔女に良く似ているか」
「どういう意味です、陛下」

 その時、頭上から地響きのような音が聞こえた。天井からはパラパラと砂が落ち、地下に女達の悲鳴が上がる。しかしルシャードの目はウィノラを捉えて離さなかった。

「陛下ッ、何やら妙です。早く地上に出ましょう!」
「そう騒ぐ事ではない。エミル王国が攻めて来たのだろう」
「馬鹿な! ここは帝都の中心ですよ!」
「お前は地上に戻り帝都に侵攻したエミル王国の討伐に当たれ」
「陛下はどうなさるのですか?!」
「私にはやるべき事があるのだ。お前が指揮を執れ」

 ウィノラはルシャードに腕を捕まれた。身を捩れば捩るほど腕の締め付けがきつくなっていく。通路をひたすら歩き、突出突如出たのは広い空間だった。丸い円形の空間には隅に煌々と松明が燃えている。地下にこんな広い空間があるとは思いもしなかったウィノラは、放心したまま周囲を見渡した。螺旋状の階段は上へと続いており、上の階には大きく重厚な扉が見えている。

「ここは魔女の死刑場だった場所だ。遥か昔、魔女がこの国を滅ぼそうとした歴史は知っているな? その時に捕らえられたとされている何百人もの魔女がここで命を落としたそうだ」

 ウィノラが放心しているとルシャードは呆れたように笑った。

「ほう、その様子ではフェッチから何も聞いていないのだな?」
「フェッチから何を聞くって言うんです」
「我が血を引いていながら能力不足なのか、それとも未熟なだけか。あれはお前に何も教えなかったようだな」
「我が血って、何を言って……」

 重たい音を立てて上の扉が開いていく。その瞬間、数人の男達が下りてくる中にオーティス達の姿が見えた。

「オーティス殿下! エデル殿下!」
「ウィノラ!」

 しかしオーティスは拘束されているのか押さえつけられるように階段で揉み合う音が聞こえた。
 階段を下りてきたオーティスはやはり拘束されており、エデルは騎士に抱き抱えられている。そしてその瞳はなぜか輝いて見えた。

「ほう! これ程に美しいとは! ようやく祝福と力の魔女が揃ったな。二人をこちらへ連れて来い!」

 ルシャードは広間の中心へ行くと、上半身の服を脱いだ。

「一体何をする気ですか」

 オーティスは腕を押さえされながら声の限り叫んだ。

「“真の統治者”になる為の儀式だ。歴史的な瞬間に立ち会わせてやるのだがら大人しく見ていろ」

 ウィノラとエデルは騎士に引かれるままルシャードの横に立たされた。ルシャードは地面に膝を突き、静かに目を瞑った。

「“聖なる者の血で真実の目は開かれる。聖なる者の血で真実の力が目覚める。聖なる者の血が闇を祓い、世界に光が訪れるだろう”」
「まさかお前まで現れるとはな、エミル王国の王妃よ」
「間に合ったみたいで良かったわ、父上」
「何を刷り込まれたか知らんが恩を仇で返すとは、すっかり敵国の王妃に育ったようだな。随分無理をしてここまで来たようだがとんだ無駄足だったぞ」
「冗談で帝国に攻め入ったりはしないわ。それなりの覚悟を持って来ているのよ」
「それならエミル王国が滅んでも問題ないと言う訳だな?」
「ここは帝国の中枢よ。そこまで入り込まれておいて、どこからくる自信なのか教えてもらいたいくらい」

 ルシャードの合図と共に各通路から騎士団が流れ込んでくる。そしてあっという間に広間は埋め尽くされてしまった。

「これでもなお強がりが言えるだろうか。お前はそこで静かに“真の統治者”が現れるのを見ているがよい」

 一人の騎士がセリア王妃の首元に切っ先を向けた。
 ルシャードの合図でまず、エゼルが前に突き出される。そして剣が喉元に充てられた。それは一瞬で、何が起こったのか止める間も分からなかった。頬に何かが飛んでくる。そして吹き出した物がルシャードに降り注いだ。

「これだ、これこそが真の統治者になる為の雫ッ! さあ今度はお前の番だ!」

 どさりと落とされたエゼルは力なく横たわっている。遠くでオーティスの叫び声が聞こえている。手を伸ばす事も出来ずに乱暴に立たされたウィノラの首に赤く染まった剣が向けられる。視界が歪む。何が起きているのか、何をしたのか全く分からなかった。気がつくと目下にはエゼル。周囲は薄金色に輝いている。不思議に見渡すと、その薄金色の奥に自分の姿が視えた。ルシャードの頭上に差し出された首に切っ先が引かれる。その瞬間、自分の身体から力が抜けていくのが分かった。

「……ン、レン、もう、いいから。ゴフッ」

 エゼルが自分を見上げてレンと呼ぶ。

――視覚共有……。

 本当ならフェッチは自分の力なのだから出来て当然の事。それでも今まではそれがレンと出来なかった。それがなぜなのか今なら分かる。無意識に力を抑え、自分の力を無意識に遠ざけていたのだと。

“ごめんね、エゼル。遅くなって”

 エゼルの意識はもう微かで、ウィノラはその薄金色の光から這い出るように目を瞑った。
 その瞬間、焼けるような痛みが喉に走った。

「ガッ、ハッ!」

 口からドバドバと血が流れていく。声が出せない。息が吸えない。霞む瞳でエゼルを見た。エゼルの周囲は金色の光で覆われている。その事にホッとしながら、ウィノラは二人分の血を浴びたルシャードを見上げた。

「ウィノラ! ウィノラ!」

 誰かに身体を抱えられる。

「ラ、……ナー、ッ」
「ウィノラしっかりしろ! クソッ、間に合わなかったか!」

 滲んだ瞳には歪むライナーの顔が見えた。
 今なら分かる。隠していた感情が何なのか。見ないようにしていたものが何なのか。

――私はライナー様を……。

 ウィノラは血で濡れた震える手でライナーの頬に触れた。

「あなたにしゅく、ふくを……」

 その瞬間、ライナーから光が放たれた。

「何を」
「まさか、嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ! 返せ、私の力を返せ――! お前達はジェニーだけでなく帝位まで奪おうとするのか!」

 騎士から剣を奪ったルシャードはライナーの背中に向けて剣を振り下ろした。

「ち、父上?!」

 剣を受け止めたフックス公爵は、片膝を突きながら押され始めていた。

「ライナーその子達を連れて行け!」
「父上も一緒に行きましょう!」
「いいから行け! これは命令だ!」

 ライナーはウィノラを抱えると走り出した。
 周囲ではフックス公爵家の私兵と近衛騎士団が激突している。オーティスもエデルを抱えると走り出した。

「どうして私の物ばかり欲しがるのだ、お前は私の弟だろう!」
「私は何も欲しがってなどいません。全てあなたがお決めになった事です、兄上」
「嘘だ! お前は私の婚約者を奪い、常に地位を脅かし、挙句の果てにはお前の息子に統治者の役割まで奪われた!」
「全て、ご自身の都合がいいように置き換えてしまうのですね」

 その瞬間、フックス公爵の膝が滑り、二人同時に倒れ込んだ。

「……兄上?」

 上に乗っているルシャードは動かない。ただ重く圧し掛かっているだけ。そして生暖かい物がじんわりの腹を濡らしていく。ごろりと避けたルシャードの身体にはフックス公爵の持っていた剣が深々と突き刺さっていた。

「ずるい人だ。そうやっていつも先を行こうとするのですね」

 頭上で一際大きな音が鳴る。天井に亀裂が入り始め、瓦礫が落ちてきた。

「陛下はたった今身罷った! 私フックス公爵が皇帝の名代として命令する! 全員地上へ避難しろ!」

 どよめきと共に剣を振るう手に迷いが出ていく。その間にも頭上から降る瓦礫に兵達は散り散りになっていった。
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