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〈3部〉35 そして二年生へ
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怒涛のような冬休みも終わり、メリベル達は二年生に進級しようとしていた。
国王主催の晩餐会が開かれたのは、クレイシーがオーウェン領に出発して一週間が過ぎた頃だった。決定から一週間で晩餐会が開かれたのには理由がある。冬が終われば大きな祭事として国王自らが各地の聖堂を周り、祈りの儀式をする習わしがある。それが春の訪れを告げる大事な儀式であり、その為に昨冬には一年の礼をする為、本聖堂へ向かったのだった。しかし王都で事件が重なり慌ただしい礼拝となったようだったが、なんとかクレリック侯爵家との和解を済ませ新年を迎えた所だった。
「それで、最近はどうだ?」
「どうとは?」
「た、体調とか。晩餐会の後から色々と変わっただろ?」
確かに晩餐会以降屋敷には、付き合いのない家門から商家まで祝いの品が届くようになっていた。そのほとんどは父親が送り返しているようだったが、嫌でも目に入ってしまうのは祝いの品よりもむしろその中に潜む悪意だった。送り主の分からない手紙や動く箱、髪の毛の束などはメリベルが手にする前に速攻で使用人達によって片付けられていた。どうにかしてジャスパーとの婚約を辞めさせたいという誰かの意志なのだろう。
「贈り物を多く頂くようになりました。でも私としては今更感が強いので複雑な気持ちです」
「あぁー……それは確かに俺の所にも届くようになったな。でも皆祝福してくれているという事だろ」
今までの他人振りが嘘のようにこうして堂々と王城の中庭でお茶をしていると、夢ではないかと思ってしまう。しかし目の前で少し落ち着かない様子でお茶を口にしているジャスパーを見ていると、これは現実だと実感せざる終えなかった。
嬉しいはずなのに、それなのに。
ーー私どうしたのかしら。
昔ならジャスパーと二人きりになれば舞い上がってしまっていた。それなのに今はこうして落ちついている。
「それであの日だが、今年は終わった後に食事をするのはどうだろうか」
「あの日?」
「昨年はほら、村で色々とあったから、今年は早めに王都の戻って来よう」
ーーなんて回りくどい言い方をするのかしら。そんなんじゃどの日の事を言っているのか分からないじゃない。
「えぇ、そうですね。そうしましょう」
「そうか! そうしよう、よし」
噛み締めるように言ったジャスパーを不思議に見ながら、ずっと思っていた事を口にした。
「婚約の事ですが、本当にお父様が発表を先延ばしにしていたんでしょうか?」
「アークトゥラス侯爵にも思う所があったんだろう。あの頃は君の周りは慌ただしかったから」
ジャスパーの婚約者が伏せられていた件についてはずっと不思議だった。もちろん王家の意向なのだと思っていたし、何よりジャスパーの意思なのだと思っていた。しかし蓋を開けてみれば、何を隠そう自分の父親が止めていたという衝撃の事実だった。理由は簡単。母親を失って悲しんでいるメリベルに、王妃教育や周囲からの期待と批判、それに万が一にも危害を加えられる事のないようにという父親の配慮だった。もちろんそんな我儘を聞いてくれた両陛下にも感謝だったが、メリベル自身の気持ちで言えば少々腑に落ちなかった。
「せめて理由だけでも教えて下されば私も納得出来たんです」
ずっとジャスパーに避けられていると思っていたが、むしろジャスパーからしてみれば長い事、婚約者の父親に認められていないという状況だったのだ。それを思えばああして避けられるのも仕方がないと理解出来てしまうのが辛い所だった。
「そしたら君はアークトゥラス侯爵に婚約を発表しろと迫ったと思うぞ」
そう言って笑うジャスパーの表情にはまだ遠慮の色があったが、それでも今までよりもずっと良い関係を築けているような気がしる。ふと心に過るクレイシーの事を思った。自分の王位継承権を賭けてまで守ろうとしたくらいなのだから、本当にクレイシーをただの友人と思っていたのだろうか。あれだけの事を起こしたというのに、クレイシーの処罰は軽すぎるという声は、実のところ事情を知る一部の貴族達の間から上がっていた。しかしその仲裁に入ったのは他でもないジャスパーだったと聞いた時には、どうしても苦いものがあった。
「どうかしたか?」
「いえ何も。それよりもノア先輩はもうすぐで卒業ですけれど、そうしたらジャスパー様の専属騎士になられるのですよね?」
「そう言い張っているからな。騎士団に入ればいいものを、あいつは頑固なんだ」
「本当にジャスパー様を敬愛されておられるのですね。少し羨ましいくらいです」
「専属魔術師でにもなりたかったのか?」
冗談めいていうジャスパーは本当に珍しい。それだけでもこの時間は価値があるものだった。
「新学期になったら学園が荒れているでしょうね」
「クレイシーが学園を辞めた理由は知れ渡らないように手は打ったから、もっぱら俺達の事だろうな。でもしばらくすればそれも落ち着くさ」
「……そうでしょうか」
学園の生徒達がいかにクレイシーを尊敬していたのかを知っているメリベルにとっては、新学期になるのが少し怖かった。きっとクレイシーがいなくなり、メリベルが婚約者だと発表された事についていらぬ憶測が飛び交っているに違いない。すると、いつの間にか固く握っていたいた手の上に熱く大きな手が被さっていた。
「ジャスパー様?」
驚いて思わず跳ねた手を上からグッと抑えるように握られる。身を乗り出したジャスパーは真剣な面持ちで言った。
「生徒会に入らないか? ここだけの話だが、本来なら次の一年生の中から生徒会長を選ばなくてはならないが、俺は王子だし異例として二年続投になるんだ。もう婚約者だと発表されたのだから何も気にする必要はないし、クレイシーがいなくなった分も補わなくてはいけない。俺はメリベルに入って欲しいと思っているがどうだろうか」
その瞬間、メリベルは思い切り立ち上がっていた。驚いたのはジャスパーだけではない。離れて警備をしていたノアも何事かと数歩こちらに近づいていた。
「申し訳ありませんが私は園芸員ですので生徒会にまでは手が回りません。他をお当たり下さい」
「園芸員ならもう止めてもいいだろう? イーライ殿には俺から話しておくから今答えずちゃんと考えてみてくれ」
「ご期待に添えず申し訳ありませんが、私は園芸員を辞めるつもりはありません。今日はこれで失礼致します」
メリベルは出来るだけ微笑んでその場を後にした。
「なあ、俺は何か怒らせるような事を言ったか?」
「近くにいなかったので分かりかねますが、怒っていたのですか?」
ジャスパーの後ろに立ったノアは、珍しく項垂れる主の背を見ながら小さく息を吐いた。
「こうしてお会いになられるのもかなりお久しぶりなのですから、ゆっくりと距離を詰めていかれてはいかがです?」
「でもどうしても焦ってしまうんだ。婚約を申し込んだのはこちらからだから、メリベルは望んでいなかったかもしれないだろ」
「メリベル様に聞いてみてはいかがですか? 婚約をどう思われているのか」
「そんな事が出来ていたら苦労はしてない」
二学期初日、アークトゥラス侯爵家の馬車が停まった瞬間、メリベルは生徒に囲まれていた。確かに予想はしていた。それでもせいぜい腫れ物に触れるような対応だと思っていた。
「ちょ、ちょっと待って、待ってったら……」
明らかにお世辞やごまを摺り始める者達から逃げる術がなくあたふたとしていると、小さい体を利用して現れたシアが勢いよく手首を掴んできた。
「あなた達! 学園の規則を忘れたの? ここは家柄に関係なく勉強する場所なのよ!」
シアの声が響いた瞬間、前から声が聞こえた。
「その生徒の言う通りだ。興味がある話題だと思うが学園内では皆平等な生徒なんだ。どうか勉強に集中出来るようにそっとしておいてくれないだろうか」
突然現れた王子の登場に、王子がそう言うなら……と生徒達が散っていく。そして呆れたように近づいてきた。
「やっぱりこうなったか。大丈夫だったか?」
「シアが守ってくれたので。ジャスパー様もありがとうございました」
「これくらいどうって事ない。でも教室に行く事は流石に出来ないな」
確かに学科が違うのに教室にまで現れたら、それこそ公私混同になってしまう。メリベルはシアの肩に手を付いて笑ってみせた。
「大丈夫ですよ! ここに頼もしい親友がいますから」
するとジャスパーは目を丸くして頷いた。
「確かメリベルと長い付き合いの友人だったな。メリベルを宜しく頼む」
「……初めからそのつもりですのでどうぞご心配なく」
手を引っ張られグイグイとジャスパーから離れて行ってしまう。強引なシアの後頭部を見ながら声を掛けた。
「シア? 久しぶりね。元気そうで良かったわ! シアに会える事だけが進級の楽しみだったんだから」
するとピタッと足が止まった。
「婚約の発表はまだ先じゃなかった? それにクレイシーさんが退学したみたいだけど何か関係があるの?」
「何もないわよ。やっぱりこのまま王子の婚約者が誰か分からないままは駄目って事になったの。クレイシーさんの事は何も知らないわ」
その時、視界の端にアビゲイルを捉えてメリベルはとっさに声を掛けていた。
「アビゲイルさんッ!」
何を話す訳ではない。それでも声を掛けずにはいられなかった。驚いたアビゲイルは一瞬悲痛そうな顔をした後、気まずそうに頭を下げて行ってしまった。
「もうッ、本当にお人好しなんだから。あの子もこれで絡んでくる事もないでしょうね」
「でも一番の友人が学園を辞めてしまったんだから辛いわよ。私だってもしシアが学園からいなくなったら物凄く辛いもの」
「メリベル! 私は絶対にそばにいるから大丈夫だよ!」
ガバっと抱き付いてきたシアを抱き止めた所で後ろから堪えるような声が聞こえてきた。
「本当に二人とも相変わらずだよな! 学園に戻ってきたって感じだよ」
「「マイロッ!」」
冬休み期間にもマイロの身長は伸びており、更に見上げる程になっていた。
「アップルパイちゃんはなんだか大変な事になっているみたいだけど大丈夫か?」
「フフッ、大丈夫よ。ありがとう」
「まあ魔術科には俺がいるからビシッと守ってやるよ! って言ってもアップルパイちゃんも強いから心配してないけどな」
そう言ってニカッと笑ったマイロに自然に笑みが溢れてしまう。
二人には冬休みに遭った事は何も話していないし話す気もない。まだ魔廻を奪う者達の正体が分かってはいないが、取り敢えずいらぬ不安を煽らないようにしようというのが、冬休み中にジャスパー達と話した結果だった。
国王主催の晩餐会が開かれたのは、クレイシーがオーウェン領に出発して一週間が過ぎた頃だった。決定から一週間で晩餐会が開かれたのには理由がある。冬が終われば大きな祭事として国王自らが各地の聖堂を周り、祈りの儀式をする習わしがある。それが春の訪れを告げる大事な儀式であり、その為に昨冬には一年の礼をする為、本聖堂へ向かったのだった。しかし王都で事件が重なり慌ただしい礼拝となったようだったが、なんとかクレリック侯爵家との和解を済ませ新年を迎えた所だった。
「それで、最近はどうだ?」
「どうとは?」
「た、体調とか。晩餐会の後から色々と変わっただろ?」
確かに晩餐会以降屋敷には、付き合いのない家門から商家まで祝いの品が届くようになっていた。そのほとんどは父親が送り返しているようだったが、嫌でも目に入ってしまうのは祝いの品よりもむしろその中に潜む悪意だった。送り主の分からない手紙や動く箱、髪の毛の束などはメリベルが手にする前に速攻で使用人達によって片付けられていた。どうにかしてジャスパーとの婚約を辞めさせたいという誰かの意志なのだろう。
「贈り物を多く頂くようになりました。でも私としては今更感が強いので複雑な気持ちです」
「あぁー……それは確かに俺の所にも届くようになったな。でも皆祝福してくれているという事だろ」
今までの他人振りが嘘のようにこうして堂々と王城の中庭でお茶をしていると、夢ではないかと思ってしまう。しかし目の前で少し落ち着かない様子でお茶を口にしているジャスパーを見ていると、これは現実だと実感せざる終えなかった。
嬉しいはずなのに、それなのに。
ーー私どうしたのかしら。
昔ならジャスパーと二人きりになれば舞い上がってしまっていた。それなのに今はこうして落ちついている。
「それであの日だが、今年は終わった後に食事をするのはどうだろうか」
「あの日?」
「昨年はほら、村で色々とあったから、今年は早めに王都の戻って来よう」
ーーなんて回りくどい言い方をするのかしら。そんなんじゃどの日の事を言っているのか分からないじゃない。
「えぇ、そうですね。そうしましょう」
「そうか! そうしよう、よし」
噛み締めるように言ったジャスパーを不思議に見ながら、ずっと思っていた事を口にした。
「婚約の事ですが、本当にお父様が発表を先延ばしにしていたんでしょうか?」
「アークトゥラス侯爵にも思う所があったんだろう。あの頃は君の周りは慌ただしかったから」
ジャスパーの婚約者が伏せられていた件についてはずっと不思議だった。もちろん王家の意向なのだと思っていたし、何よりジャスパーの意思なのだと思っていた。しかし蓋を開けてみれば、何を隠そう自分の父親が止めていたという衝撃の事実だった。理由は簡単。母親を失って悲しんでいるメリベルに、王妃教育や周囲からの期待と批判、それに万が一にも危害を加えられる事のないようにという父親の配慮だった。もちろんそんな我儘を聞いてくれた両陛下にも感謝だったが、メリベル自身の気持ちで言えば少々腑に落ちなかった。
「せめて理由だけでも教えて下されば私も納得出来たんです」
ずっとジャスパーに避けられていると思っていたが、むしろジャスパーからしてみれば長い事、婚約者の父親に認められていないという状況だったのだ。それを思えばああして避けられるのも仕方がないと理解出来てしまうのが辛い所だった。
「そしたら君はアークトゥラス侯爵に婚約を発表しろと迫ったと思うぞ」
そう言って笑うジャスパーの表情にはまだ遠慮の色があったが、それでも今までよりもずっと良い関係を築けているような気がしる。ふと心に過るクレイシーの事を思った。自分の王位継承権を賭けてまで守ろうとしたくらいなのだから、本当にクレイシーをただの友人と思っていたのだろうか。あれだけの事を起こしたというのに、クレイシーの処罰は軽すぎるという声は、実のところ事情を知る一部の貴族達の間から上がっていた。しかしその仲裁に入ったのは他でもないジャスパーだったと聞いた時には、どうしても苦いものがあった。
「どうかしたか?」
「いえ何も。それよりもノア先輩はもうすぐで卒業ですけれど、そうしたらジャスパー様の専属騎士になられるのですよね?」
「そう言い張っているからな。騎士団に入ればいいものを、あいつは頑固なんだ」
「本当にジャスパー様を敬愛されておられるのですね。少し羨ましいくらいです」
「専属魔術師でにもなりたかったのか?」
冗談めいていうジャスパーは本当に珍しい。それだけでもこの時間は価値があるものだった。
「新学期になったら学園が荒れているでしょうね」
「クレイシーが学園を辞めた理由は知れ渡らないように手は打ったから、もっぱら俺達の事だろうな。でもしばらくすればそれも落ち着くさ」
「……そうでしょうか」
学園の生徒達がいかにクレイシーを尊敬していたのかを知っているメリベルにとっては、新学期になるのが少し怖かった。きっとクレイシーがいなくなり、メリベルが婚約者だと発表された事についていらぬ憶測が飛び交っているに違いない。すると、いつの間にか固く握っていたいた手の上に熱く大きな手が被さっていた。
「ジャスパー様?」
驚いて思わず跳ねた手を上からグッと抑えるように握られる。身を乗り出したジャスパーは真剣な面持ちで言った。
「生徒会に入らないか? ここだけの話だが、本来なら次の一年生の中から生徒会長を選ばなくてはならないが、俺は王子だし異例として二年続投になるんだ。もう婚約者だと発表されたのだから何も気にする必要はないし、クレイシーがいなくなった分も補わなくてはいけない。俺はメリベルに入って欲しいと思っているがどうだろうか」
その瞬間、メリベルは思い切り立ち上がっていた。驚いたのはジャスパーだけではない。離れて警備をしていたノアも何事かと数歩こちらに近づいていた。
「申し訳ありませんが私は園芸員ですので生徒会にまでは手が回りません。他をお当たり下さい」
「園芸員ならもう止めてもいいだろう? イーライ殿には俺から話しておくから今答えずちゃんと考えてみてくれ」
「ご期待に添えず申し訳ありませんが、私は園芸員を辞めるつもりはありません。今日はこれで失礼致します」
メリベルは出来るだけ微笑んでその場を後にした。
「なあ、俺は何か怒らせるような事を言ったか?」
「近くにいなかったので分かりかねますが、怒っていたのですか?」
ジャスパーの後ろに立ったノアは、珍しく項垂れる主の背を見ながら小さく息を吐いた。
「こうしてお会いになられるのもかなりお久しぶりなのですから、ゆっくりと距離を詰めていかれてはいかがです?」
「でもどうしても焦ってしまうんだ。婚約を申し込んだのはこちらからだから、メリベルは望んでいなかったかもしれないだろ」
「メリベル様に聞いてみてはいかがですか? 婚約をどう思われているのか」
「そんな事が出来ていたら苦労はしてない」
二学期初日、アークトゥラス侯爵家の馬車が停まった瞬間、メリベルは生徒に囲まれていた。確かに予想はしていた。それでもせいぜい腫れ物に触れるような対応だと思っていた。
「ちょ、ちょっと待って、待ってったら……」
明らかにお世辞やごまを摺り始める者達から逃げる術がなくあたふたとしていると、小さい体を利用して現れたシアが勢いよく手首を掴んできた。
「あなた達! 学園の規則を忘れたの? ここは家柄に関係なく勉強する場所なのよ!」
シアの声が響いた瞬間、前から声が聞こえた。
「その生徒の言う通りだ。興味がある話題だと思うが学園内では皆平等な生徒なんだ。どうか勉強に集中出来るようにそっとしておいてくれないだろうか」
突然現れた王子の登場に、王子がそう言うなら……と生徒達が散っていく。そして呆れたように近づいてきた。
「やっぱりこうなったか。大丈夫だったか?」
「シアが守ってくれたので。ジャスパー様もありがとうございました」
「これくらいどうって事ない。でも教室に行く事は流石に出来ないな」
確かに学科が違うのに教室にまで現れたら、それこそ公私混同になってしまう。メリベルはシアの肩に手を付いて笑ってみせた。
「大丈夫ですよ! ここに頼もしい親友がいますから」
するとジャスパーは目を丸くして頷いた。
「確かメリベルと長い付き合いの友人だったな。メリベルを宜しく頼む」
「……初めからそのつもりですのでどうぞご心配なく」
手を引っ張られグイグイとジャスパーから離れて行ってしまう。強引なシアの後頭部を見ながら声を掛けた。
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その時、視界の端にアビゲイルを捉えてメリベルはとっさに声を掛けていた。
「アビゲイルさんッ!」
何を話す訳ではない。それでも声を掛けずにはいられなかった。驚いたアビゲイルは一瞬悲痛そうな顔をした後、気まずそうに頭を下げて行ってしまった。
「もうッ、本当にお人好しなんだから。あの子もこれで絡んでくる事もないでしょうね」
「でも一番の友人が学園を辞めてしまったんだから辛いわよ。私だってもしシアが学園からいなくなったら物凄く辛いもの」
「メリベル! 私は絶対にそばにいるから大丈夫だよ!」
ガバっと抱き付いてきたシアを抱き止めた所で後ろから堪えるような声が聞こえてきた。
「本当に二人とも相変わらずだよな! 学園に戻ってきたって感じだよ」
「「マイロッ!」」
冬休み期間にもマイロの身長は伸びており、更に見上げる程になっていた。
「アップルパイちゃんはなんだか大変な事になっているみたいだけど大丈夫か?」
「フフッ、大丈夫よ。ありがとう」
「まあ魔術科には俺がいるからビシッと守ってやるよ! って言ってもアップルパイちゃんも強いから心配してないけどな」
そう言ってニカッと笑ったマイロに自然に笑みが溢れてしまう。
二人には冬休みに遭った事は何も話していないし話す気もない。まだ魔廻を奪う者達の正体が分かってはいないが、取り敢えずいらぬ不安を煽らないようにしようというのが、冬休み中にジャスパー達と話した結果だった。
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