大好きなあなたを忘れる方法

山田ランチ

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39 約束の日の約束

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「本当に行かなくて良かったのかい?」

 母親の命日。
 今まではジャスパーと共に母親の故郷の村に作った墓地にお忍びでお墓参りをしていたが、今年は今まで避けていた聖堂での鎮魂式に参加していた。
 心の変化はあの過去を視た日からだった。今までずっとなぜジャスパーに婚約を申し込まれたのか不思議で仕方なかった。それもあの過去を視た時に分かってしまった気がした。
 
ーー贖罪。

 きっとジャスパーは母親の死を自分のせいだと思っているのかもしれない。だから婚約を申し込み、罪滅ぼしをしようとしているのではないだろうか。自分の中で出たその答えがしっくりときてしまい、今日までジャスパーを避けるようにして過ごしてきてしまっていた。現にジャスパーからも積極的に誘われる事はなく、一度だけ共にパーティーに出掛けたが、馬車の中では目を合わせてくれなく、終いには溜息を吐かれる始末だった。何より、最低限の滞在をしてすぐに解散となったのが何よりの証拠だった。

「いつまでも逃げてばかりいられないもの」
「大人になったね。でもよくジャスパー殿下も来ると仰らなかったな」
「え? 断られたんじゃないの? だから今日お姿が見えないのだとばかり思っていたわ」
「私は殿下と今日の事については何も話していないよ。てっきりメリベルが知らせているとばかり思っていたからね」

 メリベルはその瞬間、メラニーの姿を探した。

「すぐに馬車を用意して頂戴! ジャスパー様の所に行くわ」
「どちらに向かわれますか?」
「そうね……あの場所かしら。まさかとは思うけれど」

 ジャスパーが今あの待ち合わせ場所にいるとは思えない。仮に行っていたとしてもこんな時間まで待っているはずがなかった。


「ジャスパー様そろそろ……」

 ノアは馬車の外でずっと立ち尽くしているジャスパーに声を掛けた。
 約束の時間を過ぎてもメリベルが現れる事はなかった。今回は婚約者と明かして初めての墓参り。事前に約束をし、王都に戻ったら食事に行く店まで予約していた。

「アークトゥラス侯爵家に行くぞ。メリベルに何かあったのかもしれない」
「かしこまりました。このままこの馬車で行かれますか?」

 馬車は王家の物だと分からないように兵団から借りた物だった。昨年の出来事を踏まえて村人を刺激しないようにという配慮からだったが、さすがにこの馬車で侯爵家に行くのは色々とまずい。ジャスパーは馬車から降りると、ノアの馬を指差した。

「俺が乗って行くからお前は馬車で帰っていろ」
「お一人でですか?」
「追って来なくていいぞ」

 馬に跨ったジャスパーは、全速力で緩やかな下り坂を走らせた。


「メリベルがいないだと?」

 後少しでアークトゥラス侯爵家という所で、聖堂からの帰宅途中だった侯爵家の馬車とばったりと会い、ジャスパーは強引にその馬車を止めた。

「娘なら殿下に会いに向かいましたが行き違いのようでしたな」
「どこに向かったんだ?」
「あの場所と言っていたので殿下の方がお詳しいのではないですか?」

 方向を変えようと手綱を動かしたジャスパーをアークトゥラス侯爵が呼び止めた。

「殿下は本当にこのまま娘と結婚するおつもりですか?」
「どういう意味だ? そのつもりに決まっているだろ」
「それは自責の念からですかな? それとも殿下自身のお気持ちですかな?」

 驚いていたジャスパーだったが、一拍遅れて聞かれた事への真意に気が付いたようだった。

「結婚を申し込んだのは俺の意志だ」
「ならばそれを娘にお伝え下さい。……あなたの相手は今ここに生きて、存在しているのですから」

 そう言うと窓が閉められてしまう。ジャスパーは手綱をきつく握り締めると、今度こそ方向を変えて再び馬を走らせた。


「メリベル!」

 メリベルがいつのも待ち合わせ場所で立ち尽くしている所を見つけたジャスパーは、半ば無意識に叫んでいた。

「ジャスパー様!? どうしてここに……」

 ジャスパーは馬から飛び降りると勢いよくメリベルの肩を掴んだ。

「怪我は? 体調は大丈夫か!?」
「怪我などしておりません」
「体調はどうだ?」
「体調も何ともありません」

 次の瞬間肩を引かれ、ジャスパーの腕の中にいた。ジャスパーの心臓がぶつかるのではないかと思う程に激しく鳴っている。次第にその音がどちらの物か分からなくなっていく。

「時間になっても来ないから何かあったのかと心配したんだ」
「でも今年は何の約束もしていなかったので、それで、私……」
「約束はしたじゃないか。菓子店で」

 記憶を手繰り寄せていく。考えて考えて、そしてあの回りくどい言い回しの事を思い出した。

「もしかして、終わったら王都で食事をしようという、アレですか?」
「もしかしなくてもそれだ。もしかして伝わっていなかったのか?」

 メリベルは腕の中から這い出ると、思い切り頭を下げた。

「申し訳ありませんジャスパー様! 勘違いをしていて、今日の事だとは思っておりませんでした!」

 怒るでもなく不機嫌になるでもなく、ジャスパーは不思議そうな顔をして言った。

「だったら何の事だと思っていたんだ?」
「それは……よく分かっておりませんでした」

 自分でもよくない返事だと思った。それでもそれ以外に返事が見つからない。何の約束かも分からないまま、確認もしないでそのまま放置してしまった。ジャスパーの表情に居た堪れなくなり、メリベルは重い口を開いた。

「私、ジャスパー様にお話をしておかなくてはならない事があるんです」
「なんだ」
「私は人よりも魔廻が大きかったおかげで魔術が得意だったんです。でもそれだと体に悪い影響が出ると分かり、実は昨年から少しずつ小さくしていっていた所でした」

 返事は返ってこない。

「でも魔廻を小さくするにはリスクがあって、それが記憶を失っていく事だったんです」
「記憶を失うだと?」
「詳しくは説明が難しいのですが、魔廻を小さくすると記憶も無くなっていってしまうんです。それでジャスパー様がいつの事を仰っているのか分からず、確認もしないままにしておりました。本当に申し訳ありませんでした」
「それなら他にも失っている記憶があるという事か?」
「はい、申し訳ありません」
「謝らなくていい。魔廻を小さくしないといけなかったんだろう?」
「あのまま知らずに魔廻に魔素を貯めていたら、いずれ魔廻が壊れるかもしれませんでした」
「そんな状態になっていたなら仕方ないだろ。記憶以外で何か影響はあるのか?」
「今の所は特にありません。ですがジャスパー様との記憶も幾つか失くしていると思います」
「それでメリベルから危険が去ったのなら構わない。でも記憶を失うというのは辛い事なんじゃないのか?」
「それはむしろ大丈夫です! 魔廻を小さくする際に手放すのは悲しい記憶なんです。魔素は負の力に集まりやすいので、負の記憶を手放した方がずっと早く魔廻を小さく……」

 とっさに顔を上げたジャスパーと目が合う。失敗したと思ったがもう遅い。ジャスパーとの記憶を幾つか失くしているという事は、その記憶が悲しい記憶だったと言ったも同然だった。

「えっと、そういう意味ではなくてですね」
「……分かっているつもりだ。俺が今までどんな態度を取ってきたかは自覚がある。だからメリベルが辛いと感じる事もあっただろう」

 どんな態度を取ってきたかは自覚がある。
 その言葉がズシンと腹の底に沈んだ。

「それならいっそ、婚約を破棄すれば宜しいのです」
「なんだと?」
「私に冷たく当たってしまう理由があるのなら、無理をして私に会わない方が良いではありませんか? 無理をして結婚を申し込まれなくても良かったのです」
「俺は無理などしていない! 婚約を申し出たのも自分から……」
「ジャスパー様はお母様の死に罪悪感を持っておられるのでしょう? そうでなければあの時点で私に婚約を申し込む訳がありません」

 その瞬間、もう一度ジャスパーの腕の中に引き戻されていた。ジャスパーの香水の香りがする。胸を弾ませるはずの愛しい人のその香りは、今となっては酷く胸を締め付ける悲しい香りとなった。

「……確かにアークトゥラス夫人の死には俺も関わっていると思う。でも俺がお前に結婚を申し込んだのは罪悪感だけじゃない。誕生日パーティーで初めて会った時、俺はもうきっとその時からお前に心を決めていたんだと思う」
「どういう事です?」
「だから! だから……俺はあの時すでに、お前を見初めていたんだ」

 とっさに顔を上げると真っ赤な顔と顔が合う。その瞬間、伝染したようにメリベルの顔も一気に熱くなってしまった。

「そんなの、聞いていません」
「だからお前が何と言おうと離してやれない! でも気持ちを伝えるのに時間がかかってしまったのは、ずっと悩んでいたからだ。お前の言う通り、アークトゥラス夫人の事で罪悪感がなかったと言ったら嘘になる。お前に面と向かって拒絶されるのが怖くて無意識に遠ざけていたんだと思う。……本当にすまない」

 ジャスパーの胸に添えている自分の手が震えている。しかしそれ以上に掌から伝わるジャスパーの激しい鼓動に、メリベルは信じられない思いで俯いた。

「私は拒絶したりしません。お母様の事もジャスパー様のせいだなんて思っていませんでした」
「でも合わせる顔がなかったんだ。それなのに名ばかりの婚約者という形で縛り付けてしまっていた。アークトゥラス侯爵はそんな俺の気持ちに気付いていたんだろう。だから婚約者の発表に渋ったんだ。全部俺が悪いんだ」

 諦めたような笑いが頭上からして、キッとジャスパーの顔を見上げた。

「笑い事ではありません! 当事者の私は何も知らないまま、今か今かとジャスパー様の婚約者だと堂々と名乗れる日を待ち侘びていたんですよ!」
「……本当か?」
「ほ、本当です! 先程は婚約破棄したらいいなんて言ってしまい、申し訳ありませんでした。ジャスパー様が義務感で婚約を申し込まれたなら、もう解放して差し上げなくてはと思ったんです。でも本当は嫌です。私以外がジャスパー様と結婚するなんて絶対に嫌です!」

 今度はふんわりと抱き竦められる。ジャスパーの厚い胸と香りと息遣いに包まれて、世界が全てジャスパーで満たされたような感覚だった。

「最初からメリベルだけと決めていたんだ。俺と結婚して欲しい。どうか断らないでくれ」
「……私もジャスパー様と結婚したいです」

 メリベルは初めて、広い背中に腕を回した。
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