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番外編2 ジャスパーの心の内
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綺羅びやかな会場に華やかな音楽。招待客は全て高位貴族達のみで、会場内にはすでに知り合いもちらほらと見つけ出していた。
王妃の誕生日パーティーだったが、今回は公の場に初めて王子が婚約者を連れて会場入りするという噂を聞き付け、すでに会場には開始前だというのに人々でごった返していた。相手が誰かはすでに知れ渡っている。それでも並んでいる所を見るまでは信じないと言った方がいいかもしれない。三者三様の気持ちを抱えながら、好奇心に満ちた視線を入り口に向けていた。
「贈り物はレースのストールにしてみたのですが、やはり地味でしたでしょうか」
馬車の中で持参した包みを抱き締めながら、メリベルは向かいに座るジャスパーをちらりと見た。
屋敷まで迎えに来てくれるとは思わなかっただけに、緊張してしまって会話が続かない。それどころかジャスパーは心ここにあらずで窓の外ばかりを見ていた。
「あの、ジャスパー様?」
「ッすまない。何か言ったか?」
「いえ何でもありません。もう少しで到着しますね」
会場に選ばれたのは王城のホールではなく、城から少し離れた場所にある迎賓館だった。屋敷一つを飾り付けし、内装も花で埋め尽くされ、芸術を好む王妃らしく、画家や陶芸家、彫刻家など支援している芸術家達の作品が品よく並べられていた。
「私緊張してきました」
馬車を降りたメリベルは、招待客と護衛の数に圧倒されてしまっていた。今日集まるのは国の中枢を担う人々ばかり。万が一にも何事も起きないように、護衛の人数は信じられない程の数が割かれているようだった。
「ただの誕生日パーティーなんだから、そう気負わず気軽で構わないぞ」
ーーそれは自分の身内だからでしょッ!
さすがに突っ込みたくなる衝動を押さえて、深呼吸をした。
「殿下、メリベル様、玄関を通ったらその先がホールとなります。おそらく大注目を浴びるでしょうが、くれぐれもお気を付け下さい」
ノアがそう言うとジャスパーはここまで帯刀していた剣を預けた。
「お前も今日は帰って休め。これだけ護衛がいるんだから何も起きないさ」
「ありがとうございます。ですがこちらで待たせて頂きます」
ジャスパーはやれやれと言わんばかりに首を振ると、さっと腕を差し出してきた。
ここから先は戦場なのだと自分に言い聞かせながら、メリベルは一歩足を踏み出した。
今日の日の為にとジャスパーが準備を進めていた衣装は、ベージュの張りのある素材のドレスだっあ。生地には光沢があり、光の加減によっては金に見えなくもない。さすがに自分の瞳の色だからと金色のドレスを用意する訳にもいかず、結果として少し地味なドレスになってしまったかと反省していたが、実際に送った衣装を身に纏ったメリベルは信じられない程に似合っていた。せめてもの悪あがきにと裾に金糸で施した刺繍が思った以上に輝きを放ち、メリベルの赤みのある髪が良く映えていた。
アークトゥラス侯爵夫人の肖像画を背景に降りて来たメリベルに見惚れていると、後ろからノアの咳払いが聞こえ、何とかメリベルが到着する直前に我に返る事が出来た。
(お針子はいい仕事をしたな。褒美を考えなくては)
母親からの紹介で依頼をしたお針子はどこかの店に所属しているわけではないらしい。個人で仕事を請け負っているらしく、自分一人では到底見つけられない職人だった。直接会った事はないが、ノアを派遣した際にノアからの評価が上々だっただけで、ジャスパーからしたら信頼するに値する人物になっていた。そして今回ばかりは、芸術方面には湯水のように金を使う母親のパトロン振りに感謝せざる負えなかった。
目の前に到着したメリベルは、どこか恥ずかしそうに「どうでしょうか」と呟いた。
ドレスの他に自分とデザイン違いで同じ石を使った耳飾りを送ったが、その事に気が付いているだろうか。胸元を他の者達に見せるのは嫌だった為、首元が詰まったデザインにした。だから首飾りは控えたが、むしろない事で首から肩への線に目が向いてしまう。そんな取り留めもない事を頭の中で一気に考えながら、ジャスパーはボロが出ないように小さく頷いた。
「問題ない」
「素敵なドレス一式をありがとうございます」
「一緒に出席するんだから当たり前だろ。ほら、行くぞ」
その後はメリベルを直視する事は出来なかった。窓の外に視線を移し、可能な限り意識をメリベルに向けないようにしながらも、ついつい横目で見てしまう。そして気付かれないように自分を落ち着かせる為に息を吐いた。
「ジャスパー殿下並びに、ご婚約者アークトゥラス侯爵家ご令嬢メリベル様のご入場です!」
会場の視線が一気に入り口に向く。メリベルはジャスパーの腕を掴んだまま、じっと一点を見つめて階段を降りて行った。ざわつく会場からは歓声が上がったが、こちらを値踏みするような視線がある事も分かっている。現に宰相の娘が王子と結婚する事を色よく思わない者達が一定数いる事は理解しているつもりだった。
「素敵なドレスですね。良くお似合いですよ」
「ありがとうございます、殿下からの贈り物なのです」
「殿下は王妃様に似て審美眼がお有りになられるようですね」
会話の真意はジャスパーに取り入る事かと、メリベルは何度目かの溜息を心の中で吐いていた。笑顔を貼り付けていられるのにも限界がある。声を掛けて来た者達も会話はそのほとんどが当たり障りない会話ばかり。どちらかと言うとこれを気に、王子に顔を売り込もうという魂胆が見え見えだった。
「それにしてもずっと隠されていたご婚約者をこうしてお披露目するとは、どういったご心境の変化だったのですか?」
その他大勢の中に潜む悪意には昔から敏感だった。それは王子としての立場や教育がそうさせているのもあるが、特にメリベルの母親の事件があってからは、より一層敵か味方かを観察する癖が付いていた。
(確かこの子爵はクレリック侯爵家の末端貴族だったな)
クレリック侯爵家と血縁関係はあるが、今はそう交流はないはず。それなのに王妃の誕生日パーティーに招待されるとは到底思えない。おそらくは誰かの介入があるのだろう。
「そろそろ結婚が近いのだから、いつまでも大事に隠しておく事は出来ないだろう」
すると一瞬ジャスパーの言葉に驚いた者達は、次の瞬間には惚気だと羨ましいだのと言っておだててきた。
「ですが、確か殿下はクレリック侯爵家のご令嬢とも親密な中だったとか。そのご令嬢が王都を離れてしまった為、悲恋として城下では演劇の演目に上がるとか上がらないとか」
一瞬にして場が凍り付いたのが分かる。集まっていた貴族達は頬を引き攣らせながら、事の次第を見守っているようだった。幸いにもメリベルは友人の令嬢達と楽しそうに話をしている。ジャスパーはメリベルに見えないように背を向けて、平気で無礼を働いた子爵を見下ろした。
「どこの劇団が演じるのかご存知か?」
「ご興味がおありですか!? それは良かったです。ぜひ公開された際には足を運ばれては……」
「もし本当にそんな気の触れた劇団が存在するなら、俺が明日にでも解体してやろう。結婚を控えた王子の祝い事を台無しにしたとして、全員を捕縛する事になるだろうな」
「えぇと、劇団の名前までは知りません。私も人づてに聞いただけですので……」
「お前はそんなあやふやな情報をこのような公式の場所で口にしたのか? その意味を分かっているんだろうな?」
子爵はどんどん身を引くように小さくなっていく。周囲に集まっていた者達も徐々に離れていく気配がした。
「ジャスパー様? どうなさいました?」
後ろには令嬢達と別れたメリベルが屈託ない笑顔で立っていた。
「いや何でもないよ。子爵に今日の二人の衣装を褒めて貰っていた所なんだ。あとは面白い演目を上演する劇団がるらしいんだが、今その劇団の名前を聞こうとしていた所なんだよ。なあ子爵、俺達に教えてくれるか?」
すると子爵は青い顔をしてゆっくりと後退した。
「最近物忘れが激しくて、何でしたかな、今はどうしても思い出せないようです、記憶障害でしょうか」
「あら、まだそんなお年ではないでしょう? 良かったら先生に相談して見ましょうか?」
「先生?」
「あぁすみません。大魔道師の事ですよ」
その瞬間、子爵は頭を深く下げると脱兎の如く人混みに消えてしまった。
ジャスパーは笑いを堪えるので必死だった。メリベルが意図して追っ払ったとは思えない。おそらく大魔道師を先生と呼んだのも園芸員としての言葉だったのだろう。しかしそんなあだ名のような呼び方をあの子爵が知っている訳もなく、大方メリベルはすでに魔術団と関わりがあると勘違いしてしまったのだろう。内心スッと晴れ晴れした気持ちでメリベルを見ると、不思議そうな顔が脳裏に焼き付いた。
「あらあらあら、とっても素敵ね。初めて見る編み方のレースだわ。どこの職人さんかしら」
プレゼントは王妃のお眼鏡に叶ったらしく、王妃は少女のような目でメリベルを見つめた。
「お気に召して頂きとても光栄です。ハンドメイドを置くお店で偶然目に留まった物でしたので、今度また伺ってみます」
「それなら今度はぜひ一緒に行きましょう! 息子一人だったからお買い物には付き合ってくれなくて、つまらなかったのよ」
「母上ッ! そのような我儘を言わないで下さい。王妃が外出など手続きが大変なのですよ」
「そうね、そうよね。でも可愛い娘とお買い物してみたかったわ」
しょんぼりする王妃はチラチラとジャスパーに視線を向けては、返事を待っている。深ーーい溜息の後、ジャスパーは不貞腐れたように小さく言った。
「……俺だってまだメリベルと買い物に行った事がないのに」
心の内は軽快な音楽が始まり掻き消されている。
「分かりました。メリベルが承諾するならいいですよ」
不意に投げられた言葉にギョッとした顔もまた愛らしい。
「私は構いませんので、ご多忙の王妃様のご都合がつきましたらご連絡下さいませ」
王妃への謁見が終わった瞬間、メリベルの元には多くの貴族が声を掛けようと待機していた。
「メリベル様、先程王妃様に献上しておられたショールなのですが……」
「私も気になっておりました! もし良ければお店の名前を教えて頂けませんか?」
「それよりも私とダンスと……」
その瞬間、周囲に冷気が走った。
「メリベル! こちらへ」
ジャスパーは苛立ちを抑えながらメリベルを壁際のソファへと座らせた。取り敢えず果実水を給仕の使用人から受け取ると、緊張して喉が乾いているであろうメリベルに差し出す。するとメリベルが震える手でグラスを受け取った。
「あの、ジャスパー様、私何か粗相をしてしまったでしょうか」
「何故だ?」
「いえ、何となくです」
「今日は見世物になる事は覚悟していたが、思った以上だな」
男達の視線からメリベルを隠すように立ったジャスパーは、口元を抑えながらメリベルを見下ろした。
ーーまさかこんなに自分の器量が狭いとはな。
美しく着飾りたいと思うのに、誰の目にも触れさせたくないと思ってしまう。そんな矛盾がずっと頭と胸の辺りをグルグルとのたうち回っていた。
「今日はもう帰ろうか。俺はもう少しいなくてはならないから、ノアに送らせる」
「でもまだダンスを踊っていません」
「ダンスを踊りたかったのか?」
あの中にダンスをしたい相手でもいたのだろうか。それとも誘われたら受けるつもりだったのだろうか。もう我慢の限界だった。
「ダンスはまた今度にしたらいい。今日はどう過ごしてもずっと注目を浴びるだろうし、母上の評価は良かったみたいだから十分に役目は果たしただろう」
「そうですね、分かりました。それでは失礼致します」
メリベルがスクッと立ち上がり手を差し出してくる。
「出口まで送って下さいますか?」
「もちろんだ」
細い指先に触れ、そっと握る。
(俺だけのものにしたいなんて、おこがまし過ぎるな)
今まで、何度手放してやるべきかと思ったかは分からない。それでも手放させなかった初恋の相手。
(身分を笠にして縛り付けているとは分かっている。でもこの手は離してやれそうにない。離せないんだ。すまないメリベル)
王妃の誕生日パーティーだったが、今回は公の場に初めて王子が婚約者を連れて会場入りするという噂を聞き付け、すでに会場には開始前だというのに人々でごった返していた。相手が誰かはすでに知れ渡っている。それでも並んでいる所を見るまでは信じないと言った方がいいかもしれない。三者三様の気持ちを抱えながら、好奇心に満ちた視線を入り口に向けていた。
「贈り物はレースのストールにしてみたのですが、やはり地味でしたでしょうか」
馬車の中で持参した包みを抱き締めながら、メリベルは向かいに座るジャスパーをちらりと見た。
屋敷まで迎えに来てくれるとは思わなかっただけに、緊張してしまって会話が続かない。それどころかジャスパーは心ここにあらずで窓の外ばかりを見ていた。
「あの、ジャスパー様?」
「ッすまない。何か言ったか?」
「いえ何でもありません。もう少しで到着しますね」
会場に選ばれたのは王城のホールではなく、城から少し離れた場所にある迎賓館だった。屋敷一つを飾り付けし、内装も花で埋め尽くされ、芸術を好む王妃らしく、画家や陶芸家、彫刻家など支援している芸術家達の作品が品よく並べられていた。
「私緊張してきました」
馬車を降りたメリベルは、招待客と護衛の数に圧倒されてしまっていた。今日集まるのは国の中枢を担う人々ばかり。万が一にも何事も起きないように、護衛の人数は信じられない程の数が割かれているようだった。
「ただの誕生日パーティーなんだから、そう気負わず気軽で構わないぞ」
ーーそれは自分の身内だからでしょッ!
さすがに突っ込みたくなる衝動を押さえて、深呼吸をした。
「殿下、メリベル様、玄関を通ったらその先がホールとなります。おそらく大注目を浴びるでしょうが、くれぐれもお気を付け下さい」
ノアがそう言うとジャスパーはここまで帯刀していた剣を預けた。
「お前も今日は帰って休め。これだけ護衛がいるんだから何も起きないさ」
「ありがとうございます。ですがこちらで待たせて頂きます」
ジャスパーはやれやれと言わんばかりに首を振ると、さっと腕を差し出してきた。
ここから先は戦場なのだと自分に言い聞かせながら、メリベルは一歩足を踏み出した。
今日の日の為にとジャスパーが準備を進めていた衣装は、ベージュの張りのある素材のドレスだっあ。生地には光沢があり、光の加減によっては金に見えなくもない。さすがに自分の瞳の色だからと金色のドレスを用意する訳にもいかず、結果として少し地味なドレスになってしまったかと反省していたが、実際に送った衣装を身に纏ったメリベルは信じられない程に似合っていた。せめてもの悪あがきにと裾に金糸で施した刺繍が思った以上に輝きを放ち、メリベルの赤みのある髪が良く映えていた。
アークトゥラス侯爵夫人の肖像画を背景に降りて来たメリベルに見惚れていると、後ろからノアの咳払いが聞こえ、何とかメリベルが到着する直前に我に返る事が出来た。
(お針子はいい仕事をしたな。褒美を考えなくては)
母親からの紹介で依頼をしたお針子はどこかの店に所属しているわけではないらしい。個人で仕事を請け負っているらしく、自分一人では到底見つけられない職人だった。直接会った事はないが、ノアを派遣した際にノアからの評価が上々だっただけで、ジャスパーからしたら信頼するに値する人物になっていた。そして今回ばかりは、芸術方面には湯水のように金を使う母親のパトロン振りに感謝せざる負えなかった。
目の前に到着したメリベルは、どこか恥ずかしそうに「どうでしょうか」と呟いた。
ドレスの他に自分とデザイン違いで同じ石を使った耳飾りを送ったが、その事に気が付いているだろうか。胸元を他の者達に見せるのは嫌だった為、首元が詰まったデザインにした。だから首飾りは控えたが、むしろない事で首から肩への線に目が向いてしまう。そんな取り留めもない事を頭の中で一気に考えながら、ジャスパーはボロが出ないように小さく頷いた。
「問題ない」
「素敵なドレス一式をありがとうございます」
「一緒に出席するんだから当たり前だろ。ほら、行くぞ」
その後はメリベルを直視する事は出来なかった。窓の外に視線を移し、可能な限り意識をメリベルに向けないようにしながらも、ついつい横目で見てしまう。そして気付かれないように自分を落ち着かせる為に息を吐いた。
「ジャスパー殿下並びに、ご婚約者アークトゥラス侯爵家ご令嬢メリベル様のご入場です!」
会場の視線が一気に入り口に向く。メリベルはジャスパーの腕を掴んだまま、じっと一点を見つめて階段を降りて行った。ざわつく会場からは歓声が上がったが、こちらを値踏みするような視線がある事も分かっている。現に宰相の娘が王子と結婚する事を色よく思わない者達が一定数いる事は理解しているつもりだった。
「素敵なドレスですね。良くお似合いですよ」
「ありがとうございます、殿下からの贈り物なのです」
「殿下は王妃様に似て審美眼がお有りになられるようですね」
会話の真意はジャスパーに取り入る事かと、メリベルは何度目かの溜息を心の中で吐いていた。笑顔を貼り付けていられるのにも限界がある。声を掛けて来た者達も会話はそのほとんどが当たり障りない会話ばかり。どちらかと言うとこれを気に、王子に顔を売り込もうという魂胆が見え見えだった。
「それにしてもずっと隠されていたご婚約者をこうしてお披露目するとは、どういったご心境の変化だったのですか?」
その他大勢の中に潜む悪意には昔から敏感だった。それは王子としての立場や教育がそうさせているのもあるが、特にメリベルの母親の事件があってからは、より一層敵か味方かを観察する癖が付いていた。
(確かこの子爵はクレリック侯爵家の末端貴族だったな)
クレリック侯爵家と血縁関係はあるが、今はそう交流はないはず。それなのに王妃の誕生日パーティーに招待されるとは到底思えない。おそらくは誰かの介入があるのだろう。
「そろそろ結婚が近いのだから、いつまでも大事に隠しておく事は出来ないだろう」
すると一瞬ジャスパーの言葉に驚いた者達は、次の瞬間には惚気だと羨ましいだのと言っておだててきた。
「ですが、確か殿下はクレリック侯爵家のご令嬢とも親密な中だったとか。そのご令嬢が王都を離れてしまった為、悲恋として城下では演劇の演目に上がるとか上がらないとか」
一瞬にして場が凍り付いたのが分かる。集まっていた貴族達は頬を引き攣らせながら、事の次第を見守っているようだった。幸いにもメリベルは友人の令嬢達と楽しそうに話をしている。ジャスパーはメリベルに見えないように背を向けて、平気で無礼を働いた子爵を見下ろした。
「どこの劇団が演じるのかご存知か?」
「ご興味がおありですか!? それは良かったです。ぜひ公開された際には足を運ばれては……」
「もし本当にそんな気の触れた劇団が存在するなら、俺が明日にでも解体してやろう。結婚を控えた王子の祝い事を台無しにしたとして、全員を捕縛する事になるだろうな」
「えぇと、劇団の名前までは知りません。私も人づてに聞いただけですので……」
「お前はそんなあやふやな情報をこのような公式の場所で口にしたのか? その意味を分かっているんだろうな?」
子爵はどんどん身を引くように小さくなっていく。周囲に集まっていた者達も徐々に離れていく気配がした。
「ジャスパー様? どうなさいました?」
後ろには令嬢達と別れたメリベルが屈託ない笑顔で立っていた。
「いや何でもないよ。子爵に今日の二人の衣装を褒めて貰っていた所なんだ。あとは面白い演目を上演する劇団がるらしいんだが、今その劇団の名前を聞こうとしていた所なんだよ。なあ子爵、俺達に教えてくれるか?」
すると子爵は青い顔をしてゆっくりと後退した。
「最近物忘れが激しくて、何でしたかな、今はどうしても思い出せないようです、記憶障害でしょうか」
「あら、まだそんなお年ではないでしょう? 良かったら先生に相談して見ましょうか?」
「先生?」
「あぁすみません。大魔道師の事ですよ」
その瞬間、子爵は頭を深く下げると脱兎の如く人混みに消えてしまった。
ジャスパーは笑いを堪えるので必死だった。メリベルが意図して追っ払ったとは思えない。おそらく大魔道師を先生と呼んだのも園芸員としての言葉だったのだろう。しかしそんなあだ名のような呼び方をあの子爵が知っている訳もなく、大方メリベルはすでに魔術団と関わりがあると勘違いしてしまったのだろう。内心スッと晴れ晴れした気持ちでメリベルを見ると、不思議そうな顔が脳裏に焼き付いた。
「あらあらあら、とっても素敵ね。初めて見る編み方のレースだわ。どこの職人さんかしら」
プレゼントは王妃のお眼鏡に叶ったらしく、王妃は少女のような目でメリベルを見つめた。
「お気に召して頂きとても光栄です。ハンドメイドを置くお店で偶然目に留まった物でしたので、今度また伺ってみます」
「それなら今度はぜひ一緒に行きましょう! 息子一人だったからお買い物には付き合ってくれなくて、つまらなかったのよ」
「母上ッ! そのような我儘を言わないで下さい。王妃が外出など手続きが大変なのですよ」
「そうね、そうよね。でも可愛い娘とお買い物してみたかったわ」
しょんぼりする王妃はチラチラとジャスパーに視線を向けては、返事を待っている。深ーーい溜息の後、ジャスパーは不貞腐れたように小さく言った。
「……俺だってまだメリベルと買い物に行った事がないのに」
心の内は軽快な音楽が始まり掻き消されている。
「分かりました。メリベルが承諾するならいいですよ」
不意に投げられた言葉にギョッとした顔もまた愛らしい。
「私は構いませんので、ご多忙の王妃様のご都合がつきましたらご連絡下さいませ」
王妃への謁見が終わった瞬間、メリベルの元には多くの貴族が声を掛けようと待機していた。
「メリベル様、先程王妃様に献上しておられたショールなのですが……」
「私も気になっておりました! もし良ければお店の名前を教えて頂けませんか?」
「それよりも私とダンスと……」
その瞬間、周囲に冷気が走った。
「メリベル! こちらへ」
ジャスパーは苛立ちを抑えながらメリベルを壁際のソファへと座らせた。取り敢えず果実水を給仕の使用人から受け取ると、緊張して喉が乾いているであろうメリベルに差し出す。するとメリベルが震える手でグラスを受け取った。
「あの、ジャスパー様、私何か粗相をしてしまったでしょうか」
「何故だ?」
「いえ、何となくです」
「今日は見世物になる事は覚悟していたが、思った以上だな」
男達の視線からメリベルを隠すように立ったジャスパーは、口元を抑えながらメリベルを見下ろした。
ーーまさかこんなに自分の器量が狭いとはな。
美しく着飾りたいと思うのに、誰の目にも触れさせたくないと思ってしまう。そんな矛盾がずっと頭と胸の辺りをグルグルとのたうち回っていた。
「今日はもう帰ろうか。俺はもう少しいなくてはならないから、ノアに送らせる」
「でもまだダンスを踊っていません」
「ダンスを踊りたかったのか?」
あの中にダンスをしたい相手でもいたのだろうか。それとも誘われたら受けるつもりだったのだろうか。もう我慢の限界だった。
「ダンスはまた今度にしたらいい。今日はどう過ごしてもずっと注目を浴びるだろうし、母上の評価は良かったみたいだから十分に役目は果たしただろう」
「そうですね、分かりました。それでは失礼致します」
メリベルがスクッと立ち上がり手を差し出してくる。
「出口まで送って下さいますか?」
「もちろんだ」
細い指先に触れ、そっと握る。
(俺だけのものにしたいなんて、おこがまし過ぎるな)
今まで、何度手放してやるべきかと思ったかは分からない。それでも手放させなかった初恋の相手。
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