大好きなあなたを忘れる方法

山田ランチ

文字の大きさ
45 / 48

43 すれ違いの結末

しおりを挟む
「まさか学園のあの園芸員が大魔術師だったなんて俺は今でも信じられないんだけど」

 先頭を歩くイーライの背をまじまじと見ながら、リーヴァイは少し前にいるジャスパーの背中を突付いていた。

「あれでもちゃんとした魔術師だ。現にここまで来られたじゃないか」
「それとこれとは別な訳よ。単純に脳が追いついていない訳よ」

 王都に緑色熊が複数の地で目撃されてから数時間。民の安全を優先し、王都に残る部隊とオーウェン領に向かう部隊が編成された。そしてオーウェン領で起こっている事態の緊急性により、取り急ぎ数人をこの地へ送る為にイーライが魔術でオーウェン領と空間を繋げたのだった。その代わりに学園にある温室も園芸室から自室へと繋がる道も全てが消えていた。

「こういう事態に直面すると、魔術師ってのは俺達よりもずっと凄いんだなって思い知らされるよな」

 リーヴァイにしては珍しく弱音を吐いた瞬間、大きな音と共に地面が揺れた。

「なんだ、地震か!?」

 するとイーライは揺れを物ともせずに先に見えた洞窟の中へ走って行ってしまった。

「イーライ殿! 一人では危険だ!」

 大魔術師を前にして危険というのもおかしな話だが、ジャスパーも揺れが収まった瞬間に走り出していた。


 洞窟内に入っても揺れが細かく起きている。そして奥の広い空洞に出た瞬間、ジャスパーは声を張り上げた。

「メリベルッ!」

 天井から大きな岩が落ちていくる。腕を伸ばしたが届く訳がない。目を瞑る事もそれ以上動く事も出来なかった。
 パラパラと小石が振り、大岩が落ちてくる。落ちて……こない。大岩は宙で止まっていた。

「クソッ、早く避けろ馬鹿者!」

 メリベルは我に返ったように大岩の下から避けた瞬間、イーライは放っていた土魔術を解いた。地面からせり上がっていた土が一瞬にして砕け散る。周囲には土煙が上がり、しばらくの間無いも見えなくなってしまった。


「先生? それに、もしかしてジャスパー様も?」

 メリベルは周囲の空気を払うように目を細めた。顔を見なくても分かる。この魔術は先生だし、ジャスパーの声も間違いなく聞こえていた。

「俺もいますよ、メリベル様」
「リーヴァイ様ですか!? なんで皆ここにいるんです」
「そんなのお前が誘拐されたからに決まって……」

 その瞬間、先生の言葉を追い越してジャスパーに抱き締められていた。

「良かった、無事で良かったッ」
「……申し訳ありません、私」

 その瞬間、後ろから唸り声が上がった。

「なんだあれは」
「クレイシーさんです。魔素に取り込まれてしまって」

 それ以上は言葉にならない。見上げると、ジャスパーが頷き返してくれた。

「ここを出よう。いつ崩落してもおかしくない」
「駄目だ駄目だ! お前の魔廻全てをあの御方に捧げるのだ!」

 ギチっと髪の毛を掴まれた瞬間、ジャスパーは剣を抜いた。剣が振られダリアが腕を引っ込める。つうっと細い血の線が流れていく。そして鋭い視線でジャスパーを睨み付けた。

「クレイシー様の悲しみはお前達には分かるまい。家族からもお前達からも切り離されたあの方の悲しみがッ」
「……確かにクレイシーの悲しみは俺には分からない。俺達はずっとソル神を信仰してきたし、愛する人はずっと俺だけを見ていてくれたから」

 そう言って視線が落ちてくる。目が合いとっさに逸してしまったが、抱き締めてくる腕の強さは増していた。

「おい! さっさと洞窟を出るぞ!」

 先に進んでいたイーライとリーヴァイが叫んでいる。ジャスパーは切っ先をタウやダリアに向けた。

「お前達もここから出るんだ。逃げる事もここで死ぬ事も許さない」
「絵を、絵を外さなくては」

 タウが壁に掛けている絵を外そうとした瞬間、リーヴァイがタウを捕まえると片腕で持ち上げた。

「絵なんていいからすぐにここを出るぞ!」

 イーライは土魔術を使うと植物の蔦をダリアと魔素に染まっているクレイシーに伸ばした。ダリアは捕まったが、何故か蔦はクレイシーの手前で止まってしまった。そして再び地面が大きく揺れた。

「メリベルもう行くぞ!」
「でもクレイシーさんが……」

その瞬間、ジャスパーはメリベルを片手で抱き抱えた。

「待って下さい! クレイシーさんを置いていけません!」

 叫んでも背中を叩いてもジャスパーが止まってくれる事はない。後ろから先生の姿も見える。その瞬間、奥で大岩が幾つも落ちる音がした。




「姉さん! 姉さんが、姉さんが埋もれてしまったッ。お前のせいだ! お前のせいだぞ!」

 その瞬間、タウはリーヴァイの胸ぐらを勢いよく掴んだ。もちろん体格の違いからリーヴァイが押し負ける事はない。それでもタウは何度も全力で押しながら服を乱暴に振っていた。少し離れた場所では蔦に絡まったままのダリアが茫然自失で立ち尽くしている。ただ崩れた洞窟を見つめたまま、全く動こうとしない。メリベルは誰にも声を掛けられないままジャスパーの腕から降りた。

「怪我はないか?」

 優しい声が振ってくるが返事が出来ない。するとジャスパーはそっと肩を支えるように抱き締めてきた。

「俺を恨んでくれても構わない。俺は救いたい者を選んだんだ」
「……恨んだりなんかしません。助けて下さりありがとうございます」

 タウの泣き声が響いている。リーヴァイは乱暴にタウを払う事もなく、そっと腕を離した。タウはそのまま地面に蹲るようにして更に声を上げて泣いた。

「オーウェン辺境伯の屋敷に滞在をして王都からの応援が来るのを待つ事になる。それまでこの者達は監禁だ」
「クレイシーさんの捜索は……」

 その瞬間、イーライはダリアを捕らえていた蔦を短くして引いた。

「こらこら、逃げようとしたって無駄だからな」

 ダリアは蔦に引っ張られてその場に膝を突くと、自由にならない腕で体を支える事も出来ずにそのまま顔から地面にぶつかった。肩が震えている。メリベルは堪らずにジャスパーの胸に顔を埋めた。

「ここにいても仕方ないからオーウェン辺境伯の屋敷に戻ろう。それに急いで魔術師を派遣し、この周辺を浄化しなくては」

 誰もが重い気持ちのままジャスパー達が乗ってきた馬を繋いでいる場所まで歩き出した時だった。
 瓦礫に埋もれた洞窟から一気に黒い物が吹き上がる。周囲には粉々に砕け散った石が飛び散り、目の前の視界はジャスパーによって塞がれた。

「ジャスパー様どけて下さい! ジャスパー様!」

 すぐ近くでゴトゴトと石が地面に落ちる大きな音がしている。そして最悪な事に、ゴンッという音がすぐ上でした。小さな呻き声と共にジャスパーが少し重くなる。

「……ジャスパー様?」

 恐る恐る頬に手を伸ばすと、ヌルっとした温かい物が垂れてくる。ポタポタと額に、頬に当たるそれを指で触れた。

ーー血。

「少し掠っただけだ」
「でも、でも……」

 ジャスパーは無造作に血を拭うと覆い被さったまま優しく微笑んだ。そして立ち上がると叫んだ。

「全員無事か!?」

 とっさにイーライが防護魔術を放っていたらしい。そのお陰で大きい岩は粉々に砕けていたようだった。

「これ結構大変だから早く逃げてくれるか?」

 イーライは頬を引き攣らせながら言った。黒い物は大量の魔素。ここには魔廻を持っていないジャスパーとリーヴァイもいる。イーライの防護魔術が解けたら間違いなく死んでしまう。メリベルはジャスパーの腕の中から無理やりに出ると、イーライの元に走った。

「馬鹿か! 戻るな! 逃げろ!」
「それから先生はどうするんですか! まさか一人で死ぬ気ですか!?」
「なんで僕が死ぬんだよ! お前らがいると邪魔なの! 一人の方が動きやすいんだよ!」
「嘘です! 先生だってもう限界のはずでしょう? 見れば分かります、フラフラじゃないですか」

 さっきジャスパーはオーウェン辺境伯の屋敷と言った。とすればここは王都からかなり離れた場所という事になる。こんなに早く王都からジャスパー達が来られる訳がないのだから、きっとイーライが無理をしたに違いなかった。
 しかし吹き出した魔素は次第に縮小していき、やがて人型を取り始めていった。

「クレイシー様? クレイシー様ですか!?」

 いつの間にかダリアを捕らえていた蔦は消えており、ダリアは防護魔術の外へと出てしまった。それだけイーライがこの防護魔術を発動するだけで手一杯という事なのだろう。声で制止する事は出来てもダリアを止める事は出来なかった。
 人型はどんどん姿が明確になっていく。その瞬間、目の前に広がる防護魔術がグニャリと歪んだ。とっさに横を見ると先生の様子がおかしい。震えているのか、泣いているのか、そんな顔をしていた。

「先生しっかりして下さい!」
「……ルナ様」
「え?」
「あれはルナ様だ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

遊び人の令嬢が目を付けたのは、私の真面目な婚約者でした

おいどん
恋愛
子爵家の令嬢エリーネと伯爵家の次男のノルトが婚約を結んだのは、半年前だった。 真面目で優秀なノルトに相応しい婚約者であろうとするものの、エリーネには自信がなかった。 ある日、遊び人と噂の令嬢べルティーナとノルトが共にいるところを見てしまう。 「真面目クンは壁さえ破っちゃえばこっちのもんだからね〜」 「きっと、彼女の美しさに嫉妬しているのだわ…」 「…今度は、ちゃんと言葉にするから」

【本編完結】笑顔で離縁してください 〜貴方に恋をしてました〜

桜夜
恋愛
「旦那様、私と離縁してください!」 私は今までに見せたことがないような笑顔で旦那様に離縁を申し出た……。 私はアルメニア王国の第三王女でした。私には二人のお姉様がいます。一番目のエリーお姉様は頭脳明晰でお優しく、何をするにも完璧なお姉様でした。二番目のウルルお姉様はとても美しく皆の憧れの的で、ご結婚をされた今では社交界の女性達をまとめております。では三番目の私は……。 王族では国が豊かになると噂される瞳の色を持った平凡な女でした… そんな私の旦那様は騎士団長をしており女性からも人気のある公爵家の三男の方でした……。 平凡な私が彼の方の隣にいてもいいのでしょうか? なので離縁させていただけませんか? 旦那様も離縁した方が嬉しいですよね?だって……。 *小説家になろう、カクヨムにも投稿しています

煤かぶり姫は光の貴公子の溺愛が罰ゲームだと知っている。

朝霧心惺
恋愛
「ベルティア・ローレル。僕の恋人になってくれないかい?」  煌めく猫っ毛の金髪に太陽の瞳、光の貴公子の名を欲しいがままにするエドワード・ルードバーグ公爵令息の告白。  普通の令嬢ならば、嬉しさのあまり失神してしまうかもしれない状況に、告白された令嬢、ベルティア・ローレルは無表情のままぴくりとも頬を動かさない。  何故なら———、 (罰ゲームで告白なんて、最低の極みね)  黄金の髪こそが美しいという貴族の価値観の中で、煤を被ったような漆黒の髪を持つベルティアには、『煤かぶり姫』という蔑称がある。  そして、それは罰ゲーム結果の恋人に選ばれるほどに、貴族にとっては酷い見た目であるらしい。  3年間にも及ぶ学園生活も終盤に迫ったこの日告白されたベルティア、実家は伯爵家といえども辺境であり、長年の凶作続きにより没落寸前。  もちろん、実家は公爵家に反抗できるほどの力など持ち合わせていない。  目立つ事が大嫌いでありながらも渋々受け入れた恋人生活、けれど、彼の罰ゲームはただ付き合うだけでは終わらず、加速していく溺愛、溺愛、溺愛………!!  甘すぎる苦しみが、ベルティアを苦しめる。 「どうして僕の愛を疑うんだっ!!」 (疑うも何も、そもそもこの恋人ごっこはあなたへの罰ゲームでしょ!?)

記憶喪失の婚約者は私を侍女だと思ってる

きまま
恋愛
王家に仕える名門ラングフォード家の令嬢セレナは王太子サフィルと婚約を結んだばかりだった。 穏やかで優しい彼との未来を疑いもしなかった。 ——あの日までは。 突如として王都を揺るがした 「王太子サフィル、重傷」の報せ。 駆けつけた医務室でセレナを待っていたのは、彼女を“知らない”婚約者の姿だった。

侯爵令嬢ソフィアの結婚

今野綾
恋愛
ソフィアは希少なグリーンアイを持つヴィンセントと結婚したが、これは金が欲しいソフィアの父の思惑と高い爵位が欲しいヴィンセントの思惑が一致したからに過ぎない そもそもヴィンセントには美しい恋人がいる 美男美女と名高いヴィンセントとその恋人は身分に大きな差があるために結婚することは叶わないのだ その事をソフィアも耳にしており、この結婚が形ばかりのものであることを知っていた 結婚して早々、ソフィアは実家から連れてきた侍女夫婦とあばら家に住むように言われて… 表紙はかなさんです✨ ありがとうございます😊 2024.07.05

悪役令嬢と誤解され冷遇されていたのに、目覚めたら夫が豹変して求愛してくるのですが?

いりん
恋愛
初恋の人と結婚できたーー これから幸せに2人で暮らしていける…そう思ったのに。 「私は夫としての務めを果たすつもりはない。」 「君を好きになることはない。必要以上に話し掛けないでくれ」 冷たく拒絶され、離婚届けを取り寄せた。 あと2週間で届くーーそうしたら、解放してあげよう。 ショックで熱をだし寝込むこと1週間。 目覚めると夫がなぜか豹変していて…!? 「君から話し掛けてくれないのか?」 「もう君が隣にいないのは考えられない」 無口不器用夫×優しい鈍感妻 すれ違いから始まる両片思いストーリー

私たちの離婚幸福論

桔梗
ファンタジー
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。 しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。 彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。 信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。 だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。 それは救済か、あるいは—— 真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。

【完結済】政略結婚予定の婚約者同士である私たちの間に、愛なんてあるはずがありません!……よね?

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
「どうせ互いに望まぬ政略結婚だ。結婚までは好きな男のことを自由に想い続けていればいい」「……あらそう。分かったわ」婚約が決まって以来初めて会った王立学園の入学式の日、私グレース・エイヴリー侯爵令嬢の婚約者となったレイモンド・ベイツ公爵令息は軽く笑ってあっさりとそう言った。仲良くやっていきたい気持ちはあったけど、なぜだか私は昔からレイモンドには嫌われていた。  そっちがそのつもりならまぁ仕方ない、と割り切る私。だけど学園生活を過ごすうちに少しずつ二人の関係が変わりはじめ…… ※※ファンタジーなご都合主義の世界観でお送りする学園もののお話です。史実に照らし合わせたりすると「??」となりますので、どうぞ広い心でお読みくださいませ。 ※※大したざまぁはない予定です。気持ちがすれ違ってしまっている二人のラブストーリーです。 ※この作品は小説家になろうにも投稿しています。

処理中です...