そのハンカチ返してくださいッ!

山田ランチ

文字の大きさ
2 / 19

1章 イレネの葛藤

しおりを挟む
 結婚式当日、それはそれは完璧な姿で現れたタイスト・キュトラは、この世の女性の理想を詰め込んだような姿をしていた。光沢のある銀色の結婚衣装が似合う完璧な体格に、硬そうな金色の髪は前髪が上げられ、垂れた一房の前髪には色気が凝縮されているようだった。涼しげな目元は既婚者さえ射止める矢のようで、近づいた者だけが感じる事が出来る仄かに纏った香りは、ムスクの男性らしい香りがした。でも強すぎないのが良い所で、微かに立ち昇る香りに品の良さを感じずにはいられなかった。

 イレネは緊張のあまり心臓が激しく鳴り、手足の末端は氷のように冷え切っていた。指先は抑え込んでも震えてしまい、父親のイオネスク伯爵の腕に添えていた手がガタガタと揺れて、いつの間にか添えていたはずの手はぎっちりと掴まってしまっており、物凄い力で引っ張られたイオネスク伯爵の上着は除々に左にずれていっている。

「イレネ、頼むからそろそろ止まってくれないか」
「無理よ。お父様こそ私を止めてったら」
「馬鹿な事を言うんじゃないよ。時に私は真っ直ぐに歩けているか? なんだか左にズレて行っているような気がするんだが……」

 もうどこを歩いているのかも分からない浮遊感に泣きたくなっていると、ふと参列席に座っている兄のスタンと目が合った。何故かスタンは血の気のない顔に情けない表情を浮かべている。座っているというのにそのまま倒れてしまいそうに見えた。

「お兄様大丈夫かしら」

 呟くと父親が切羽詰まった小声で珍しく怒ってきた。

「今はスタンの事などどうでもいいッ!」

 イレネとイオネスク伯爵は互いに小声で囁き合いながら、先に立つ眩しい男性から視線を逸して足元を目指していた。視線を逸していたのには理由がある。真っ直ぐに見続けたらきっと緊張の逃げ出してしまいそうだったからだ。それでも磨き抜かれた通路のその先にある白の革靴の先端が視界に入った瞬間、自分でも信じられない程に奇妙な声を出してしまっていた。

「キエッ」

 一瞬父親の足が止まる。しかしまた歩き出した父親の横顔を見ると、必死に笑いを堪えているようだった。

(ちょっとお父様! なんて顔をしているのよッ)

 笑いを堪えているせいか顔は真っ赤になっており、肩が上下している。フガフガと鼻息を漏らしながら、とうとうタイスト・キュトラ辺境伯の目前へと到着していた。キュトラ辺境伯が右手を心臓に当て深く礼を取ると、優雅な手つきで差し出してくる。

「イレネ、イレネ?」

イオネスク伯爵は腕を必死に掴んでいる娘の手を半ば強引に引き離すと、そのままキュトラ辺境伯の手の上に置いた。そして逃げるようにその場から離れて行った。

「イレネ、さあこちらへ」

 柔らかい物腰でそう言われならば半ば無意識で握った手を優しく誘導され、いつの間にか国王の前に向き直っていた。イレネは国王の姿も見ずに、ベール越しのまま夫となる者の横顔をじっと見つめていた。

「イレネ・イオネスク。……イレネ・イオネスクッ! こちらを向きなさい!」
「はいッ!」

 背筋を真っ直ぐに伸ばし、弾かれたように国王に向き直った。気を取り直すような咳払いの後、良く通る声が聖堂に響いた。

「第五代国王マクシム・ドラゴシュの名の下に、両名の結婚を認めるものとする。良き夫婦となるべく、互いを慈しみ、支え合い、信じ合い、国の為、子らの為、健やかであれ!」

 竜の装飾が施された鞘に包まれた宝剣が肩に触れ、祝福の言葉でこの結婚は正式なものとなった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

これは王命です〜最期の願いなのです……抱いてください〜

涙乃(るの)
恋愛
これは王命です……抱いてください 「アベル様……これは王命です。触れるのも嫌かもしれませんが、最後の願いなのです……私を、抱いてください」 呪いの力を宿した瞳を持って生まれたサラは、王家管轄の施設で閉じ込められるように暮らしていた。 その瞳を見たものは、命を落とす。サラの乳母も母も、命を落としていた。 希望のもてない人生を送っていたサラに、唯一普通に接してくれる騎士アベル。 アベルに恋したサラは、死ぬ前の最期の願いとして、アベルと一夜を共にしたいと陛下に願いでる。 自分勝手な願いに罪悪感を抱くサラ。 そんなサラのことを複雑な心境で見つめるアベル。 アベルはサラの願いを聞き届けるが、サラには死刑宣告が…… 切ない→ハッピーエンドです ※大人版はムーンライトノベルズ様にも投稿しています 後日談追加しました

冷徹公に嫁いだ可哀想なお姫様

さくたろう
恋愛
 役立たずだと家族から虐げられている半身不随の姫アンジェリカ。味方になってくれるのは従兄弟のノースだけだった。  ある日、姉のジュリエッタの代わりに大陸の覇者、冷徹公の異名を持つ王マイロ・カースに嫁ぐことになる。  恐ろしくて震えるアンジェリカだが、マイロは想像よりもはるかに優しい人だった。アンジェリカはマイロに心を開いていき、マイロもまた、心が美しいアンジェリカに癒されていく。 ※小説家になろう様にも掲載しています いつか設定を少し変えて、長編にしたいなぁと思っているお話ですが、ひとまず短編のまま投稿しました。

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

彼は政略結婚を受け入れた

黒猫子猫
恋愛
群島国家ザッフィーロは臣下の反逆により王を失い、建国以来の危機に陥った。そんな中、将軍ジャックスが逆臣を討ち、王都の奪還がなる。彼の傍にはアネットという少女がいた。孤立無援の彼らを救うべく、単身参戦したのだ。彼女は雑用を覚え、武器をとり、その身が傷つくのも厭わず、献身的に彼らを支えた。全てを見届けた彼女は、去る時がやってきたと覚悟した。救国の将となった彼には、生き残った王族との政略結婚の話が進められようとしていたからだ。 彼もまた結婚に前向きだった。邪魔だけはするまい。彼とは生きる世界が違うのだ。 そう思ったアネットは「私、故郷に帰るね!」と空元気で告げた。 よき戦友だと言ってくれた彼との関係が、大きく変わるとも知らずに。 ※関連作がありますが、これのみで読めます。 ※全13話です。

【完結】5好きな人のために、出来ること

華蓮
恋愛
エリーナとシアンは、政略結婚で結婚する。 学園の間は勉強がしたいから、婚約者がいることを言わないと。 学園では、シアンの横にはユリナが、、、。

リアンの白い雪

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
その日の朝、リアンは婚約者のフィンリーと言い合いをした。 いつもの日常の、些細な出来事。 仲直りしていつもの二人に戻れるはずだった。 だがその後、二人の関係は一変してしまう。 辺境の地の砦に立ち魔物の棲む森を見張り、魔物から人を守る兵士リアン。 記憶を失くし一人でいたところをリアンに助けられたフィンリー。 二人の未来は? ※全15話 ※本作は私の頭のストレッチ第二弾のため感想欄は開けておりません。 (全話投稿完了後、開ける予定です) ※1/29 完結しました。 感想欄を開けさせていただきます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 いただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。 ※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。

【完結】伯爵令嬢の25通の手紙 ~この手紙たちが、わたしを支えてくれますように~

朝日みらい
恋愛
煌びやかな晩餐会。クラリッサは上品に振る舞おうと努めるが、周囲の貴族は彼女の地味な外見を笑う。 婚約者ルネがワインを掲げて笑う。「俺は華のある令嬢が好きなんだ。すまないが、君では退屈だ。」 静寂と嘲笑の中、クラリッサは微笑みを崩さずに頭を下げる。 夜、涙をこらえて母宛てに手紙を書く。 「恥をかいたけれど、泣かないことを誇りに思いたいです。」 彼女の最初の手紙が、物語の始まりになるように――。

冷たかった夫が別人のように豹変した

京佳
恋愛
常に無表情で表情を崩さない事で有名な公爵子息ジョゼフと政略結婚で結ばれた妻ケイティ。義務的に初夜を終わらせたジョゼフはその後ケイティに触れる事は無くなった。自分に無関心なジョゼフとの結婚生活に寂しさと不満を感じながらも簡単に離縁出来ないしがらみにケイティは全てを諦めていた。そんなある時、公爵家の裏庭に弱った雄猫が迷い込みケイティはその猫を保護して飼うことにした。 ざまぁ。ゆるゆる設定

処理中です...