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2章 新しい生活
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「ここが我が家ですよ」
王都にあるキュトラ家の屋敷はそれはそれは大きなものだった。実家のお城はこじんまりとしたもので、むしろこちらのお屋敷の方が立派に見える。王都でこれだけ広い土地を持ち、門から玄関までもかなりの距離を馬車で進まないと到着しなかった。そして敷地内はとても都とは思えない程に静かで緑豊かで、故郷のイオネスク領を彷彿とさせる景色だった。
呆気に取られて周囲を見ながら立ち尽くしていると、両開きの大きな玄関の扉がゆっくりと開いていった。
「お帰りなさいませ旦那様、奥様」
そう言って玄関から出てきた二人は、にこやかな表情で出迎えてくれた。
「家令のトルスティと侍女頭のカティヤです。屋敷での困り事や欲しい物、頼み事は全てこの二人に伝えて下さい」
主の言葉に再び礼を取って頭を下げた二人に、イレネはとっさに声を掛けた。
「イレネ・イオネス……イレネ・キュトラと申します。不束者ですが何卒宜しくお願いします!」
「お可愛らしい奥様ですね」
トルスティはニコニコと笑顔の多い男性だった。辺境伯家の家令をしているくらいなのだから、もっと厳しかったり怖いものだと思って身構えていた。しかし終始笑顔を向けられれば自惚れもしてしまうだろう。第一印象は悪くないようだった。
「ここのお屋敷は広さの割に使用人が少ないのです。ご不便やお気付きになられた事がございましたらなんなりとお申し付け下さいませ」
「それもこれも旦那様が人を雇うのを嫌がられるからですよ」
「私は信用の置ける者しか屋敷に入れたくないだけだよ。だからお前達には感謝しているよ」
主にそう言われれば嬉しくない訳がない。更に軽口を叩いたのは侍女頭のカティヤの方だった。
「全く、旦那様には敵いませんね」
二人とも五十代くらいだろうか。使用人でありながら主との距離は近いように見える。するとカティヤは気が付いたように二カッと笑ってみせた。
「旦那様の事は生まれた時から良く知っているものですから、ついついこのように話してしまうんですよ。うちの息子とも年が近いのもあって、昔はよく二人同時にオムツを替えたものです」
「カティヤ! ……カティヤは私の乳母でもあるんです」
まさかの暴露をされたタイストはうっすら頬を染めて咳払いをした。
(お家ではこんなお顔もなさるのね)
タイストに初めて会ったのはイオネスク領での事だった。
父親から突然話があると言われ呼ばれた応接間には、信じられない程に身なりのいい男性が同席していた。父親もいつもは畑に出ていて土の付いた作業着を着ているというのに、その日ばかりは外出用のめかし込んだ格好をしていた。そんな服を持っていたのかと後で聞くと、亡くなった母親と昔々にデートをした時に着たものだったそうだ。
爵位は伯爵位を賜っているとはいえ、田舎貴族のイオネスク家が突然来た辺境伯の求婚を断る事が出来るだろうか。父親はすっかり恐縮している上に紅茶を膝に溢すという失態を犯してしまった。しかしタイストは終始紳士で、物腰柔らかく落ち着きのある話し方で、目が合うと時折微笑んでくれた。そして気が付くと結婚の申し込みを受け入れてしまっていた。というよりも、ここまで完璧な人からの求婚を断る理由などあるだろうか。そして今日がタイストとの二度目の再会だった。
「トルスティとカティヤは夫婦なんです。キュトラ領の城を任せているスラッカ子爵家の当主でもあるんですよ。一族は皆キュトラ家に忠誠を誓い、何らかの形で必ず関わってくれているんです。それで実は、私はこの後も仕事があり城に戻らなくてはならないんです。イレネは結婚式で疲れているでしょうからどうかゆっくり休んで下さい。二人共この後は頼んだよ」
「今日はお戻りになられますか?」
突然変な事を聞いてしまったかと思ったが、タイストは口を引き締めて柔らかく頷いた。
カティヤは最初に二階にある部屋へと案内してくれ、その時に隣りがタイストの部屋だと教えてくれた。部屋は寝室部分が繋がっているのだという。夫婦なのだから当たり前だと分かってはいるが、気恥ずかしいような、落ち着かない感じがした。
部屋の中はどこを見ても豪華で、調度品はどれも一級品。イオネスク伯爵家でも不自由なく暮らしてきたつもりだったが別邸でこれ程だという事は、やはり辺境伯の地位と継ぐというのは物凄い事なのだろう。
「まずはお屋敷にお慣れ下さいませ。行きたい所にはご自由に入られて構いません。ですが先程お伝えしました通り、この屋敷は使用人が少ない為誰もいない場所もございます。屋敷内ですので滅多な事は起きないとは存じますが、人気のない場所に行かれる時はぜひお声掛け下さいませ」
「分かりました。これから宜しくお願いしますね、カティヤさん」
「奥様、私の事はどうぞカティヤとお呼び下さい。それと敬語も不要ですよ。他の者達にも同じようにお願い致します」
「……が、頑張るわ、カティヤ」
「もし宜しければ夕食前に屋敷内をご案内致しますがいかがでしょうか?」
イレネはパッと顔を上げて頷いた。
「ぜひお願いするわ!」
確かにカティヤの言う通り使用人は少ないように見えた。皆こちらに気が付くと掃除や作業している手を止めて頭を下げてくる。ざっと挨拶を交わしただけでも、侍女が二人に、庭師と料理人と馬丁が一人づつの五人だけだった。
「本当に少ないのね」
「元々このお屋敷自体使われる事が少なかったものですから、私達で十分だったんです。でもこれからは奥様も来られたので忙しくなりますね。夕食時に皆を集めてご挨拶申し上げます」
「よろしく頼むわね。旦那様は王都にはあまり来られないの?」
「爵位を継がれてからはお初めてでございます。何かと忙しくされており、落ち着くまでに気が付けば五年も経っておりました」
前キュトラ辺境伯夫妻は事故で亡くなったと聞いていた。一人息子のタイストが爵位を継いだのは二十二歳の時で、辺境伯の地位を継ぐにはまだ若過ぎる年齢だった。イレネも幼心に、国の要となる人物が亡くなったのだと思ったものだった。
「旦那様の周辺が落ち着いたのは何よりだけど、国の要を守護される旦那様が領地を離れていて宜しいのかしら」
「キュトラ領はイオネスク領よりもずっと不便な場所にございますので、恐らく王都で共に暮らす事で奥様がこの結婚生活に少しでも慣れるようにとお考えになったのでしょう。お優しいお方なのです」
「本当に素敵な方ね。……でも本当に私のような者で良かったのかしら。もっと家柄とか容姿とか、旦那様に釣り合うお方は沢山いたんじゃないかと思ってしまって」
「旦那様は突然ご両親を亡くされてから、それはもう目まぐるしい忙しさで働いてこられました。ようやくご自分のお幸せに目を向けられた事に私共は安心しているんです。そしていらした奥様はとてもお可愛らしい方なんですもの。私共は旦那様が選ばれた奥様を信じております。女気のなかった屋敷が華やかになりとても嬉しいんですよ」
イレネは戸惑いながらも頷くと、安堵の息を漏らした。キュトラ辺境伯の名前は田舎に領地があるイオネスク家でも耳にしていた。美丈夫で戦士、その上振る舞いは紳士的で、悪い噂は一切聞いた事がない。その評判は国内に留まらず他国の貴族からも求婚が絶えなかったそうだ。それなのに突然イオネスク伯爵の長女である自分に白羽の矢が立ったのかは検討もつかなかった。どこかで会った事がある訳でもなく、タイストのようにその容姿の良さが噂になっていた訳でもない。親切にされればされる程、突然来た縁談に戸惑いが残るのだった。
「それはさておき、今夜は大事な初夜でございます! 屋敷のご案内はこの位にして早速ではございますがご準備を始めさせて頂きますので浴室へ参りましょう!」
「でも旦那様は出掛けられたわよね?」
おそらくは帰ってくるだろうが、忙しいのであれば今日必ずしも床を共にするかは分からなかった。
「新婚初夜に妻を一人にするような無責任なお方に育てたつもりはありません」
息巻いたカティヤにそう言われれば断る事など出来ない。イレネは侍女達の手によってされるがままに頭の先からつま先まで入念に手入れをされると、夕食は別に取る事になるが必ず戻るという連絡を城から来たタイストの侍従から受け、ホカホカになっていた体が一気に引き締まる思いだった。
✳✳✳✳✳
「もうこんな時間ですか。そろそろ屋敷に帰らせて頂きます」
タイストは窓の外に視線を向け立ち上がると、向かいに座っていた国王夫婦はニヤニヤとなんとも言えない顔でタイストを見上げていた。
「なんです? 何か仰りたい事でも?」
「いや別に、なんでもないさ。愛しい奥方が待っているのだろうから急いで帰るといい。気を付けてな」
「でもまさかタイストが妻を娶るなんて考えもしなかったから全然実感がないわね。まあそれなりに上手くはやるでしょうけど」
「それにしても奥方は面白い女性のようだな。表情はよく見えないまでも挙動不審振りが面白かったぞ」
「人の妻を面白がらないで頂きたい」
タイストはからかい半分の二人を気にする様子もなく、背もたれに掛けていた上着を取った。
「あぁそうでした、今は誰からの招待状にも応えるつもりはありませんので陛下方も大人しくしていて下さいね」
二人はギュッと唇を結んだ。
「それともう一つ……」
タイストは開き掛けた扉を押さえて振り返った。
「もし妻に会う事があっても妙な事は吹き込まないようにお願いします。くれぐれも、絶対に、特に王妃様」
「私!? 酷い偏見だわ!」
綺麗な唇をムッと膨らませた。
「だがここだけの話、本当にイオネスク伯爵の娘を妻にするのか? 結婚になど関心がなかったお前が。いくら他に方法がなかったとはいえ……」
「妻にするのではなくすでに今日妻になりました。確かに結婚に関心も興味もありませんでしたが、さすがにそろそろしなければと思ってはいましたし、したからには腹を括っています。不義理な事はしませんからご心配には及びませんよ」
「そうか、危惧だったようだな」
「ご心配頂きありがとうございます。大切にはしますよ。愛せるかは分かりませんがね」
にっこりと微笑んで振り返ると、二人は微妙な顔をしていた。
「実際結婚の誓約の言葉にも“愛し合い”とはないですよね。利益の為に結んだ結婚に、愛する事まで強要するなんて残酷過ぎますから」
タイストは返事を待たずに部屋を出て行った。
王都にあるキュトラ家の屋敷はそれはそれは大きなものだった。実家のお城はこじんまりとしたもので、むしろこちらのお屋敷の方が立派に見える。王都でこれだけ広い土地を持ち、門から玄関までもかなりの距離を馬車で進まないと到着しなかった。そして敷地内はとても都とは思えない程に静かで緑豊かで、故郷のイオネスク領を彷彿とさせる景色だった。
呆気に取られて周囲を見ながら立ち尽くしていると、両開きの大きな玄関の扉がゆっくりと開いていった。
「お帰りなさいませ旦那様、奥様」
そう言って玄関から出てきた二人は、にこやかな表情で出迎えてくれた。
「家令のトルスティと侍女頭のカティヤです。屋敷での困り事や欲しい物、頼み事は全てこの二人に伝えて下さい」
主の言葉に再び礼を取って頭を下げた二人に、イレネはとっさに声を掛けた。
「イレネ・イオネス……イレネ・キュトラと申します。不束者ですが何卒宜しくお願いします!」
「お可愛らしい奥様ですね」
トルスティはニコニコと笑顔の多い男性だった。辺境伯家の家令をしているくらいなのだから、もっと厳しかったり怖いものだと思って身構えていた。しかし終始笑顔を向けられれば自惚れもしてしまうだろう。第一印象は悪くないようだった。
「ここのお屋敷は広さの割に使用人が少ないのです。ご不便やお気付きになられた事がございましたらなんなりとお申し付け下さいませ」
「それもこれも旦那様が人を雇うのを嫌がられるからですよ」
「私は信用の置ける者しか屋敷に入れたくないだけだよ。だからお前達には感謝しているよ」
主にそう言われれば嬉しくない訳がない。更に軽口を叩いたのは侍女頭のカティヤの方だった。
「全く、旦那様には敵いませんね」
二人とも五十代くらいだろうか。使用人でありながら主との距離は近いように見える。するとカティヤは気が付いたように二カッと笑ってみせた。
「旦那様の事は生まれた時から良く知っているものですから、ついついこのように話してしまうんですよ。うちの息子とも年が近いのもあって、昔はよく二人同時にオムツを替えたものです」
「カティヤ! ……カティヤは私の乳母でもあるんです」
まさかの暴露をされたタイストはうっすら頬を染めて咳払いをした。
(お家ではこんなお顔もなさるのね)
タイストに初めて会ったのはイオネスク領での事だった。
父親から突然話があると言われ呼ばれた応接間には、信じられない程に身なりのいい男性が同席していた。父親もいつもは畑に出ていて土の付いた作業着を着ているというのに、その日ばかりは外出用のめかし込んだ格好をしていた。そんな服を持っていたのかと後で聞くと、亡くなった母親と昔々にデートをした時に着たものだったそうだ。
爵位は伯爵位を賜っているとはいえ、田舎貴族のイオネスク家が突然来た辺境伯の求婚を断る事が出来るだろうか。父親はすっかり恐縮している上に紅茶を膝に溢すという失態を犯してしまった。しかしタイストは終始紳士で、物腰柔らかく落ち着きのある話し方で、目が合うと時折微笑んでくれた。そして気が付くと結婚の申し込みを受け入れてしまっていた。というよりも、ここまで完璧な人からの求婚を断る理由などあるだろうか。そして今日がタイストとの二度目の再会だった。
「トルスティとカティヤは夫婦なんです。キュトラ領の城を任せているスラッカ子爵家の当主でもあるんですよ。一族は皆キュトラ家に忠誠を誓い、何らかの形で必ず関わってくれているんです。それで実は、私はこの後も仕事があり城に戻らなくてはならないんです。イレネは結婚式で疲れているでしょうからどうかゆっくり休んで下さい。二人共この後は頼んだよ」
「今日はお戻りになられますか?」
突然変な事を聞いてしまったかと思ったが、タイストは口を引き締めて柔らかく頷いた。
カティヤは最初に二階にある部屋へと案内してくれ、その時に隣りがタイストの部屋だと教えてくれた。部屋は寝室部分が繋がっているのだという。夫婦なのだから当たり前だと分かってはいるが、気恥ずかしいような、落ち着かない感じがした。
部屋の中はどこを見ても豪華で、調度品はどれも一級品。イオネスク伯爵家でも不自由なく暮らしてきたつもりだったが別邸でこれ程だという事は、やはり辺境伯の地位と継ぐというのは物凄い事なのだろう。
「まずはお屋敷にお慣れ下さいませ。行きたい所にはご自由に入られて構いません。ですが先程お伝えしました通り、この屋敷は使用人が少ない為誰もいない場所もございます。屋敷内ですので滅多な事は起きないとは存じますが、人気のない場所に行かれる時はぜひお声掛け下さいませ」
「分かりました。これから宜しくお願いしますね、カティヤさん」
「奥様、私の事はどうぞカティヤとお呼び下さい。それと敬語も不要ですよ。他の者達にも同じようにお願い致します」
「……が、頑張るわ、カティヤ」
「もし宜しければ夕食前に屋敷内をご案内致しますがいかがでしょうか?」
イレネはパッと顔を上げて頷いた。
「ぜひお願いするわ!」
確かにカティヤの言う通り使用人は少ないように見えた。皆こちらに気が付くと掃除や作業している手を止めて頭を下げてくる。ざっと挨拶を交わしただけでも、侍女が二人に、庭師と料理人と馬丁が一人づつの五人だけだった。
「本当に少ないのね」
「元々このお屋敷自体使われる事が少なかったものですから、私達で十分だったんです。でもこれからは奥様も来られたので忙しくなりますね。夕食時に皆を集めてご挨拶申し上げます」
「よろしく頼むわね。旦那様は王都にはあまり来られないの?」
「爵位を継がれてからはお初めてでございます。何かと忙しくされており、落ち着くまでに気が付けば五年も経っておりました」
前キュトラ辺境伯夫妻は事故で亡くなったと聞いていた。一人息子のタイストが爵位を継いだのは二十二歳の時で、辺境伯の地位を継ぐにはまだ若過ぎる年齢だった。イレネも幼心に、国の要となる人物が亡くなったのだと思ったものだった。
「旦那様の周辺が落ち着いたのは何よりだけど、国の要を守護される旦那様が領地を離れていて宜しいのかしら」
「キュトラ領はイオネスク領よりもずっと不便な場所にございますので、恐らく王都で共に暮らす事で奥様がこの結婚生活に少しでも慣れるようにとお考えになったのでしょう。お優しいお方なのです」
「本当に素敵な方ね。……でも本当に私のような者で良かったのかしら。もっと家柄とか容姿とか、旦那様に釣り合うお方は沢山いたんじゃないかと思ってしまって」
「旦那様は突然ご両親を亡くされてから、それはもう目まぐるしい忙しさで働いてこられました。ようやくご自分のお幸せに目を向けられた事に私共は安心しているんです。そしていらした奥様はとてもお可愛らしい方なんですもの。私共は旦那様が選ばれた奥様を信じております。女気のなかった屋敷が華やかになりとても嬉しいんですよ」
イレネは戸惑いながらも頷くと、安堵の息を漏らした。キュトラ辺境伯の名前は田舎に領地があるイオネスク家でも耳にしていた。美丈夫で戦士、その上振る舞いは紳士的で、悪い噂は一切聞いた事がない。その評判は国内に留まらず他国の貴族からも求婚が絶えなかったそうだ。それなのに突然イオネスク伯爵の長女である自分に白羽の矢が立ったのかは検討もつかなかった。どこかで会った事がある訳でもなく、タイストのようにその容姿の良さが噂になっていた訳でもない。親切にされればされる程、突然来た縁談に戸惑いが残るのだった。
「それはさておき、今夜は大事な初夜でございます! 屋敷のご案内はこの位にして早速ではございますがご準備を始めさせて頂きますので浴室へ参りましょう!」
「でも旦那様は出掛けられたわよね?」
おそらくは帰ってくるだろうが、忙しいのであれば今日必ずしも床を共にするかは分からなかった。
「新婚初夜に妻を一人にするような無責任なお方に育てたつもりはありません」
息巻いたカティヤにそう言われれば断る事など出来ない。イレネは侍女達の手によってされるがままに頭の先からつま先まで入念に手入れをされると、夕食は別に取る事になるが必ず戻るという連絡を城から来たタイストの侍従から受け、ホカホカになっていた体が一気に引き締まる思いだった。
✳✳✳✳✳
「もうこんな時間ですか。そろそろ屋敷に帰らせて頂きます」
タイストは窓の外に視線を向け立ち上がると、向かいに座っていた国王夫婦はニヤニヤとなんとも言えない顔でタイストを見上げていた。
「なんです? 何か仰りたい事でも?」
「いや別に、なんでもないさ。愛しい奥方が待っているのだろうから急いで帰るといい。気を付けてな」
「でもまさかタイストが妻を娶るなんて考えもしなかったから全然実感がないわね。まあそれなりに上手くはやるでしょうけど」
「それにしても奥方は面白い女性のようだな。表情はよく見えないまでも挙動不審振りが面白かったぞ」
「人の妻を面白がらないで頂きたい」
タイストはからかい半分の二人を気にする様子もなく、背もたれに掛けていた上着を取った。
「あぁそうでした、今は誰からの招待状にも応えるつもりはありませんので陛下方も大人しくしていて下さいね」
二人はギュッと唇を結んだ。
「それともう一つ……」
タイストは開き掛けた扉を押さえて振り返った。
「もし妻に会う事があっても妙な事は吹き込まないようにお願いします。くれぐれも、絶対に、特に王妃様」
「私!? 酷い偏見だわ!」
綺麗な唇をムッと膨らませた。
「だがここだけの話、本当にイオネスク伯爵の娘を妻にするのか? 結婚になど関心がなかったお前が。いくら他に方法がなかったとはいえ……」
「妻にするのではなくすでに今日妻になりました。確かに結婚に関心も興味もありませんでしたが、さすがにそろそろしなければと思ってはいましたし、したからには腹を括っています。不義理な事はしませんからご心配には及びませんよ」
「そうか、危惧だったようだな」
「ご心配頂きありがとうございます。大切にはしますよ。愛せるかは分かりませんがね」
にっこりと微笑んで振り返ると、二人は微妙な顔をしていた。
「実際結婚の誓約の言葉にも“愛し合い”とはないですよね。利益の為に結んだ結婚に、愛する事まで強要するなんて残酷過ぎますから」
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