そのハンカチ返してくださいッ!

山田ランチ

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11章 男達の密談

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「わざわざ妻達を遠ざけてまで一体どうなさったんです?」

 バルコニーで男三人、心地よい風に吹かれていた。広間からはこちらを気にする視線がいくつもあるが、騎士達が出入り口を警備している為、誰も近付く事は出来なかった。

「せっかくの夜会なのに妻と別々とは、あなた一体何の為に夜会を開いたんです?」
「まぁまぁ! 陛下だって何かお考えの事なんだよ。ですよね、陛下?」

 真ん中にいた国王は唐突に言った。

「そろそろアルヴィ・キュトラ子爵が動くかもしれないぞ」
「そちらにも情報が入りましたか?」
「お前は隠さないでちゃんと報告しないか。どうやら軍の位置はイオネスク領のすぐ近くだそうだ」
「すみません、取り急いだ短い内容の伝令だったものですから」

 手摺りを掴む手に力が込められる。

「まぁ大丈夫ですよ、この男が手配ずみでしょうから」

 得意げにタイストの肩に腕を置こうとしたハララムは、さっと避けられた。

「王都から援軍は?」
「今の状況では出せないな。この程度で王都の兵力を向かわせれば我々が弱腰だと思われかねない」
「その方がいいでしょう。わざとキュトラの兵力を半分にしましたし、上手く誘いに乗ってくれたと思うべきですね」
「その為にお前は結婚までしたんだからな。妻の実家が脅かされている。夫として出兵しない訳にはいかない。キュトラの兵が進軍する大義名分は十分だ」
「あ、女子会終わったみたいだよ」

 くるっと体を会場の方に向けたハララムはイレネ達に向かって手を上げた。イレネ達は途中で夫人方に捉まってしまったようだった。
 タイストは緊張した空気に包まれていたバルコニーに出ると、暫くイレネを見つめながらから葡萄酒を口にした。次第にイレネが恋しくなり始め、気が付くと胸元に仕舞っていたハンカチをそっと鼻に持っていっていた。


「ヒッ」

 イレネはとっさに口を押さえた。遠くで目が合ったタイストが、こともあろうかあのハンカチの匂いを嗅いでいるではないか。信じられないものを見てしまい後ろに下がった。

「イレネ!? 一体どうしたの?」

 エステラは驚いてイレネの視線を追ったが、その先にタイストがいるのを見つけムフッと笑った。

「皆様、もっとお話していたいのだけれど、そろそろ愛する夫の元へ行かせて下さる?」

 夫人達は残念そうにしながらも先にいる国王とタイスト、そしてハララムを見つけると羨ましそうな視線を残したまま散っていく。しかしタイストの元へ行く足が重い。そんな事を知らないエステラは周囲に気付かれない程度に肘で押してきた。

「タイストを見つけて喜んだのね? それならならもっと可愛らしく驚きなさいよ。ヒッだなんて」

 楽しそうにクスクスと笑うエステラに愛想笑いをしながら、とうとうタイスト達の待つバルコニー近くへと到着していた。

「ハララム! ちょっといいかしら」

 まさか開口一番に自分の名前を呼ばれるとは思っていなかったハララムは、グラスの中身を零し掛けた。

「どうしました?」
「例のあのケーキだけど……」
「あ! どうでした? 僕としては店の主軸となる商品だと思うんです! まさにメインでありデザート!」
「本気で言っているの?」
「はい?」
「本気で言っているのかと聞いているのよ!」
「はい! 申し訳ありません!?」

 何に怒られたのか分かっていないハララムとの間に割って入ったのは国王だった。

「エステラが興奮するなんて珍しいな。ケーキがどうしたんだ?」
「どうもこうもありません! イレネ、言ってやって頂戴!」

 先程のタイストの行動で大分冷静になっていたイレネだったが、エステラに背を押されて前に出る格好になってしまった。不意に目が合ったタイストは相変わらず紳士の微笑みを浮かべており、まさか妻の愛液を拭いたハンカチを嗅いでいるとは思えない程に清々しい姿だった。

「イレネ? ほらイレネ! タイストに見惚れていないでちゃんと抗議して頂戴! あなたは私の味方でしょう?」
「いつの間にそんなに私の妻と仲良くなったんですか? 王妃様相手とはいえ少々焼けますね」
「どんどん焼いてもらって結構よ。でも残念ね、イレネはあなたが誰と仲良くしていても焼かないそうよ」

 その瞬間タイストはぐいっと腕を引いてきた。あっという間にタイストの腕の中にすっぽりと収まってしまう。と同時に周囲からは悲鳴とも感嘆とも取れる女性達の声が上がった。

「私はイレネを不安にさせるような事はしません。でも焼かれないというのも少し寂しいですね。本当にイレネは私が何をしていても焼かないのですか?」
「だ、旦那様を信じていますから」

 広い腕の中でぎゅっと抱き締められる。辛うじて言えたのはそれだけだった。

「話が脱線していますよ! 僕の店のケーキがなんです?」
「そうよ! あのケーキ全く甘くなかったわよ! 酷い裏切りを感じたわ!」
「ああ、事前にあれは食事だと伝えていたじゃないですか」
「食事? ケーキが?」
「王妃様が仰ったんですよ。公務が忙しい日は食欲が落ちるからお菓子しか食べていないって」
「……言ったかしら」
「ええ、しかと聞きました。ですからお菓子でもちゃんと栄養が取れるように、スポンジ部分は野菜を練り込んだケーキにしたんですよ。下がほうれん草で、上の段が人参です。その間に挟まっているのはビーツをはちみつで煮たジャムを入れています。クリームにはブイヨンのジュレを加えて……わ、ちょっと、皆さん待って下さいッ!」

 周囲で話を聞いていた夜会の招待客達は、ハララムの説明に興味津々の様子で新作のケーキはどこで買えるのかと群がり始めていた。

「出資しているだけだと思っていたけれど、意外としっかり開発にも乗り出してたのね」

 追い出される形になってしまったイレネ達は、甘くないケーキへの不満もどこへやら、連れて行かれるハララムを見つめていた。


✳✳✳✳✳


「イレネ? どうしたましたイレネ!」

 屋敷に着き馬車を降りた瞬間、イレネはタイストを置き去りにして歩き出していた。もちろん足の長いタイストは一瞬にして追いついてしまう。それでも後ろを付いて回る大型犬のように右往左往していた。カティヤ達も困ったようにこちらを見ている。通り過ぎざまに声を掛けた。

「お風呂に入りたいんだけど準備は出来ているかしら」
「え、ええ! もちろんでございます」
「イレネ、それなら私も一緒に……」

 その瞬間、イレネはピタリと足を止めた。拳は握り締めたまま、ギュッと唇を食い縛って鼻から息を吐いた後、顔を上げた。

「旦那様、夜会に行き汗を掻きましたので一人で入らせて頂きたいです」
「汗なら私も……」
「旦那様! それとハンカチもお渡し下さい。一緒に洗って参ります」
「こ、これは駄目です!」

 胸ポケットを庇うように後ろに下がった隙きにイレネは小走りで歩き出した。カティヤが何か言いたそうな顔をしていたが、今は何も話す気は起きなかった。
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