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13章 揺れる気持ち
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結局明け方までうたた寝を繰り返しながらも頭が冴えてしまい、休める事は出来なかった。
「奥様、馬車の準備が出来ましたよ、本当に向かわれるんですか?」
一階の応接室で仮眠を取っていた為、ダグラスが気遣うような声で呼びに来た。タイストが軍を率いて屋敷を出た翌日、イレネもタイストの後を追うようにしてイオネスク領へと馬車を走らせる事にした。
「後の事は頼んだぞ」
トルスティはカティヤの肩を抱くと、そっと額に口づけを落とした。そんな些細な事が羨ましいと思ってしまう。寂しくなり足早に馬車へと向かった。
「ここからイオネスク領まで馬車だと四日は掛かるでしょう」
「もっと早く進めないの? 旦那様達に追いつきたいの!」
「イオネスク領がどれくらいの規模で戦場となっているのかは分かりませんので、あまり急ぐのは得策ではありません。到着した頃にはすでに旦那様方が鎮圧済みという状況が好ましいですね」
「でも出来るだけ早く着きたいの、お願いよ」
「それでは途中で馬を変えて夜通し走る事になりますが宜しいですか?」
「それでいいわ。無理をさせてごめんなさい」
ダグラスは諦めたように笑った。
「最近奥様は旦那様とあまりお話をしておられなかったように思いますが、何かあったのですか?」
「べ、別に何もないわ。気のせいよ」
「それは失礼致しました。私の危惧だったようですね」
ガタガタと揺れる馬車の中、沈黙だけが流れていく。チラチラとトルスティに視線を送っていると、鞄の中から容器を出し、蓋を開けて差し出してきた。
「料理長からです。慣れない長旅ではこの揺れで酔ってしまうかもしれないとの事で、甘く煮た林檎です」
差し出されたフォークで一切れ差し、口に運ぶと甘酸っぱい爽やかな味が口一杯に広がった。
「イオネスク領はきっと大丈夫ですよ。すでに旦那様がイオネスク領に兵を配備しておられていましたし、旦那様も向かわれたのです」
励ます為に言ってくれた言葉だろうが、イレネの中にタイストと父親との会話が過ぎってしまった。
「旦那様はイオネスク領が狙われているかもしれないとご存知だったのよね? 昨日二人の会話を聞いてしまったの、事が済めば私をイオネスク領に返して欲しいって」
「まだそんな話題が上がっているのですか? それは最初の頃のお話です。アルヴィ・キュトラ子爵がイオネスク領を手に入れる為にイオネスク伯爵のご令嬢を狙っているという情報が入り、旦那様がイオネスク領を守る為に奥様とご結婚なさったのです。ですが私は妻に迎い入れたからには旦那様なら絶対に大切にするとそう信じておりましたとも」
「……何か裏があって結婚したのだと思っていたし、それ自体は仕方がないと思っているわ。でも旦那様はとてもお優しく接して下さるから、私本当に愛されていると勘違いしてしまっていたの」
「奥様、旦那様は……」
「いいのよ、私が世間知らずだっただけだもの。昨晩はほとんど寝ていないの。少し休むから何かあったら起こしてちょうだい」
膝に掛けていたブランケットを引き上げると壁に寄り掛かった。そしてその後は目を瞑ってひたすらに酷い揺れの馬車に耐えた。
✳✳✳✳✳
キンッ。キ――ンッ!
「ヴァイノ! スラッカ子爵から伝令が来たぞ! 間もなく到着するそうだ!」
弾かれた剣が地面に刺さる。逃げる者は追わずに塔の上から呼ばれたヴァイノは剣を上げて返事の代わりにした。
「なんで親父が来るんだよ!」
「知るか! それとタイスト様の奥様も向かっているみたいだからくれぐれも粗相のないようにな!」
「な、はッ!? 嫁も来るのか? ここに!?」
しかしまた敵兵の姿が現れ出し、ヴァイノは仕方なく太い腕をぐるぐる回すと、敵兵と衝突するように走り込んでいった。ヴァイノが引き連れて来たキュトラ領の軍は三百。少ないかとは思ったが、敵軍は脆弱だった。最初はドラッヘの民の紋章を見た時に焦りを感じたものの、手応えはなし。それでも倒しても倒しても現れる数が多い。体力は確実に消耗しつつあった。
「全く、なんで、分かってたのに、王都で、遊んでんだよ! 馬鹿領主ッ!」
一呼吸する事に敵兵を斬っていく。出来る限り急所は避けたかったが、相手はそんな事お構いなしで突っ込んでくる。否応にも地面に倒れていく者達を見ると、気分の悪いものだった。
元はと言えば、アルヴィ・キュトラが攻め込もうとしてきたのが全ての始まりだ。しかし肝心のアルヴィ・キュトラの姿がどこにもない。軍旗もドラッヘの民である事は分かるが、同じ手ばかりでまさにこの作戦には頭がないように思えた。
「……やっぱり旦那様の言う通りだったって訳か」
アルヴィは近くにいた仲間達に声を掛けると塔へと向かっていった。
「あら方片付いたら深追いはするなよ! 逃げる者は放っておけ!」
残党が逃げるのを横目で見ながら、ヴァイノは広がる平原に背を向けて城内へと入っていった。
「奥様、馬車の準備が出来ましたよ、本当に向かわれるんですか?」
一階の応接室で仮眠を取っていた為、ダグラスが気遣うような声で呼びに来た。タイストが軍を率いて屋敷を出た翌日、イレネもタイストの後を追うようにしてイオネスク領へと馬車を走らせる事にした。
「後の事は頼んだぞ」
トルスティはカティヤの肩を抱くと、そっと額に口づけを落とした。そんな些細な事が羨ましいと思ってしまう。寂しくなり足早に馬車へと向かった。
「ここからイオネスク領まで馬車だと四日は掛かるでしょう」
「もっと早く進めないの? 旦那様達に追いつきたいの!」
「イオネスク領がどれくらいの規模で戦場となっているのかは分かりませんので、あまり急ぐのは得策ではありません。到着した頃にはすでに旦那様方が鎮圧済みという状況が好ましいですね」
「でも出来るだけ早く着きたいの、お願いよ」
「それでは途中で馬を変えて夜通し走る事になりますが宜しいですか?」
「それでいいわ。無理をさせてごめんなさい」
ダグラスは諦めたように笑った。
「最近奥様は旦那様とあまりお話をしておられなかったように思いますが、何かあったのですか?」
「べ、別に何もないわ。気のせいよ」
「それは失礼致しました。私の危惧だったようですね」
ガタガタと揺れる馬車の中、沈黙だけが流れていく。チラチラとトルスティに視線を送っていると、鞄の中から容器を出し、蓋を開けて差し出してきた。
「料理長からです。慣れない長旅ではこの揺れで酔ってしまうかもしれないとの事で、甘く煮た林檎です」
差し出されたフォークで一切れ差し、口に運ぶと甘酸っぱい爽やかな味が口一杯に広がった。
「イオネスク領はきっと大丈夫ですよ。すでに旦那様がイオネスク領に兵を配備しておられていましたし、旦那様も向かわれたのです」
励ます為に言ってくれた言葉だろうが、イレネの中にタイストと父親との会話が過ぎってしまった。
「旦那様はイオネスク領が狙われているかもしれないとご存知だったのよね? 昨日二人の会話を聞いてしまったの、事が済めば私をイオネスク領に返して欲しいって」
「まだそんな話題が上がっているのですか? それは最初の頃のお話です。アルヴィ・キュトラ子爵がイオネスク領を手に入れる為にイオネスク伯爵のご令嬢を狙っているという情報が入り、旦那様がイオネスク領を守る為に奥様とご結婚なさったのです。ですが私は妻に迎い入れたからには旦那様なら絶対に大切にするとそう信じておりましたとも」
「……何か裏があって結婚したのだと思っていたし、それ自体は仕方がないと思っているわ。でも旦那様はとてもお優しく接して下さるから、私本当に愛されていると勘違いしてしまっていたの」
「奥様、旦那様は……」
「いいのよ、私が世間知らずだっただけだもの。昨晩はほとんど寝ていないの。少し休むから何かあったら起こしてちょうだい」
膝に掛けていたブランケットを引き上げると壁に寄り掛かった。そしてその後は目を瞑ってひたすらに酷い揺れの馬車に耐えた。
✳✳✳✳✳
キンッ。キ――ンッ!
「ヴァイノ! スラッカ子爵から伝令が来たぞ! 間もなく到着するそうだ!」
弾かれた剣が地面に刺さる。逃げる者は追わずに塔の上から呼ばれたヴァイノは剣を上げて返事の代わりにした。
「なんで親父が来るんだよ!」
「知るか! それとタイスト様の奥様も向かっているみたいだからくれぐれも粗相のないようにな!」
「な、はッ!? 嫁も来るのか? ここに!?」
しかしまた敵兵の姿が現れ出し、ヴァイノは仕方なく太い腕をぐるぐる回すと、敵兵と衝突するように走り込んでいった。ヴァイノが引き連れて来たキュトラ領の軍は三百。少ないかとは思ったが、敵軍は脆弱だった。最初はドラッヘの民の紋章を見た時に焦りを感じたものの、手応えはなし。それでも倒しても倒しても現れる数が多い。体力は確実に消耗しつつあった。
「全く、なんで、分かってたのに、王都で、遊んでんだよ! 馬鹿領主ッ!」
一呼吸する事に敵兵を斬っていく。出来る限り急所は避けたかったが、相手はそんな事お構いなしで突っ込んでくる。否応にも地面に倒れていく者達を見ると、気分の悪いものだった。
元はと言えば、アルヴィ・キュトラが攻め込もうとしてきたのが全ての始まりだ。しかし肝心のアルヴィ・キュトラの姿がどこにもない。軍旗もドラッヘの民である事は分かるが、同じ手ばかりでまさにこの作戦には頭がないように思えた。
「……やっぱり旦那様の言う通りだったって訳か」
アルヴィは近くにいた仲間達に声を掛けると塔へと向かっていった。
「あら方片付いたら深追いはするなよ! 逃げる者は放っておけ!」
残党が逃げるのを横目で見ながら、ヴァイノは広がる平原に背を向けて城内へと入っていった。
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