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女装と日本人(5)
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こうした僧侶と稚児の関係を現代的価値観からみれば同性愛ということになります。信長と蘭丸の例が有名ですが、武士の世界で一般的であった男色関係と同様のものであると考えられてきました。しかし、はたして本当にそうでしょうか?
稚児が男だから、同性愛というのは当たり前に思えます。しかし、男が女の格好をして男とセックスをするのと、男の格好をして男とするのではその性的趣向が大きく異なるのです。そして稚児というのは僧侶の単なる性的愛玩対象であったわけでもないのです。いわば僧侶の慰みものというわけではなかった。
天台宗の記録から「児灌頂」(ちごかんじょう)という儀式を確認することができます。
これは少年を稚児に変化させるための儀式で、この儀式によって稚児は観世音菩薩の化身となるのです。そして稚児の「法性花」(ほっしょうげ、アナルのこと)へ師僧がペニスを挿入をもってこの儀式は締めくくられました。
つまり、観世音菩薩の化身である稚児と交わることで、菩薩との神人合一を図るわけで、稚児とのアナルセックスは性欲を満たすためだけに行われていたわけではなかったということです。もちろん、そういった目的で行われたこともあったでしょうが建前としては修行の一つ、あるいは宗教的意味があったのです。
そう考えると稚児が巫女の代替という見解が浮かび上がります。
古代、中世の巫女のあり方というのは、
「セックスによってこの世とあの世を渡り使者の魂を慰撫し、超自然的な存在に働きかけるシャーマンであった」(前掲、遊女の文化史―ハレの女たち(3)より)
であったのです。ですから、巫女が神降ろしした状態で性行為をすることによって豊作を祈願するのと同様の発想があったのではないでしょうか。
女性とセックスすることができない僧侶が、極めて呪術的な性的儀式をやり遂げるには、女性の代替を用意する必要があったということです。
これは大きな示唆に富んでいます。
現代においても、ゲイとオカマは違います。ゲイは男性として男性とセックスするわけですが、オカマは女性として男性とセックスするのです。この違いは大きいのです。
ゲイの聖地といえば新宿2丁目、オカマのそれは歌舞伎町。明確にその縄張りを異にしていることからもはっきりとしています。
武士において男色とは戦場で共に戦うための絆を確かめ合う行為でありました。しかし、稚児というのはそういった雄雄しさとは対極にあるのです。
女装をするということは女性になるということ。もしくは、心は女であるから男の身体を修正するという方が正しいのかもしれません。
ただ男同士でセックスするからホモセクシャルであるというのはあまりにも乱暴で彼女等の精神性を蔑ろにした意見なのです。
性の多様性を認めずに、ただその生物学的な物質的な違いだけで判断することのなんと暴力的なことか!
性的マイノリティーの声に耳を傾け、現代の価値観に縛られない精神性をもってこの世界と向き合うことによって、世界はもっとやさしくなるでしょう。
稚児が男だから、同性愛というのは当たり前に思えます。しかし、男が女の格好をして男とセックスをするのと、男の格好をして男とするのではその性的趣向が大きく異なるのです。そして稚児というのは僧侶の単なる性的愛玩対象であったわけでもないのです。いわば僧侶の慰みものというわけではなかった。
天台宗の記録から「児灌頂」(ちごかんじょう)という儀式を確認することができます。
これは少年を稚児に変化させるための儀式で、この儀式によって稚児は観世音菩薩の化身となるのです。そして稚児の「法性花」(ほっしょうげ、アナルのこと)へ師僧がペニスを挿入をもってこの儀式は締めくくられました。
つまり、観世音菩薩の化身である稚児と交わることで、菩薩との神人合一を図るわけで、稚児とのアナルセックスは性欲を満たすためだけに行われていたわけではなかったということです。もちろん、そういった目的で行われたこともあったでしょうが建前としては修行の一つ、あるいは宗教的意味があったのです。
そう考えると稚児が巫女の代替という見解が浮かび上がります。
古代、中世の巫女のあり方というのは、
「セックスによってこの世とあの世を渡り使者の魂を慰撫し、超自然的な存在に働きかけるシャーマンであった」(前掲、遊女の文化史―ハレの女たち(3)より)
であったのです。ですから、巫女が神降ろしした状態で性行為をすることによって豊作を祈願するのと同様の発想があったのではないでしょうか。
女性とセックスすることができない僧侶が、極めて呪術的な性的儀式をやり遂げるには、女性の代替を用意する必要があったということです。
これは大きな示唆に富んでいます。
現代においても、ゲイとオカマは違います。ゲイは男性として男性とセックスするわけですが、オカマは女性として男性とセックスするのです。この違いは大きいのです。
ゲイの聖地といえば新宿2丁目、オカマのそれは歌舞伎町。明確にその縄張りを異にしていることからもはっきりとしています。
武士において男色とは戦場で共に戦うための絆を確かめ合う行為でありました。しかし、稚児というのはそういった雄雄しさとは対極にあるのです。
女装をするということは女性になるということ。もしくは、心は女であるから男の身体を修正するという方が正しいのかもしれません。
ただ男同士でセックスするからホモセクシャルであるというのはあまりにも乱暴で彼女等の精神性を蔑ろにした意見なのです。
性の多様性を認めずに、ただその生物学的な物質的な違いだけで判断することのなんと暴力的なことか!
性的マイノリティーの声に耳を傾け、現代の価値観に縛られない精神性をもってこの世界と向き合うことによって、世界はもっとやさしくなるでしょう。
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もしも、運営がこの小説、と言うかエッセイですか、に文句を言うとすればR指定していないことかもしれませんねw 直接書いているわけではないので、難しいところですが・・・・・・。あ、あとは画像も問題かもしれません。
白拍子などにそういった側面があることは聞いていましたが、肯定的に受け止められていたことは初耳でした。学会などでは今はそちらの意見が主流派なのでしょうか。また、とくに宗教は性行為またはそう言った欲望を穢れと扱うイメージが強いのですが、神道以外はどうなのでしょうか。って、変な感想ですいません。
貴重なご意見ありがとうございます。
アイムさんがおっしゃるとおり画像には気をつけたほうがいいですね。
正直、学会の主流派がどうなっているのかは判断できません、しかし『遊女の文化史』が出版されたのは1987年ですので、新しい見解というわけではないんですね。
神道に限らず古代の宗教には、性に対して類似の見方があります。一神教や儒教などの宗教が性を否定していきますので、それ以前の宗教、習俗というものは性に対しておおらかなものであったようです。
ただ、ヨーロッパや中東で一神教が広まり、アジアでは儒教(仏教の場合は欲望全般否定)が広まっていく過程で性をタブー視するようになるわけですが、日本では両者が入ってきたにも関わらずそれらに染まらなかったんですよね。もちろん影響はありましたが。
ですから、明治時代まで農村において古の習慣である性的豊穣儀礼が続いていながら、近代化を成し遂げるという無茶苦茶なことが起きたのです。