22 / 31
22 コスプレイベント
しおりを挟む「……ここ」
「あっ、覚えてる? 懐かしいでしょ。小学生の時、遠足で来たよね」
電車とバスを乗り継いでやってきたのは、凛音が住む街の隣の市にあるハーブガーデンだった。
車でないと行きにくい場所にあるため少々時間はかかったが、わりと家からは遠くない。
「こんなところでコスプレイベントなんてやってるの?」
「数年前から定期的に開催されてるのよー。ほら、ロケーションはいいからコスプレの撮影にはもってこいなんじゃない? このへん、観光資源が少ないからさぁ、町おこしの一環ではじめたのよ、きっと」
引っ張ってきたキャリーケースから大きい手提げを取り出して、綾子は類に手渡している。
「着替えの手順は覚えてるわね?」
「……うん」
渋々といった様子で、類が頷く。
「私は男子更衣室には入れないし、小学生とはいえ男の子が女子更衣室に入ってくると嫌がる人もいるだろうから、着替えは任せたわよ。細かいところはあとで手直ししてあげるから」
「わかったよ」
「じゃ、私も着替えてくるから、先にそっちが終わったらこの近くで待っててねー」
「アヤちゃんも結局コスプレすんの?」
「あんたたちのコスプレのことで友達にいろいろ聞いてたら、『ヒマリもやれば?』って言われちゃってさー。あ、ヒマリっていうのは私のハンドルネームなんだけど。そういうわけだから、仕方なくね」
仕方なくというわりには意気揚々と、綾子は更衣室へと消えていった。
「……いこっか、凛音くん」
「……うん」
ちなみに、今日コスプレイベントに参加することを、愁には伝えていない。
誘ってみたら? と綾子に言われたので一応予定を聞いてみたのだが、今日は水泳の大会があるらしく、来てもらうのは無理そうだったので、それ以上はなにも言わなかった。
(……今日だけ。一日だけ、女の子に戻った気分を味わうだけだから……。だから別に、シュウちゃんに見てもらわなくてもいいよね……?)
コスプレといっても、凛音が着るワンピースはそこまで構造が複雑ではない。ワンピースはほぼ頭からかぶるだけなので、簡単だった。
大変なのは類の方だ。
「あれ? これでよかったっけ?」
「このインナーを先に着るんじゃない?」
「あっ、そっか、そうだった」
類の衣装は、上半身は中世の騎士を思わせるスタイルだが、下はミニスカートにブーツだし、頭に乗せた帽子には大きな猫耳がついている。
最後に、腰のあたりに大きなふわふわのしっぽをつけて完成だ。
「すごいね類くん! かわいいよ!」
「ありがとう。……あんま嬉しくないけど」
類の方はなにかのアニメのキャラらしい。ほぼ綾子の趣味で用意された衣装だ。
男子更衣室には、他にもたくさんの人がいた。
(わぁ……あの人、刀持ってる。あれも作り物なのかな?)
様々な系統の衣装が入り乱れる光景は、かなり非現実感満載だ。
(あ……あの人も女装だ)
ちょうどいま、更衣室を出ていった人に目が留まる。
顔はよく見えなかったけど、白いスカートがふわりと揺れるのが見えた。
「凛音くん、いけそう?」
「うん。僕はもう大丈夫」
「あー……この姿で出たくないけど、アヤちゃん待たせたら悪いしなー……」
ぶつぶつ言いながらも、類は荷物をロッカーに押し込んでいる。
外に出ると、女子高生の姿にチェンジした綾子が待ち構えていた。
なにやら難しい顔で、考え込むポーズをしている。
「ごめん、お待たせ」
「うん……全然いいんだけど、凛音、さっき出てきたヴィヴィアンちゃんの顔、見た?」
「ヴィヴィアンちゃん?」
「あー……えっと、白いスカートに、青いジャケット羽織ってた子」
多分、ヴィヴィアンという名前のアニメかゲームのキャラのコスプレをした人のことだろうと理解した凛音は、先ほど更衣室を出て行った後ろ姿を思い出す。
「そんな感じの人は見かけたけど、顔は見てないよ。……どうかしたの?」
「いやー……なんか知り合いに似てた気がするんだけど、気のせいかなー」
「ていうかアヤちゃんのコスプレってそれ? 全然普通じゃん」
綾子の趣味により派手なコスプレをさせられた類が不満そうにこぼす。
綾子の姿は、白いニット素材のベストにミニスカート、襟元には大きめの赤いリボンという感じだ。
淡いミルクティー色のウィッグをつけているが、それにしたって、普通の女子高生に見える。
それ以外の特徴といえば、いつもかけている赤縁の眼鏡がコンタクトレンズに変わっているぐらいか……。
「えっ、なに? 私、もう二十だけど、ちゃんと女子高生に見える? 変じゃない?」
「普通に似合ってるけど……」
そういう話じゃない、と類と凛音は内心思った。
「この衣装はねぇ、六道睦美ちゃんのコスプレよ!」
「……誰?」
「知らないの? いま人気の異能力バトルアニメのヒロインよ」
「……うちのクラスでは流行ってないかな」
「そうなの? 今度うちで配信見せてあげるから、気に入ってくれたら、友達にも勧めるといいわ」
「ねぇ、撮影すんなら、さっさと終わらせない?」
むき出しの膝を擦り合わせながら、類が居心地悪そうに言い出した。
ここは更衣室の近くなので、人がよく通る。
邪魔にならないところに立ってはいるが、女子高生姿の女の子に小学生二人という奇妙な組み合わせなので、目立っていることは間違いないと思う。
さっきから、チラチラと窺うような視線を何度も感じる。
「やだ、類、恥ずかしがってんの、かわいい~! これだから女装少年はたまんないわ!」
「……アヤ、もう行こうよ。暑いし」
類が可哀想になってきた凛音は、綾子の手を引っ張って、花畑の方に連れて行く。
0
あなたにおすすめの小説
離婚を望む悪女は、冷酷夫の執愛から逃げられない
柴田はつみ
恋愛
目が覚めた瞬間、そこは自分が読み終えたばかりの恋愛小説の世界だった——しかも転生したのは、後に夫カルロスに殺される悪女・アイリス。
バッドエンドを避けるため、アイリスは結婚早々に離婚を申し出る。だが、冷たく突き放すカルロスの真意は読めず、街では彼と寄り添う美貌の令嬢カミラの姿が頻繁に目撃され、噂は瞬く間に広まる。
カミラは男心を弄ぶ意地悪な女。わざと二人の関係を深い仲であるかのように吹聴し、アイリスの心をかき乱す。
そんな中、幼馴染クリスが現れ、アイリスを庇い続ける。だがその優しさは、カルロスの嫉妬と誤解を一層深めていき……。
愛しているのに素直になれない夫と、彼を信じられない妻。三角関係が燃え上がる中、アイリスは自分の運命を書き換えるため、最後の選択を迫られる。
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない
ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。
既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。
未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。
後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。
欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。
* 作り話です
* そんなに長くしない予定です
【完結】よめかわ
ariya
恋愛
遊び人として名高い貴族・夏基は、不祥事の罰として「醜聞の姫」白川殿と政略結婚することに。
初夜、暗い印象しかなかった姫の顔を初めて見た瞬間――大きな黒目がちな瞳、薄桜色の頬、恥ずかしげに俯く仕草に、夏基は衝撃を受ける。
(可愛すぎる……こんな姫が俺の妻!?)
亡き恋人への想いを捨てきれず、夫を拒む白川殿。
それでも夏基は過去の女たちに別れを告げ、花を贈り、文を重ね、誠心誠意尽くして彼女の心を溶かしていく。
儚くて純粋で、泣き顔さえ愛らしい姫を、夏基はもう手放せない――
平安貴族の切なく甘い、極上よめかわ恋物語。
※縦読み推奨です。
※過去に投稿した小説を加筆修正しました。
※小説家になろう、カクヨム、NOVELDAYにも投稿しています。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。
そこで待っていたのは、最悪の出来事――
けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。
でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――
【完結】孤高の皇帝は冷酷なはずなのに、王妃には甘過ぎです。
朝日みらい
恋愛
異国からやってきた第3王女のアリシアは、帝国の冷徹な皇帝カイゼルの元に王妃として迎えられた。しかし、冷酷な皇帝と呼ばれるカイゼルは周囲に心を許さず、心を閉ざしていた。しかし、アリシアのひたむきさと笑顔が、次第にカイゼルの心を溶かしていき――。
【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する
ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。
夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。
社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。
ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。
「私たち、離婚しましょう」
アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。
どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。
彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。
アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。
こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる