朝がくるまで待ってて

詩条夏葵

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14 ワンピース

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 チーン、と涼やかな音が響き渡る。
 仏壇に飾られた玲司の写真は、いつだって証明写真のように真面目でかしこまった表情をしていた。

 多分、高校の入学式の時に撮られたのであろうその写真を選んだのはおばさんだ。
『なんかね、それが一番玲司らしい気がして』とだいぶ前に言っていた気がするが、それについては俺も同意見であった。

 仏壇には、古めかしい本が供えられていた。表紙に書かれた文字は日本語でも英語でもないということは、おばさんが持ってきたスペイン土産だと推測できる。

「これはなんの本ですか?」
「バスク神話の本よ」
「バスク神話……スペインの神話ですか?」
 聞き慣れない単語に俺が首をひねると、おばさんは微笑む。

「そう。スペインとフランスの二カ国にまたがる、バスク地方っていうところの神話ね。私もそんなに詳しくはないんだけど、なんでも、神様がイノシシとか馬とか蛇の姿になって現れるらしいの。玲司、本が好きだったから、喜んでくれるかと思って古本屋さんで、なんかいわくありげな本を選んできたの」
 いわくありげ、という言葉に俺は苦笑する。
 うんまぁ確かに、映画とかアニメに出てくる、異世界への扉を開いてくれそうな雰囲気のある古書だ。

 実に、このおばさんらしい、マイペースな考え方である。
 しかし、日本ではあまり馴染みのないバスク神話とやらに、知識欲の強い玲司が興味を示す姿は容易に思い浮かべることができる。
 玲司へのお土産としては大正解だろう。
「いいと思います。玲司もきっと喜ぶ」

「……あの場所、どうなってた?」
 ひと息をついたあと、控えめに尋ねられて、俺は視線を落とす。
「相変わらずですよ」
「……そう。かわりがないなら、よかったわ」
 よかったのだろうか。よくわからない。

 息子を失った場所に彼女が訪れたのは、事故の直後の一度きりだ。
 それ以来、彼女はあの山の付近には一切近寄ろうとしない。
 バーベキューにすら、あれから一度も行っていない。
 多分、怖いのだ。行けば、否が応でも当時のことを思い出してしまうから。

 子供たちだけでバスに乗せてしまったことを、彼女はひどく悔いていた。
 罪の意識を抱えたまま生き続けなければいけないのは、俺と小夜子だけじゃない。


「母さん、このワンピース、少し派手じゃない?」
 そこに、着替えのために部屋に行っていた小夜子が降りてきた。

 上半身が黒、腰から下が青地にトロピカルな花柄の、ホルターネックの華やかなワンピースを纏っている。
 少年のようなベリーショートの髪型をしているが、ワンピース姿だと首の細さが目立ち、気の強そうな少女といった雰囲気になっていた。

「あら、似合うじゃない」
「スペイン土産なら、タラセアとかにしてよ」
 小夜子が女の子らしい格好をしているのを見るのは実に数ヶ月ぶりだった。よく似合っていると思うのだが、本人は不満らしい。

「女物の服を着るのはもうやめた、とか言ってたのに、素直に着てくれたのね」
「……その言葉が冗談じゃないとわかってるくせにワンピースなんてお土産に買ってくるところ、性格悪いわよ」

「私に息子はもういないのよ。『娘』までいなくなってしまったら、たまったもんじゃないわ」
 笑ってはいたが、おそらくその言葉は本音だろう。
 脅しにも似た圧を感じて、俺と小夜子はほぼ同時に居心地の悪さを感じて視線をさまよわせていた。

「……男の真似なら、もうやめたわ」
 小夜子がぽつりと呟くと、おばさんは、小夜子と俺の顔を交互に見比べた。
 なにかあったと察したのだろうが、追及してくることはなく、彼女はにこりと微笑んだ。

「そのワンピース、気に入って着てくれたら嬉しいわ。さ、お寿司、食べましょ」

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