だって私、神様ですから

詩条夏葵

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だって私、神様ですから

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 神様には、三分以内にやらなければいけないことがあった。


 深雪みゆきアリス、十四歳。職業、神様。
 今から三分以内に、この街にいらない人間を抹殺します。


 カンカンカンカン――。
 夕暮れ色に染まる街並みに、規則的な踏切の警報音が鳴り響いている。

 この近くの駅には何本もの在来線が乗り入れているため、毎日夕方になると、付近の線路には多くの電車が行き交い、踏切はなかなか開かなくなる。
 時間が経過するごとに、スーツや学生服を着た人たちが増えてきた。

 列のほぼ先頭に立っていた少女が手元のスマートフォンから顔を上げたのと同時に、銀色のボディに緑とオレンジのラインが入った車体が、一番手前の線路を走り抜けていった。

 風にあおられ、ミルクティー色をした癖のある長い髪が舞い上がる。
 それが紺色の学生服の背中に落ち着いて間もなくしてから、遮断バーが上がった。

 止まっていた人たちが、一斉に動き出す。
 少女は、スマートフォンに表示される今日のニュースを眺めながら、画面の左上に表示される数字を何気なく確認した。

 5時27分。
 うん、ちょうどいい頃合いだ。

 家路を急ぐ人々のなか、ゆったりとした足取りで踏切を渡りきる。
 少女はいつのまにか、最前列から最後尾になっていた。

 待っていた人々がすべて渡りきる頃に、また警報音がカンカンと鳴り始めた。
 それに捕まらないようにと、駆けてくるサラリーマンの男がいた。

 すれ違う直前、肩と肩がぶつかりあった。
「ばかやろう! のろのろ歩いてんじゃねぇ!」
 ぶつかってきたのは向こうなのに、いきなり大声で怒鳴られる。

 少女――アリスはにっこり微笑んだ。
 うん、昨日と一緒だ。
 正確には、昨日は『歩きながらスマホなんか見てんじゃねぇ!』と怒鳴られたんだけど。

 謝りもせず、恐縮するでもなく可愛らしい顔で微笑んだ少女を気味悪そうに見つめ返して、おそらく六十近くと思われるグレーのスーツの男は、ぶつぶつ言いながら先を歩いて行った。

「……そんなに急がなくていいわよ。時間に間に合わなくなるから」
 誰にも聞こえないほど小さい声でぼそりと呟きながら無表情に戻ったアリスは、もう一度時間を確認した。

 5時30分ちょうど。
 
 十メートル先の、一階に学習塾の入ったビルの四階部分の税理士事務所の看板が落ちてきて、周囲から悲鳴があがった。

 グシャア……ッ! と、看板が砕け散る音と、何かが潰れる醜い音が同時に響いてきた。

「誰か下敷きになってるぞ!」
「警察を呼べ!」
「きゅ、救急車が先の方がいいかな……?」
「なんでもいいから早く!」

 看板の下からは、グレーのスラックスがはみ出して見えた。
 顔は見えない。
 レンガを模した地面に、赤い血だまりが広がっていく。

 騒然となる人々を他人事のように横目で捉えながら、スマートフォンをポケットにしまったアリスは、反対側の歩道へと続く信号を渡った。

 繁華街を抜け、人けのない道を進み、高架下の影に入ったところで、黒い猫が足元に絡みついてきた。

「な? 時間通りだっただろ?」
 猫が喋る。
 それは、落ち着いた成人男性の声をしていた。

「クロ、あいつ、ちゃんと死んだかしら?」
 天使のような甘く可愛い顔立ちで、少女は残酷な言葉をさらりと口にする。

「クロウだって言ってるだろ。……信じられないなら、おまえが持っているあの電子機器に出てくるニュースとやらで確認したらいいだろう」
「そうね……あと一時間もすればニュースになるかしら」

「どうだ? 神様になった気分は」
「うん……そうね、まだよくわからないけど、とてもすがすがしい気分よ」

 この街で不要だと思われる人間をおまえの判断で排除する権限が与えられた、と言われた時から、一番最初に排除するなら、あの男だと決めていた。

 名前も年も知らない男。
 顔を見たのは、昨日がはじめてだった。
 でも、初対面の人間にここまで殺意がわくのは、そうそうないことだと思う。

 ――だって、お母さんからしつこくメッセージが送られてきて、仕方なく返事を打っていたら、いきなりぶつかってきて、怒鳴られたのよ? ひどいと思わない?

 アリスは、歩きスマホが社会的なマナーとしてよろしくないことを知っていたが、それよりも見知らぬ人間をいきなり怒鳴りつけることの方が非常識に思えて、許せなかったのだ。

「これでこの街も、前よりも少しは平和になったかしら?」
「ああ。この先も、気に入らない人間を、ジャンジャン消していくといい」

 日暮れが近いから、隣を歩く猫の影は長く伸びていた。
 ただし、その影は猫の形をしていない。
 いつか劇場で見た、オペラ座の怪人に似ているように見えた。

 どういう仕組みになっているんだろうと興味をそそられて猫を抱き上げれば、猫にしては男前で賢そうな顔が狡猾そうな笑みを浮かべて「ニャア」と鳴く。

 かと思うと、クロウはアリスの肩に飛び乗ってきた。
 子猫というほど小柄でもないくせに、驚くほど軽い。
 ただ、獣っぽい匂いと、艶のいい毛並み越しに伝わってくるあたたかな体温は、この猫が確かに生きていることを伝えてきた。

 この猫にそっくりな猫を、アリスは知っている。
 隣の家のおばあちゃんに、シロウちゃん、と呼ばれて可愛がられていた。
 飼い猫というより、野良猫に餌を与えて懐かせていたという感じだが、シロウが事故で亡くなると、おばあちゃんは泣きながら猫の墓を庭に作って埋めていた。

 猫が死んだ翌月におばあちゃんは老衰で亡くなり、隣の家は空き家になった。
 もう、六年前のことだ。

 長いこと荒れ放題だった隣の家の取り壊しがいよいよ決まってから、隣の敷地から奇妙な物音が聞こえるようになってきたのはつい最近のことだ。
 浮浪者でも住み着いているのかしら、と母がしきりに気味悪がるのでアリスが興味本位で覗きにいってみたら、墓の下から、猫が出てきた。

 悲鳴もあげずに立ち尽くしているアリスを見て、猫は人の言葉で喋りかけてきた。

『おまえがこの街の新しい管理者か?』
『管理者?』
『神様、ってことだ』

 それが、おとといのこと。
 自らをクロウと名乗った猫は、それから時々物陰から現れてきては、『仕事をしろ』とアリスに迫ってきた。

 だから、決めた。
 神様の初仕事として、あの無礼な男を消すことを。

「次は誰がいいかしら」
 薄闇に染まり始めた街に、少女と、猫の姿をした男の影がとけて、闇と同化していく。


 ――深雪アリスの神様生活、はじまりはじまり。

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