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野生の悪役令嬢 3
しおりを挟む「身体はどう? 何か食べられそうかな?」
「……あんた本当にエカテリーナなの? おかしいな、余命僅かな悪役令嬢は…… いや、いいわ。うん。助けてくれて、ありがとう。あたしはカナ」
彼女の妙な呟き。白人種主体で色目の薄いこの世界において、カナのような黒髪黒目は珍しい。
……カナ? 日本人っぽい名前だなあ。まさか、本当に日本人じゃあるまいな?
《地球人ではないよ。彼女は日本とよく似た世界から迷い込んだお客様だ。……困ったね》
脳内のヒューズが困惑下に呟いた。
……なるほど。アタシがここに居るように、色んな世界があるってことなんだね。
《そうなんだけど…… 問題はそこじゃなくてね。地球人にもたまに不可思議なチャンネルを持つ人間がいるだろう?》
……不可思議なチャンネル?
疑問を浮かべた薫にヒューズは説明した。
極稀にだが、人は不思議な感覚を持つことがある。身近だと夢枕とか虫の知らせ的に簡単な悪い予感を得たり、家族や親密な間柄に起こるシンパシー。
例えば奥さんが買い忘れて、しまったなぁと思っていた物を、その日、なんとなくで旦那様が買って帰ってくるなどの些細だが不可思議な現象。
これの特化した人間が、色んな世界に存在するという。多くは作家らしい。
大抵のストーリー・テラーは己の思考で物語を考えるが、中には不可思議なチャンネルを通して物語を書き起こす者もいた。
そういった作家は、物語の改変や選択が出来ない。なぜならそれは、物語などではなく別の世界の出来事を見聞きし、文章として書き起こしているからだ。
ある意味、ノンフィクション。
《極稀~にね。他の世界の魂と相性の良い人間同士で繋がることがある。それが彼女だ。カナだっけ? この子はエカテリーナと深く繋がっていた。そしてカナは元の世界で、エカテリーナの人生を物語として書いていたんだよ。けっこう売れてたみたいだね》
……そういうこともあるのかぁ。
へえぇぇ……と一人納得顔な薫に、不安げなカナの声が聞こえた。
「ここって…… アタシの書いてた小説の世界? 転移? 憑依? ああ、もうっ! わけが分かんないよぉぉっ!!」
取り乱して叫ぶカナは見るからに憔悴している。見かけは多少の窶れだが、あからさまに生気が薄く、どんよりと濁った目をしていた。
「ダイジョブよ? ここは、アタシの家だから。貴女は、どうしてここに来たの? 分かる範囲でかまわないわ。答えられるかな?」
慈愛に満ちたエカテリーナの温かい眼差し。
それにおされ、カナはとつとつと今までのことを説明する。
『んああぁぁぁっ! エカテリーナが死んだぁぁっ?! だめじゃん、こんな終わり方じゃ炎上必至だよっ? うわああぁぁっ!!』
両手で頭を掻きむしりつつ、絶叫するカナ。
ここまで、目の前に展開されていたかのように湧き上がっていた構想が、そこでプツリと途切れてしまったからだ。
本懐を遂げた悪役令嬢。それは愛する者の手によって殺害され、死の淵にと沈み儚くなる。
そしてジ・エンドと言わんばかりな暗闇が広がり、カナは続きを思いつけない。
……どうすんのっ? これじゃあ尻切れトンボみたいなもんじゃんっ! この後は? 王子はどうしたの? エカテリーナはマジで死んじゃったの? あ……いや、ただの架空話なんだけどさ。……あれ? 架空? え?
そこで酷いブレを感じ、カナは狼狽えた。
まるで走馬灯のように流れていく多くのシーン。カナがエカテリーナを知ったのは十三歳の頃。
社交界デビューするエカテリーナと、それを祝う国王一家。その微笑ましい光景でカナは感じた。
ナイトハルトの笑みに一目惚れしたエカテリーナの恋心を。
十三歳のカナと十五歳のエカテリーナ。恋に恋するお年頃な乙女二人の心情が、がっちりシンクロする。
そこからエカテリーナの人生を物語に書き起こしてきたカナは、一躍注目を浴びる作家となった。
我事のように胸を高鳴らせつつ、己の独自な見解も組み込み、悪役令嬢の恋物語を書いてきていた彼女は、ほぼエカテリーナの半身といっても良いほどこちらと同調していたらしい。
結果、エカテリーナの死とも同調してしまい、あちら世界でカナは死亡する。
《……ということみたいです。怖いですねぇ?》
他人事のようなヒューズの呟き。まあ、実際、他人事なのだろう。あちらの神から連絡を受けたヒューズは、致し方無しにカナをこちらの世界に受け入れた。
なんでもエカテリーナの魂と同調し過ぎたカナの魂は、エカテリーナが死亡しないと転生出来ないのだとか。
ヒューズがチビを死なせまいと薫を喚び、エカテリーナに憑依させてしまったことで起きたパラドクス。同じ様にエカテリーナの魂も転生出来ず、ヒューズの元にあるらしい。
《連動する二つの身体に再構築してあります。貴女と違って、カナは自身の魂を憑依させるしかなかったので、そのままこの世界に招きました》
……ああ、エカテリーナにはアタシっていう代打が喚べたけどカナにはいなかった。だから本人の魂を入れたってことか。たしかに…… エカテリーナの魂を再び入れたら、チビは目も当てられないことになってたかもだしねぇ。
大まかな経緯をカナとヒューズから聞き、どうしたものかと薫は考え込む。
「……ぐす。アタシ、どうなっちゃったの? ねえ? ここは本当に小説の世界なの?」
よくよく聞いた話によると、カナは突然開いた深い穴に陥り意識を失ったらしい。そして目覚めたら、この世界。
幸いなことに良い村で匿われ、これまで安穏と暮らしてきたとか。それがこの山裾にある村だ。
最初は異世界転移か転生かとワクワクしていたらしいが、そんな浮ついたものは数日で吹っ飛ぶ。
拙い文化、粗末な食事、日々労働に明け暮れ、ノミやダニにまみれた不衛生な平民の生活だ。夢見がちな妄想など数日で消え去る。
薫と同じく、高度な文明社会育ちらしいカナには、耐え難い地獄だったことだろう。
それでも命があっただけ儲けものだと、彼女は必死に暮らしてきた。
「……けど、あいつらが。……アタシ、旅の商人達に騙されて」
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そんな村を訪れた行商人が、鄙びた村にしては垢抜けたカナに目をつけ、もっと大きな街の仕事を紹介するとか持ちかけてきたらしい。
……あ~、よくある手だわ。そう言って慰み者にし、奴隷に売り払うとか。
呆れたような顔をする薫の想像どおり、カナの幸せを願って送り出した村人らと真逆な思考の行商人達は、カナを首輪で繋ごうとする。
それに全力で抗い、逃げだした彼女は、森の深みに迷い込んで、ここ三日ほど流離っていたとか。
「村にも戻れないよ…… 心配させちゃうし、あの男達が何するか分かんないし…… ぐすっ」
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……が、王侯貴族にとってそれは些事に過ぎず、伯爵も眉をしかめはしても何も言わなかったはずだ。父伯爵にとったら、有象無象の民より愛娘。これ最優先。
悲惨な結末が待っているとも知らず、悪辣な行商人のことをスチュアートに任せた薫は、泣きじゃくるカナの手を握った。
「ここに居たら良いわ。伯爵家のメイドとして貴女を雇います。衣食住には困らせないから、安心して?」
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