転生先は選べない 〜子連れ予定の悪役令嬢は、王太子殿下から逃げ回る〜

一 千之助

文字の大きさ
18 / 22

 野生の悪役令嬢 4

しおりを挟む

☆残酷なシーンございます。ご注意を。




「……なんか。ダイジョブ?」

「……大丈夫です」

 疲労困憊でふらふらなフー。

 それを後ろから見ている薫は気が気でない。

 昨日、いきなりやってきたスチュアートとネール。そして突然現れた異世界人のカナ。
 養父のネールと感動の対面をはたし、同じ部屋で暮らすことになったフーは、今朝からスチュアートに付き従い従者として学んでいるらしい。
 夜が明ける前にスチュアートに起こされ、どこかへ連れて行かれたフー。朝食前には戻ってきていたが、あからさまに様子がおかしい。

 目も虚ろで膝が笑っているし、何より感じるその疲れ具合。ただごとではないと、薫はスチュアートを問い詰めたが、当の御仁はしれっと答えた。

『従者として鍛えております。お気になさらず。モノにならなくとも、お嬢様の壁になれる程度には鍛えておきますから』

 ……壁? 

 にーっこり良い笑顔で宣われた薫の元に、ラグザが駆け込んでくる。

「お嬢様っ! 荘園の街から報告です!」

「報告?」

 息せききった彼の話によれば、この森の麓で打ち捨てられた馬車があり、中には瀕死の商人らが居たということだ。
 それぞれ、両腕欠損。傷口は止血してあったらしいが、あと数日発見が遅かれば死んでいただろうと。

「……こっわ。なにそれ? 猟奇的じゃん」

「左様でございます。まるで人間を解体して遊んだかのように、指、手首、肘の順で落とされた肉片が周囲に転がっていたとか」

 しかも止血し、その生命を永らえさせ、あえて被害者が苦しむよう仕向けている。どう考えても常人の発想ではない。
 荘園に常駐している騎士団も、こんなヤバい犯人を放置は出来ないと、血眼になって捜査しているらしい。

「……捕まると良いわね。フー? 一人で外出してはダメよ? 出るなら、この邸の護衛とね? 必ずよ?」

 言われて、胡乱げだったフーの視界が定まり、息を呑むようにスチュアートを見た。その瞳は凍りつき、心なしか震えているようだ。

 …………?

 雰囲気の変わった少年を不思議そうに見つめるエカテリーナを余所に、フーは今朝方あったことを思い出す。



『これは……?』

『例の悪徳商人です。……さっさと逃げれば良かったものを。まだカナを探していたようですね』

 森の麓にあったのは大きな幌付きの馬車。

 馬の放たれた馬車に入ると、そこには縄でがんじがらめにされた男三人。
 それぞれ、口にがっしり布を巻かれて声も出せない状況。ご丁寧に口の中にも何かを詰め込まれているらしく、呻くことすら出来ない様子だ。
 男達が涙目で怯えるなか、スチュアートが紐で彼らの肘上をキツく縛っていく。

 そして剣呑に眼を輝かせ、彼はフーを見た。

『お嬢様を不快にさせた者の末路です。よく見ておきなさい』

 至極真面目な表情で宣い、スチュアートは持参してきた袋から剪定用の植木鋏をいくつか取り出した。
 枝切り用の片手鋏から、両手で使う大物まで。
 何をするのだろうと疑問顔のフーは、この後、地獄絵図を目の当たりにする。



『ーーーーーーーーーーっ!!』

 ばちんっ、ばちんっと小気味よい音をたてて落とされていく指。今にも目玉が飛び出さんばかりな形相で激しく喉を震わせる男ども。
 
『本当に…… お嬢様のお膝元で領民を拐かそうなど言語道断。ようく思い知りなさい?』

 全身を縄で括られた男達は藻掻くことしか出来ない。激痛にびたんびたん跳ね回る彼らの周囲は血濡れで、飛び散る血液や涙の泡飛でぐしゃぐしゃだった。
 そこに粗相も加わったらしく、馬車の床は凄惨の一言。真っ赤な水玉模様が歪な形で幌にまで飛んでいた。
 本来なら阿鼻叫喚となるべき事態も、用意周到なスチュアートによって、無音の儀式と化している。
 聞こえるのは、がっちり口枷を噛まされた男達の荒らぐ息づかいのみ。

 この世のモノとは思えない光景を目の当たりにし、フーは胃液が逆流した。思わず吐き出しかかった少年に、スチュアートの容赦ない眼光が飛ぶ。

『嘔吐きくらい我慢しなさい。ここで吐いたら、お前もこいつらと同じ目に遭わせますよ? 脆弱な侍従など、お嬢様に百害あって一利なし。足手まといになる前に切り捨てます』

 心胆寒からしめる冷徹な声。その極寒を纏う声と眼差しに射竦められて、フーはスチュアートの行う凶行を泣きながら見ているしかなかった。
 溢れる涙で視界が歪む。それが幸いなのかも分からないまま、少年はずるずると崩折れ、必死に口を押さえて吐くのを堪えた。

 フーの眼には夥しい出血量に見えたが、実のところ止血してから始めているのでそんなに多くもない。

 あらかた始末を済ませ、眼を裏返して失神した商人らに唾棄するような一瞥を投げかけると、スチュアートはガタガタ震えるフーの首根っこを掴んで馬車から降りる。
 恐怖に眼を凍らせて顔面蒼白な少年。死に物狂いで吐き気は堪えたらしいが、その下半身は失禁し濡れていた。

 ……微妙ですね。モノになるか、どうか。このくらいで折れていてはお嬢様を護るどころではない。

 だがエカテリーナは、やけにこの子供を気にかけている。先程はああ言ったが、お嬢様命のスチュアートに、エカテリーナがお気に入りなペットを害する気はなかった。
 ふぅ……っと小さな溜め息をつき、彼は未だ痙攣のおさまらない少年を剣呑な面持ちで見下ろす。

『……従者とは主に命を賭す者。エカテリーナ様に向けられた悪意には毅然と立ち向かわねばなりません。その輩が二度とお嬢様に歯向かう気を起させないよう念入りにね。分かりますか?』

 茫然自失だったフーの目が、エカテリーナの名を耳にして正気に返る。
 見開いて凍っていた少年の眼に生気が宿り、焦点が定まったのを確認してスチュアートは話を続けた。

『今回は平民で、直接的な悪意ではなかったですが、エカテリーナ様には悪い噂が多く、さらに敵愾心を持つ者も少なくはない。懸想される信奉者の男性とて油断がなりません。嫉妬のあげく、共に死にたいと毒を仕込んだ者すらいます。……女神を罠にはめようと、虎視眈々する慮外者は数しれず』

 そう。スチュアートにとってエカテリーナは神にも等しい女性だった。
 産まれたばかりの赤子に湯水の如く金子を注ぎ込む両親。役に立っ駒としてしか妹を見ていない愚兄も、なんのかんのとエカテリーナを気にかけており、何かにつけスチュアートに心付けを渡してくる。
 莫大な契約金と、潤沢な給金。古参貴族なアンダーソン家は、伯爵と思えぬほどの資産や領地があった。
 中堅貴族という肩書から、王侯貴族独特なしがらみも薄く、それでいて無下には出来ない権力を持つ狡猾な家系。
 よほど祖先が優秀だったのだろう。上手い塩梅で国の中枢に食い込んでいる。現伯爵も、遜色なくそれを引き継いでいた。

 そしてスチュアートは知っている。この伯爵家の跡取りが、愚兄でなくエカテリーナなのだということを。

 愚鈍な者に家の未来を託すほど愚かなことはない。

 暇を申し出たスチュアートに、伯爵は極秘中の極秘を彼に告白した。

『いずれ教えるつもりだったが。お前はよく働いてくれたからな。エカテリーナは我が家の跡継ぎと心得よ。王家の子を宿したのも奇縁だが、ある意味僥倖。後継者として申し分ない血筋だ』

 為政者らしい冴えた薄い笑みを浮かべ、伯爵はこれまで胸の中でだけ温めていたことを吐露した。

 切ないほど美しく惨忍で、一歩間違えば狂人とも思われかねないくらい頭の切れる愛娘。あれは、正しく伯爵家の血の証だと。
 伯爵家の宵の狭間に綴られる歴史。それに倣えば、誰よりもアンダーソン家らしい人間なのだと。

 それはスチュアートも感じていたことだった。

 年齢を差し引いても、彼女の苛烈さは異常だ。子供の頃から雄々しく美しく、我慢を知らないのに忍耐力はべらぼうにある。
 子供らしい我が儘などでなく、目的を完遂せんためなら、時間など幾らでもつかい、何でもやる少女。我を通すのでなく、相手の逃げ道を悉く塞いで膝を屈させる末恐ろしさ。

 アレは子供などではない。かねてから、スチュアートはそう思っていた。

 そして歳を追うごとに凄みを増していく美貌。

 王家に劣らぬ高貴さと佇まい。共に並んだところで遜色なく、むしろ内側から漲る覇気が王族すら呑み込んでしまう。
 おかげで、狂信めいた取り巻きが増えること、増えること。気に入った者をお傍に召して、とことんまで利用する悪辣さ。
 自分の容姿や肢体すら有効活用。貴族子女の貞節など鼻であしらう姿に、スチュアートは身震いしたものだ。

 ……その烈しい生き様に。

 貧乏貴族だったスチュアートは頼りない両親や他の家族に早くから見切りをつけていた。貴族の矜持が何物ぞ、そんなものにしがみついて惨めな暮らしをしたくはない。
 どうせ三男な自分は家を継げるでなし、自らを高く売りつけ豊かな生活をしたいと夢見ていた。
 日々、幼年学校から努力と研鑽を重ね、周りに注目してもらえるよう優秀な成績を維持する。それが功を奏し、王宮の声がかかるほどにまでなった。
 暢気な彼の両親は、スチュアートが家のために働いてくれると思っていたようだが、あえてそれを否定せず就職活動に勤しんだ。

 ……世の中、金だよなあ。あれだけ嫡男様々だった父上らが、掌を返すんだから。

 小さい頃も何かと差をつけられ、学校に至ってはスチュアートは平民の学校に通っている。長男、次男と貴族学院に通わせて金子が足りなくなったからだ。
 まあ、無い袖は振れないよな。……と、スチュアートも諦めたが。

 ……あいつら、俺に回せる金子があったのに、それを兄貴の結婚資金として貯めてやがったんだよな。

 貧しい貴族の子弟にも満足いく学びが出来るよう、王宮から支援がされていたのだ。入学金と月々の学費ていどだが、スチュアートのための支援を両親は懐に仕舞っていた。
 格安な平民の学校に彼を通わせ、成績優秀なのを良いことに、上手く周りを騙していたようだ。
 三男ともなれば、親が学校に顔を出すことも少ない。表立って社交をするのは嫡男の特権。元々、末っ子のスチュアートは周りとの付き合いも希薄だ。
 彼が貴族学院に在籍していなくても、関心を持つ者はいなかったのだ。 
 
 作法や所作は家族から教わっていて特に問題もなく、武術にいたっては、兄達が教えてくれた。

 ……それも、兄達が連敗するようになってからは、逆に邪魔されまくったが。

 齢を経て、そういったしがらみや思惑の見えてきたスチュアートは、あえて良い子を演じて両親を安心させ、勝手に期待を膨らませる彼等を鑑賞していた。
 いずれ出奔するつもりなのだ。今は夢見てるが良いさ……と。

 おかげで彼の座右の銘は《地獄の沙汰も金次第》。超拝金主義の吝嗇家となっていく。
  
 そんな時だ。アンダーソン伯爵から手紙をもらったのは。

 娘の専属執事を探しているとの文面に、スチュアートはしばし考え込む。

 ……王宮でもやっていける自信はあるが、個人に雇われた方が気楽だろう。……まあ、給料しだいだがな? 

 にっと狡猾な笑みを浮かべ、スチュアートは伯爵家を訪ねた。

 ここで、自分の運命に出逢うとも知らずに。
 
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

本物の夫は愛人に夢中なので、影武者とだけ愛し合います

こじまき
恋愛
幼い頃から許嫁だった王太子ヴァレリアンと結婚した公爵令嬢ディアーヌ。しかしヴァレリアンは身分の低い男爵令嬢に夢中で、初夜をすっぽかしてしまう。代わりに寝室にいたのは、彼そっくりの影武者…生まれたときに存在を消された双子の弟ルイだった。 ※「小説家になろう」にも投稿しています

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

処理中です...