珠玉の欠片 〜塵も積もれば山となる〜

一 千之助

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 ここは聖獣の棲家 5

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「トムっ!」

「……カイル」

 あれから二週間。

 ようようトムも落ち着き、カイルに怯えなくなった。

 元々、好きあっていた同士だ。一時的なショック状態だったトムに、カイルは辛抱強く寄り添う。
 トムの家に日参し、ベッドから離れた位置で、今日何があったか語り、トムが何をしていたのか尋ね、普段と変わらない風を装った。

 結局、トムは誰にも詳しいことを話さなかったし、サマンサらの指示に従い、ひたすら見守っていたカイル。

「俺、冒険者になったんだぜ」

「冒険者に……っ? 兵士はどうするの? 試験に合格したんでしょ?」

 それは父親のドニからもカイルは言われた。

『冒険者だとっ? 馬鹿を言うなっ! いつ死んでもおかしくない職業じゃないかっ!』

『そんなの俺の勝手だろうっ! もう決めたからっ!兵士は辞退してきた。俺は、この村で冒険者をやるっ!』

 凄まじい剣幕で睨み合う二人。母親は空気のように固まり、何も出来ない。出来たとしても父親の言いなりな母親が何かをしてくれるとは思えないので、黙っていてくれた方がカイルとしては助かる。

『この親不孝者がっ! もう顔も見たくないっ! 出ていけっ!』

『おう、上等だっ! 出ていってやらあっ!!』

 売り言葉に買い言葉。

 家をおん出たカイルは、思い切り良くダレスの元に弟子入りした。
 ダレスらは村から二時間ほどの街を拠点とする冒険者パーティだ。この村にもしょっちゅう訪れる。彼らから冒険者としてのアレコレを学び、身をたてようとカイルは考えた。
 そして今回の事を甚く気にしているダレス達も、カイルを一端に育てようと受け入れてくれる。

 そんな詳しいことを知らないトムは、酷く驚いた顔でカイルを見つめた。

「なんで……? あんなに兵士になりたがっていたのに」

 未だカイルすら怖がるトム。それに切なげな眼をすがめ、カイルは少しうつむいて答えた。

「……言ったじゃないか。俺が兵士になりたかったのはトムのためだって。……でも、俺はトムを守れなかった。……ごめん」

 何を言われているのか覚り、トムの顔色がみるみる青ざめていく。

「あー、違う、違う。思い出さなくていい。思い出させたいわけじゃないんだ。……ただ、俺は。ダレスらも薄々感づいているよ? トムに酷いことをした奴がいるって。だから…… 俺はトムから離れたくないんだ。二度と怖い目に遭わせたくない。側にいたい。兵士だと、二年ぐらい領都にいかなきゃならないだろ? そんなの、俺が我慢出来ないんだよ」

 両手を組んで額づけ、絞り出すような声で呟くカイル。トムは驚きすぎて言葉が出てこない。

 ……カイルも。ダレス達も気づいている? 僕が…… 何をされたか?

 トムは誰にも言わなかった。言えなかった。見るからに憔悴し、食べても吐き戻してしまうトムを心配してくれた父親にすら言えなかった。
 あんな人外達に嬲られ、身も心も凍るような恐ろしい目に遭ったとは。
 でもカイルは言うのだ。側にいたいと。トムを守りたいと。そのために兵士の道を諦めると。

 トムは眼の奥が熱くなり、感情が溢れるのを止められない。ほたほたと零れ落ちる静かな涙。

 それに驚いたカイルが、近寄ろうかどうか逡巡しているのを見て、トムは笑った。

 あの無惨な日から、全く笑えなかったトムが。

「……話したいことあるんだ。来て?」

 ベッドに横たわったまま、トムはカイルに手を差し出す。それにおずおずと手を伸ばし、カイルは優しく包み込んだ。
 大きくて温かい手。三つしか違わないのに、カイルのそれは、すでに男の貫禄を持ち始めていた。
 
 ……これはカイルだ。あいつらじゃない。

 怖じける己を奮い起たせるよう、トムは何度も深呼吸してから、あの日、何が起きたのかカイルに語る。

 ポータルに触れた途端、変な空間に飛ばされたこと。そこには大きな生き物がいて、人の姿に変化し、トムを三人がかりで襲ったこと。

「……三人? こんな小さなトムにっ?」

 こく……っと頷き、トムは話を続けた。

 その三人はトムが冒険者ギルドに売ったはずの魔石を持っていた。そして、それに魔力を注いで彼らの卵とし、その卵のためにトムの精を欲しがったこと。

「……代る代る、……僕を、……僕……を…… う……っ」

 しだいに戦慄くトムの唇。もはや震え過ぎて言葉も紡げなくなったトムをカイルは抱きしめた。

「いいっ! もういいからっ! そうか…… あのダンジョンで人間に襲われたんじゃなく。……どこか変な所に飛ばされて? わけの分からない生き物に? そういうことだな?」

 己の胸に抱き込んだ恋人の頭が、何度も力なく揺れる。
 
「良かった…… いやっ! 良くはないっ! 良くはないんだけど…… トムを傷つけたのが人間じゃなくて、良かったよ」

 泣きじゃくりながら顔をあげたトムは、眉を寄せて苦笑するカイルを見た。
 カイルはベッドの横に跪き、可愛い恋人の頬を優しく撫でる。

「そんなどうしようもない状況だったんだ。トムは悪くないし、ただの被害者だろ? こんな小さな身体で三人もの人外に何が出来るっていうんだ。魔物に襲われたようなものだよ。命が助かって、本当に良かった……」

 ……命が。

 そのカイルの言葉で、トムも理解する。

 死んでいても可怪しくない状況だったことを。

「そうだよ、トム。殺されなくて良かった。この身体に無惨な傷が残されなくて良かった。……俺の元に帰ってきてくれて、ありがとう。本当に……っ!」

 カイルの呟きで、トムの心が洗われていく。

「……怖かったの。すごく怖かった」

「うん」

「言えなかったの…… 身体を裂かれるような…… あんなモノで汚されて…… 僕……っ、あいつら、僕の中に……っ!」

 感情が堰を切ったのか、トムはポロポロ泣きながらカイルにしがみついた。

「汚れてない。トムは綺麗だ。生きて、ここにいてくれるだけで俺を幸せにしてくれる。トムを失わなくて済んで、どれだけ俺が感謝しているか……」

 涙でぐしゃくしゃなトムの顔を見つめ、カイルは小さく口づけた。
 ちう…っと吸い付いては離れる優しい口づけ。あいつらのした、犯し貪るような暴力とは全く違う、甘い口づけ。

 ぽわん……っと惚けた恋人の顔に雄の劣情を煽られるが、カイルは殊さら優しくトムの唇を可愛がる。
 ちゅ、ちゅっと柔らかな唇や舌で労られ、トムは、あの三人とは違う不可思議な感覚に満たされていった。
 胸が高鳴り、されることが心地好い。

 ……ああ、そうだ。これは、あの時の。

 前に丘でカイルに悪戯された時。

 死ぬほど恥ずかしかったけど、ほんの少し嬉しかった。カイルが自分に興奮して、必死に求めてくれているのが感じられ、何とも言えない羞恥と興奮をトムも覚えた。

「そいつらに何されたんだ? こうやって唇も虐められた? トムがされたことを俺が上書きしてやるよ。そんな暴力じゃない、本当の睦みで」

 ……本当の? 

 きょんっと眼を丸くするトムに、カイルは頷く。

「こういうのは、お互いに好きで求め合う者がやることなんだよ。一方的に求め、奪うのはただの暴力。……トムは問答無用な暴力を振るわれた。……前に俺も」

「あ……」

 今、トムが思い出していた、丘での絡みのことをカイルは言っているのだろう。そう、思った瞬間、トムは全力で否定する。

「違うからっ! あれは、よかったっ!」

「え……?」

「あれ……っ? 僕、何言って……?」

 真っ青だったトムの頬に赤みが差した。それを見たカイルの眼が、みるみる見開いていく。

「よかった……?」

「いや、その…… ん。まあ……」

 さらに顔を赤らめていくトム。その初心さに、カイルは興奮が止まらない。

「よかったんだ? ここ……俺に吸われて? それとも噛まれて? 嬉しかった?」

 カイルは抱き込むよう腕を回し、トムのうなじを掴んで撫でる。そして、そこの持つ熱さに驚いた。

「ん…ぅ…、や…やめて? カイルぅ……」
 
 片手で口元を隠しながら、トムの息があがっていく。恥じらう様が、すこぶる堪らない。

 恋人の痴態に煽られ、カイルの無意識な優しいお仕置きが始まった。
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