珠玉の欠片 〜塵も積もれば山となる〜

一 千之助

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 ここは僕の家 2

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《随分だな。そんなに可怪しいか?》

《そういえば、人は布を巻いていますね。剝かせるために巻いていると思ってましたが…… 巻いていることに意味があるのでは?》

《包装紙みたいなもんじゃないのか? 番に剝かれるために巻いているんだろ?》

 ……包装紙の理屈知ってて、服の理屈を知らないって…… 偏り過ぎだろうが、その知識っ!

 もはやただの変態にしか見えず、これらに抱いていた恐怖や畏怖もどこ吹く風。じっとり睨みつけるトムを見て、人外らが軽く指を振った。
 すると起きた風が絹に変わり、ふわりと彼らを包みこんでゆく。
 柔らかな帯のような物を巻き付けただけな感じだが、真っ裸よりは遥かにマシだ。乾いた溜め息を吐き、トムは彼らを胡乱な眼差しで見上げる。

《そなた、苺が好きであろう? その背嚢がしきりに我らを喚ぶのでな》

《こうして参ったしだいです》

《それとポータルを繋いでやるよ。好きな階層に行けるように》

 ……え? マジ?

 ほけっと間抜けな顔をするトムを見て、三人が朗らかに笑う。

《ついでだ。その背嚢に無限収納もつけてやろう》

《時間経過なし。重量無効。採集にはうってつけな機能です》

《我らの子の半身だしな。そのくらいの余録がついてもかまうまい》

 そういう彼らが手を掲げると、トムの背負っていたランドセルに、乳白色の光が数度瞬いた。途端にトムの眼の前で広がる薄青いウインドウ。
 そこには多くの升目があり、スマホのように指をスライドするだけで開いたり閉じたり出来た。

『なにこれ?』

《インベントリだ。えーと? 中に在るものを種類別でスタック? する? よく分からぬが収納だな》

『……ゲームみたい』

《そのゲームとやらからヒントを得て、その形式にしました。そのように背嚢が望んだので》

 ……付喪神が?

《そなたに分かりやすい仕様なのだろう? 必死に伝えてきたぞ? こうしてくれと》

 ……ああ、そっか。僕が前世でやっていたゲームとよく似てる。覚えててくれたんだね、君。

 思わず目の奥が熱くなり、トムは宙に指を滑らすだけで出したり仕舞ったり出来るインベントリを有り難く頂いた。
 そして人外らの説明に従い、欲しい物を脳裏に浮かべながらポータルに触れてみる。
 すると移動した先は一面の苺畑。小さな小島を埋め尽くすように実る赤い絨毯に、トムは目の色を変えた。

『イチゴだぁぁーっ!!』

 狂喜乱舞する恋人と一面の苺に、カイルも言葉もなく立ち尽くす。

 ……おいおい、一粒大銀貨五枚の代物だぞ?!

 嬉々としてイチゴ狩りを楽しむトム。

 そんなこんなを思いだしながら説明しつつ、カイルも胡乱な眼差しを遠くに馳せた。



「……うん。今思い返しても怖いな」

「そりゃそうだ。なるほどね。そういう関係で、ダンジョンのどこでもフリーパスになったってか。……卵を預けた対価ねぇ…… んむむむ」

 難しい顔で、出されたイチゴを睨みつけるダレス。そこにあるイチゴは艶々テカテカし、さっさと食べろと周りに自己主張している。
 山盛りなソレを見て、ショーンやサマンサ達も言葉が出ない。

 トムはカイルに頼んで、奴らに襲われたことなどを黙っていてもらった。
 ただ、卵のために癒やしの魔力を欲していた人外に出逢い、孵化させてくれと頼まれたということにする。
 ある意味、間違ってもいないし嘘でもない。
 その対価で、あのダンジョンを自由に動けるよう優遇してもらったと。
 ダレスらは、納得いかないまでも理解はしてくれたらしい。

「……じゃあ、本当に安全なんだな? ……まったく、脅かしやがって」

 山盛りイチゴを横目で見ながら、ダレスは食事を口に運んだ。そして眼を見開き、がきっと固まる。

「………………………」

「ダレス? どうした?」
 
 ひらひらと目の前で手を振られてもダレスの視線は泳がない。
 ピクリとも動かなくなったダレスを訝しげに眺めながら、サマンサ達も食事を始めた。 ……と、彼らも突然、ビキッと硬直する。
  
 にへっと笑って微笑み合うトムとカイル。

「うっまぁぁぁっ! なんだ、これっ!」

 詰めていた息を吐き出し、ダレスが叫ぶと同時にショーンらもコクコク頷き、掻き込むようにカトラリーを動かした。
 濃厚なトマトソースに平麺のパスタ。使われている魚介も新鮮で臭みすらない。少しピリリとする赤い糸のような輪っかが良いアクセントになっている。

「どんだけ煮詰めたら、こんなトロトロな汁になるんだ? しかもエグみも青臭さもない。あのダンジョン産か? それにしては水気が飛びまくってんな」

 ブツブツと食レポみたいに呟くダレス。その細かな感想に、トムこそが驚いた。

「……食べただけでよく分かるね。それはソース用のトマトなの。身がしまって、水気が少なくて酸味の強い奴」

「「「「そーす?」」」」

 地球ではあらゆる用途のトマトが売っていた。ミニトマト一つにしても十種類以上あり、トムがパスタのソースに使ったのは、某有名ソースメーカーが販売していた濃い口トマトだ。
 ねっとり締まった身が特徴で、強い酸味がべらぼうにパスタと合う。これをブイヨンと混ぜ、香草やスパイスと練ったソース。
 具材の魚介と混ぜ、さっと絡めて、パスタにかける。そして最後に鷹の爪の輪切りを散らして完成。
 
 トムの舌の記憶だよりに逆算して作った、思い出補正ペスカトーレだった。

 これも、アトロスの原種系トマトや、ダンジョンの浅い階層で取れる通常のトマトでは作れない味。

 なんという名前のトマトなのか知らなかったので、『某有名ソース会社のトマト、某有名ソース会社のトマト…… これで伝われぇぇっっ!』と、怨念のようにポータルに願掛けして、見事手に入れたトマトだった。

 あのダンジョンの野菜は、用途に合わせたモノが何種類もあるのだと聞き、ダレスらは顔を強張らせる。

「そんなん聞いたことないぞ? ひんしゅかいりょう…… 品種か? それを改良? 意味が分からん」

 ……ですよねー。

 トムにだって詳しいことは分からない。ただ、そういう過程を経て、幾種もの植物が人の手によって生み出されたと知っているだけだ。
 ここは海や山が近いこともあり、足を伸ばしたら魚介も豊富。森の恵みも手に入る。暮らすにはうってつけの場所だった。……ダンジョンさえなくばだが。

 ……これってどうやったら種が取れるかな? ……あれ? そういや、掛け合わされた品種の種って、普通に取れるの? むむむ?
 ……ダンジョンは気候も気温も植生に合わせて一定だし? 枯れるとかないよね? 根こそぎ取っても、周期が回れば元通りになるし? うわ…… 前途多難か、これぇぇ?

 懐かしい味を堪能しながら、トムはアレコレ考える。
 そんなトムを余所に、ダレス達はソースをパンで綺麗に拭って食べ、大満足な顔をしていた。

「いやあ、美味いなコレ」

「びっくりだわ。こんな料理、初めてだよ」

「そうね。この濃いとろみのある液体が、なんとも……」

「……………………」

 皆が口々に絶賛するなか、一人考え込んでいたレナがトムに視線を振る。

「なあ? 野菜や果実をそのまま直接売るのも悪くはないが、この……えーと? ソース? みたいなのに加工して売るのも良いんじゃないか?」

「へ?」

 言われるまでトムは知らなかった。

 慢性的な飢えが蔓延り、植生の乏しいアトロスには、色々なモノを混合して作るソースという概念がないことを。

 こうしてレナの発言を聞き、ようやくソレに気付いたトムである。
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