珠玉の欠片 〜塵も積もれば山となる〜

一 千之助

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 ここは僕の家

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「出来たねぇ」

「ああ、すげぇな。村長の家よりデカいぞ?」

 あれから半年。

 トム親子やカイルとダレス達は、眼の前に建つ見事な家に感動する。
 母屋に左右を付け足した立派な家屋。それぞれ独立した拵えで、ちゃんと三世帯分の居住空間になっていた。
 ただし入口は一つ。母屋から入り、リビングに作られた左右の扉から横の棟に移動出来た。
 向かって右がトムとカイルの家。左がダレス達の家。父親一人には大きすぎると思ったが、ナタリー達職人が普段は母屋中心に暮らす予定となりロイドも嬉しそうだ。
 職人同士気が合うらしく、よく話を弾ませている。

「倉庫の建築も思ったより進んでるし。もう、仕事を始めちゃって良いかもね」

「そうね、一階は出来上がってるわ。どんな形になるか試しながら始めるのも良いんじゃないかしら?」

 ぺらぺらと青写真を捲り、修正箇所をペン入れしながら、ナタリーは雇った職人らに指示を出していた。

 一人は恰幅の良いお爺さん。名前をガンドと言う。なんでもナタリーの古い知己で、彼女の祖父の仲間だったとか。
 未だに現役のガンドは木工細工の達人だ。ナタリーの望む継ぎや加工を、見事な組子で現実にしてくれる。剃刀一枚入る隙間もない巧みな木工は、見ていて惚れ惚れした。
 釘を使わぬそれは、ナタリーが求める建物の様式美をこれでもかと満たしてくれる。

「釘を使うと、どうしても材質の劣化が激しくなるのよ。特に外壁はね。この爺さんの技は、それを解消してくれるからさ。重宝するんだわ」

 割れやヒビなどの経年劣化。これが組子だと殆ど起きないと聞き、トムも眼を丸くする。内部をがっしりナタリーが造りあげ、その外郭をガンドが引き受けて、上手く噛み合う二つの才能が王都の建物にも負けない立派な物を建築した。
 
 そしてもう一人、塗りの達人なシアン。彼はあらゆる塗装に精通しており、染料はもちろん、土塗りや漆喰、モルタルに至るまで全てを網羅している。
 自然な外壁からビビッドな配色まで何でもござれ。ガンドの見事な組子に合うよう、ナチュラルにされたニスの薄塗りも見事だった。

「……全然分からない。ホントに塗られてるんですか? これ」

 塗るというより適度に湿らせただけのように、さらさらな手触りの天然木。これで隙間なく塗れているのいうのだから驚きだ。
 にかっと破顔し、シアンはシニカルに眉を上げる。
 痩せ型の細マッチョな彼に、その含みをもたせたような笑みはよく似合っていた。

「そこが腕の見せどころっしょ? 如何に人の目を騙せるか。それに、ニスは厚塗りすっと熱を溜めちまうからね。建材に悪影響なんすよ」

 理屈ではそうなのだろう。しかし、それをやりのけてしまう技術にトムは脱帽である。

 ……ナタリーさん、凄い人達連れてきたなあ。良いのかしら、こんな僻地の小さな拠点に、こんな人達使って。

 タラリと心の中でだけ冷や汗を流すトムだが、少年はアトラスという世界が劣悪なことを知らない。
 どこも利益をあげることしか頭になく、力ある職人が仕事に飢えているなどとは思いもよらなかった。
 ナタリー同様、雇われでしか働けない一般の職人達。なかには良い雇い主に恵まれ、信用と信頼の仕事を任される者もいるだろう。
 しかし、そのような職人はほんの一部。満足いく仕事を依頼されるのも極僅か。
 大抵は安く済ませたい依頼主ばかりだし、それをさらに安く上げたい業者ばかりだ。そして手抜きされたあげく、逆に高くつくという悪循環に陥っていると気づかぬまま、この世界は回っている。
 そこに降って湧いた極上の仕事。これに飛びつかぬ職人は、職人でない。
 生粋の職人であれば、思いっきり好きなだけ打ち込める仕事に何をおいてでも駆けつけるだろう。

 なのでナタリーは、祖父繋がりで知り合った二人に、迷わず声をかけて喚んだのだ。

 そして二人も迷わずすっ飛んできた。

 満面の笑みで、毎日仕事に打ち込む三人。

 トムの心配はただの空回り。彼らは今までにない至福の暮らしをしていた。



「ほう。それじゃあ本格始動か。俺等は受けてる仕事がまだしばらくかかるから、ちょい待ってくれよな」

 当たり前のようにトム宅へと帰還してくるダレス達。自宅も倉庫の一階も完成し、そろそろダンジョンの採取を始めるとの説明を聞きながら食卓に着いた彼らは、そこに並んだ料理を見て眼を見張った。

「これ……っ、おい、まさかっ?!」

 にい~っ悪びれた顔のトムとカイルを見つめる驚愕の瞳。

 食卓に並ぶ料理の数々は、ダレス達も見知った、例のダンジョン産のものだったのだ。
 艶々トマトに柔らかレタス。キュウリも瑞々しいキュウリであって、アトラスで流通するスカスカなキューカンバではない。
 サラダ一つとってみてもこれだけ違う食卓。他は推して知るべし。
 
「お前ら…… はあ…… あんなことがあったのに、不用心にも程があるっ!!」

 二人だけで実りのダンジョンに潜ったのだと分かり、ダレスの顔がみるみる険を帯びていく。
 だがそれにほくそ笑み、トムはランドセルを持ち出した。

「これがあるから大丈夫なんだよ」

 ぱかっと開けた中に煌めく大きな石。それがただの石でなく魔力を持った塊だと一目で見抜いたダレスは、思わず毒気を抜かれる。

「そんな大きな……魔石か? どうしたんだ、それ」

 驚くダレス達を見上げて、トムはカイルと話し合って用意した説明を口にした。



「……つまり、ダンジョンの最下層に棲む人外らしき奴らから預かったと?」

「うん。孵化するまで僕の魔力を注いで欲しいって。おかげで、僕はあのダンジョンを好きに移動出来るんだよ」

 そう。この卵を預かった日から、トムらにとって、あのダンジョンは恐れるものでなくなったのだ。
 むしろ、地球産の食べ物が恋しいトムは、恐怖が払拭された翌日、卵を背負ってダンジョンに突撃する。
 その後をカイルもついてきていて、二人は一層を駆け回った。
 沢山の果実を手に入れたものの、トムはこの下にある野菜や根菜こそが欲しい。ダレスらの話によると、三層あたりまではアトロス産の物が多く、その大きな湖を越えた先に、珍しい植物が生えているという。
 ちなみに苺が手に入るのは五層目。そこに辿り着くには三日ほどかかると聞く。

 ……欲しいけど。無理だよなあ、僕らだけじゃ。

 しょんぼり項垂れたトムだが、そこに例の三人が現れた。相変わらずの全裸で。

 ……せめて前を隠せ、前を。露出狂か。いや、何も考えてないだけだな。
 
 もはや恐怖も畏怖もない。

 カイルに癒やされ、卵の件を知り、トムに頼るしかないという三人の内情を理解した今、トムがこいつらを恐れるいわれはなくなった。

「………………………」



 じっとり眼を据わらせる九歳様に、生まれて初めて言いしれぬ気まずさを感じる人外三人である。
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