珠玉の欠片 〜塵も積もれば山となる〜

一 千之助

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 ここは聖獣の棲家 10

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「トム?」

「……………」

 森で作業していたカイルは、遠目に最愛の恋人の姿を確認し、つと顔を上げた。
 彼の視界の中で、トムはふらふら傾ぎながら何処かを目指すように歩いていく。

 ……どこへ?

 思わず駆け出したカイルは、トムの進行方向に例の実りのダンジョンがあることに眼を見張った。

 ……まさかっ? 嘘だろ、あんなに怖がっていたのにっ?!

 思うが早いか駆け出したカイル。

 背後に肉薄する恋人に気づかぬまま、トムはダンジョンの階段を降りて一層を夢心地に彷徨っていく。

 ……なんだろう。行かないと。

 音もなく滑るような歩み。まるで重力を感じないソレは、微かに地上から浮いていてぬるぬると不気味な動きになっていた。
 そして眼の前に現れたポータルにトムの手が伸びる。力なく伸びたその手が触れるか触れないかの刹那。

「トムぅぅーっ!!」

 ……はっ、カイル?

 追いついたカイルが後ろから飛びつくように抱きしめた。……と、トムの指先がポータルに触れる。

「「あ……」」

 どちらともなく上がった呟き。ソレだけを残して二人の姿は掻き消えた。
 後には、オパールのように滑らかな七色を浮かべたポータルが静かに瞬いている。



《……招いたのは胤の主だけだったのだが?》

《番も来てしまったようですね》

《まあ、良いんじゃねぇか? 番なら。ついでに頼んでおこう》

『『………………………………』』

 呆気に取られて目を見開く二人。

 そこは、以前、トムが拉致られ凌辱を受けた空間だった。
 鍾乳洞のように乳白色ですべらかな岩肌。いたるところが苔生し、小さな花が咲き乱れて、最奥には大きな毛皮の敷かれた不可思議な洞窟。
 その毛皮の上で寛ぐ三人。明らかに人とは違う大きな人外を見て、トムの喉が張り裂けんばかりな絶叫を上げた。

「きゃーーーーーーっ!!」

 全身を震わせて叫び、崩折れるトムを慌てて抱き込んで、カイルは信じられないような顔で眼の前の三人を見上げる。

 ……まさか?

《……まさかとは?》

『え?』

《人間の考えることなど筒抜けよ》

 ……なんだと?

《こちとら世界が出来た時からここに棲んでるんだ。お前らみたいな羽虫と何億年も付き合ってきてる。悍ましい欲望や不躾な猜疑にさらされるのは慣れてんだよ》

 にい……っと獰猛に口角を歪め、彼らはカイルにも簡単に説明した。



『……つまり? その卵とやらを受精させるためにトムをここに招いて、不埒を働いたと?』

《不埒とは何だ、不埒とは》

《我々は神にも等しい存在ですよ? その寵を受けられるなど、人の身に余りある栄誉でしょう?》

 ……勝手なことを!!

 みるみる憤怒に染まるカイルの顔。

 その苛烈な変貌に軽く眼を見張り、三人の人外は嗤った。

《そうか、番であったな》

《俺らが必要なのは、そいつの魔石と精だけだ。お前から奪おうとか考えてないから、安心しろ》

『それのどこに安心出来るっ?! またトムを襲って苦しめるつもりだろうっ!!』

 きょとんと顔を見合わせて首を傾げる人外達。

《なぜに苦しむのだ? そやつは佳がり狂っていたが?》

《そうそう。甘い涙を流して、イかせてくれと強請っておりましたよ?》

《可愛かったよなあ? 何もかも初めてで、すごく怯えてて。しっかり可愛がってやったから、安心せよ》

 うふふ、あははと笑う狂人ら。そう、カイルから見たら、彼らは狂っているとしか思えなかった。

 ……怯えてたんだろ? 怖がってるって分かってて暴いたのか? トムがどれほど恐怖したか。分からねぇのかよぉぉーっ!!

 カイルの思念を感じ取ったのか、三人の嗤いがピタリと止まる。

《だから何だ》

《矮小な人間が、未知の存在を畏怖するのは当たり前でしょう?》

《そんなんにかまっていたら、卵が腐るわ。人の都合など知ったことか》

 尖った氷柱のように冷淡な彼等の表情。全く違う外見なのに、その冷酷な雰囲気は絶妙に似通っていた。

 ……なんつー…… こいつら………っ!

 怒りに我を忘れて叫ぼうとしたカイルだが、腕の中のトムが大きく身動いだことで、それを遮られる。
 泣き崩れていたトムは顔を上げ、眼の前の奴等を凝視していた。……いや、その後ろをだ。

『卵……が? 喚んでる……?』

 にっと顔を和らげ、人外三人が大きく頷いた。

《分かるか? さすがだな》

《己の半身のようなモノですからね。そう、卵は受精し、育ちました》

《こっからは俺等でなく、お前の出番だ。慈しんでやってくれな》

 そこに在る卵は、トムが売った魔石より大きくなり、両手で抱えなくてはならないくらい成長していた。
 宝石のオパールみたいに淡い七色を放つ不可思議な石。それが、コオォォ……ンと涼やかな音を奏でてトムを呼んでいる。

 ……何かに呼ばれてる気がして。なんとなく来てしまったけど。

 夢遊病のように思考が混濁し、ふらふらとやってきたトム。少年は卵に呼ばれたのだ。
 驚愕に顔を強張らせたトムの前で、三人は愛おしげに卵を撫でる。

《我らの魔力は十分に注いだ》

《後は、そなたの魔力が必要。双方満たされ、ようやく卵は孵化します》

《頼んだぞ? 我等の子だ》

 深い蒼のランドセルに、布で包んだ卵を大切そうに入れ、龍の人外がトムに渡す。
 懐かしいランドセルを受け取り、トムは複雑そうな顔をした。
 三人に対する恐怖は薄れないが、これが彼等の子供であり、それを孵化させるために必死なだけなのだと思うと、何となく憎めない。

 ……子供のためなら、何でもやるもんな。親は。

 トムの脳裏に前世の母親が浮かんだ。息子の亡骸にすがりついて、号泣していた姿が。

 ……あんな思いを誰にもさせたくないよ、僕は。たとえ、僕を恐怖に陥れた人外だとしても。

 胸中複雑だが、これが卵であり、トムにしか孵化させられないと聞けば見捨てるのも後味が悪い。
 懐かしいランドセルはトムにジャストフィット。
 久方ぶりに背負った思い出の品に感慨を深め、トムは人外達の頼みを引き受けた。

『これに魔力を注げば良いの?』

『トムっ?!』

 驚くカイルを余所に、トムは清しい顔を人外三人に向ける。正直、まだすごく怖いが、背中の卵が妙に温かく、トムの怖気を削ぎ落としてくれた。

《そうだ。生まれるまで頼む》

《側に置いておけば、勝手に魔力を吸って育つから》

《そうそう。それに入れて背負っていれば、丁度良いでしょう》

 こくっと小さく頷き、トムはカイルを見上げる。

 眉根を寄せて心配そうな恋人。それに小さく笑い、ふと、トムは脳裏に浮かんだ疑問を三人に尋ねた。

『そういえば…… ここはどこなの? あのダンジョンから来られるってことは、ダンジョンのどこか?』

《そうだな。最下層だ》

《このダンジョンは、そなたのために造られたダンジョンだからな》

『え……?』

 ふっと淡く笑い、彼等は語る。トムが転生し、それについてきたランドセルの話を。
 無事に転生を果たしたトムだが、ランドセルは具現化出来なかった。生前のトムとその両親の残留思念が凝り固まり、意思を持ったランドセルだ。
 強い願いは祈りとなり、人外三人の元へと届く。そして、ほたほたと涙するランドセルを彼らは見つけたのだ。

 生まれ変わったトムと共に有りたいと嘆くランドセル。

 その祈りを受け入れた三人によって、ランドセルは具現化され、いずれトムが、ここを訪れてくれることを心待ちにしていたという。

 その気持ちがダンジョンに反映し、このダンジョンは地球の植生をしたダンジョンとなった。



『……つまり、このダンジョンが地球の植生をしているのは、僕を招くための餌?』

《そのとおり。ここの果実や野菜を求めて、そなたが来てくれるよう、前世の世界の植生が培われた》

《地球には虚仮の一念という言葉があろう? 初志貫徹とか。付喪神の一念、畏れ入るな》

 ……付喪神。君は僕と一緒にいたくて、こんなとこまでついてきてくれたんだねぇ。
 
 そのとおりと言わんばかりに、トムの背中がじわりと温かくなった。
 気のせいかもしれない。気のせいでも良い。こんな幸せな気持ちは初めてなトム。

『……ありがとう。このランドセルを具現化してくれて。……その。卵を守るよ。大切にするね』

 温かな笑顔で小さく頷く人外達。

 こうして再び拉致られたトムは、卵を預かり、元のポータルへと戻された。



「……トム? その…… 何が何やら分からないんだが?」

 酷く困惑げなカイル。彼には、トムと人外らの話が半分も理解できていない。ただ、そのカイルにも、人外どもは釘を刺していた。

《お前は、こいつの番であろう? 全力で守れよ?》

《この子は我が子の半身です。何かあろうものなら、この国を焦土にしますからね?》

《努々忘れるなよ?》

 ギロリと凄まれて、思わず怯んでしまった己が情けない。

 落ち込むカイルの問いかけに、トムも説明しがたく、どう話したものかとしばし悩んだ。
 
「まあ…… 要は、僕の魔石が卵になって、この中に何かが宿っているってことかな? 元が僕の魔石だし、僕の子供みたいなものなんじゃないかと……」

 ……トムの子供っ?!

 カイルとトムは同性婚だ。夫婦になっても子は望めない。変わった背嚢の中身がトムの子供同然と理解して、カイルもまた奮い立った。

「守るっ! 俺がトムごと卵も守るからっ! 何が生まれるんだろうな? あいつらの魔力で卵になったんだろ? あんな感じな人外かな? トムに似てたらどうしようっ?! うわ、なんかドキドキしてきたっ!!」

 つんつんとランドセルをつつき、満面の笑みなカイル。

 ……物は言いようかな? 間違っちゃいないよね。

 ふふっと笑い合い、二人は遠目に見える我が家予定地へと向かった。

 これが、後々大騒動の種になるとも知らず、今は生まれてくる何かに期待を膨らませる二人である。
 
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