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 ここは聖獣の棲家 9

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「だいぶ出来てきたな」

「うん。そんなに規模は大きくないしね。一時置き出来る倉庫と家だけだし」

 開墾した土地に畑を作りながら、トムも骨組みの出来上がった我が家を見上げた。側で手伝ってくれるカイルも、思ったより大きな建物に眼を細める。

 十日ほど前にやってきた大工のナタリー。

 彼女は開幕、トムやロイドの描いた青写真を見て、ダメ出しをしまくったのだ。

『ここを拠点にするんでしょ? ダンジョン探索の。なら全然足りませんっ! スペースも部屋数も何もかもっ!』

 そう断言し、大は小を兼ねると、あらゆる場所を変更する。
 倉庫の大きさは今の四倍。自宅も必要な施設と、トム親子やカイルの部屋。そしてダレス達用の客間だけの予定だったのが、その自宅+左右に別棟を造り、繋げるように進言した。

『今は家族だし子供だから部屋で良いけど、いずれは夫婦になるんでしょ? なら別のエリアが必要になるじゃない。すぐよ? 後で足すより、今造る方が手間が無いわ』

 ……ごもっとも。

 夫婦の営みがあることを考えれば、部屋より別棟の方が良い。ダレス達もそうだ。それぞれのプライベートスペースは必要だろう。
 トムの畑用開墾地も、四倍を示される。これは日常的な食料生産と共に、ダンジョンの植物を外でも栽培出来ないかと、試してみたいトム個人のモノだ。
 そう説明されたナタリーは、それならと、思い切り良く丘を削って二段の高低差のある畑の設計図を引く。

『下に果樹。上の段に畑の畝を作ると良いわ。こうして排水溝でエリアを区切って…… 植生を変えたモノでも栽培しやすくなるでしょ?』

 提示された設計図にトムも眼を見張る。深さ二メートルほどの深い側溝。それで等間隔に区切られた横長な畑は、それぞれ地質を変えて栽培可能。
 水捌けの度合いを砂利や砂で調整しようにも、地続きでは他の土地に影響する。それは変えようとした方も同じだ。曖昧に混ざる部分が大きく、木の板などで遮断を試みても、染み込むのを止められない。
 だが、これなら完全にお互いのエリアを隔絶出来る。しかも石垣による高さで水捌けも良く、空気を沢山含む良質な畑を作れた。
 地面では難しい水分の調整。それを見事に解決してくれる。

 昔から日本ではよく使われた工法だが、それを知らないトムは、心からプロの仕事に感動した。

「すごいよ…… うん、こうしよう。他にも気になるところがあったら変えて良いから。ありがとう、ナタリー」

 それに少し眉をあげ、ナタリーこそがトムの理解力の高さに驚いている。

 ……こんな説明をされただけで? なんで、アタシの考えたことが分かるの?

 こうした技術的なモノは、根底となる知識が必要である。なぜに、どうして、こうなる。……という、知識がなくば、理解してもらえないものだ。
 実際、そういう無理解な依頼主によって、ナタリーは良かれと思って勧めた提案を尽く却下されてきた。
 なかには、余分な報酬を得るための詐欺だろうみたいなことも言われたりと、うんざり顔で仕事をする日々。

 ギルドでこの仕事を受けたのも、そのせいだ。雇われ大工なナタリーは、報酬に見合う仕事だけを要求される。
 余分なことは言わず、ただ淡々と作業に打ち込めと親方からは言われた。
 だが、感情の生き物である人間は、そういったやり甲斐もない日々に倦んでいく。
 こうしたらもっと良くなるのに……と、やれるのにやれないストレスを溜めまくり、食欲も湧かず、眠りも浅く、ナタリーは惰性で悶々と暮らしていた。

 そんな彼女が目にした一枚の張り紙。

 『急募、建築技士。自ら建てられる人を望みます。建築関係全てを賄える方。必要なら手伝いを雇ってもかまいません。上限五名。工期未定。完成まで責任を持てる方求む。報酬、要相談』

 なんともあやふやな募集。定員五名で何かを建てるようだが、工期が未定とはどういうことか。報酬が示されていないのも胡散臭い。
 
 ……しかし。

 その依頼主の横に記された、ソリュート・アドラスの名前。これは、この冒険者ギルド副マスの名前である。
 人当たりよく、にこやかだが、知る人ぞ知る元凄腕冒険者。あの見てくれに騙されて、痛い目を見た余所者や新人は数知れず。
 少し垂れ目がちな炯眼に光る鋭利な瞳。亜麻色の髪を綺麗に撫でつけ、一見優男に見えるのが質悪過ぎる。
 けれど、彼の人を見る目は一流。まず間違いはないと、ナタリーは貼られた依頼書を手に取った。



「これ、詳しく聞きたいんだけど?」

「おや、ナタリー。それは個人の依頼です。あなた雇われでしたよね? 良いんですか?」

 問われて、ナタリーは少し考えてから頷く。

 もう、やりたくもない仕事はうんざりだ。工期に間に合わせるためや、工費を浮かせるための手抜き。それらしく外観だけ装って、壊れることを見越した悪辣さ。壊れれば、また仕事の口実が出来ると。
 このアトロスの世界に保証という言葉はない。注文した物に何か起きても、それは騙された方が悪いとなる。建物も同じだ。
 それを逆手に取り、悪徳業者はやりたい放題。まあ、悪評が広がって仕事を干されるのがお約束でもあるが、そうなったらそうなったで名前を変えて新たに詐欺を働く強かさ。

 生粋の職人なナタリーには、耐え難い現実だった。

「……ここなら、思う存分に腕を振るえる気がするよ。そうなんだろ? ソル」

 曖昧な条件、なのになぜか惹かれる内容。

 工期未定とありながら、完成までの責任を求め、報酬要相談とありながら、五人まで雇ってもかまわないという大盤振る舞い。
 そして、こちらに間違いなく求められている建築技術と知識。この張り紙には、そういった慎重な人物像が窺える。

 職人から見れば、垂涎の依頼主。

「この依頼主、金を持ってるな? しかも半端なく良い建物を欲してるだろ? 工期が未定なのは、職人の満足の行く仕事をさせたいからだ。違うか?」

 張り紙の内容を的確に理解したナタリー。

 それを見て、副マスは小さく頷いた。

「さすが、私の幼馴染みですね。お見事です。その依頼主は良い建物を建てる職人を探しています。そういったことには人手が必要で、時間がかかることを知っています。……そして、彼は資金に糸目をつけません」

 これは、ソリュートのお眼鏡にかなう職人が現れれば知らされる内容。残念なことに、この数ヶ月、そういった人物は現れなかった。
 誰もが胡散臭い張り紙の内容に二の足を踏み、手にも取らなかったのだ。

 ……最高か?

 そう物語るナタリーの瞳。

 職人魂に火をつけられ、現場にやってきたナタリーは、依頼主が子供だと知って驚いた。
 そしてさらに、自分の提案をすんなり受け入れ、やらせてくれる懐の深さにも畏れ入る。

「すごいです、ナタリーっ! 僕の夢が、ずっと広がりますっ!」

 これが軌道に乗って上手くいったら、牧畜も始めたいと宣うトム。いずれはちょっとした街みたいな施設にして、宿屋や雑貨屋、ダンジョン農産物の直売所なども造りたいらしい。

「何年かかるか分からないんですけどっ! その……っ、ナタリーに手伝ってもらえたら助かるというか……っ!」

 壮大な夢を語る子供。

 その夢にワクワクさせられながら、ナタリーはトムに終身雇用を約束させる。

「任せろっ! アンタの欲しい物は全部アタシが造ってやるよっ!!」

 完成するまで責任を……というのは、トムの望む未来も含まれていたのだと悟るナタリー。
 それを察して、ソリュートは人間を厳選していたのだろう。ナタリーに声をかけなかったのは、自ら欲してもらうため。
 長く貼られた依頼書に気づき、彼女が決断するのを待っていたに違いない。

 ……あんのクソ狸めがっ! こんな美味い話なら、とっとと持ってきやがれっつーのっ!

 幼馴染みゆえの気安さ。

 自由にやらせてくれる雇い主に狂喜乱舞しながら、ナタリーもまた、新たな人生を始めた。
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