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 ここは聖獣の棲家 8

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「やあ、いらっしゃい、トム君」

「こんにちは、ソリュートさん」

 ここは冒険者ギルド。ダレス達の後見を受ける魔術師見習いのトムは、時々、ここでも癒やしを行っていた。
 それ相応の対価も頂き、結構な収入になる。

「今日は治癒ですか? それとも買い取り?」

「……魔石の方で」

 カウンターの中に居た男性は軽く眼を見開き、いそいそと外に出てきてトムを個室に案内した。



「五つですね。いつも、ありがとうごさいます」

「こちらこそ」

「……残り五つは、また壺の中?」

「はい」

 ちらりと視線を流し、ソリュートが尋ねてきたのにトムは頷いた。
 
 あの大きな魔石を売った日から、トムは色々試してみたのだ。
 すると、小さな魔石は十個揃った瞬間、一つの魔石に変化した。

 この世界の暦は、週が十日。月が三十日。

 あの大きな魔石になるまで三年ほどかかったから、トムは一週間のうち、半分をギルドに。残り半分を壺に貯めている。
 これで、トムが十五歳で成人した頃には、また、あの大きな魔石が出来ている計算だ。

 アトロスの人間は、成人する時に教会へ供物として魔石を捧げなくてはいけない。そのため誰もがお金を貯めたり、獲物を狩ったりして良い魔石を得る努力する。

 それを知っているソリュートは、こつこつとテーブルを指でたたいて、小さな白魔術師を見下ろした。

「……そんな立派な魔石でなくとも。君がギルドに納品するサイズで十分だと思うんですけどねぇ? 無属性ですよ? 金貨一枚もする魔石を奉納する人間なんて、滅多にいませんよ?」

 その通りだとトムも思う。

 しかし、あの大きな魔石を知ってしまっては、いつも口の中に現れる小さな魔石に満足出来ないのだ。
 アレには良い思い出がないが、せっかくなら立派なモノを奉納したいではないか。
 そう、ぽつぽつと呟く子供を微笑ましげに眺め、ソリュートは魔石の代金を差し出した。

「金貨五枚です。……これを求める魔術師達が、君から直接買いたいと申し入れてきてますよ? ギルド経由より高く売れますが良いんですか?」

「良いです。大人は怖いから…… ギルドは真っ当なんで。……その。僕のことは内密に」

「心得ております。ありがとう。これはいつもどおりギルドの口座に入れておきますね」

 そう笑うソリュートは、大金を持ち歩くのは危ないからと、まだ冒険者になっていないトムにもギルドの口座を開いてくれた。
 ギルドでやっている治癒師的な行為を隠れ蓑にし、ギルドの口座は治癒の対価の支払いのためと周りには嘯いてくれる。

 信用のおける人間がいる有り難さ。

 初対面はギルマスのせいで最悪だったが、今は良い関係に落ち着けたとトムは思っていた。
 そんなこんなで世間話をしていたソリュートが、ふと思い立ったかのようにトムを見る。

「そういえば…… 君の村の近くに実りのダンジョンがありましたよね? それと似たようなのが王都近辺にも出現したようですよ?」

「え?」

 ソリュートは、きょんっと惚けたトムに説明する。

 いわく、そのダンジョンも、穏やかな植生の豊穣なダンジョンだそうだ。ただ、小麦やジャガタラなど穀類、根菜類中心で、果実なども既存の物しか採取出来ないらしい。要は、この世界のモノだけしか生えていない。

「不思議ですよねぇ? なぜ君の村のダンジョンと違うのでしょうか」

 トムの知る実りのダンジョンは、地球の植生をしていた。それもトムが渇望する品種改良済みで宝石のような農産物ばかり。これは以前にトムも感じた疑問である。

 おかげで王都近くに沢山のダンジョンが生まれてもトムの村に痛手はない。
 イチゴや桃など、高価な値のつく果物達は他で手に入らないのだから。それらもここのギルドが一手に引き受け、各地の依頼に応えていた。
 イチゴや桃ほどでなくても、トムの村のダンジョンは多くの果樹を擁している。野菜は言うに及ばず、比較的手に入りやすい柑橘系なども人気だった。
 
「不思議ですよね?」

 ……私はそれも、君が関係しているんじゃないかと思っているんですけどねぇ?

 口には上らせず、ひっそり笑うソリュート。

 魔石の納品を終わらせ個室から出たトムに、外で待っていたカイルが飛びついた。

「トムっ! 大丈夫かっ?」

「大丈夫って、何が?」

「……怖くないか? 大人の男だぞ?」

 一緒に行くとごねまくったが置いていかれ、カイルは不機嫌そうな顔で、そっと耳打ちする。

 ……まだ、僕が怯えてると思ってるんだな。
  
 思わず苦笑して、トムはぽんぽんとカイルの胸を叩いた。

「大丈夫。ソリュートさんは良い人だよ?」

 その不用意な一言は、カイルの逆鱗に触れる。無意識にギルドの建物を睨みつけたカイルだが、その頬に柔らかな感触が通い、さらっと意識を持っていかれた。
 耳元にだけ届いた可愛いリップ音。

「ごめんね? スキル関係だから、まだ婚約者でもないカイルを同行出来ないんだよ。……そのうち、一緒に行こうね?」

 暗に、『早く婚約したいね?』と甘く囁かれ、副ギルマスへの嫉妬がふっ飛ぶ恋人様。

「そ……っ、そうだなっ! そのうち…… すぐだよな、すぐっ!」

 ……かあぁぁーっ! 早く十二歳になりやがれぇぇっ!! そん時は俺も成人してるし、盛大に祝ってやっからぁぁーっ!!

 夢見る青春小僧の機嫌が直ったのに一安心し、トムはイチャコラしながら帰路につく。
 少し買い物していこうとカイルを誘い、人波に溶けていく二人。

「仲睦まじいことで…… 恋人ね。ふうん」

 そんな二人をギルドの二階から睨めつけるソリュート。

 自身の価値に気づいていないトムは、様々な思惑が周りに垂れ込め始めたことを知らなかった。
 
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