珠玉の欠片 〜塵も積もれば山となる〜

一 千之助

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 襲い来る混乱

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「是非とも俺にやらせてくれっ!」

「わたくしもです。皮の扱いには自信があります」

 ソリュートが帰ってから数日後。

 二人の職人がトムの拠点に押しかけてきた。

 一人はラジャと名乗る大男。父親のロイドよりも大きな男性に、トムは無意識な萎縮を見せる。

「解体なら俺に任せろっ! これでも王都のギルドに務めていたんだ。腕には自信ありだぜ?」

 にっと豪快に笑うラジャ。その横で軽く咳払いをし、にこっと穏やかに笑う男性はルーカスというらしい。

「まあ、自負ではありますが…… わたくしもラジャと共に王都のギルドにおりまして。お互い信頼出来る仲間です。なので、今回のお話をいただき、揃ってやってきてしまいました」

「……そうなんですか」

 ラジャと違い、線が細くて穏やかそうなルーカス。ソリュートから話をもらった二人は快諾したものの、全ての職人が集うのを待ってくれと言われたとか。
 同じ待機なら、仕事場確認を兼ねてトムのもとに行ったほうが時間の無駄にもなるまいと、彼らはフライングして飛んできてしまったらしい。
 なんという行動力。ナタリーでも思ったが、職人とは好奇心と行動力の塊なのかもしれない。トムは苦笑いしつつ、そう思った。

「せっかくお越しいただいたのに申しわけないんですが、作業場や職人のための寮が建築中でして……」

 母屋に用意されていたトム達やダレスらの部屋はナタリー達三人がそれぞれ使っている。今のところ余分なスペースがないため、招く職人用の寮を最優先でナタリーに建ててもらっているところだった。
 ソリュートの予想では、全ての職人を揃えるまで一ヶ月はかかるという話だったので、十分間に合うつもりだったのに、こんなことになるとは。

 落胆の色を隠せない子供を見つめ、ラジャとルーカスは顔を見合わせる。

「ああ…… いや、我々が性急すぎましたしね」

「そうだな、気にしなさんな」

 彼らは乗ってきた馬車から荷物を下ろし、その中のテントを持ち上げた。革を使ったテントはルーフつきで、大柄なラジャでもらくらく寝られそうな立派なモノである。

「こういうこともあるかと。準備に抜かりはございません」

「おう。住まいが完成するまで、俺等はそのへんで野宿するさ」

 用意周到な二人にトムは言葉もない。

 この二人も元は冒険者らしく、非常にフレキシブルで臨機応変だった。
 しかし、そこでダレス達が苦笑混じりな声をかける。

「めっちゃ俺たちと気が合いそうな二人だな。俺等の棟は部屋が余ってるぜ? 二人一部屋で良きゃ融通するぞ?」

「良いの? ダレス」

「おう。こういう奴らは、じっとしていねぇ。案内がてら、森や海やダンジョンを連れ回してやるよ」

 ダレス達の棟も一人一部屋と客間の構造になっているのだが、レナとサマンサが同じ部屋をつかっているため、空き部屋があるらしい。

 ……そっか。僕んとこは僕用の色々な部屋が多いから、ダレス達のとこみたいに余裕がないんだよなあ。

 広い浴室や個室なトイレ。ダンジョンの作物を調べたり研究したりな部屋とか、保存食などの備蓄を作っておく部屋とか、他の人には必要のないアレコレが非常に多い。
 母屋やダレス達のとこにも同じ浴室とかを作ろうとしたのだが、話を聞いたナタリーにダメ出しされたのだ。

『普通じゃないからね? それ。正直、あんな手間のかかる浴室とか、欲しい人いるの?』

 樽風呂と違って、ちゃんとした湯船のある浴室は、掃除や手入れなど結構な手間暇がかかる。それが毎日ともなれば、慣れない人には面倒極まりないとか。

 ……そっか。そういうものなのか。

 唖然とするトム以外は、誰も湯船のついた浴室を欲しいとは思わなかったようだ。

『まあ、たまに入るくらいなら…… 気持ち良いとは思うが、あそこまで広くなくてもなあ』

『だな。俺等は樽風呂のが気楽だ。湯の入れ替えも楽だし、石鹸も使わないしな』

 この世界で石鹸は貴重品。油臭い手作り石鹸以外の職人による化粧石鹸は、上流階級専用な高級品である。
 トムとて安めなオリーブオイルの石鹸を購入しているが、お値段金貨二枚。これを周りに押し付けるわけにもいかなかった。

 ……僕が買っても良いけど。そうゆうことしたら、ダメなんだろうな。

 しょんぼり項垂れたトムだが、そんな少年に苦笑し、ナタリーは大勢用の浴場を提案してくれた。

『そのうち皆が入れる大きな浴室…… 浴場を作ろうよ。まとめてなら安上がりに済むし、掃除なんかの手間も持ち回りでやれば楽でしょ?』

 ……浴場っ! 温泉とかお風呂屋みたいなっ?! うわあ、入ってみたいっ!

 前世で入院暮らしだったトムには夢のまた夢だった旅行。それにつきものな大浴場を思い描き、トムは大きく顔を煌めかせた。
 ネットなどでしか見たことのない憧れ。ここに、それが出来たなら、どんなに幸せだろう。
 優先順位は低いので後回しにされまくっているが、このまま人が増えるなら役に立つ施設だ。

 新たな住人を迎え入れ、トムは夢の実現が近づいた気がして、気もそぞろ。
 そわそわするトムの視界で、ルーカスが何かに気づいたかのように野外調理場へ足を向けた。

 そこに積み上がっているのは、見た目も鮮やかな赤いソース瓶。

「これは……? トマトペーストですか? こんなに大量に…… どうやって?」

 不思議そうな彼の疑問。それにダレスが答える。

「ああ、あっちに見えるダンジョンの作物だ。ほら、遠くに海があるだろ? そのすぐ手前の大きな亀裂。あれが、通称《実りのダンジョン》って呼ばれてて、俺らはそこの採集品を流通してるんだよ」

「ダンジョン…… ああ、それで職人の募集を?」

 ルーカスの何気ない呟き。

「職人の募集? そういや、あんたら解体がどうのとか言ってたな?」

 ダレスもまた、さり気ない疑問を呟きつつトムを見た。
 ぎくぅっと肩を揺らす御子様達。

 ……しまった、言い訳を考えてなかった、どうしようっ?!

 職人が揃ったとソリュートから連絡が来たら、何か上手い言い訳を考えて説明するつもりだったトムだが、まさかこんなに早く単独でやってくる者がいようとは思いもしていなかったのだ。

 しかし、だらだらと冷や汗をかきまくる御子様達の横で、ナタリーが助け舟を出してくれる。

「アタシが頼んだのよ。あんたらも、ダンジョンや森で獲物を獲るじゃない? けっこうな数だし、いちいち街まで持ち込むのも手間だからって、肉や皮だけにして後は捨ててんじゃん?」

「まあな」

「そういうのの処分なんかも全部やれる人がいたら助かるのになあってソリュートに話したら、融通してくれるってんでたのんだの」

 ちらっとトムに視線を流し、ふっくり笑う愉快そうなナタリーの眼。それに気付いたトムも、はっと顔を上げて話を合わせた。

「そ、そうっ! こないだ手に入れた魔獣も沢山あるじゃない? 少しずつ解体とかしてもらって、何かに使えたら良いなあって…… 色んな職人さんに声をかけてもらってるんだ」

「へえ…… そうか」

 なるほどと頷いたダレス達の顔が少しずつ期待に彩られていく。そしてすぐに、ショーンが食いつくような眼でトムを見た。

「……ってことは、あのシーサーペントもっ? あの、あのさっ! あれを解体したら、俺にも少し皮をわけてもらえないかなっ?」

 あ…っとばかりにレナやダレス達もトムに頼み込んだ。それぞれが欲しい物を口にするなか、トムは流れに任せて、他の職人も揃ったら色々作りたいのだと興奮気味に語る。

「あんなに大量の魔獣を眠らせておくの、もったいないじゃない? だから、みんなの欲しい物を作ろうよ。それで余ったのは、またダンジョン印つけて売っちゃお?」

 熱く語るトムの勢いを見て、ああ……とばかりに得心顔をするダレス達。

 ……だだ漏れだわ。お前。そうか、俺たちのために。

 採集専門なトムには必要のない装備。それを作るために呼ばれた職人らが誰のためなのか、すぐに聡く察した冒険者組。
 不可思議な面映ゆさを醸す空気が満たされ、意味の分からないルーカス達は別のことに食いついてきた。

「シーサーペントっ? そんなんもあるのかっ?! どこだ? すぐに解体してやるっ! ああいうのは鮮度が命だぞっ?」

「けっこうな仕事になるとは聞いていましたが、いやはや…… 仕事場は確保出来てますか? 早く取りかからないと」

 慌てるラジャと呆れ顔なルーカス。

 こうして、人の増えたトムの拠点は、さらに賑やかになっていった。

 後日、険しい顔で駆け込んでくるソリュートが現れるまでは。
 
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