珠玉の欠片 〜塵も積もれば山となる〜

一 千之助

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 襲い来る混乱 6

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《しょーっ、こえーっ》

 駆け回る小さな子供。
 
 真っ白だった肌も色づき、白い部分は体毛だけになった幼子に、拠点の仲間は胸を撫で下ろした。
 こうして眺めるショーンも思わず安堵に頬が緩む。

 ……良かったな。あのままだったら、外に出せないところだよ。

 全身真っ白な子供など、一目で人外とバレてしまうだろう。今も髪色は異質だが、銀にも似たその色はプラチナブロンドと言い張れなくもない。
 陽に当たり色づき始めた肌や唇。これもトムの遺伝子のせいだろうとサマンサは言っていた。姿形だけでなく、その性質も似ているのではないかと。

「魔獣の中には環境に合わせて見目を変える物もいる。そういった系の能力を持っているのかもしれん」

 可愛い幼子を撫でながら、ダレスも似たようなことを言っていた。
 つまりトムの魔石が、トムの魔力で通常と違う進化をしたのではないかという話だ。ただでさえ最強を名乗る人外三人のミックス。その潜在能力は計り知れない。

 無邪気な顔でショーンに駆け寄る子供の姿は実に微笑ましい光景だ。

 ……その両手に、自分の身体よりも大きな野菜籠を持っていなくばだが。

「ありがとうな、ルード」

 笑えないほど不自然な状況なのに、もはや戸惑いもなく、可愛らしいルードにメロメロなショーン。

「ルード? ご飯よーっ!」

《あいーっ!》

 拠点にすっかり馴染み、窓から呼ぶサマンサの下へてこてこ歩いていくルード。

 完成間際な倉庫の屋根に座り込み、思わず据わる目を必死に奮い立たせ、これが日常化していることにナタリーは天を仰いだ。

 ……トムもカイルも平常運行だしねぇ。テオや親父さんも気にしてなさげだし。常識人は職人らだけか。

 その職人達も、最近慣れ始めている。

 なにしろ相手は幼子だ。それが人外だと説明されたって、イマイチぴんっと来ないらしい。
 さらにはトムとカイルが溺愛してるし、《まぁーま》《ぱぁーぱ》と呼ぶ愛くるしい子供を嫌えるはずもない。気づけば拠点ぐるみで愛されるルード。

 ……まあ、悪いこっちゃないか。人外といえどトムの子だし? 外見は人間と変わらないしね。

 ふう…っと軽く溜め息をつき、ナタリーも新たな暮らしを受け入れる。そんなことを考えていた彼女は、遠目に見える大勢の人々に眼を見開いた。
 まだ地平線な辺りだが何十人もの人影が、荒野に立ち上る陽炎に揺らめいている。

「……なに? あれ」

 思わず身を翻し、彼女は母屋に駆け込んだ。



「ちょっと! なんか来てるよっ?」

「え? なんかってなによ?」

 ルードに食事をさせながら、サマンサが顔を上げる。

「騒々しいね。どうしたの?」

 キッチンにいたレナも顔を出した。

 なんだ、なんだとやってきた仲間らに、ナタリーは倉庫の屋根から見えた光景を説明する。

 それを聞き、皆が慌てて飛び出した。

 するとその団体とやらは、ナタリーの説明より、ずっと近くに来ており、遠目にだが、何とか姿形が判別出来る。
 それを確認して、この中でも一際目の良い射手のレナが忌々しそうな顔で呟いた。

「……騎馬が多い。騎士団だ。あと冒険者らしい者らもいる。……後続で馬車も来てるな。何事だ?」

 訝しげなレナ達が立ち尽くす中、トムやカイル達が採集から戻ってくる。ちょうど昼時だ。いつもの帰宅だった。

「どうしたの? みんな勢揃いで」

「ああ、トム。実は……」

 きょとんと惚けるトムに説明しようとレナが口を開いた時。
 けたたましい音をたてて拠点に飛び込んでくる馬。全速力で早駆けしてしてきたらしいソレは、勢い余って倉庫にぶつかった。
 もうもうと上がる土煙でぼやけた人影が、しきりに頭を振っている。

「あた……っ! あ、トム君、無事ですかっ?!」

 落馬寸前に傾きながら、振り返った人物はソリュート。彼はあわあわ手足を動かしつつ何とか地面に足を下ろすと、転げるようにトムの肩を掴んだ。

「逃げてくださいっ! 王宮と冒険者ギルドが手を組んだんですっ! 君の起こした流通を横取りするつもりですっ!!」

 言われたことが理解できず、ぽかんと口をあけるトムを押しのけ、カイルやダレスが獰猛な眼差しで副マスを睨みつける。
 
「あれがそうか? ちっ、時間がねえな。とりあえず逃げるぞ、トム。例の人外のところへ行こう」

 万一があれば逃げ込めとカイルは彼らに言われていた。それに頷き、ダレスらも急いで装備をまとめる。
 トムは事態の急変に驚きつつも、職人らに拠点を放棄するよう伝えた。

「あなた方の安全を最優先でっ! なにかあったら、即逃げ出してくださいっ! ……ごめんなさい、終身雇用を約束してたのに」

 明後日なことを謝る少年を優しく見つめ、ナタリー達職人らはふてぶてしい顔で笑う。

「心配すんなって。アタシらはどこでも生きていけるし。あいつらに荒らされるのは業腹だから、少しでも長く拠点を守っておくよ。あんた達はダンジョンで仕事してることにしておくから。万一、あいつらと出会うことがあれば、話を合わせておくれね」

 にっと挑戦的な笑みを浮かべる職人一同。

 それに深々と頭を下げ、トムも、いつものランドセルに簡単な荷物をまとめると、急いでダレス達の元へ向かった。

「父ちゃん…… ごめん、僕のせいで……」

「子供を守るのは親の役目だ。孫と引っくるめて俺が守るぞ」

 わしわし頭を掻き回してくれる大きな手。

「ダレス達も…… 逃げて構わないんだよ?」

「ふざけんな。弟分達を見放して生きていけるか。お前には一生分稼がせてもらったしな。あとは、どこかで遊んで暮らそうぜ?」

「そうよ。まだルードの洗礼もしてないのよ? あんた達の結婚式も見てないし? まだまだ一緒にやりたいこと山ほどあるんだからねっ!」

 自堕落なことを宣う兄貴分やサマンサ達に、トムは眼の奥が熱くなる。

「ついてくよ~。私はトム一筋だからね。まあ、二番手でも我慢するよ~」

「お前ぇは来んなっ! 村に帰れっ!!」

 喧々囂々、言い争うカイルとテオ。これも日常だ。最近、カイルが本気で刃物を振り回すのが困りものだが。

 ……僕は。なんて恵まれてるんだろう。

 思わず溢れる一雫。

 それを手で拭うトムの視界で、ダレスが瀕死なソリュートに肩を貸していた。

「すまん…… ここまでめいっぱい馬を駆けさせたから…… 足が笑って……」

「詳しいことは後で聞く。あんたが、そんなんなるくらい緊急だったんだろ? ……こちらこそ、すまんな。助かった」

 何も知らずに騎士団や冒険者達を迎えたら、きっととんでもないことになったに違いない。トムを拉致られ、下手をしたら危害を加えられたかも。
 でなくば、あんな大仰な人数でやってこないはずだ。こうしてソリュートに言われたからこそ、ダレスらも、あの団体が拠点を制圧するために来たのだと予想がつく。
 それを知らずば、きっと今も首を傾げていただろう。

「いくぞ? 木立に隠れて進もう」

 ここらは森が近いため木が多い。あの団体はトムの拠点を目指している。ならば、こっそり動けば気づかれまい。
 なだらかな丘の傾斜の陰や木々の隙間を縫って進むダレス達。大人達の凄まじい緊張を感じ取ったのか、トムに抱かれたルードが、ぎゅっとトムの腕を掴んだ。

「大丈夫だよ? 父上様らのところに行こうね」

《りくのちちうえさま?》

 たまに逢いに行く人外三人。ルードは、巨大な狼の背中に乗るのが大好きだった。陸のと呼ばれる幻狼だ。

 それを思いだして、トムが淡く微笑む。

「そうだね。陸のも、海のも…… 君のことは父上様がきっと守ってくれるから……」

 この先どうなるか分からない。もし、逃げ回らねばならないなら、幼いルードは親元に預けるのも手だろう。

 ……離したくないけど。ルードの身の安全には代えられないしな。……離したくないけど。

 知らず力を込めて、トムは我が子を抱きしめる。

 こうして、彼らの放浪が始まった。国を跨いで逃げ回る長い旅が。
 
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