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耽溺の森 3
しおりを挟む「……ふうん。やっぱ、そうだよなあ」
魔導具のランタンだけを灯した薄暗い研究室。
そこには陰りを帯びた顔のドゥエルがいた。例のナズナの溶岩みたいな秘薬を前にして、複雑な面持ちのまま独りごちる彼。
この灼熱の秘薬が敦を危険な目にあわせたと思ったドゥエルだが、どうやらそれは違ったらしい。
あの後、嫌がる敦を堪能しつつ、面白半分、心配半分で少年の内診をした結果、彼は思わぬモノを目にしたのだ。
散々、玩具で虐めた後だったため、敦の内部には細かいキズが残っていた。いつもは塗り薬で癒やしているキズだが、なんと、そのキズが勝手に回復していくのを目の当たりにしたのである。
まさかと思い、開口器の中へ手を入れて、ドゥエルが、そっと小さなキズを入れてみると、それもすぐに治癒していく。体内を直に弄られて呻く敦。
ひょっとしてコレが? 伝承にあるシークレットの守護者の力か?
驚異的な回復力。この身体なら、あの溶岩のような精を受け止めても大丈夫だろう。それ用に変化したのかもしれない。
己の想像で思わずドゥエルは身震いする。
どうりで、いつまでたってもアツシの身体が爛れないわけだ。
ドゥエルは嬉しそうに眼を細めた。
普通、色事を繰り返す身体は、撓み黒ずんでくる。長時間脚を広げられてばかりいると、内股の皮膚が弛み、脚を閉じていても隙間が出来たり、肌や筋肉が柔らかくなったり。
後孔や陽根もそうだ。色素沈着が起き、愛せば愛すほど艶かしい赤黒さを増していく。貴族達などは、情人や愛奴のモノを並べて、その色の深みを競ったりするらしい。
なのにアツシの身体は出会った頃のまま。
少年の無垢で愛らしい象牙色の肌。それに映える薄ピンクな一物と、最奥の蕾。あれが変化しなかった理由がコレだろう。
それはつまり、如何に激しく深く愛してもアツシの身体は壊れないということ。ナズナは本当に役に立つ奴隷だとドゥエルは破顔した。
そして自分の想像が正しいのか検証するため、以前から玩具の試しに使っていた奴隷を、彼は地下牢から連れてくる。
敦らは知らないが、この家の地下には奴隷用の牢屋があった。二人が来てからは御役御免になった奴隷達。
以前、敦が疑問に思ったことの答えだ。家の管理や料理も、敦らに気づかれぬようこの奴隷らが行っている。
首につけた札の番号が名前な家畜は、久しぶりの研究室に怯える。
「七番、これに触れてみろ」
いつもと温度差の違うドゥエルの声。敦達が現れる前のドゥエルは、とびきり冷徹で非情な人物だった。奴隷時代に感情は死に、自由だけを求めて邁進し、今を守るために金子を稼ぐ。そのためであれば、感情など不要と自ら封じてきたのだ。
この世界は喰うか喰われるか。売られて奴隷にされた彼にとって世界は敵である。人間は信じるにあたわず、利用価値のみを計り、奴隷など使い潰すための生き物。
憐憫を感じられるほどの仲間意識もない。奴隷同士でだって、芋の尻尾一つで流血沙汰の争いをする。ここはそういう世界だった。
ドゥエルにとって大切なのは自分だけ。他はただの塵芥。
奴隷として売られた時点で彼の生殖能力は削れていた。勝手に増えないよう、奴隷商でそういう措置をされるのだ。単体は半陰陽からも生まれるが、単体同士だと単体しか生まれないから。
その繁殖や売買は奴隷商の特権なのである。それを侵されないよう、彼等は売り払う奴隷の避妊処置を怠らない。
だから子供を得ることもないドゥエルにとっては、如何に今の人生を謳歌するかだけが大切なのである。
そんな彼は奴隷らにも冷淡だ。いつもの様子の主に怯えつつ、命令された奴隷はオレンジ色の鉱石のようなモノに触れた。
シリンジに残っていたソレは、冷えて固まり、円錐状の宝石みたいに輝いている。
恐恐と触れた奴隷だが、特に何も起きることはない。軽く安堵を浮かべた奴隷の顔。……と、次の瞬間、その顔が恐怖に歪んだ。
「ぎゃあああーっ!!」
突然、仰け反り雄叫びを上げる奴隷。その肘から下が消え、夥しい血飛沫が宙を舞っている。
「もう一度触れてみろ」
怪しげな光を一閃させるドゥエルの眼。それの醸す狂気が奴隷の冷静な思考を梳っていった。彼の手に握られたナタを見たからだ。
多くの奴隷を刻んできた得物。長くドゥエルに飼われる七番は、過去に散々使われたソレの恐ろしさを熟知している。哀れな嗚咽をあげつつ、再び例の石に触れる奴隷。
すると、落とされた奴隷の腕のキズが塞がっていく。みるみる肉が盛り上がり、皮膚が張られ、大した時間もかけずに綺麗な切断痕が出来上がった。
痛みもなくなり、不思議そうに眉をひそめて眼を見張る奴隷。ぶんぶん振ってみても違和感はない。
「なるほど?」
にっと不均等に口角を歪め、ドゥエルは冷酷な笑みを浮かべる。
「え…?」
憮然とする奴隷の前で、彼は眼を狂喜に煌めかせつつ、何度も愛用のナタを振り上げた。
「確実だな、これは。エリクサーの塊のような効果を発しているみたいだ」
キィキィと揺り椅子を傾ぎながら、ドゥエルは奴隷の腕を持ち上げる。それは人体から切り取られたにもかかわらず、綺麗な切断痕をしていた。
奴隷の四肢を落としても同じだ。石に近づけた途端に癒やされる。切断された部位すらも。驚異の回復力である。こうしてここに置いているだけで、その効果は発揮されているはずだ。些細なキズなら癒やしてしまうだろう。
ドゥエルは、試しに己の指先を針で切ってみる。しばらくは何もなかった。無理かと彼が見つめるのをやめたころ、地味にムズムズし始め、気づけばキズが癒えていた。
「ふうん。やっぱりか」
軽く瞠目しながら微笑み、ドゥエルは石の利用価値を識る。
肩だけで嗤う彼の後ろには、細切れにされた七番が転がっていた。
どこまで治癒が働くのか。首を落としても、頭を割っても生命維持は可能なのか。好奇心のおもむくまま、彼が試した肉塊が。
結果、この石は治癒に働くのみで生命維持までは出来ないと判明する。
「公衆便所の量産に役立つかな。でも、あまり目立つこともしたくないな」
魔力や魔法、魔法薬などが蔓延するティモシーでは、あまり利用価値がない。金子さえ払えば治癒など簡単だ。こんなことはポーションやエリクサーで事足りる。
石の効果としては驚異的だが、これを世に出せば出処を探られるだろう。ドゥエルとしては願い下げだった。
「……となると」
しばし思案し、彼は石を運んでいく。
「これは?」
「おまじない。少しでもナズナの容態が良くなるように」
二人の檻がある部屋へ石を下ろして、ドゥエルは優しく笑った。
そして数日後。常に胡乱だったナズナの意識が覚醒する。
元々、ときおり正気に戻ることはあったのだが、今回はしっかりと目覚めたようで、彼女は己のおかれた状況を把握し悲鳴をあげた。
「きゃーっ?! なに、なに、これぇーっ?!」
眼を見開いて絶叫するナズナの声が聞こえ、ドゥエルは人知れず悪い笑みを浮かべる。
ざまぁ…… いつもアツシに庇われて、労られて…… ムカつくんだよね。じっくり絶望すると良いよ。
あの石の治癒力が、ひょっとしたら精神にも及ぶのではないかと考えた彼だが、その予想は当たったようだ。涙目で絶叫しているらしい少女に、ドゥエルは身勝手な嫉妬の溜飲を下ろす。
しかし、すぐに盛大なブーメランがぶっ刺さって、彼は深く臍を噛んだ。
「大丈夫だよ、ナズナっ! 僕がいるからっ! 絶対に守るからっ! 怖いし、不安だろうけど、頑張るからっ!」
「敦ぃぃ…… うえぇぇん」
前よりも親密になり、甘々な雰囲気を醸す二人。
二人の世界を構築したお子様達は、じっとり三白眼で見つめるドゥエルに気づきもしない。
いつも思うけど、なんでそこまでナズナを労る? ………御仕置だな。
元々、敦が淡い恋心を抱いていた幼馴染み。今ではそんな気持ちの余裕もなくなり、残酷な世界を生きるためだけで必死なはずなのに、なぜか敦はナズナを最優先する。
何があっても…… ドゥエルが厳しく睨みつけても諦めることはない。むしろ己の身を犠牲にしてまでナズナを守ろうとする少年。
これに色恋が混じっていればドゥエルには分かるが、そんな様子はなかった。彼が少年に持つような執着めいた熱量を敦から感じたことはない。
なのに、なぜ? そこまで彼女を大切にする理由は、なに?
どれだけ考えても堂々巡りな疑問。
身勝手を天元突破する思考の御主人様に拉致られ、その海よりも深い愛情を容赦なく叩きつけられたアツシの悲鳴が、一晩中家に響いたのは余談である。
もちろん、すぐに例の石は撤去され、ナズナは再び平穏な夢の中。毎日、赤子のように檻で眠っていた。
少し残念そうな少年の後ろ姿に、仄かな安堵も感じてドゥエルは笑みを深める。
敦にしてもナズナが正気でいる方が大変だったのだろう。慰め、宥め、付きっきりな少年には、疲労が色濃く浮かんでいた。
自分のやらかした悪戯のせいなのに、少年を助けてやった感満々のドゥエル。
いわれのない嫉妬で御仕置された敦が、今回、一番の被害者だった。
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