20 / 38
耽溺の森 3
しおりを挟む「……ふうん。やっぱ、そうだよなあ」
魔導具のランタンだけを灯した薄暗い研究室。
そこには陰りを帯びた顔のドゥエルがいた。例のナズナの溶岩みたいな秘薬を前にして、複雑な面持ちのまま独りごちる彼。
この灼熱の秘薬が敦を危険な目にあわせたと思ったドゥエルだが、どうやらそれは違ったらしい。
あの後、嫌がる敦を堪能しつつ、面白半分、心配半分で少年の内診をした結果、彼は思わぬモノを目にしたのだ。
散々、玩具で虐めた後だったため、敦の内部には細かいキズが残っていた。いつもは塗り薬で癒やしているキズだが、なんと、そのキズが勝手に回復していくのを目の当たりにしたのである。
まさかと思い、開口器の中へ手を入れて、ドゥエルが、そっと小さなキズを入れてみると、それもすぐに治癒していく。体内を直に弄られて呻く敦。
ひょっとしてコレが? 伝承にあるシークレットの守護者の力か?
驚異的な回復力。この身体なら、あの溶岩のような精を受け止めても大丈夫だろう。それ用に変化したのかもしれない。
己の想像で思わずドゥエルは身震いする。
どうりで、いつまでたってもアツシの身体が爛れないわけだ。
ドゥエルは嬉しそうに眼を細めた。
普通、色事を繰り返す身体は、撓み黒ずんでくる。長時間脚を広げられてばかりいると、内股の皮膚が弛み、脚を閉じていても隙間が出来たり、肌や筋肉が柔らかくなったり。
後孔や陽根もそうだ。色素沈着が起き、愛せば愛すほど艶かしい赤黒さを増していく。貴族達などは、情人や愛奴のモノを並べて、その色の深みを競ったりするらしい。
なのにアツシの身体は出会った頃のまま。
少年の無垢で愛らしい象牙色の肌。それに映える薄ピンクな一物と、最奥の蕾。あれが変化しなかった理由がコレだろう。
それはつまり、如何に激しく深く愛してもアツシの身体は壊れないということ。ナズナは本当に役に立つ奴隷だとドゥエルは破顔した。
そして自分の想像が正しいのか検証するため、以前から玩具の試しに使っていた奴隷を、彼は地下牢から連れてくる。
敦らは知らないが、この家の地下には奴隷用の牢屋があった。二人が来てからは御役御免になった奴隷達。
以前、敦が疑問に思ったことの答えだ。家の管理や料理も、敦らに気づかれぬようこの奴隷らが行っている。
首につけた札の番号が名前な家畜は、久しぶりの研究室に怯える。
「七番、これに触れてみろ」
いつもと温度差の違うドゥエルの声。敦達が現れる前のドゥエルは、とびきり冷徹で非情な人物だった。奴隷時代に感情は死に、自由だけを求めて邁進し、今を守るために金子を稼ぐ。そのためであれば、感情など不要と自ら封じてきたのだ。
この世界は喰うか喰われるか。売られて奴隷にされた彼にとって世界は敵である。人間は信じるにあたわず、利用価値のみを計り、奴隷など使い潰すための生き物。
憐憫を感じられるほどの仲間意識もない。奴隷同士でだって、芋の尻尾一つで流血沙汰の争いをする。ここはそういう世界だった。
ドゥエルにとって大切なのは自分だけ。他はただの塵芥。
奴隷として売られた時点で彼の生殖能力は削れていた。勝手に増えないよう、奴隷商でそういう措置をされるのだ。単体は半陰陽からも生まれるが、単体同士だと単体しか生まれないから。
その繁殖や売買は奴隷商の特権なのである。それを侵されないよう、彼等は売り払う奴隷の避妊処置を怠らない。
だから子供を得ることもないドゥエルにとっては、如何に今の人生を謳歌するかだけが大切なのである。
そんな彼は奴隷らにも冷淡だ。いつもの様子の主に怯えつつ、命令された奴隷はオレンジ色の鉱石のようなモノに触れた。
シリンジに残っていたソレは、冷えて固まり、円錐状の宝石みたいに輝いている。
恐恐と触れた奴隷だが、特に何も起きることはない。軽く安堵を浮かべた奴隷の顔。……と、次の瞬間、その顔が恐怖に歪んだ。
「ぎゃあああーっ!!」
突然、仰け反り雄叫びを上げる奴隷。その肘から下が消え、夥しい血飛沫が宙を舞っている。
「もう一度触れてみろ」
怪しげな光を一閃させるドゥエルの眼。それの醸す狂気が奴隷の冷静な思考を梳っていった。彼の手に握られたナタを見たからだ。
多くの奴隷を刻んできた得物。長くドゥエルに飼われる七番は、過去に散々使われたソレの恐ろしさを熟知している。哀れな嗚咽をあげつつ、再び例の石に触れる奴隷。
すると、落とされた奴隷の腕のキズが塞がっていく。みるみる肉が盛り上がり、皮膚が張られ、大した時間もかけずに綺麗な切断痕が出来上がった。
痛みもなくなり、不思議そうに眉をひそめて眼を見張る奴隷。ぶんぶん振ってみても違和感はない。
「なるほど?」
にっと不均等に口角を歪め、ドゥエルは冷酷な笑みを浮かべる。
「え…?」
憮然とする奴隷の前で、彼は眼を狂喜に煌めかせつつ、何度も愛用のナタを振り上げた。
「確実だな、これは。エリクサーの塊のような効果を発しているみたいだ」
キィキィと揺り椅子を傾ぎながら、ドゥエルは奴隷の腕を持ち上げる。それは人体から切り取られたにもかかわらず、綺麗な切断痕をしていた。
奴隷の四肢を落としても同じだ。石に近づけた途端に癒やされる。切断された部位すらも。驚異の回復力である。こうしてここに置いているだけで、その効果は発揮されているはずだ。些細なキズなら癒やしてしまうだろう。
ドゥエルは、試しに己の指先を針で切ってみる。しばらくは何もなかった。無理かと彼が見つめるのをやめたころ、地味にムズムズし始め、気づけばキズが癒えていた。
「ふうん。やっぱりか」
軽く瞠目しながら微笑み、ドゥエルは石の利用価値を識る。
肩だけで嗤う彼の後ろには、細切れにされた七番が転がっていた。
どこまで治癒が働くのか。首を落としても、頭を割っても生命維持は可能なのか。好奇心のおもむくまま、彼が試した肉塊が。
結果、この石は治癒に働くのみで生命維持までは出来ないと判明する。
「公衆便所の量産に役立つかな。でも、あまり目立つこともしたくないな」
魔力や魔法、魔法薬などが蔓延するティモシーでは、あまり利用価値がない。金子さえ払えば治癒など簡単だ。こんなことはポーションやエリクサーで事足りる。
石の効果としては驚異的だが、これを世に出せば出処を探られるだろう。ドゥエルとしては願い下げだった。
「……となると」
しばし思案し、彼は石を運んでいく。
「これは?」
「おまじない。少しでもナズナの容態が良くなるように」
二人の檻がある部屋へ石を下ろして、ドゥエルは優しく笑った。
そして数日後。常に胡乱だったナズナの意識が覚醒する。
元々、ときおり正気に戻ることはあったのだが、今回はしっかりと目覚めたようで、彼女は己のおかれた状況を把握し悲鳴をあげた。
「きゃーっ?! なに、なに、これぇーっ?!」
眼を見開いて絶叫するナズナの声が聞こえ、ドゥエルは人知れず悪い笑みを浮かべる。
ざまぁ…… いつもアツシに庇われて、労られて…… ムカつくんだよね。じっくり絶望すると良いよ。
あの石の治癒力が、ひょっとしたら精神にも及ぶのではないかと考えた彼だが、その予想は当たったようだ。涙目で絶叫しているらしい少女に、ドゥエルは身勝手な嫉妬の溜飲を下ろす。
しかし、すぐに盛大なブーメランがぶっ刺さって、彼は深く臍を噛んだ。
「大丈夫だよ、ナズナっ! 僕がいるからっ! 絶対に守るからっ! 怖いし、不安だろうけど、頑張るからっ!」
「敦ぃぃ…… うえぇぇん」
前よりも親密になり、甘々な雰囲気を醸す二人。
二人の世界を構築したお子様達は、じっとり三白眼で見つめるドゥエルに気づきもしない。
いつも思うけど、なんでそこまでナズナを労る? ………御仕置だな。
元々、敦が淡い恋心を抱いていた幼馴染み。今ではそんな気持ちの余裕もなくなり、残酷な世界を生きるためだけで必死なはずなのに、なぜか敦はナズナを最優先する。
何があっても…… ドゥエルが厳しく睨みつけても諦めることはない。むしろ己の身を犠牲にしてまでナズナを守ろうとする少年。
これに色恋が混じっていればドゥエルには分かるが、そんな様子はなかった。彼が少年に持つような執着めいた熱量を敦から感じたことはない。
なのに、なぜ? そこまで彼女を大切にする理由は、なに?
どれだけ考えても堂々巡りな疑問。
身勝手を天元突破する思考の御主人様に拉致られ、その海よりも深い愛情を容赦なく叩きつけられたアツシの悲鳴が、一晩中家に響いたのは余談である。
もちろん、すぐに例の石は撤去され、ナズナは再び平穏な夢の中。毎日、赤子のように檻で眠っていた。
少し残念そうな少年の後ろ姿に、仄かな安堵も感じてドゥエルは笑みを深める。
敦にしてもナズナが正気でいる方が大変だったのだろう。慰め、宥め、付きっきりな少年には、疲労が色濃く浮かんでいた。
自分のやらかした悪戯のせいなのに、少年を助けてやった感満々のドゥエル。
いわれのない嫉妬で御仕置された敦が、今回、一番の被害者だった。
0
あなたにおすすめの小説
卵を産んでしまったハーピィ男子の話
志田
BL
ハーピィのヒューイは相棒の天族のディオンに片想いをしていた。ある日、卵を産めるようになったのをきっかけに、こっそりディオンの子どもを作ろうと衝動的に計画するが…。異種族×異種族。おバカ受。
怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?
血のつながらない弟に誘惑されてしまいました。【完結】
まつも☆きらら
BL
突然できたかわいい弟。素直でおとなしくてすぐに仲良くなったけれど、むじゃきなその弟には実は人には言えない秘密があった。ある夜、俺のベッドに潜り込んできた弟は信じられない告白をする。
【完結】国に売られた僕は変態皇帝に育てられ寵妃になった
cyan
BL
陛下が町娘に手を出して生まれたのが僕。後宮で虐げられて生活していた僕は、とうとう他国に売られることになった。
一途なシオンと、皇帝のお話。
※どんどん変態度が増すので苦手な方はお気を付けください。
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
生贄傷物令息は竜人の寵愛で甘く蕩ける
てんつぶ
BL
「僕を食べてもらっても構わない。だからどうか――」
庶子として育ったカラヒは母の死後、引き取られた伯爵家でメイドにすら嗤われる下働き以下の生活を強いられていた。その上義兄からは火傷を負わされるほどの異常な執着を示される。
そんなある日、義母である伯爵夫人はカラヒを神竜の生贄に捧げると言いだして――?
「カラヒ。おれの番いは嫌か」
助けてくれた神竜・エヴィルはカラヒを愛を囁くものの、カラヒは彼の秘密を知ってしまった。
どうして初対面のカラヒを愛する「フリ」をするのか。
どうして竜が言葉を話せるのか。
所詮偽りの番いだとカラヒは分かってしまった。それでも――。
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
冷血宰相の秘密は、ただひとりの少年だけが知っている
春夜夢
BL
「――誰にも言うな。これは、お前だけが知っていればいい」
王国最年少で宰相に就任した男、ゼフィルス=ル=レイグラン。
冷血無慈悲、感情を持たない政の化け物として恐れられる彼は、
なぜか、貧民街の少年リクを城へと引き取る。
誰に対しても一切の温情を見せないその男が、
唯一リクにだけは、優しく微笑む――
その裏に隠された、王政を揺るがす“とある秘密”とは。
孤児の少年が踏み入れたのは、
権謀術数渦巻く宰相の世界と、
その胸に秘められた「決して触れてはならない過去」。
これは、孤独なふたりが出会い、
やがて世界を変えていく、
静かで、甘くて、痛いほど愛しい恋の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる