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耽溺の森 5
しおりを挟む「次は女の子が欲しいね。敦に良く似た。私の嫁さんにしよう」
「また、馬鹿言って。男色でしょ、御主人様。正式な子供にしてくれるって言ってたじゃん。よろしく頼むよ?」
泣き顔で抗議されてもドゥエルの下半身が疼くだけ。
……本気なんだけどなぁ。まあ、君がいるうちは余所見しないけどね。
「可愛いね…… あー、もう堪らん」
ねっとりと少年の身体を這い回るドゥエルの手。その巧みな指先に踊らされ、敦が慌てて身を捩る。
「待って、待って! 赤ちゃんがっ!」
「大丈夫。赤子はけっこう丈夫らしい。ナズナの乳が出るなら、数時間放っておくぐらい平気だ」
敦が逃げられぬよう怯える一物を握り込み、抱きしめるドゥエル。狼狽え、藻掻く敦の様が面白くて、わざと拘束をゆるゆるにしたまま、その抵抗を愉しんでいた。
それを知りもせず、敦は拘束が緩いのを良いことにスルリと抜け出し、部屋の隅へ身を寄せる。
小動物みたいにプルプル震える獲物を呆れ顔で眺めながら、彼は満面の笑みを浮かべた。さも愉快そうに。
「こーら、逃げるな。こんなにおっ勃ててるのに、なぜ逃げるの」
くすくすと笑うドゥエルの顔を少年は直視出来ない。彼のいうとおり、敦のモノはギンギンに硬くなっている。
「こんなにしてて恥じらうとか。ほら、おいで。可愛がってあげるから。プジーが良い? それとも舐めてやろうか?」
来い来いと手招きするドゥエル。
その柔らかな笑みに覚悟を決め、敦はおずおずと四つん這いで彼に近寄っていった。腰を丸めて真っ赤な顔の少年。
心体ともに回復した敦は、忘れかけていた理性を取り戻したのだ。残酷な遊戯で上書きされた淫靡な奴隷意識。それをしたドゥエル自身が、それを払拭してくれた。
洗脳の解けた可愛い奴隷に御満悦なドゥエル。
それが洗脳だということにも彼は気づいていなかったのだが、敦のために色々学ぶうち、ようようそれを知った。
彼の専門は治癒。薬学中心で、相手を言いなりに従わせることを支配としか思っていなかったが、無意識の敦に、そういうのは洗脳っていうんだよ? と言われ、改めて調べてみた。
別系統の医学書に少年のいう状態が記されていてドゥエルは愕然とする。今まで己がやってきていたことを初めて自覚したのだ。
ただし、その書籍にあったのは逆の発想だったが。手に入れたい人間に対する洗脳の方法。如何に軛をがっちり嵌め込むかの方法。想い人を陥落させるためのモノで、今までドゥエルがやらかしていた行為だ。同等である人間にこれを行うことを酷く詰る文章。
家畜に対する躾けや調教の残虐さは、この比ではない。だからドゥエルも温い調教をしていると思っていた。しかし、そうではなかった。
彼は一目惚れを自覚しつつも、敦は奴隷だという意識が抜けず、だから従わせることに躍起になっていた。だが違ったのだ。
やってはいけないことだった。愛しいと思う者にはしてならない行為だった。
『……私は。本当に馬鹿だ』
そこからドゥエルは敦が自我を取り戻せるよう努力した。
好きに過ごさせ、たまに森を散策し、普通の暮らしを与える。時々、漠然とした不安から敦がドゥエルを求めてくることもあったが、その不安は要らないのだと根気良く諭した。
ふいに泣きじゃくったり、彼が抱きしめていてもおさまらない恐怖や悪夢に襲われたりと、少年は明らかな情緒不安定に陥る。
禁断症状のようなモノだ。求めるモノが与えられないことに酷いストレスを感じる。それはドゥエルによって刷り込まれた、この残酷な世界で自身の命が脅かされるストレスだ。生半可ではない。
……これが、私がアツシに強いたことか。
御願いだから抱いてくれと懇願する少年の目に正気は窺えず、ドゥエルは底知れぬ罪悪感に苛まれた。
『ごめん…… ほんとうに、ごめん』
生まれついての奴隷。あるいは幼くして染められた奴隷ならともかく、すでに出来上がっていた人格を擦り潰して奴隷にされた人間に行われる支配は洗脳でしかない。いつか折り合わない感情が軋轢を起こして精神を崩壊させる。
死と隣り合わせな世界。そんな恐怖を、ドゥエルに蹂躙されることで誤魔化していた敦。身を捧げて得られた庇護で心の均衡を保っていた敦。それをまず覆すために、彼はどれほど少年が望もうとも抱かなかった。
抱かれる必要はないと日がな一日敦を抱きしめる。良いのだと。何もしなくても傍に居てほしいと。頭で理解出来ない敦に行動で教え込む。
だが、それもまた生半可な道ではなかった。
『君がいてくれて嬉しいよ。さ、食べようか』
キッチンの食卓にご飯を並べ、共に食べようと椅子をすすめるが、敦は固まって座ろうとしない。
『ど……奴隷ですから。檻で食べますっ!』
皿とカトラリーを手にキッチンから逃げ出す少年。御主人様に粗相を働けば、手酷いリンチやお仕置きがある。そう深々と刷り込まれた敦にとって、食卓や椅子は恐怖の対象でしかない。
そのように今までドゥエルが扱ってきたのだ。ことあるごとに面白半分でお仕置きし、この世界の奴隷が如何に悲惨な暮らしをしているのか叩き込んできた。
街の奴隷に比べたらマシなのだと。君は幸せだよねと、散々毒を注いできたのである。
逃げる敦を苦悶の表情で見送り、ドゥエルは筆舌に尽くせぬ慚愧で胸を引き裂かれた。
……私は、いったい
後悔の海に身を沈めるドゥエル。しかしそれも仕方のないことだった。彼はティモシーの人間なのだ。生粋の奴隷という家畜しか知らない彼に、自我を持つ奴隷の扱い方など分からない。ドゥエル自身、これまでの敦と同じ育ちをしてきたのだから。
酷い奴隷暮らしも経験した彼からすれば、十分、過ぎた厚遇で可愛がっているつもりだった。
間違いではない。ただ、御互いの常識や道理が違いすぎて噛み合わないだけで、ドゥエルの考えも間違いではないのだ。
そんなこんなで日々が過ぎ、敦の洗脳を解こうと頑張った彼の努力は、ある日突然報われる。
『……御主人様? その…… 布と裁縫道具が欲しいです』
窺うように尋ねてくる少年。
何でも許し、何でも与え、抱きしめ続けて半年。して欲しいことを言え。何でもしてやると囁き続けて半年。ようやく…… ……初めて敦は欲求を口にした。
言われるがまま、されるがままだった敦が物を欲した。やっと。
ドゥエルは感極まり、込み上げる何かに押し流され、裁縫道具と言われたのに立派なミシンを購入して少年を呆れさせた。
『でも、これで何を?』
結局ミシンは使われず、少年はチクチクと針を動かす。
『……下着。欲しくて。 自作してみようかなと』
言われた彼は、別の意味で驚愕する。
……忘れてた。
未だに敦は膝上丈のスモック一枚だ。もちろん清潔な物を与えているし、手軽に弄ぶため奴隷は全裸が基本なので、ちゃんとした衣服を着せるという事をすっかり忘れていた。
『買うからぁっ! なんで言わないのっ! 下着が欲しいってさあっ!!』
いや、下着だけじゃない。きちんとした年相応の装いをさせないとっ!! なんで気づかないんだよ、私ぃぃっ!!
敦の異常事態がアレコレと押し寄せ、それどころではなかっただけなのだが、思わぬ失態に慌てるドゥエルを不思議そうに見上げ、少年がポツリと呟いた。
『おパンツくださいとか…… 言うの恥ずかしくて』
ほんのり敦は顔を赤らめる。壊れ物のように大切にされ、怖くないのだと、ここにいて欲しいのだと毎日抱きしめられ、少しずつ緩んだ少年の警戒心。
何もされないことで常に緊張状態だった敦だが、何もされないことが日常となって半年。本当に、ようやくソレを受け入れたようだ。
そして初めて欲したのが布と裁縫道具。それも下着のためとか。切なくて涙がちょちょ切れそうなドゥエルである。
そこからみるみる敦は自我を取り戻し、今に至る。
困ったようなはにかみや、ちょっとむくれて膨らむ頬が、眩しくドゥエルの眼を射った。
『そうか、元気な君は、こういう感じか。うん、良いね。これからは君の意見も聞こう。あまり我慢はしないように。長生きしてね?』
ドゥエルも甘々になり、元気になった敦と睦みを再開する。もちろん、かっ飛ばしはしない。探るように優しく。ガラス細工のように慎重に少年を愛す。
夢中になりすぎて、たまに抱き潰すことはあれど、普段のドゥエルは信じられないくらい穏やかだった。元々穏やかな人ではあったが、それでもティモシーの人間だ。噛み合わぬ常識から敦は無茶なことも平気でされてきた。
回復してきたとはいえ、やはり少年は半信半疑だ。これもただの気まぐれで、また、温厚だけど獰猛な御主人様が戻ってくるのではないかと。
しかし、そういった色々がなくなったうえ、性的遊具の試しにも使われないし、薬も使われない。むしろ失神などしようものなら顔面蒼白で看病されて面食らう少年。
これくらいは大丈夫という敦を無視して、毛布に包んだまま彼に抱っこされ続けた。はっきりいって、罰ゲームに近いと敦は思う。
変わり身が凄すぎん? 何があったんだ?
自身の壊れっぷりが原因だったのだとも知らず、敦はドゥエルの豹変に戸惑った。
『……平気ですよ?』
『駄目。そんなこと言って、腰が立ってないじゃないか。このまま寝たきりにでもなったら、どうするんだい。ほら、あーん』
至れり尽くせりどころが赤子扱い。手ずから食べさせるわ、寝るまで揺すられるわ。顔が火を噴くかと思うほど恥ずかしい。しかし、その羞恥に染まる敦の顔はドゥエルを悦ばせるだけである。
はあ…… 可愛い。恥ずかしいの? 恥ずかしいね? もっとしてあげるよ? 食事の世話も、下の世話も、全部任せてね? 悦んでやるから。
……字が違う気がすると突っ込みたいが、その暇もないくらい激甘な御主人様。
粉々に砕けたはずの人間としての自尊心が復活し始めた敦は、慣らされていた下の世話に泣き叫んだ。
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