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一、鬼は外、鬼は外。

一、鬼は外、鬼は外。③

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「本当に晴哉とは正反対よね。ほら、覚えてる? マラソン大会の学校新聞でさ、五年生の女子は私が一位で新聞に載ったじゃない?
んで、六年の不良がその新聞を破って遊んでてさ。びっくりして泣く私に、晴哉がその不良を注意してくれたんだけど、晴哉を突き飛ばしたのよね」

今の私なら、容赦なくその不良を殴っていたけれど、当時は一位になってほくほくしていた気分を粉々にされて、ショックの方が大き過ぎてポロポロ泣いてしまった。

「そしたら、あんたは問答無用でその六年生殴っちゃうんだもん。ぷぷぷぷぷ。馬乗りになって先生が来るまでずっと殴っちゃってさ。私が怒る暇もなかった」

「知らん。忘れた」

ばつが悪そうに背中を向ける幹太は、ちょっとだけ可愛い。きっと覚えてる。
見た目が怖いだけで、暴力なんて振るわないアンタがそんな暴挙に出たのは、後にも先にもあれだけだった。

「私は覚えてるよ。幹太は先生に怒られるのが嫌で勝手に帰っちゃうし。私は晴哉に手を握ってもらって保健室で放課後まで一緒にいたもん。晴哉がね、学校新聞をテープで繋げていくの。パズルみたいにバラバラに破られた新聞を丁寧に丁寧に。泣いている私に歌を歌ってくれたり、ティッシュを渡してくれたり」

生まれた時から、私たち三人は一緒だった。
無口で怖い幹太。
口より手が先に出る短気な私。
穏やかで優しくて、のんびりした晴哉。

私と幹太は性格的に合わなくて、いつも喧嘩してたけど晴哉が居たから三人で居れた。

猫っ毛で、触ると毛糸みたいに柔らかくて気持ちが良かった晴哉の髪。
初めて結ばれた夜、あまりの痛みに声を失った私は晴哉の首に抱きついてあの髪をずっと握り締めていた。
どちらからか分からない。
けど、きっと晴哉が私みたいに短気で手が出やすくて、頭が悪い出来そこないを放って置けなくて傍に居ることを選んでくれたんだ。

晴哉の事を思い浮かべながら、左手の薬指に光る指輪を見つめる。
なぞって、唇を這わせると、彼が隣に居てくれるような気がした。

「お前の――」

少し躊躇いがちに幹太が重い口を開けた。

「お前の口から、また晴哉の話が聞けるようになってよかった」

背中を向けて、それだけ言う。
あまり喋らない分、幹太の言葉は理解できなかったりきつく感じたりする時も多いけど、いやほとんどそうなんだけど。

こうやって、ぽとりと手のひらに落ちてくるような優しい言葉もくれる。

「仕事場でも、もうちょっとその優しさを押しだしなさいよ」
「断る」
「幹太がキツイ言葉で注意するから、パートが全然続かないんだからね! 美麗ちゃんやあのちゃらい高校生みたいに純粋な子はなかなか居ないのよ!」

私がきつくそう言うと、また説教かと言わんばかりに溜息を吐きやがった。


幹太が和菓子職人として働く老舗和菓子屋『春月堂』で、私も売り場の主任として働いているが、幹太が強面すぎて接客のパートが常に足りていない。

今居るのは、週三回、私が二号店のデパ地下の春月堂へ行くときに入ってくれている美麗ちゃんと、春月堂の大事な常連客の呉服屋の息子さんの高校生を預かっているだけ。
ベテランパート二人は、デパ地下で優雅に働いているが本家が忙しい時も手伝おうとはしないんだから。
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