英国紳士は甘い恋の賭け事がお好き!

篠原愛紀

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雨音が魔法を囁く。

雨音が魔法を囁く。一

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朝から大粒の雨が降る、気持ちまでどんよりするあの日から2日が経った朝。


湿気のせいで纏まらない髪を1つに括り、御団子にした。
服は、デイビットさんにも言ったけど、可愛いものが無くて。

就職活動用のスーツを着た。


デイビットさんがいつ来られるか分からないけど、私は急遽、今日からお得意先の和菓子店『春月屋』に行く事になった。小さな頃から和菓子を買いに行っていた馴染みのお店。

本当は昨日行く筈が、急用ができたとかで1日延期されていた。

だから、もし彼が来ても会えない。

でもそれで良いのかもしれない。


化粧は社会人としてのマナーだからとファンデだけ塗ってみた。化粧してもそんなに変わらないんだから無意味に思えてしまうけど。



「行ってきます……」

お庭を掃いているお弟子さんたちに無理に作った笑顔を向ける。


遠くから母の琴が聴こえてくる。きっと美鈴の舞の指導だろう。
一昨日の朝までは、――卒業式の朝までは、私がそこで練習していたのに。


一ミリも未練を感じない私は、本当に自分が嫌になる。

未練を感じないのに、美鈴にも母にも会いたくないしも口を聞くのも億劫だった。

「まぁまぁこんなに大きくなられて」
「本当に助かるよ。社員が来月から休職予定でね。パートさん達じゃあ手が回らなくて」


暖簾を潜ると、ガラスケースに和菓子が並ぶ清潔な店内に、50代ぐらいのパートさん一人、レジの奥に立っていた。
そのパートさんが私を見るや否や面倒臭そうな顔で奥に入って行くと、此処を仕切る奥さんの小百合さんと、職人姿のおじさん二人が飛び出してきて、私を見て嬉しそうに笑ってくれた。


小百合さんは私が御使いで和菓子を買いに行っていた時と何も変わらない。上品に淡い色の着物を来て、優しい笑顔を絶やさない。

おじさんもいつもにこにこして、御使いを褒めてくれるから大好きだった。


この二人ならば……別に働くのも嫌ではない。

この二人だけなら、私も御使いを妹に譲る必要はなかった。



「今まで舞しか練習して来ていませんので、お仕事のお役に立つか分かりませんが、今日から働かせて頂きます……」

深々とお辞儀をすると、二人は孫を見るかのごとく優しい眼差しで頷いてくれた。

だけど。


「あいつ、なかなか来ねぇな。幹太(かんた)」

「!」

おじさんが呼ぶ名前に、私は息を飲む。

「餡作ってんだからすぐ来れるか」

作務衣の紺色の甚平に赤い腰巻きエプロンを着た、――低い声で威圧的に喋るこの人。


「今日から鹿取さん宅のお嬢さんが勤務すると言ってたろ」

「そんなん知るか。俺は忙しいんや」

ギロリと睨まれて、2、3歩後ずさる。

はっきりくっきりした眉毛に、いつも不機嫌そうに眉を寄せてて睨んできて、――無口なのに喋る言葉は吐き捨てるみたいに乱暴で。


私はこの人が苦手だった。

苦手というか怖い。


小さな頃、私がお客様用の和菓子を取りに来た日に、店番をしていた人だ。


『春月を十ぐらい下さいな』

『十ぐらい? はっきり数決めろや。何個?』


『か、母さんが十ぐらいあればいいからと……』


小学生だった私を、学ラン着た幹太さんは見下ろして冷たく言った。


『十ぐらいやなくて、十個下さいとはっきり言えや。紛らわしいやろ』

『ご……ごめんなさい』


俯く私に深くため息を吐く。
こんな御使いですら私は人様に迷惑かけるんだと思ったら怖くなった。
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