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イベント当日
イベント当日 二
しおりを挟む「おい、帰宅ラッシュに当たると渋滞するぞ」
休憩室のドアをノックされ、呆然としていた私は我に返った。
我に返って、服と靴、バックにシュシュを取り出しながら、手が震えている。
鏡に映る私の顔は、茹でたこより真っ赤だったと思う。
(――からかわれている?)
ピンクのルージュを引きながら、書かれていた英語が頭の中で反芻する。
顔が真っ赤なせいで、ピンクに塗れたのか自信がない。
シュシュで結んで、右肩に流して、ふらふらしながら靴を履いた。
「すいません、ハンガーにかけてます。着物」
「あ、ああ」
休憩室の扉から申し訳なくて少し伺い見るように顔を出すと、幹太さんは少し取り乱していた。
そしてすぐに目線をそらすと、咳払いして車へ乗れと親指で後ろを示した。
慣れないハイヒールに戸惑いながら、私は心臓の音が大きく鳴っているのを止めることが出来なかった。
あれ、は。
あれは、ラブレター?
慌てて財布の内ポケットに仕舞い込んでしまったが、怖くてもう一度見る気分ではない。
舞いあがってしまいそうだ。
「えーっと、着いたけど」
大使館の周りには、既に車や、警備の人たちで溢れかえっていて、これ以上は進めそうにない。
大使館の門は開け放たれ、賑やかなざわめきが聞こえてきている。
旧屋敷跡だと聞いた大使館は、大きく聳え立つ建物からは気品と美しさを感じられ、――デイビットさんに雰囲気がよく似ていた。大きく掲げられているイギリスの国章さえ、神々しく感じられた。
「門までエスコート頼まれてんだが、ちょっと待ってくれよ」
幹太さんが周りを確認し、警備の人に駐車場を聞いてくれようとしていた時だ。
「美麗さん」
車のドアを開けられ私の顔を覗きこんできたのは、デイビットさんだった。
「桜の化身かと思いましたよ。――似合います。本物の桜が霞んでしまう」
「……ははは」
再会して数秒で、こんなに褒められるとは思わなかった。
蕩けるような笑顔で言われたら、どうしていいか分からない。
「じゃあ、俺は」
「あ、ありがとうございました!」
お礼を言うと、ミラー越しに手を振って、幹太さんは一度も振り向かず帰っていった。
「――来て下さってありがとう。美麗」
「いえ。約束ですから」
「ふふ。約束だから、ではなく、私に会いたかったと言って貰いたかったです」
悔しそうに笑うデイビットさんに、どう答えていいのか分からず赤面してしまった。
そんな私に気付いたのか優しく手を握り、リードするように歩き出す。
南門に咲き誇るのは、――桜。風にそよぎ、花弁を舞いただわせている。
うちの家の小さな庭に咲く窮屈そうな桜より、大空に突き刺さるように咲き誇る大使館の桜のほうが綺麗だった。
「桜を見るたびに、貴方は一人で泣いていないか考えてしまいます。心配だから、私のポケットにでも入っていてくれないだろうか」
「それは、良いですね。デイビットさんのポケットなら楽しそう」
白の上等なスーツのポケットに入れるぐらいが、ちっぽけな私には似合うかもしれない。
「でも、ポケットに入れたら、キスできないからやはりダメですね」
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